番外編⑧
「これはすごいな……」
期末試験の結果が掲示された日の放課後。晴太は水に呼ばれて理科室、もとい彼女の研究室を訪れていた。
「散らかっていてすみません。あの時は晴太先輩を監禁するために片付けていましたが、普段はこんな感じなのです」
そう、晴太はつい先日ここに監禁されていた。目の前で申し訳なさそうにしている少女、廻川水によって。しかしまあ、その問題はもう解決済みだ。水と雨音は互いの間にあった溝を埋め、今ではすっかりもとの関係に戻ったようだった。
「それにしても……」
晴太はもう一度理科室を見回す。そこら中に何かの図面やら道具、また見たこともない魔法具らしきものが転がっていた。
「これ、全部水の発明品なの?」
「まあ全部ではありませんが、だいたいそうですね」
水は偉ぶるでも謙遜するでもなく言った。彼女の開発した、『魔法が使えない者でも魔法が使えるようになるシステム』のおかげで、今までは不可能だったあらゆる事が出来るようになった。そしてその開発者である彼女がその技術を応用した数多くの発明を行っているのは至極当然なのだが、理科室の床や机の上に転がっている物の中には明らかにそれとは無関係に見える発明品もちらほらと見受けられる。
「これ……この前使ってた抱き枕じゃない?」
晴太は目に付いた筒状のものを指さす。
「ああ、そうですね。恥ずかしながら、あちきは抱き枕がないと眠れないのです」
そう言いながら水は筒状のそれをくるくると回転させながら上に投げる。
ぽんっと、空中で回転していた筒状のそれが突然膨らんだ。サイズが変わったことで回転が止まり、それは水の両腕にふわりと落下する。イラストのクマと目が合う。それはまさにこの前、てんやわんやの最中に晴太が目にしたあの抱き枕だった。サイズは抱き枕というだけあってかなり大きい。水の身長と同じくらいはありそうだ。しかしそれが、先程までまるで水筒くらいの大きさにたたまれていた。
「これも水の発明なの?」
「まあ発明といっても、もとからある技術を応用しただけなのですが……。先程も言ったとおりこれがないとどうにも眠れないので、旅行先でも眠れるように開発したのです。そのため肌触りや柔らかさに関してはかなり試行錯誤しましたね」
我が子にそうするように抱き枕をなでる水。発明とは世のため人のためにするものだとばかり思っていたが、案外自分の欲しいものというのが原点になっていたりするのかも知れないと晴太は思った。
「実を言うとこういうのはまだいい方で、あちき自身何に使うか分からずに、アイディアだけで発明してしまったものも多いのです」
水はそう言うと辺りを見回す。
「あ、これなんかそうですね」
机の端の方に置いてあった何かの台のような物を手に取った。真横から見ると台形、真上から見ると円形。ちょうど円錐形の下半分のような形をしている。あまりにもシンプルなデザインに晴太が首をかしげていると、水はそのものを机に置いてスッと手をかざした。
「まあ見ていてください。いきますよ~?」
目を瞑って意識を集中させる水。そしてカッと目を見開くと短く叫んだ。
「はぁっ!」
ボウッ
と何かが飛び出してくる。青色の火の玉だった。丸いので太陽のミニチュアのようにも見える。
「とまあ、これだけなんですけど。あ、あと色も変わりますよ?」
水は手をかざしたまま、『赤』や『緑』と色の名前を唱えた。すると、丸い火の玉もそれに合わせて色が変わった。まあ、それだけだった。
「これ、なんのために作ったの?」
「さぁ……?あちきにもよく分かりません。でもまあ、綺麗だから置物か、あるいはライトにでもなるかと思いまして」
確かにゆらゆらと揺れる炎はずっと見ていられる安心感がある。さらに自分の好きな色に変えられることを考えれば、インテリアとしてそれなりに需要がありそうだ。
「ちなみにこれ、炎に見えますが炎じゃないので触ることも出来ます」
「そうなの?……あ、ほんとだ」
晴太は炎に手を通して感嘆の声を上げた。熱くはないが、何かを触っている感触はある。今までにない感触に晴太は興味津々で炎をすくったりなでたりした。水はしばらくその様子を見ていたが、ふいに声を掛ける。
