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番外編⑫

 首都、国立魔道競技場にて。

「ほんと、おっきいねー」

 桜子が感心したように言う。

「あたし達の試合とは大違いだねー」

 夏希が少し不満げにそう言うと、今度はアスカが口を挟む。

「そりゃ競技としての歴史が違うんだから、当たり前じゃない」

「あたしたちも来年ここに立ちたいね~」

 夏希がさらりと言った言葉にアスカは呆れた顔で返す。

「あんた……本気で言ってるの?」

「えー?でもさ、中学校の全国大会に行けたってことは、高校でも行けるってことじゃない?」

「ちょっ……軽々しくそういうこと言うのやめなさいっていったでしょ!?」

 アスカはキョロキョロと周囲を警戒するが、幸い三人の周りには人がいなかったので、誰かに聞かれたりはしていないようだった。

「だいたいあんたがそういうこと言うから、あたし達まで藤堂さんのライバルみたいな感じになってるし……」

 エクストリームチャンバラの全国大会で、優勝候補であった神楽崎中学のエースである藤堂を無名の中学の選手が破ったというニュースは、その大会の中では結構な話題になった。そして伝播するごとに噂は曖昧なものになっていき、最終的にはあまり関係ないはずのアスカや桜子まで、藤堂や神楽崎と因縁があるかのような話になっていた。

「完全にとばっちりじゃない……」

「えー?でも二人もいい試合してたじゃん」

 夏希がそう言うと、隣でニコニコと二人の話を聞いていた桜子がふと何かを思い出したように話し始めた。

「そういえば藤堂さん、神楽崎の関係者が夏希ちゃんをスカウトしたって知って、すごく怒ったらしいよー?『あの子は私が直接潰すんだから!』って。夏希ちゃんに負けたのが相当悔しかったんだねー」

 のほほんとした調子で語られた刺激的なエピソードに、アスカは顔をしかめた。

「やっぱりとばっちりじゃない……」

「まあまあ」

 やさぐれるアスカを桜子がなだめる。

「そもそも次また全国に進めるかも分からないのに」

 ため息交じりにアスカが言った一言に、あまり他人の意見を否定しない夏希が珍しく異論を唱えた。

「それはどうかなー。意外と可能性はあるかもよ?実際にこうして、先輩方は全国に来てるわけだし」

 そう言われてアスカは口ごもる。そもそも夏希達三人は、自分達が進学するだろう栄第一高校の試合を見に、わざわざ首都まで来ているのだ。そして相手校は、史上初の大会十連覇をかけてここまで勝ち上がってきた強豪、神楽崎高校である。

「それにしても、今年の一高はほんとに強いよねぇ。まさか決勝戦まで来ちゃうとは」

 夏希が試合の準備を進める栄第一高校の陣営を眺めながら呟いた。

「なんか、二年生に凄く強い人がいるらしいよー?」

 桜子が同じく一高陣営に目を向けたまま言った。

「あ、もうそろそろね」

 最後にアスカが、フィールドの中央に審判員が集まってきたのを見て口を開いたのを最後に、三人は終了の合図までじっと黙ったまま試合に見入っていた。


「まさか」と、夏希。

「まさかだねー」と、桜子。

「まさかだわ」と、アスカ。

「いや、疑ってたわけじゃないんだけど……」

 アスカは誰に言うでもなくそう弁解してから続けた。

「まさか本当に優勝するなんて……」

 決勝戦終了後、夏希達三人はそのまま表彰式を見ずに、会場の外に出た。特に示し合わせたわけではなかったが、目の前で起こった衝撃的な出来事に対して、気持ちの整理を付けたいという思いが三人の中にあったのだ。

 試合は最初、神楽崎高校が優勢かと思われた。が、一番手を落とした栄第一高校は、二番手と三番手で勝利するというまさかの逆転劇によって、神楽崎高校の十連覇を阻止し初優勝に輝いた。

