(29)二人の相談
「ねえねえ久条くん、ちょっと相談があるんだけど」
夏休みに入ってすぐ、課外終了後に渚が晴太のもとにやって来た。
「なに?海守さん」
「今週末さ、お祭り行かない?」
「お祭り?」
晴太は首をかしげる。あまりそういう所には行かないので、イメージが湧かなかったのだ。小さい頃に家族でどこかのお祭りに行った記憶があるが、ここ数年は全く行っていない。確か夏希が去年部活の友達と行っていたようなと、晴太は考えを巡らす。
「あ、久条くんは引っ越してきてそんなに経ってないから知らないのか。この時期にお祭りって言ったらね、商店街の提灯祭りのことだよ」
そうだ提灯祭りだ、去年夏希が行くと言っていたのは。と、晴太は思い出した。
「あー、そういえば何か張り紙がしてあったなぁ。あれ、今週末だったのか」
「そうそう。ね、行こーよ」
渚は机の正面に座り込んで、上目遣いに晴太を見る。晴太は恥ずかしくなってスッと目を逸らした。雨音の顔と、昨日の粋の言葉が同時に浮かんできて少し気まずくなる。
「う~ん……。でもさ、僕なんかよりも友達とかといった方がいいんじゃない?」
「だからその友達を誘ってるんでしょうが」
「あ、そっか」
晴太が渚と過ごした日、デートと言えばデートだし、そうじゃないと言えばそうじゃない。どちらにせよ、あの日晴太は友達になろうと言われて友達になった。まだ二週間も経っていないくらいだが、晴太の中ではもうずいぶんと昔の出来事であるかのような、曖昧な記憶になっていた。
晴太が答えに困り横目に渚の方を窺うと、渚は机の端に手をかけ、子犬のような真っ直ぐな視線を晴太に向けていた。
「えっと……まあ、考えとくね」
「前向きに検討してね」
帰り道、晴太は悩んでいた。もちろん祭りに行くか否かで。水の言うとおり、仮にも彼女のいる身でそういうデートっぽいことをするのはよろしくないように思える。が、一方でせっかく誘ってくれたのに断るというのも気が引ける。この場合渚が晴太をただの友達だと思っているのかどうかによって返答が変わってくるが、彼女の本心が分からない以上予測で動くしかない。そうなると丁重にお断りするのが無難だが、残念ながら晴太には断る理由がない。理由がなければ断りづらいのだ。
「どうしようかなぁ」
晴太は電停に立って呟いた。強いて理由を挙げるとすれば、「妹がいるから」という理由があるにはある。妹を家に一人置いていくわけにはいかない。それでも夏希が友達とお祭りに参戦する可能性や、妹さんも一緒にと言われる可能性もあるので、いかんともしがたい。
「どうしたものか」と悩む晴太の耳に、路面電車の揺れる音が聞こえてきた。
そしてその夜のこと。
「お兄ちゃん、ちょっといいかな。相談があるんだけど」
晴太が自分の部屋で漫画を読んでいると、夏希が遠慮がちに入って来た。
「夏希もか」
「あたしもって?」
「いや、何でもない。それで、相談って?」
晴太は読んでいた漫画を閉じて夏希の方に向き直る。
「あ、うん。あのさ、今度首都で魔道競技の全国大会やってるじゃん?」
その言葉に晴太の体が反応する。魔道競技の大会といえば今まさに雨音が出場している大会だ。しかし夏希にはまだ雨音のことを打ち明けていないので、晴太は平静を装って答えた。
「……ああ」
「それでね、先生が、あたし達三人をその会場に連れて行ってくれるって」
「…………え?」
予想外の台詞に晴太の思考が一瞬止まる。
「え、ちょっと待って。それって首都に試合を見に行くってこと?費用とかどうすんの?」
「一部は先生が出してくれて、残りは後で徴収するって。実は一週間くらい前にその話が上がって、その時はまだ、保護者の許可と学校側の許可が下りたら行けるかもって感じだったんだけど……」
先生とは夏希の部活の顧問のことだ。その先生というのが合宿やら遠征やらをよくやりたがる教師なのに加え、部員が三人しかいないのも相まって、夏希達の部活は何かとそういうイベントが多い。ただし今回の件に関しては夏希たちが全国大会まで駒を進めたことと、初戦敗退とはいえ優勝校の主将に勝利したことが大きいだろう。エクストリームチャンバラは魔道競技の簡易版として考案されたスポーツ。これから魔道競技を本格的に始めるであろう彼女たちに、全国のレベルを見せておきたいという顧問と学校側の考えが見て取れる。
「今日ね、正式に首都に行くって決まったの」
「あ、じゃあ母さんたちは知ってるんだ」
両親が知っていると分かって晴太は少し安心した。何しろ共働きでほとんど家にいないので、そういうとき特に相談もなく決めてしまうことも多いのだ。
「うん。ごめんね、お兄ちゃんには言ってなくて……」
「いや、それはいいんだけど。ところで出発はいつなの?」
「今週末」
「今週末…………あ、そうか!うちの高校の決勝戦か!」
実は昨日、全校集会で栄第一高校魔道部の決勝戦出場が決まったと発表されていた。つまり夏希は、雨音の試合を見に行くということになる。もちろん彼女は晴太と雨音が知り合いとすら思っていないだろうが。
「相手校の方も今日決まったらしいよ。なんとあの神楽崎高校だってさ!」
神楽崎高校といえばスポーツの名門校である。と同時に、有名な政治家や社長を多く輩出する超エリート校でもある。そのためスポーツの大会があるたびに誰かしらが言うのが、「神楽崎高校じゃない高校にかって欲しい」という台詞だ。まあそれぐらい強いのだ。
「神楽崎ってことは藤堂さんも来るのかな?会えるといいなぁ~」
「そういや、夏希は勝ったんだっけ?その藤堂さんって人に。確か中等部のエースだったって聞いたけど……」
「うん、すっごい強かったよ」
まるで人ごとのように言う夏希を見て、晴太は改めて自分の妹は凄いやつなんだなぁと感心した。
「でもほんと、縁って不思議だよねぇ。全国大会の初戦で戦った相手の高等部と、あたしの地元の高校が全国大会の決勝戦で当たるなんて」
「不思議だねぇ」と晴太も頷く。しかも栄第一高校には助っ人として雨音が参加していて、実は兄貴の彼女であること。本当に不思議な縁だなぁと晴太は感心する。もちろん、感心している場合ではないが。
「じゃあお兄ちゃん、そういうわけだから。その日の夜ご飯は何か適当に食べてね」
「了解」
「じゃあ、おやすみ~」
「おやすみ」
ここまで読んで下さりありがとうございます。志賀です。
少し短いですが今回はここで切ります。




