(30)提灯通り夏祭り
提灯通りに色とりどりの提灯が並んでぶら下がっている。
提灯祭りの始まりは今から百年ほど前。しかしそれを説明するにはそのさらに三百年ほど前に遡らなければならない。
当時、まだ漁業が主な産業だった栄島、本土から迫害を逃れた魔法を使えない者達が移住してくる。住民達も初めは警戒心、言ってしまえば嫌悪感を抱いていたが、移民達が普通は扱えないはずのマゴロシノキを扱えることが分かると態度が一変する。彼らは移民達を島の新たな住人として歓迎し、移民達は自分達を受け入れてくれたことに感謝した。そして友好の証として移民達はマゴロシノキから提灯を作り、住民達がそれに火を灯した。それが提灯通りの始まりだとされる。この島が隠島と呼ばれるようになったのもちょうどその頃からだ。
そして再び時代は近代に戻り今から百年ほど前、魔法工学の発達を予見した当時の栄町長が、島の伝統産業であるマゴロシノキの工芸品やそのきっかけになった提灯通りを守るために提灯祭りを企画した。結局町長の予想は見事に当たり、魔法工学の発達で世界の近代化は大きく進み、栄の中心も提灯通りのある旧市街から新栄に移った。だがその後も提灯通りが島一番の祭りであり続けたため、この百年で色々な物が生まれ、失われていった中でも提灯は変わらずに火を灯し続けている、というわけだ。
「それにしても……」
晴太は通りの入り口に立って商店街を見渡す。
「賑わってるなぁ」
提灯祭りの日程は二日間。一日目は伝統に則って赤提灯で統一され、二日目は商店街のそれぞれの店や参加団体が工夫を凝らした色とりどりの提灯を掲げる。今日は一日目なので真っ赤な明かりがずらりと通りの奥まで続いていた。
渚が待ち合わせに指定した場所は提灯通りの入り口付近だったが、同じように連れを待っていると思われる人たちでごった返していたので、晴太は少し離れたところにある服屋の壁により掛かった。
(しかし浴衣の人も結構多いなぁ)
女性はそうだが、男性の浴衣姿もちらほら見かけることに晴太は少し驚いた。もしかすると晴太の知らない間に浴衣と言えば女性、という考え方が変わってきているのかも知れない。
しかしそうなると気になるのが渚はどういう服装で来るのか、だ。晴太はもちろん、浴衣なんて持っていないが、渚はどうなのか分からない。
(でも浴衣出来たら……結構ドキドキするよね)
そんなことを考えながら人混みを眺めていると、その一角から突然名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「久条くん!」
声のする方を見ると、人並みの向こうから手を振りながらこちらに駆け寄ってくる少女がいた。
「魚守さん。よかった、人が多くて会えないんじゃないかと思ったよ」
「ほんと!相変わらず凄い人の数だね」
渚は笑って言った。
晴太は渚の服装を眺める。ゆったりとしたギンガムチェックのワンピースだ。普段は制服か体育服だし、この前の時はジーンズをはいていたので、こういう女の子らしい格好もまた新鮮だと晴太は思った。
「あの、そんなに見たら照れるって……」
「ああ、ごめん……」
晴太は慌てて目を伏せる。
「じゃあ……行こっか」
「ああ、そうだね」
二人は並んで提灯通りの中を歩いて行く。普段はシンプルだがカラフルな提灯が並ぶ通りも、今日は赤い提灯で統一されているため何だか不思議な感覚になる。そして晴太の隣には渚の姿がある。
「なんか、久々だなぁ。この感じ。お祭りに来た!って感じ」
渚がしみじみと言った。
「どういうこと?」
晴太はイベントに対して面倒くさがりなのでお祭りに行くことはあまりないが、渚はこの手のイベント事には欠かさず参加していそうなイメージがあった。そんな晴太の考えを察したのか、渚は少し照れ気味に話し始めた。
「いやね、ほんとは毎年来たかったんだけどね、ちょっとお勉強の方が……」
「ああ……」
渚の言葉を聞いて晴太はすぐに納得した。
「まあ別に来てもいいんだけどね……。こういうとこって意外と先生が見回りしてたりするから。中学の時それでちょっと色々あって……それ以来提灯祭りとはご縁がなくて……」
渚はその時のことを思い出したのか苦い顔になる。しかしすぐに「でも!」と顔を上げ晴太の方を見る。
「今年は来れた!久条くんのおかげでね!」
「いや、僕はちょっと手伝っただけで……」
晴太は恥ずかしくなって顔を背ける。同時に、渚がなぜあんなに晴太に感謝していたのか、その理由が分かった気がした。
「もう、またそうやって謙遜する~。感謝素直に受け取っておくものだよ?」
渚は不満そうに言った。
「そうかな」
「そうだよ。だから今日はいっぱい楽しもっ!」
満面の笑みを浮かべる渚に、思わず晴太は目を奪われる。まだ少し思うところもあるが、今それを言うのも野暮かも知れないと思ったのだった。