「時に晴太先輩、先程雨音先輩と三人で話しておられましたが、一緒にいた女性はどなたですか?」
「ああ、魚守さんのこと?」
「魚守さん……なるほど」
水が急に真剣な声色になったので晴太は炎から目を離して水に目を向けた。何か思い詰めた顔で腕組みをしている。
「え、なに、どうしたの?」
「いえ、別に。ただ、雨音先輩をどうこうしようする可能性があればその子も監禁しようかと思っただけです」
ゴゴゴゴッと音が聞こえてきそうな程の殺気が水の周囲に立ちこめる。
「え、ちょっ、ちょっと待って。大丈夫だから!僕が勉強教えて欲しいって頼まれただけだから!」
「そうなのですか?それはそれで怪しいですね……」
トーンダウン。だが、まだ少し殺気が残る様子で水は晴太を見る。
「怪しい?」
「ええ、怪しいですよ」
晴太が尋ねると水は反復する。確かに、あの場にいた中で一番成績がいいのは雨音だったし、そうでなくてもなぜ晴太に、という疑問がなくはない。でもまあ雨音はある種孤高の存在であるわけで、晴太と渚は知らない中ではないわけだ。そういうこともあるといえばあるだろう。
「たまたまでしょ」
「そう……ですかね。まあ、そういうこともあるかも知れません」
なぜか、まだ少し殺気立っているように見えるが、晴太はホッと胸をなで下ろした。
「しかし晴太先輩、人に勉強を教えるというのは結構難しいですよ?先輩はそういうの苦手そうに見えますが……」
晴太の顔を心配そうに見つめる。同時にゴゴゴゴッという殺気が水の周囲に……
「ちょっと待って。さっきからなんか……すごく怖いんだけど、何かしてる?」
晴太にそう言われて水はきょとんとする。が、すぐに「ああ!」と合点がいったように掌を拳で叩いた。
「スイッチ、切り忘れていました」
そう言って水はポケットから何かのリモコンを取り出す。
「何それ……?」
「これはですね、雰囲気切り替えスイッチといいまして。人に向けてスイッチを押すと、その人からそういう雰囲気が醸し出されるという優れものなのです」
水は自分に向けてスイッチを押す。すると、水の周囲に立ちこめていた殺気がすうっと消えた。
「他にも色んな雰囲気が醸し出せるんですよ?」
「へぇー」
「例えばですね…………これとか」
水が晴太に向けてスイッチを押す。しかし何も起こらない。
「自分では分からないかも知れませんが、あそこを見てください」
水は廊下側のガラス戸を指さす。見るとそこには晴太の姿が映っていた。なんというかものすごく……変態っぽい。
「これは変態チックな雰囲気ですね。今晴太先輩からは今にもセクハラされそうなくらいの変態な雰囲気が醸し出されています。正直、ものすごく気持ち悪いです」
「うそっ!?消して消して!」
晴太がスイッチを奪おうと水に詰め寄ると、水は「きゃっ!近づかないでくださいっ!」と大きく仰け反った。
「いや、別に下心とかないから!っていうか早く消して!」
「ポチッと。はい、消えましたよ」
晴太はガラス戸を見る。体感では何が変わったのか全く分からないが、そこに映った姿からは変態の雰囲気は消えていた。
「こんな感じで、いたずらぐらいにしか使えないのですよ。何か使い道ありませんかね?」
晴太はどっと疲れが来てため息をついた。
「劇にでも使えばいいんじゃないかな……」
「ああ!なるほど!晴太先輩、なかなかのアイディアマンですね!」
晴太は何気なく言ったつもりだったが、割といいアイディアだったらしい。
「ありがと」
馬鹿と天才は紙一重ってこういうことなのかなと晴太は思った。
ここまで読んでくださりありがとうございます。志賀です。
番外編を忘れていたため割り込み投稿です。一応説明しておくと、本編の中に入れられなかったエピソードや登場すらしていないがどうしても書きたくなったキャラクターなどを番外編という形で合間合間に入れ込んでいます。一応そちらも本編の時系列に沿っているので今回は割り込ませていただきました。
この前久々に短編も一つ投稿したのでそちらもお時間あれば是非読んでみてください。




