語り
Aさんが大学生のころの話だ。
地方の国立大学に進んだAさんは、バイクで日常を過ごすのも危ないという事で安い軽自動車を買い与えてもらえていた。すると自然とサークルの中でも仲の良いメンバーでちょっと遠出しようかという話になった時、Aさんが車を出すことになるのが常だった。
Aさん自身、仲のいいメンバーで出かけるのは苦ではなかった。だから、少し遠出をしたりとして夜遅くまでドライブするのはそう珍しい事でもなかった。
そんなある年の瀬、やはり例によって仲のいい面子で遠出して、帰るころには夜になっていた。
対面通行の細い二車線道路を走っていた。車道の真ん中にはオレンジの線がくっきりと記されている。追い越し禁止の線だ。
その時、微かに音が聞こえてきた。窓をうぃいいっと少し開けると救急車のサイレン。ルームミラーを見れば、後ろの方でちらりと赤い赤色灯が光っている。
「おい、譲れよ」
友人に言われるまでもなくAさんはもとより譲るつもりだった。少し進んだところに待避所があり、そこに車を寄せた。ウィンカーの出すチッカチッカという音が聞こえるが、それよりも救急車のサイレンの音がどんどんと大きく近くなっていく。車内を赤い光が明滅する。
後ろからものすごい勢いで救急車が通り過ぎていく。
Aさんは何の気もなく、通り過ぎる救急車を見ていた。
救急車がAさんの車を追い越し、通り過ぎるとき、あっと、Aさんは声を出した。
助手席に青白い顔をした老婆が座っていたのだ。それは影がどうこうというものでなく、はっきりと老婆であった。その表情は苦しみの表情とも悲しみの表情とも言えない、無に近い表情だった。
「今のみたか?」
Aさんは車内の友人に聞く。
すると皆口々に「見た」という。見間違いではない。
通常、患者は救急車の後部にのせられるはずだ。つまり、助手席に座らされることはまずない。
では、一体、あの老婆は一体なんだったのか。
「今の人、絶対に生きてる人じゃないよね」
「もう諦めた感じだったしさ」
友人が口々に言った。
今でもAさんは大学時代の友人と会うとこの話になり、あの老婆の表情を思い出すという。




