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実家では虐げられてきましたが、可愛い婚約者の国でこれからはのんびり暮らします。  作者: 丹羽坂飛鳥


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初めて見せる制服姿

 朝食後、俺はアルバ様に連れられ、指導役のワイアットのもとへ向かった。


 馬車着き場で待っていたのは青の髪に、紫の瞳。凛々しくも綺麗な顔の妖精だ。

 身長は俺よりも少し高く、近衛の制服の上からでも鍛えられて厚い胸板や、しなやかに引き締まった体がわかる。手を差し伸べられたが、動きにも一切のブレがなかった。


「ワイアットだ、よろしく。

 チュルカ様が幼い頃から、近衛として担当させていただいている。……いわゆる古株だな。

 エリクセルの身分は王子だと聞いているが、アルバ様からは一般兵扱いでいいと言われている。対等な立場であることは承知してくれ」


「もちろんです。ご指導よろしくお願いします」


 言葉と共に握手を交わしたが、アルバ様が指導する精鋭兵だけあって隙がない。

 力強い手の感触も、何もかもが俺より強者であることを感じさせる。


「たとえ誰であっても警戒は怠るなと指導されているからな。

 お前が突然襲いかかってきても、俺は驚きもしないし、捕えることも容易だ」


 え。

 口に出したつもりはないのに、心を読まれた気がした。

 ワイアットは驚いて見上げた俺から握手の手を離すと、笑顔を浮かべた。


「本日はチュルカ様と共に学校に向かい、警護を担当する。

 学校内ではティフォルナ様のお付きと合わせて、同階に三名が護衛に立つことになる。

 ただし学内は一般の生徒も多い。他の階層にも護衛がいるが、何かあれば連携してことにあたる。おいおい覚えていってくれ」


「はい」


「最も重要なことだが、エリクセル。お前も『要警護者』にあたる。

 事態によっては俺の指示に従い、チュルカ様と共に守られるのも仕事だ。いいな」


 近衛に入隊したとはいえ、俺は妖精兵たちにとっても、まだまだひよっこだ。


「はい」


 素直に承服して見上げると、ワイアットも青の髪を上下に動かした。

 アルバ様も様子を伺っていたが、他の近衛の注目を集めるため、一つ手を叩く。

 俺もワイアットも一斉に注視し、馬車着き場に足をそろえた音が一つになって響いた。

 注目を集めた凛々しい近衛兵長が、全員を見渡す。


「近衛隊学舎担当、朝の伝達を始める。

 まず初めに、昨日入隊したエリクセルも今日から近衛の任にあたる。

 すでに噂で聞いているだろうが、チュルカを倒した。あの子のいつも言う『えっちゃん』だ。

 他国の王子ではあるが、ボクに普段接するのと同様、あまり気負わずに仲間として扱って欲しい。

 ――エリクセル、ここにいる者が近衛としてのお前の同僚になる。挨拶を」


「はい。パルムクル王国の第二王子エリクセルです。父である英雄王レイトに師事して剣の腕を磨いてまいりました。

 皆様と共に切磋琢磨し、チュルカ様をお守り出来る立派な近衛となります。

 何卒ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします!」


 胸に手を当てて真っ直ぐに頭を下げると、誰もが拍手で迎えてくれる。

 ……その後は近衛兵長からの勤務説明を、皆とともに受けた。

 配られた資料を目にしたが、王城から学校までの地図や、校舎内の見取り図が描かれている。

 アルバ様からの言葉が終わると各隊ごとに散開となり、振り返ったワイアットが学校の三階部分を示した。


「チュルカ様の入っている学校は、王都の学生を年齢ごとに分けて指導している。

 階層ごとに学年が違うし、移動教室などもあるから、見取り図は今の合間に覚えてくれ。

 本日のチュルカ様の移動予定だが……」


 指示に従って、経路を頭に叩き込む。

 覚えるための質問を繰り返していると、やがてチュルカ様たちが馬車着き場へとやってきた。


 チュルカ様とティフォルナ様の服装は、学校の制服に変わっている。

 茶色いエルタニア式のブレザーというものらしい。

 ……しかし、婚約者の様子がどうにも、おかしい。


「ちょっとチュー、離れなさいよっ。

 いつも通り普通に学校の制服着てるだけなのに、何が『見せるの恥ずかしい』のよっ」


「だって昨日見せてないんだもんっ、ティーちゃんはいいかもしれないけど、私は初めてなんだよ!?」


 カバンを片手に、妹であるティフォルナ様に背中からしっかり抱きついて、すでに揉めている。

 他のご家族は双子同士で馬車に同乗して行くが、白髪を二つ括りにした名探偵と、黒髪をお団子頭にしているチュルカ様は一歩進むのにも時間がかかっていた。

 アルバ様も見かねたらしく、近寄ると眉間に皺を寄せている。


「チュルカ。学校に遅れるぞ」


「ねえ父様、私の格好、変じゃないよね?

