(34)お宅訪問
夏休みといえども、一応進学校である栄第一高校には夏季課外というものが存在する。要は、夏休みだけど午前中は学校に来て授業を受けなさいということだ。
「晴太先輩!!!」
課外が終わってこれから遊びや部活に行こうとする生徒達に動きがピタリと止まる。皆一様に声のした方に注目する。その声の発信源、廻川水は教室中の視線が集まっていることなど気にも止めていないようで、そのままツカツカと教室の中に入ると入り口から正反対の位置にあった晴太の席までやって来た。
そしてドン!と机を叩く。
「どういうことですかっ!何があったんですか!?」
前回の透明マントまで使ってコソコソとやって来た様子とはまるで違う、怒りをあらわにした水に思わず晴太はたじろぐ。
「いやっ、ちょっと待って……!いったん、いったん場所を変えよう!」
そう言って晴太は、水を連れて彼女の理科室にやって来た。
「えっと……それで、話っていうのは……」
晴太がそう言うと、水はキッと晴太を睨む。
「分かっているでしょう?」
「雨音のこと……だよね……」
「そうですよ!!!」
水の堅く握られた拳を見て、彼女がどれほど雨音のことを心配しているのかがよく分かった。だが一方で、そこまで深刻な問題ではないのではないかと思う気持ちも晴太の中にはあった。
「あの後、何かありましたか?というか、何があったんですか?」
水は既に晴太が原因と決めつけているようで、疑わしげに、それから少しだけ心配そうに晴太の顔を覗き込む。
「う、まあ……どうだろ……」
晴太は雨音と最後に交わした会話を思い出す。別段、おかしな部分はなかった様に思った。タイミング的には、その時のことが原因だったという線が濃厚だが、当然ただ風邪で休んでいるだけということも考えられる。一週間とは少し長い気もするが、風邪の種類によってはそれくらい休まなければならないものもあるため何とも言えない。
しかし、どうしても晴太の脳裏には、雨音が最後に発した言葉とその時の彼女の表情が浮かんで消えなかった。
(もしかしたら……)
はっきりとそうだとは言えないが、さすがの晴太にも思うところはあった。だからこそ、こう言ったのだった。
「雨音の家、行ってみようかな……?」
翌日、土曜日で学校が休みなので、晴太は朝から雨音の家に向かっていた。水に教えて貰った雨音の住所は、旧市街を西に向かった山の麓だった。通学に利用している交通機関が異なるので離れているような気がしていたが、晴太の家が旧市街と新栄街の間くらいにあるので思っていたよりも近いことが分かった。
水に言われた近くのバス停でバスを降りる。マンションの多い新栄街と違い、この辺りは一戸建てが多い。少し離れた山の上に校舎のような建物が見える。おそらく私立栄高校だろう。島にもう一つある栄工業高校も公立なのでこの島で唯一の私立高校だ。
「この辺りのはずなんだけど……」
晴太は表札を確認しながら目的の家を探す。古い住宅街なので脇道や妙な曲がり角も多く、何度か迷いかけた。そうして15分ほどその辺りをウロウロして、ようやく『傘咲』と書かれた表札を見つけた。
「ここか……」
雨音の凜とした佇まいから何となく旧家のお嬢様っぽい雰囲気を感じていたが、実際晴太の目の前にある家は普通の一軒家だった。だが傘咲という名前は割と珍しいため、おそらくここで間違いないだろう。
「…………」
しかしここに来て晴太は尻込みする。それもそのはず、同級生の女の子の家に来るなんて生まれて初めてのことだ。急に来て迷惑なんじゃないだろうかとか、親がいたらどうしようとか、色々な心配ごとが晴太の頭をめぐる。
(いや、何緊張してるんだ僕は……。取りあえず呼び鈴を鳴らす、鳴らすぞ……!)
