番外編⑪
「あついー……」
テニスコートのフェンスに寄りかかって、中塚さやかはこぼした。それに答えるように海守渚も呟いた。
「あついねー……」
校舎の向こう側から入道雲がもくもくと湧き出している。騒々しく響く蝉の声と髪の毛を燃やさんばかりの太陽。気が滅入りそうなほど夏だ。
「でも!明後日から夏休みだと思うと、目に映る全てが輝いて見える!」
さやかは大袈裟に顔と両方の掌を空に向けて目を細めた。明日が終業式で明後日から夏休み。といっても課外はあるのだが、それも昼過ぎには終わる。夕方まで授業があるのと昼過ぎに終わるのは全然違う。
「楽しみだね!」
渚は満面の笑みで答える。それを見てさやかは、空に向けた両手を下ろして呆れた顔で渚を見る。
「あんたはどうせ追試地獄でしょ」
「え?ごめんもう一回言ってくれる?」
「いや、だからあんた、追試あるでしょ?」
「追試ならもう終わりましたけど?」
「は?」
「追試終わりました。無事、全て合格しました」
どうだといわんばかりに渚は言ったが、その顔にはこらえきれない笑みがこぼれている。一方のさやかは、渚の言ったことがまだ信じられないようで、真面目な顔で渚に尋ねた。
「ほんとに……?」
「ほんとに」
「嘘でしょ!?あんたが?どうやって……!?」
さやかの声がテニスコートに響く。
「どうやってって、勉強したに決まってるじゃん」
渚はムッとして言い返した。
「まあその……クラスの人に手伝ってはもらったけど……」
「なぁんだ、そういうことか」
それを聞いて安心したとさやかは胸をなで下ろす。
「で、誰に手伝ってもらったの?」
「久条くんって……知ってるかな?あんまり目立たない人だから」
「久条…………?」
さやかの頭に一瞬、はてなマークが浮かぶ。というのも、さやかは勝手にその人を女の子だと思い込んでいたからだ。さやか達の学年に久条という名前の女子生徒はいない。だが、男児生徒なら一人だけいる。
「え、ちょっと待って!久条って久条晴太のこと!?てか男!?」
さやかは驚きのあまり声を上げる。久条晴太は渚のクラスの男子生徒だ。あまり目立たないので詳しいことはよく知らないが、渚のクラスで一番成績がいいのと魔法が使えない体質ということで、何となく印象に残っていた。全く接点がなさそうな渚と久条晴太が繋がっていてことに驚いたが、何よりもさやかが驚いたのは、渚が男子生徒に声をかけたことだった。
「あんた、男とか興味なさそうだったじゃん!」
「べっ別にそういう目的じゃなくて!あたしはただ、久条くんなら頭いいし教えるのとか上手そうだなーって思っただけで……」
「あー、そういうとこに惚れたってわけね」
「だからそんなんじゃないって!」
渚は少し強めに否定したが、さやかは「はいはい」と軽く受け流す。
「さやかってほんと、そういう話に敏感だよね~」
「あんたが疎いだけよ」
「そうかなぁ」と渚は首をかしげる。実際、渚はその手の話に疎かった。が、全くの鈍感というわけでもなかった。
それから二人は、しばらく黙ってテニスコートを眺めていた。二人の間では、会話の途中でこんな風に黙り込んでしまうこともしばしばであったが、それは単に話題が尽きたからではなく二人がそういうリズムで会話しているだけで、タイプの違う二人がそういう部分で上手くかみ合っているという証拠でもあった。
「で、」とさやかが口を開く。
「渚はその久条くんとどんな関係なわけ?」
「どんなって、友達だよ」
「友達?」
「そ、友達になったの」
「なるほどね」
まるで見透かしたように言うさやかを見て、渚は少しムッとして言い返す。
「なによ、犯人が分かったときの名探偵みたいな顔しちゃって」
「いや、別にそんな顔してないけど……」
さやかは呆れた顔で答える。が、すぐに「いや……」とあごに手を当て考える。
「あんたを見てたら、探偵になれそうな気がしてきた」
「なにそれ-」
そう口を尖らせる渚を見て、さやかはにへっといたずらっぽく笑った。
割り込ませていただきます。




