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実家では虐げられてきましたが、可愛い婚約者の国でこれからはのんびり暮らします。  作者: 丹羽坂飛鳥


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手作りクッキー

 無事に出発となったことから、近衛も馬車と共に歩いて、王都にある学校へと向かう。


 王家の馬車に気づいた街の人々が顔を上げ、親しみを込めて声をかける姿も、馬車が列をなして進むのを誇らしげに見守る姿も、さまざまに目にした。


 エルタニアの女王一家ともなれば、各分野の一流の家庭教師が勉学を教え、修めさせるのが通例のはずだ。……俺も家庭教師しか知らない。

 しかし六歳で始まる初等舎から、チュルカ様たちは学校へと通われている。

 民の生活をよりよく知るため、庶民も貴族も集まる場所で勉学をさせたい陛下の意向があったとチュルカ様から聞いている。


 ――やがて、馬車が学舎の前に着いた。

 そばにいた赤毛の少女が、到着を待っていたように手を振る。

 今日も輝かんばかりの美貌のクラエッタ様が一番に馬車を降りると、彼女の元へ駆け寄った。

 赤毛の少女も、嬉しそうに微笑んでいる。


「クラエッタちゃん、おはよう」


「おはよう、ユーちゃん。

 昨日貸してくれた本、とっても面白かった。……」


 人見知りすると聞いていたクラエッタ様だったが、学校へ到着するとお友達が待っていて、周囲に残光が散り輝くほど綺麗な笑顔を浮かべた。

 長い白髪を靡かせた美姫は、そのままご友人と共に校舎へと入っていく。

 一緒に乗っていたエイル様はにぎやかなエルテ様とニア様に囲まれて、鞄を手に後ろをついていった。美形の男子が美女二人に取りあわれている。すごい光景だ。


 チュルカ様とティフォルナ様も馬車から降りてきたが、今朝のような大騒ぎを見せることはなかった。


「……」


 チュルカ様は手にした医学書を片手に、ティフォルナ様と共に校舎へと向かっていく。

 彼女たちを見つけたお友達も合流し、勉学を学ぶ教室へと入る。


 どうやら近衛として俺を意識しないよう、ティフォルナ様と話し合った様子だ。


 俺も安心してワイアットと共に進んだが、エルタニアの学校はチュルカ様からの手紙と見取り図で大体の想像はついていても、かなり大きな施設だった。

 各階層には二十以上の部屋があり、西棟と東棟が中央棟から伸びる廊下でつながっている。

 学生の数も多く、エルタニアの王都中から人が集まると聞いていた通り、学生たちの声でどこも賑やかだった。


「ここで待機だ」


 見取り図には待機位置も書かれていたから、ワイアットの指示通り廊下の端に控える。

 指導役は俺の隣に立ち、まるで彫像の一つであるかのように空気に溶け込みながら、小さな声で指示を出した。


「近衛はこのまま気配を消しながら警戒にあたる。

 勉学の邪魔にならないようにするのが、俺たちの何よりの勤めだ。

 しかし学内への出入りを調べて制限していても、いつ不測の事態が起こるかわからない。チュルカ様の身に起こる危険から、決して目を離すな」


 周囲に気を配り、まず『何も起こらないようにすること』こそが護衛の基本だと聞いている。

 指示に従ってさまざまなことに気を配りながらも、チュルカ様の安全を優先する。


 ……チュルカ様も今朝の動揺を見せることはなく、立派に学生として過ごした。

 授業が始まったが勉学も優秀で、教師に当てられても堂々と答えている。

 次代の妖精医師としての未来を感じさせるお姿に、感服する他なかった。


 教室には親しいお友達が二人いると聞いていた。

 少しふくよかなルグリッチさんと、目鼻立ちがはっきりしていて明るいアルビオさんがそばにいる。

 ティフォルナ様も共通のお友達だから、椅子を寄せて楽しそうに笑っている。


「次は移動教室ね。調理室でクッキー作りの実習なんて、実際に出来る日が来ると思っていなかったわ。

 隣の組が先に授業を終えた話は聞いていたけれど、手作りらしい素朴さで美味しかったそうよ」


「お菓子作りの日、ルーも楽しみにしてたんだぁ。

 ルーはお母さんとおうちでよく作るんだけど、チューとティーは作ったことあるの?」


「母様に教わりながら、一度だけかな。父様とシャーちゃんに贈り物したんだよ」


「女王陛下の手作りクッキー!?