(海守さんの言うとおり、今はこの状況を素直に楽しむべきなのかもな)
晴太はそう自分の中で納得して、少し大股で先を行く渚に並んだ。
提灯通りは普段から活気溢れる場所だが、今日は特にそうだった。それぞれの店は午後から閉店し、かわりに『提灯通り組合』と書かれたテントを建てて食べ物や何やらを売っている。肉屋は肉を焼き、八百屋は野菜を焼き、それぞれが自分の店の強みを存分に発揮していて、その様子は互いに競い合っているようでもあった。服屋や薬屋など祭りにあまり関係のない店も、ボールすくいや型抜きをしたり、ちょっとしたイベントを企画したりなど、それぞれが工夫を凝らしたやり方で祭りに参加していた。
「久条くんはどこか行きたい店ある?」
渚は晴太に向かってそう尋ねるが、晴太は「う~ん……」と首を捻る。
「と、言われても……」
「あ、そっか。久条くんは去年越してきたばかりだからこの祭りのことよく知らないのか」
「まあ、それもある」
そもそも晴太は、お祭りというもの自体ここ数年訪れてないので、お祭りの楽しみ方がよく分からなかったのだが、それはまあ黙っていた。
「よし、じゃああたしが提灯通り夏祭りの楽しみ方を教えてあげよう!」
そう言うと渚は晴太の手を引いて駆けだした。
「まずはここ!」
渚は行列の出来ているテントの前で足を止める。テントの脇には和菓子屋小藤と書かれたのぼりが立っていた。
「ここのアイスどら焼きね、お祭りでしか売らないからいつもすぐ売り切れちゃうんだ~」
「そうなんだ」
晴太はよく知らないが、小藤はこの街では有名な和菓子屋らしい。しかし知らなくても名前を聞くだけでそれが美味しいと分かる。晴太は柔らかい生地に冷たいアイスが挟まれている様子を思い浮かべて顔をほころばせた。
それから二人は、まず地元の和菓子屋が限定販売しているアイスどら焼きを食べ、金魚すくいやヨーヨー釣りをして、焼き鳥や焼きそばなんかを食べた。渚は歩きながら何か面白そうな出店を見つけると晴太の手を掴んで駆け出すので、二人で楽しむと言うよりは晴太が渚に連れ回されているような感じだった。
「結構回ったね~」
「そうだね」
ひとしきり遊んだ後、二人は少し離れたところにあるベンチに腰掛けた。先程よりは人も少なくなってきたようだが、通りはまだ多くの人で賑わっている。いつもとは違う、非日常を楽しむ人々。ついさっきまでその中にいたのだと思うと晴太は不思議な感覚にとらわれた。
「…………」
ふと横を見ると、渚が晴太の顔を不安そうに見つめていた。
「どうしたの?」
「え?えっと……その……」
渚は口ごもるが、晴太が次の言葉を待っていると分かると、言いにくそうに尋ねた。
「久条くんは楽しかった?」
「え?」
「いやね?あたしが行きたいとこばっかり連れ回して、久条くんの意見とか全然聞いてなかったなぁって……」
渚は申し訳なさそうに俯く。それを見て思わず晴太は笑ってしまった。
「ふっ……」
「ちょ、なんで笑った!?」
「いや、いつになくしおらしいなってさ……」
晴太はまだ上がろうとする口角を何とか押さえて真面目な顔を作る。
「大丈夫だよ、気にしてないから。ていうか、魚守さんが気にしてるのも意外だったぐらい」
キョトンとする渚に晴太は続ける。
「それに、嫌なときは嫌っていうし」
晴太が言葉を出し終えると、今度は沈黙が訪れた。お祭りの喧噪が実際よりも遠くから聞こえる。少し間を置いて、渚は恐る恐る話し始めた。
「じゃあ……嫌じゃなかったってこと?」
晴太からすればそんな風に思われてむしろ申し訳ないくらいだったが、渚は真剣なまなざしでそう尋ねた。
「もちろん。改まっていうのも恥ずかしいけど、楽しかったよ。お祭りってこんな楽しかったっけ?なんか、去年も行っておけばよかったなぁって」
晴太はしみじみと言った。去年は一緒に祭りに行くような友達はいなかったが。そうしたら、見かねた夏希に、一緒に行かないかと誘われたことを晴太は思い出す。もちろん夏希の方には友達がいるので遠慮したが。
「そっか、楽しかったのか……そうか」
晴太の言葉を聞いて、渚は何かを納得したようにウンウンと頷く。
「なに?」
「んーん、何でもない。それよりこの後どうする?」
そう言われて晴太は通りにある時計を確認する。
「うーん、もう帰っても言い時間ではあるけど…………。魚守さんは?」
「あたしはもう少し……」
そう、渚が何か言いかけたとき別の声がそれを制した。
「君たちは高校生かね?高校生がこんな時間に外出していいと思っているのかね?」
ここまで読んで下さりありがとうございます。夏祭りです。
お祭りなんてもう十年以上行ってないですね~。まあ人混みは疲れますしね。想像で十分楽しいっていうか。




