(23)雨音の本気と渚の現実
そしていよいよ試験の総合成績が発表される日。果たして晴太は屍になってしまったのか。まあ、そんなことはもちろんなかった。だが晴太は予想を遙かに上回る現実を知ることになる。
栄第一高校は試験結果の上位100人を、その合計点と共に掲示する。晴太も見事その中に入っていた。そして雨音の名前も当然その中にあったのだが、それを見ただけで晴太は自分の負けを確信した。個別の点数を聞かなくても、各科目の合計点を見ただけで自分が負けていると分かったのだ。
一位 傘咲雨音 900点
言うまでもなく、今回の試験は100点満点の9科目である。つまり、全教科満点。そのあり得ない高得点に、張り紙の前に出来た人だかりから異様などよめきが上がった。晴太は人だかりの後ろからその点数をただ呆然と眺めていた。
「それで、あなたは何点取ったのかしら?晴太くん?」
いつの間にか隣に来ていた雨音に晴太は肩をすくめて見せた。
「95点」
「あら、惜しかったじゃない。ぎりぎり私の勝利ってところかしら」
「分かってるくせに」
晴太がそう言うと今度は雨音が肩をすくめて見せた。
「正直、全科目で満点が取れるとは思っていなかったわ。もちろん相応の努力はしたつもりだけど、今回は運も味方してくれたといった方がいいかも知れないわね」
相応の努力はした、その言葉が晴太の中で反響する。自分の事を頑張ったというのは難しい。もちろん晴太も努力はした。だがそれに対して相応の努力はしたなんてことは言えなかった。自分の中にまだやれたのではないかという感情があるからだ。ましてや満点に対して相応の努力はしたなどと言えるのは、本当に相応の、いや、それ以上の努力をした者だけだ。
「僕の負けだ、完敗だね」
そう言いながら晴太はこの前水が言っていたことを思い出した。正直、ここまでだとは思っていなかったのだ。屍にこそなりはしないものの、雨音との間にある圧倒的な実力差を見せつけられていた。水の言っていたとおり、雨音はすごい。
「すごい……」
突然、すぐ近くから晴太の心の声と同じ台詞が聞こえてきた。見ると、いつの間に来たのか渚が晴太の隣に立っていた。渚は100人分の名前と点数が載った張り紙に目を向けたままもう一度呟いた。
「すごいよ……」
晴太はとっさに雨音のことだと判断し、「僕も満点なんて初めて見たよ」と笑ったが、渚は首を振った。
「それもだけど、久条くんもすごいと思うよ」
「僕?」
そう言われて晴太は改めて自分の点数を見る。
20位 久条晴太 695点
はっきり言ってかなり高い方だ。特に今回は魔法理論のおかげもあって、順位、総合点ともに自己最高記録を叩き出した。が、それでも雨音との差は約200点。見れば見るほど恐ろしい点数である。
「まあでも900点の人がそこにいるしね」
「いやぁ~、それでもすごいと思うなぁ」
「あはは……。えーっとそれで……魚守さんはどうだったの?」
晴太は自分の点数を褒められて妙にこそばゆくなったので話題を移した。
「え?あたし?あたしは……あの辺」
そう言って渚は張り紙の遥か右、壁を指さす。
「すっごい圏外」
「なるほどね……」
晴太はいつだったか、渚が自分は勉強が苦手だと言っていたことを思いだした。
「それでね、久条くんにお願いがあるんだけど……」
渚はひどく言いにくそうに晴太を見た。
「僕にお願い?」
「そう……。実はあたし、赤点に付き追試を受けることになりまして……。それで、久条くんに勉強を教えていただけないかと…………」
全ての教科がそうなっているわけではないが、教師によっては赤点者に追試験を課す場合がある。もちろん、追試に不合格になれば追々試、さらに不合格になれば追々々試が待っているので、早めに合格するのが得策である。
「だめかな?」
渚が晴太を見つめる。心なしか瞳を潤ませて。しかし晴太は、そんな感じで誰かに勉強を教えたことなどなかったので、お願いに対してなんと答えるべきか迷っていた。が、助け船は思わぬところから来た。
「いいんじゃないかしら?」
隣を見ると雨音と目が合った。
「そうかな」
「そうよ。頼られるというのは当たり前にあることではないわ。だから自分を頼ってくれる人のことは大事にしなさい」
雨音はそう言いながら自分の言葉に頷くと、颯爽と歩いて行った。その背中をぼーっと眺めていた晴太はふっと我に返る。『頼ってくれる人のことは大事にしなさい』その言葉がそのままの意味なのか、あるいはそれ以外の意味が込められていたのか。正直晴太には判断することが出来なかったが、せっかく頼ってくれたのだから、断るのも悪い。そう思って晴太は渚の方に向き直る。渚は遠ざかる雨音の背中を見つめていた。
「と、いうわけで。魚守さんに勉強を教えようと思うんだけど……」
晴太に話しかけられて渚ははっとして晴太の顔を見る。