 なんだよ、どんな味がするんだよ……妖精の誰もがひれ伏して食いそうだぜ」


「ムルカナで習った味付けだってわかる、バターのコクが深いクッキーだったわね。父様もシャーちゃんも喜んで食べてくれたわよ。

 弟と妹も型抜きして、飽きたら粘土みたいに遊んで、焼いたら分厚いからちょっとだけ焦げちゃって。ふふ、でも楽しかったわ」


 廊下に近い席だから学生同士の話が聴かれて、今までチュルカ様とティフォルナ様の学校生活が順調だったことも伺える。

 チュルカ様も特別に近衛を意識して生活することもなく、学生としての日々を楽しんでいる様子だ。


「ねえティーちゃん、アルビオ、ルーちゃん。人も少なくなってきたし、そろそろ教室移動しよう?」


「そうね……廊下の人波も引いたみたい。行きましょうか」


 エプロンと三角巾の入った小さなカバンを手に、彼女たちは調理実習に向かう。

 その列に近衛もついて行くが、すでに調理室には別の近衛が張り付いている。


「異常なし」


 食品を調理して食べさせるから、警備も念入りな様子だ。

 移動先に配置されていた近衛から状態を引き継ぐと、廊下の端から壁一枚隔てた調理室の中にいるチュルカ様を見守った。


 授業開始の鐘が鳴り、教壇に立った先生は「火の扱いを学び、調理過程を覚え、出来上がったものを食すことでものづくりの喜びを知ることが目的です」と目を輝かせる生徒たちを前に指導している。

 調理工程はすでに学んでいるらしく、生徒たちの料理は無事に進み、賑やかに終わる。危なげなさなど、どこにもない。

 薪釜で焼けたクッキーを食べて学生たちが笑い、多く作った残りは家族に持ち帰って良いらしく、それぞれが分けて包んでいる。


 姫君たちも自作のクッキーを新しい布に包んで、リボンをかけた。

 ティフォルナ様が唇を上げると、綺麗にリボンの形を作って一息つくチュルカ様の肩を突いた。


「チューはえっちゃんにあげるんでしょ?

 私たちが触るのを、頑なに拒んだもの」


「だって……学校行事で作ったクッキーをあげるの、憧れてたんだよ?

 私が一人で作りました、って言ったら、喜んでくれるかな。

 あ、でも……そっか、どうしよう……学校で作ったクッキーなんて、えっちゃん受け取ってくれるかな……」


 王子として何度となく毒は含んだから、出所の知れないものは体が受け付けないようになっている。

 手紙のやり取りで伝えてあったから不安そうにリボンを締め直すチュルカ様が、アルビオさんに頬を突かれている。


「婚約者の手作りクッキーとか、食べないやついる?

 不安なら肌身離さず持っておけばいいんじゃね? 人肌つきクッキーになって、うまさ増すかも」


「小麦粉、バター、卵……材料を考えると生ぬるくなって、食べる前に悪くなりそうね」


「やだやだ、おいしく食べて欲しいんだよ!?。

 後で近衛に預けようかな……ああでも……ねえティーちゃん、帰るまでカバンの中のほうがいいかな?」


「受け取ってもらえなくても大丈夫ー。ルーが全部食べてあげるよぉー」


「えっちゃんに食べて欲しいのっ、もう、みんなも真剣に考えてよぉー!」


 こちらを見ながらの言葉ではない。

 しかしお友達と話して揶揄われているチュルカ様が必死な姿を見て、贈られる側の胸が苦しくならないはずがない。


(婚約者が元気な姿が、心の底から可愛い……エルタニアに帰ってきてよかった)


 改めて幸せを実感していると……しかし、視線を感じた。


「アイリースはミケエラにあげるの?」


「そうね……そう思っていたのですけれど……」


 青い瞳の少女が、なぜかこちらを見ている。

 両手にクッキーを包んだ銀の髪の少女は立ち上がると、俺の元へ駆けてきた。


「近衛の方。私のクッキー、受け取ってくださる?」


 一瞬静かになったが、調理室内が大騒ぎになった。

 咄嗟にチュルカ様に目を向けたけれど、唖然としたままクッキーを手にしている。

 ティフォルナ様が真っ先に教室を出てきて、少女がクッキーを差し出す手を押し返そうとした。


「ちょっとアイリース、うちの近衛にちょっかいかけないでちょうだい。

 勤務中なのに受け取るわけがないでしょう? ミケエラにあげなさいよ」


「父から、パルムクル王国のエリクセル殿下が近衛に入ったと聞いています。

 金髪に碧眼……お顔立ちもとても良い人間の近衛が今日から増えているのですから、あなたかと思っているのですが……」


(父?)