「それにしても、あの三番手で出てきた二年生の人…………すごく強かったね」

 いつになく真剣な顔で夏希が呟いた。

「ゼッケンには『傘咲』って書いてあったけど、聞いたことない名前ね。あれだけ強いならもっと有名になってるはずだけど」

 アスカがそう言って首を捻る。ましてや、島に一つしかない公立の進学校だ。噂ぐらいは聞いたことがあってもいいはずだが、そういう人がいるとも聞いたことがなかった。

「一高には天才が二人いるって聞いたことあるけど、あの人のことなのかなー?」

 桜子が言ったその時、夏希が少し離れたところにあるベンチを指差した。

「ねえ、あそこにいるの…………」

 アスカと桜子は同時に、夏希が指さした先を見る。そこにいたのは、まさに今話題に上がっていた人物で栄第一高校を歴史的な勝利に導いたその張本人、傘咲雨音であった。

「傘咲さん……よね、あれ」

「あんなところで何やってるんだろー?」

 取りあえず遠巻きに様子を見ようという姿勢の二人をよそに、夏希は持ち前のコミュニケーション能力を発揮する。

「声かけてみよっか?」

「ちょっ……いきなり!?もうちょっと様子を見てからでも……」

 慌てて止めようとするアスカを無視して、夏希は雨音のもとへ駆けていく。

「すいませーん!」

 雨音は何か物思いにふけっていたようだが、その声に反応して顔を上げる。それを見てアスカと桜子も小走りで夏希の後を追いかけた。

「一高……じゃなくて、栄第一高校の三番手で出てた、傘咲さんですよね?」

「そうだけど……あなた達は?」

 雨音は怪訝な顔で三人の少女を見る。少し警戒している様子だが、知らない人に突然話しかけられたのだから当然だ。しかし夏希は構わずに自己紹介をする。

「あたし、久条夏希っていいます。この子が桜子で、その隣がアスカです」

「あたし達、栄東中学のエクストリーム部に所属しているんですけど、来年、もし受かったら栄第一高校の魔道部に入りたいと思っていて、それで今日、先輩方の試合を見に来たんです」

 横からアスカがフォローを入れる。それを聞いてとりあえずは納得したのか、雨音は前面に出ていた警戒心を引っ込めた。

「そう……。後輩にふがいない姿を見せたりはしていなかったかしら……。今更ながら不安になってきたわ」

 そう言って記憶を辿る様子の雨音。それを見てアスカは一瞬、負けた神楽崎高校の選手を暗に馬鹿にしているのかと思ったが、どうやら雨音は真剣にそう思っているようだった。

(この人も無自覚にそういうこと言っちゃうタイプか……)

 アスカは内心頭を抱えていた。

「それより先輩、表彰式はいいんですかー?」

 桜子が思いついたように尋ねる。アスカ達三人は表彰式が始まる前に会場を出たので分からないが、そろそろ会場内では三位までの高校が集合し表彰を受けるはずだ。二年生とはいえ、優勝に大きく貢献した雨音も当然その場にいてしかるべきだ。が、雨音の口から出たのは予想外の言葉だった。

「私だけ昼食を食べていなかったから、今のうちに食べておこうと思って」

「お昼ご飯……ですか……?」

 アスカは少し戸惑った顔で、雨音の膝に視線を落とす。そこにはコンビニの袋と、その中におにぎりらしき包みが見えていた。夏希と桜子も同様に少し困った顔をしていた。当然だ。普通、表彰式よりお昼ご飯を優先したりはしない。普通は逆なはずだ。三人の脳裏に、先程桜子が言った『天才』という言葉が浮かぶ。

 そんな三人の戸惑いに気付いていたのかいないのか、雨音は「まあ、それは言い訳だけど……」と苦笑した。三人は内心ホッとしつつそれに続く言葉を待った。

「部員じゃないから、微妙に居心地が悪いというのもあって……」

(((ん?)))