「ほっ、本当に教えてくれるの!?ありがとう!出来れば……早速明日からお願いしたいんだけど……」
「いいよ」
「ほんと!?やった!久条くんがいればあたし、追試地獄から抜け出せるかも知れない……」
渚は真剣なまなざしで拳を胸に当てる。
「え?もしかして一科目じゃないの……?」
晴太の中で勝手に一科目なんだろうと思い込んでいたが、どうやら晴太の思っている以上に事態は深刻らしい。
「…………よろしくお願いします」
「…………はい」
頼まれておいてこれは無責任だが、渚を追試地獄から救ってやれるのか、晴太は少々不安になった。
次の日。
「えーと、じゃあ今から追試のために勉強していくわけなんだけど。そもそも追試は何科目あるの?」
図書室の大テーブル、その端っこで晴太と渚は並んで座っていた。若干距離が近いような気もするが、向かい合うと今度は遠すぎて一緒に勉強できないのだ。晴太の隣で渚は申し訳なさそうに教科書を重ねて取り出した。
「三科目です……。魔法倫理と数学と生物学……」
「三科目か……」
しかし得意科目である魔法倫理が入っていることは晴太にとって不幸中の幸いだった。
「で、試験日はいつなの?」
「答案返却日の一週間後」
「一週間か…………ん?答案返却されたのは今週の月曜から水曜だから……週が明けてすぐってこと!?」
晴太は驚いて声を上げる。それもそのはず、期末試験の答案が返却されたのは月曜から水曜。試験結果が張り出されたのがその翌日の木曜で、一日経った今日は金曜。つまり追試まで今日を含めてあと三日ほどしかないということになる。
「ほんとは追試になるって分かってすぐ追試の勉強始めたんだけど……ぜんぜんできなくて……。だから正直かなりやばいんだけど……」
晴太は考え込む。が、これまた幸いなことに、その三科目はそれぞれ別の日に追試が実施されるはずだ。それなら三科目それぞれに対して別々に照準を合わせやすい。答案が返却されてから一週間後ならば、まず魔法倫理が月曜日で火曜日が数学、そして水曜日が生物学になるはずだ。取りあえず暗記科目でもある魔法倫理から取りかかるべきか。晴太は頭の中で具体的な計画を練る。
「あの~」
「ああ、ごめん!つい考え込んじゃって……」
晴太が慌てて言うと渚は少し申し訳なさそうな顔をした。
「なんかごめんね?取りあえず、今回は落ちてもまだ次があるから……」
「いや、何とかなると思う」
珍しくはっきりとした口調で晴太は言った。そして机に上に置かれた教科書に目を向けると続けた。
「まず、魔法倫理は暗記科目だから、これはひたすら覚えるしかない。一応説明ぐらいは出来るけど……。で、数学は期末の時と同じ形式だけど、追試では基礎問題しか出ないから教科書の例題を何回も解けば大丈夫だよ。あと生物学は期末試験と全く同じ問題が出るって言ってたから、まあ最悪暗記でもいいと思う。数学は決まった形式で解けるようになれさえすればいいから、問題は魔法倫理かなぁ……。でもまあ、試験で出された用語の中から二十問って言ってたし、何とかなるとは思う」
そこまで言うと晴太は顔を上げる。渚はポカンとして晴太の顔を見つめていた。
「あの……海守さん……?
「そんなに……真剣に考えてくれるとは思ってなくて……」
ちょっと踏み込みすぎただろうか。晴太は不安に思ったが、渚はそんな晴太の不安を吹き飛ばすようににっこりと笑った。
「なんかあたし……いけそうな気がしてきた!改めて、よろしくお願いします!」
「あ、うん。よろしくお願いします」
晴太は少々気圧されたが、心の中を何か温かい気持ちが満たしていた。渚の笑顔は、何というかまた見たくなる、そんな笑顔だった。
お久しぶりです。本当にお久しぶりです。ある程度書きためてから投稿しようと思っていたら結局最後まで書いてしまいました。もしかして続きを待っていた方などいらしたでしょうか?もしいたら、大変申し訳ないことをしたと深く反省しております。ちょっとYouTubeでssとか見てたらいつの間にか時間が経っていたんですよね。マジ玉手箱。
さて、小説の方ですが、なにぶん始めて書く長い小説なので色々と試してきたのですが、ここから先は大体この話の感じで、書き方としてはやっていくつもりです。投稿間隔に関してはここ数日ブーストが起きてもう既に最後のシーンまで書き上げているので、おそらく毎日投稿か隔日投稿くらいになってくると思います。読んでみようかなと思われた方、あるいは思われなかった方も是非いつでも何度でもお読み下さい。
最後になりますが、久々の更新なので長々と現状報告をさせていただきました。僕の方はもう1本書き終えた感覚なのでもっと色々と話したいことがあるのですが、それは最終話まで取っておきます。ではなろう民のみなさん、ここまで読んで下さってありがとうございます。この先もどんどん投稿していきますので、これからもこの作品をよろしくお願いします。