ようやく決心して、晴太は小さく深呼吸をした。心なしか震える手で呼び鈴を押す。
『はい……』
インターホンから女性の声が聞こえた。雨音の声かとも思ったが、母親の可能性もあるので晴太は一応よそ行きの挨拶をした。
「あの、僕……雨音さんの同級生の久条晴太っていいます。突然の訪問で申し訳ないのですが……雨音さんはおられますか……?」
『…………晴太くん?』
今度は確実に雨音の声だと分かる。晴太の中で母親でなくてよかったという安堵感と、雨音相手によそ行きの挨拶をしてしまったという羞恥心がごちゃ混ぜになった。が、取りあえず雨音が大丈夫そうでよかったという気持ちが一番先に出た。
「雨音……?よかった……。一週間も学校に来ないから心配したよ」
『あなた、また水に言われてきたのね……』
インターホン越しに少し呆れたような声が聞こえる。まさにその通りだったので、晴太は思わず聞き返してしまう。
「え、なんで分かったの!?」
『だって、私が何で休んでいるかなんて、あなたに分かるはずないもの』
その瞬間、体がサーッと冷えていくのが晴太には分かった。暑い季節、普段なら心地よい風が体温を奪うように肌をかすめていく。
「それって……やっぱり……」
自分のせいだ、と晴太は思った。踏み込もうと思えばいつでも踏み込めた。それでも、そうじゃない可能性を考えると、まだ焦らなくてもいいかという気持ちになってしまったのだ。しかし雨音は焦ったようにまだ晴太の内側にあったその次の言葉を否定した。
『ちっ、違うの!そういうことが言いたいんじゃなくて……晴太くんのせいじゃなくて、むしろ水も知らないことっていうか…………』
「僕のせいじゃなくて、水も知らないこと……?」
晴太の頭に疑問符が浮かぶ。「あなたのせいじゃない」、これだけなら「気にしないで」という意味でとれる。だが、水も知らないことという条件が妙に引っかかっていた。そのままの意味で取るなら、「晴太も水も関係ない、雨音個人の問題」ということになるからだ。
(あれ?もしかして僕、来たらまずかったのか……?)
晴太がそう思い始めたとき、普段はあまり聞かない、遠慮がちな声で雨音が言った。
『晴太くんさえよければ……上がって。せっかくその……来てくれたのだし……、それに…………晴太くんには見せてもいいと思うから』
「見せる?何を?」
『私が休んでいる理由。あの……絶対に笑わないでね?』
「え?うん……?」
(笑う?何を?)
雨音が一週間も学校を休んでいる理由。どうやら晴太の思っていたことはまたもや見当違いだったようだが、そうなるといよいよ晴太にはその理由が分からなかった。もちろん、雨音は面倒くさいからなどという理由でサボるような性格じゃない。だが、声を聞く限り病気というわけでもなさそうだった。
(笑わないで、ということは、何か人に笑われるような状態に陥ってしまった……?それも、あの日僕と別れた後で……)
雨音の家の玄関の前で、晴太はドラマに出てくる名探偵のようにあごに手を当てて彼女が学校を休んだ理由を考えていた。そうしているうちにインターホンから再び雨音の声が聞こえる。
『そう……じゃあ今、鍵を開けるわ。入ってすぐ脇に階段があるから、そこを上がって。向かって右の部屋が私の部屋だから』
続けてガチャリと鍵の回る音がしたので、晴太は恐る恐る玄関の引き戸に手をかける。そのままゆっくりと右にスライドさせるが、さっき鍵が開いたばかりの玄関には人の気配がなかった。慌てて部屋に戻るような足音も聞こえなかったため、雨音はおそらく自分の部屋から鍵を開けたのだろう。見えていない部分を動かす、地味だが意外に高度な魔法技術である。
雨音の能力の高さに感心しつつ、晴太は扉を閉めて家の中を見渡す。廊下の左側に部屋、奥に台所が見える。雨音の言うとおり、入ってすぐ右脇に階段があった。
「お邪魔しまーす……」
ありがとうございます。また番外編を割り込ませることになりそうです。申し訳ないです……。