 制服姿、えっちゃんに見せても平気かな?!」


「……ボクが素直な意見を言っていいのなら、その情けない姿の方が、見せるのに支障があると思う」


 アルバ様、それを言ってはおしまいでは。

 父親の厳しい指摘に衝撃を受けたチュルカ様がさらに下がろうとティフォルナ様を引っ張るが、名探偵は反対に前に進もうと踏ん張っている。


「駄目よ父様、もう浮かれきっちゃって、部屋を出る前からずっとこの調子なのよ。ここまで連れてくるのにも苦労したんだからっ。

 荒療治……っ、えっちゃん、えっちゃん、ちょっとこっちきてっ」


 ティフォルナ様が俺に向かって、手を振っている。

 念のため隣に立つ指導役のワイアットを見たが、彼も頷いている。


「近衛の勤務中、警護に支障がない限りは姫君のご意向を優先して良い。

 お前もまだ婚約者の身分とはいえ、エルタニア王家の一員だと陛下も定めている。ある程度自由でも、咎めたりはされない」


「承知しました」


 指示に従い、チュルカ様に近づく。

 ますます抱きしめられたらしいティフォルナ様が苦しんでうめいているが、チュルカ様は妹君に抱きついたまま真っ赤になり、黒の瞳を潤ませて俺を見上げた。


「はい、チューの制服姿に、一言あげてっ」


 俺の前には双子の妹を抱きしめた、美少女がいる。

 ドタバタの最中ではあるが、ラフィネル陛下とアルバ様から良いところを受け継いだ愛らしい顔立ちの女性が、真っ赤になって全身を震わせている。

 自信がないご様子だが、エルタニアの学校制服はパルムクル王国ですら音に聞く、誰もが納得して着られる可愛い意匠……着ている姿も清楚で、甘い。

 十二歳の彼女にとって嬉しい言葉が何かはわからないが、俺も思ったままを口にすることにした。


「チュルカ様」


「はっ、はいぃっ」


「とてもよくお似合いです」


 一言と言われたので凝縮すると、反芻するように目を丸くしたチュルカ様が、俺を見つめている。

 ……やはりたった一言では、想いも伝わりきらないだろうか。

 照れくさくても伝えたい気持ちもあったから、今度は自信を持って彼女に笑いかけた。


「チュルカ様は何を着てもお似合いになりますよ。

 私服のワンピースも、ドレスも、凛と咲く花のような佇まいでした。

 制服姿の今も、あどけない黒百合のようです。……これ以上の言葉を持ち得ないことが残念なほど、あなたを愛らしいと感じています」


 どんどん顔が赤くなり、耳もさらに赤くなっていく。

 見つめていると、チュルカ様はそのまま瞼を閉じて脱力した。

 ティフォルナ様が倒れそうになった姉を掴み止めたが、アルバ様も立てない娘を背中側から支えながら、童顔を顰めている。


「目を回したぞ……この調子で大丈夫なのか」


「ずっと緊張していたからだと思うわ。

 今のうちに運んじゃいましょう、父様。移動のうちに気も取り直すわよ」


 姉を掴んだティフォルナ様が、アルバ様と共に馬車へ運び込んでいく。

 馬車の窓からはしかし、父親を前にした盛大なため息が聞こえた。


「まさか、毎朝これ……?

 チューが慣れるまでは諦めるしかないのよね、父様……」


「いつも手紙ひとつであれだけ浮かれているのだから、学校内でも色々あるだろうな。

 ……お前のことを頼りにしている。チュルカのことは任せたぞ、ティフォルナ」


 地の底から響くような恨み節が聞こえた。

 しかしすでに予想されていたらしい名探偵は、それ以上の何も言わなかった。


 扉を閉めて戻ってきた近衛兵長を見て、他の馬車からは明るい声が弾ける。


「父様、行ってきまーす!」


「ああ、いってらっしゃい。……では近衛隊諸君、今日も子供たちのことを頼んだ」


 優しい見送りの言葉が、馬車着き場に響く。

 御者の声と共に、馬は学校へと歩き始めた。

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