 三人の頭にはてなマークが浮かぶ。それから少しの間フリーズする。部員じゃない、その意味を理解するのには少し時間が必要だったのだ。

「一緒に過ごした時間も二、三週間程度だし、OBの人たちも知らない部員が表彰台に立つのは戸惑ったりするでしょうし……」

「ちょっ……ちょっと待って下さい!?」

 まだもごもごと何かを呟いている雨音を、アスカが止める。

「何かしら?」

「え、と、部員じゃない……というのは?」

「言葉通りの意味よ?地方大会を突破して、今年は本気で優勝を目指したいということで、急遽助っ人を頼まれたの」

 アスカはポカンと口を開けた。それは噂を聞かないわけだと思った。部員じゃないのだから、いくら強くても話題になるきっかけがないので噂にならなくて当然だ。というか、そもそも問題はそこじゃない。部員じゃないということは、魔道競技の練習を普段していないということだ。それでチームを優勝に導いたのだからまさに天才というほかなかった。

「それで表彰式には居づらかったんですねー」

 桜子が納得したように頷く。

 この大会は三年間の全てをぶつけ合う場であり、そんな大会の表彰式に立つのは三年間ずっと努力し続けたものこそがふさわしい。それが一般的な考え方だし、普通はそういう人が優勝するものである。だからこそ、助っ人で呼ばれただけの自分が立つことには違和感があり、そういう人たちを差し置いて自分が優勝することは何かおかしいのではないかという思いが雨音の中にはあったのだ。

 アスカも、それは致し方ないことだと思えた。だが。

「でも……やっぱり表彰式には出るべきだと思います」

 唐突に夏希が口を開く。それまで何か考え込むように伏せていた目を真っ直ぐ雨音の方へ向けて。

「…………なぜ?」

 雨音も、同じように真っ直ぐにその目を見返して尋ねた。

「今まで特に練習もしてなかった人が、突然試合に出て、優勝する。それをよく思わない人や、悔しい思いをする人は当然いると思います。だけどそれも含めて勝負っていうか、部員の人たちもそれを分かってて助っ人を頼んだんじゃないんですか?だったらどんな形であれ、試合に勝ったならちゃんと表彰式には出るべきだと思います。もし違うのならごめんなさい。でも、あたしには先輩が…………逃げているように見えます」

 沈黙が流れる。夏希はじっと雨音を見つめ、雨音も黙ったまま、何かを考えているようだった。

 一方アスカは、夏希が『逃げている』とそうはっきり伝えたことに驚いていた。普段からはっきりものを言う所はあったが、こうして先輩を前に、あるいは天才を前にしてもそんな風に堂々と振る舞えることに驚いていた。しかし同時に、何かモヤモヤとしたものが晴れたような気がした。それはアスカもまた、雨音に対して夏希と同じような気持ちを抱いていたからだった。

「逃げて……いる」

 雨音は夏希に言われた言葉を繰り返す。当たり前だが、その言葉は人に言われて嬉しい言葉ではない。ましてや今日始めて会った人に。しかし雨音は何度かその言葉を繰り返すと、何か納得した様に頷いた。

「そう……そうね、確かにそうかも知れない」

 それから雨音は会場の入り口辺りにある時計を確認して、「少し遅刻することになるかも知れないけれど……」とコンビニの袋の口を閉じて立ち上がる。

 その様子にアスカは思わず口を挟んだ。

「……結構すんなり決めるんですね」

 はっきりとは言わないが、そこには雨音に対して天才故のマイペースさというか、自分の決定をそう簡単には曲げない人物なのかと思っていたという気持ちも含まれていた。

 その考えに気付いたのか、雨音は苦笑いをする。

「まあ、つい最近まで私は人の意見を聞かない、そういう所があったわ」

 そして何かを思い出したのか、嬉しそうな顔をする。

「でも、ある人に会って少し変わったの」

 その表情を見て、アスカはピンときた。

「もしかして、彼氏……とかですか……?」

「詳しいことは言えないのだけど、そう捉えてもらって構わないわ」

「なるほど……」

 アスカは妙に納得する。傘咲雨音という人物は、おそらく天才である。この大会で見せたような衝撃を今まで何度も周囲の人間に見せてきたのだろう。同時に、さっき本人が語ったような居心地の悪さも幾度となく経験してきたに違いない。