「あ、申し遅れました……アイリース・スランシュベルク。侯爵の娘となります……今後ともよしなに」


 よしなに、の品がクッキーであるかのように、再び差し出してくる。

 チュルカ様を見たが、調理室の中で自分の手にするクッキーと俺を見比べて、困った様子で唇を引き結んでいる。

 ……彼女は俺が近衛としてそばにいて、目立ってはならないことを理解している。

 ティフォルナ様も俺がエリクセル本人だと明かすことなく、クッキーを差し出す手を再び押し戻した。


「近衛になったとしたって、今日ここに配属されてるとは限らないでしょ?

 うちの新人が困ってるじゃない。婚約者のミケエラも、あなたからもらえるのを待っているわよ」


「私、お顔立ちもミケエラより、こちらの方のほうが良いもので……」


「……ねえ、あなたが超がつくほど天然だってことは知ってるけど、ミケエラもそんなこと聞いたら傷つくわよ。

 いくら重婚出来るエルタニアだって、えっちゃんと結婚して王家入りとか出来ないわ。諦めなさいな」


 押し問答が続くが、アイリースと呼ばれた少女が引く気配はない。

 ティフォルナ様付きのハルコットはわずかに待機姿勢を変えたが、それ以上は王女殿下の学校生活に関わることなく、注視だけ続けている。

 ワイアットもチュルカ様の動向を伺いながらも、何もないように佇んでいる。


 ……子供が子供たちの間でぶつかり、喧嘩し、引き際などを学ぶことも勉学の一つだ。

 学友を諌めるだけの状況に、ティフォルナ様が王女だからといって大人が手を出してしまうほどのことでもない。

 授業を受け持つ教師も喧嘩にわざわざ割って入りはせず、授業終わりの鐘を待っている。


 ただ、俺が気になったのは。

 ――何も言えずに、悲しい顔をしながら様子を見ている一人だけだ。


 手作りのクッキーを、一番に渡したいはずの相手。

 そう思ってくれているのに、先を越され、駆け寄ることも立場上許されずにうつむいている。


 包みを持つ手が、僅かに震える。

 堪えていても辛そうに吐息したのを見た途端、心も体も前へ踏み出していた。


「ティフォルナ様、ありがとうございます。

 アイリース様も、横を失礼します」


「えっ、ちょっと」


 ティフォルナ様に呼び止められたが、調理室へ近づく。

 中にいる相手がざわめきに顔を上げて、俺に気づいたから手を振った。


「チュルカ様」


「はっ、はいっ」


「今、クッキーを受け取ってもよろしいでしょうか」


 理解した女生徒の黄色い悲鳴が上がる中、チュルカ様が慌てて廊下へ駆けてくる。

 近衛なら跪くだろうが、俺はそのまま彼女を待ち、調理室の前で向き合う。

 大切に胸に抱えられていた包みを、婚約者の震える手が差し出した。


「は、はい、……っどうぞ、食べてください」


「ありがとうございます。嬉しいです」


 震える手が差し出してくれた包みを、皆の前で受け取った。

 リボンを解くと出てきたクッキーを見たが、丸い型で抜かれている。


「あ」


 形を鑑賞してから遠慮なく口にすると、砂糖の甘さとバターの上品な風味が心地よかった。

 見つめているチュルカ様を前にして、最後までしっかり味わうと……思うままに微笑んだ。


「チュルカ様が自らの手で最後まで作られたことも聞いていました。

 美味しいと感じて欲しいというお気持ちが詰まっている……それがわかるくらい、甘くて美味しいです」


 徐々に耳まで赤くなっていくのが可愛い。

 いつまでも見つめ合って二つ目を口にすると、ティフォルナ様がため息半分、つぶやいた。


「ほら見なさい、アイリース。えっちゃんと結婚するのはチューだけよ。

 ……あの二人ね。手紙のやり取りで、もうぞっこんになってるのよ」


「はい。ティフォルナ様のおっしゃる通りです」


 出会った頃は、快く感じた程度だった。

 エルタニアで三月を共に過ごして、彼女を将来の相手にすると決め、母上の形見の指輪にも誓った。


 しかし、本気で彼女に深く恋をしたのは、その後だ。

 会えないうちに二人で育てた心が、少しずつ……優しく根を下ろしたのだと、彼女の黒曜石の瞳を見つめた。


