答え
「この話、怖いんですか?」
ワンルームでテーブルをはさんだ向かいに座る雨宮は聞いてきた。
自らの右の頬の下がぴくりと痙攣するのを感じる。
もともとこの話をしたのは雨宮が「怖い話を聞かせてほしい」と、事前にいくつか調べて聞いてきた話だ。つまりは私が自ら友人や知り合いに頭を下げて聞いてきた話であるので、そうも返されては無意識に怒りが顔に出るものだ。
「怖いだろ。老婆の幽霊だ。救急車にのせて運ばれる幽霊だ」
「つまり、あなたは」
雨宮は人差し指に塗られたマニキュアをひっかき、眺めながら言葉を続ける。
「幽霊が実在し、かつ、その救急車にのせられている老婆がその幽霊だというわけですか?」
「そうだ。怖いだろ」
「幽霊の存在を信じるあほさ加減が怖いです」
ため息を大きく吐き出して、雨宮は大きくのけぞると長い髪の毛を後ろに大きく垂らした。
そして、手首にあるゴムバンドを外し、長い髪をまとめる。
「まず前提として幽霊はいません」
くっきりと雨宮は言い放つ。
「では、この老婆はなんだ?」
「生きている老婆です」
「何をバカな」
「幽霊の存在を肯定するのと、生きている老婆だと肯定するのとであれば、どちらがバカでしょうか」
く、答えにくいことを聞く。
私は話を続けるように片手を回し、雨宮に促す。
「そもそも、このAさんという友人も勘違いをされています」
「何を勘違いしていると?」
「助手席に家族が座らないという勘違いです。確かに、救急車の後部には患者がのります。そして、その付き添いの家族もそこに乗ります。これがたいていのイメージの場合でしょう」
が、と言葉を区切り、雨宮は一つ間を作る。
「原則にのっとらない場合もある。つまりは、後部ではなく助手席に座る場合です」
「そんなのあるのか?」
「ありますよ。当然ですが、患者本人の様態が悪い場合、この場合において家族が後部座席ではなく助手席に座らされる場合もあるでしょう。他にも、移動手段がない場合です。つまり、後部座席意外に他に座る場所がない場合。いくつも考えられます」
「しかし、推察だろう」
「不可能なものを除外していって残った物が、たとえどんなに信じられなくても、それが真実となる」
雨宮は咳ばらいを一つして続ける。
「かのシャーロックホームズという人物が言いました。生きているという証拠がいるというのなら、一つわかりきっているじゃあないですか」
「何がだ?」
「表情です。Aさんは老婆が諦めきったような表情をしていた、と言っていましたね。それは車内の友人も同意していたと、であれば同じ表情を見ていた。つまり、複数の目撃証言があるのは間違いない」
「幽霊だって同じ話が集まる事はあるだろう」
「そうですね。過去の例でいうならば愚かながらも、苦悶の表情だのなんだの。ですが、私が注目するのは、諦めたような表情、というところです。ところで、人はどう諦めたような表情をするのでしょうか。あぁ、つまりは、私が言いたいのは、すでに手遅れの時に、すると言いたいのです」
「何が手遅れなんだ?」
「家族が死んでいる」
ばっさりと冷酷な断言だった。
「家族が死んでいるというのが理解していれば諦めたようになるでしょう。確か話には年の瀬ということでしたね。餅か何かでものどに詰めたのかもしれません」
「だが、それは推理」
「これはあくまで想像ですが」
雨宮はそう前置きをしてから、手を組む。
ごくりと生唾を飲み込ませるほどの長い間をおいて、ふっと、彼女は口を開く。
「救急車の後部座席には老婆の親族が載せられている。後部では賢明な救命活動が行われているものの、老婆の気持ちとしてはもはや諦めの境地。あるいは、放心の状態。故に、救急隊員は、車両後部ではなく、助手席に乗せることにしたのです」
ま、と微笑みを向ける。
「いかがですか? 幽霊が実在するよりは、より、現実的な理解だと思いますが」
「今回も幽霊の話ではない、と」
私の言葉に雨宮は肩をすくめる。
「えぇ、残念ながら」
コーヒーはいかがでしょうか、と雨宮は言いながら立ち上がる。
「しかし、まぁ、雨宮、よくそこまで想像できるな」
私の言葉にコンロに薬缶を置く雨宮の手が止まる。
「まぁ、全てが全て想像、というわけではありません」
「え?」
ちちちっとガスコンロが音を立てる。
「経験です。私も救急車の助手席に乗ったことがあるので」
ボッと火が付いた。