 天才と凡人にはどうしても埋められない溝がある。彼女の場合、人の意見を聞かないというのは単なる我が侭ではなくて、人の意見が自分に当てはまらないことが多かったのだろう。そういうことが何度もあれば、そういう性格になるのもある意味仕方のないことだと言える。

だが実際の雨音は違った。悩み、逃げこそすれど、人の意見を素直に受け入れまた立ち向かう。アスカの抱いたイメージや、『人の意見を聞かないところがあった』という本人の証言とも食い違う。が、それもこれも、恋をして変わったといわれれば合点がいく。

「彼氏さんかぁ……。どんな人なんだろう?」

 この手の話が好きな桜子は嬉しそうに言う。それに対して雨音は、困ったように肩をすくめて見せた。

「どんな人かって聞かれると、何ていえばいいのかしら……」

「周りの反応とかどんな感じなんですかー?」

 桜子はなおも聞きたがるが、雨音は小さく首を横に振った。

「実は少し訳ありで……、彼のことを知っているのは私の親友一人だけなの」

 それを聞いて桜子は驚いたように「そうなんですかぁ」と呟いた。

アスカは訳というのがどういうものなのか少し気になったが、別に尋ねるほどのことでもないかと思い直した。恋人という関係を秘密にする理由くらいいくらでもある。それこそ恥ずかしいからとか、そういう単純な理由でも何ら不思議はない。それよりももっと、アスカには気になることがあった。

「あの、一ついいですか?」

 アスカは思い切って雨音に尋ねてみた。

「なにかしら?」

「なんであたし達には話してくれたんですか?」

 雨音は予想外の質問に少し目を見開いたが、すぐにいつもの表情に戻る。そして何かを考えるように目を伏せた後、もう一度アスカの顔を見た。

「そうね……自分でもよく分からないのだけど…………強いていえば似ていたのかも知れないわね。彼女と、彼が」

 そう言って雨音は、恋愛の話になってしばらく蚊帳の外にいた夏希の方に目を向ける。

「あ、あたし!?」

 急に話を振られた夏希は驚いて、自分の顔を指さす。

「に、似てる……というのは?」

 アスカも予想外の答えに狼狽えつつ雨音に尋ねた。

「私と向き合ったときの目ね。彼も同じような目をするのよ。鈍感なようで、私の内側まで届くような真っ直ぐな目。だから夏希さんに言われたとき、思わず正直に答えてしまったのかも知れないわ」

 そう言って雨音は目を閉じる。彼、とやらのことを思い浮かべているのだろう。

 話を聞いてアスカは、なんだか羨ましいと思った。そういう風に真っ直ぐに向き合ってくれる人が身近にいるのはきっと凄く幸せなことだろう。そこでふと、前に夏希に見つめられて思わず目を逸らしてしまったことを思い出した。思い返せばその時だけではなく、何度もそういうことがあった。

(逸らさず、向き合うべき時が来るのかも知れないわね……)

「……?どうしたの?」

 アスカの視線に気付いた夏希がキョトンと首をかしげる。

「何でもない」

「そろそろ行くわね。本当に遅刻してしまう」

 そう言うと雨音は会場の方へと駆けていった。残された三人は、頭の中で今までの会話を整理する。

「結局どんな人なんだろうね、傘咲先輩の彼氏って」

 桜子が首をかしげる。

「夏希に似てるってことだけど……」

 アスカは夏希の顔を見る。

「あたしに似てる…………う~ん、どういう感じなんだろう?」

「まあ、一高に行けば分かるんじゃないかな?」

 桜子がそう言うと、夏希は「それもそうだね」と笑った。

「よ~し、何かやる気出てきたぞ~!みんなで一高受かって、それで全国行こうねっ!」

「全国までセットなのね……」

 アスカは呆れた顔で呟いた。


毎度ありがとうございます。訳あって番外編⑨から一つ飛ばし、⑪として投稿します。

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