「俺の母国、パルムクル王国は一夫一妻の国です」


 愛する相手は、ただ一人。

 父上は誰にも愛を与えるけれど、俺は心を捧げられる、ただひとりの相手と出会えた。


 俺に見分けて欲しいから、昔と同じく黒髪をお団子頭にしている。

 自分が作ったクッキーを食べてもらえただけで黒曜石の瞳を潤ませて、息を呑んだまま見つめている。


「チュルカ様の優しさに惹かれて、恋をし、あなたを生涯愛し続けたい、そばにいたいと、俺の方こそ願ったのです。

 他の誰かから贈り物を受け取ることはありません。……だから、悲しい顔をしないで」


 手を取って唇を贈ると、ますます調理室がにぎやかになった。

 チュルカ様も真っ赤になって、震え続けている。

 けれど……唇を引き結ぶと、俺の手を握り返した。


「アイリース。エリクセル殿下は、私の婚約者です」


 目を瞬いているアイリース様にまっすぐ向き合って、胸を張った。


「私のために近衛になってくれた。

 お互いをただ一人の相手として、認め合っている。

 だから、誰からの贈り物も受け取らせない」


 言い切ったチュルカ様が、アイリース様の丸くなった目を見ている。

 彼女は首を傾げたが……やがて静かに頷いた。


「王女殿下のお心のままに」


 それだけ言ってお友達の元へ向かうと、アイリース様は慰められている。

 ティフォルナ様もチュルカ様の隣へ立つと、顔を扇いだ。


「はー暑い暑い。さ、私たちも戻りましょう。

 ありがとう、えっちゃん。チューからのクッキー、受け取ってくれて」


「いえ。俺の方こそ良いものをいただきました」


 チュルカ様が顔を上げたから目を合わせて笑うと、体を一気に緊張させた彼女が、妹に押されて調理室に入った。

 俺も待機位置に戻ったが、ワイアットの口元が笑いを堪えている。


「すみませんワイアット、騒ぎになりました。……差し出がましい真似をしたでしょうか」


「いや……指示通り、エリクセルは婚約者として姫君の意向に沿っただけだからな。

 アルバ様に報告は上げるが……『調理実習で一悶着くらいあるだろう』とも聞いていたから、不測はない」


 まさか、アルバ様には読まれていたのだろうか。

 作戦立案も何もかも軍人としてこなす英傑を考えていると、ワイアットが咳払いした。


「クッキーを食べ切ってから復帰しろ。チュルカ様も、お前が食べ終わったほうが安心して勉学に打ち込めるからな」


「承知しました」


 言われた通り、手にしたクッキーを美味しく頂く。

 ご友人に話を聞かれて、興味を持たれた周囲にもチュルカ様は盛り上がられている。


「好きな人に四六時中見守られてる生活とか、どうなの? やばくね?」


「だから今日はずっと緊張してるのっ。

 外交のパーティみたいにお淑やかにしなきゃって、ちょっとは意識してるんだよ?」


「いいなぁ、異国の王子様って憧れるよねぇ。アイリースも言ってたけど、えっちゃんさん、かっこいいねぇ」


「チューのこと守ろうとした姿がよかったわね。

 ……レイト王のせいで思わぬ方向に進化して帰ってきた気がするけれど。うん」


(思わぬ方向とはなんでしょうか、ティフォルナ様)


 そろそろ授業時間も終わるからと騒ぎを鎮める先生を眺めるうちに、授業は無事に終わった。


 その後は教室内での授業が主体となり、特に問題はなかった。

 チュルカ様はご友人にも揶揄われはしたし、俺にも時折注目が集まったが、微笑むにとどめた。


「わかったぞ、親が参観日に一日中来てるようなものか!」


「もうっアルビオひどいっ、親じゃないよ、婚約者だもんっ」


 まだ十二歳なんて学生の一日は、どこまでもにぎやかだ。


『私は毎日、お友達のアルビオさんとルグリッチさんと一緒にいます。

 王女様だからって遠慮しないお友達がいるから、学校に行くのも楽しんでいます』


 ……きっと彼女はこんな毎日を送っているのだろうと想像していた姿が、目の前にある。

 一人の少女として笑顔になるチュルカ様を見て、俺も改めて近衛になれてよかったと思った。

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