エセルバート視点
私はエセルバート・ウッズ。ウッズ子爵家の三男坊である。
三男坊、とは言っても某「貧乏旗本の三男坊」の様に、その正体が実はデンジャラスなジェネラルだったりなどはしない。単なる養子だ。
人と違うのは出自ではなく、私に前世の記憶があるということ。
その為神童的な扱いを受け、パンピー(※死語・『一般ピープル』のこと)から貴族へと成り上がったのだ。
私は神童だったが、有能ではない。すべて前世の記憶があるからこそ。
私に残された時間はそう長くない。いずれ本当に有能な者にアッサリ抜かされてしまうだろう。
私はなんとか神童の内に上手くやり、公爵家のご令嬢の執事という役を拝命した。
公爵様が下町の学校を見学にいらっしゃるというので案内をする役を買ってでたのだ。そこで気に入られた……顔が。
イケメン万歳。神童関係ねぇ。
なんだか釈然としないが 、まぁ上手くいったんだからいいことにする。
子爵家の三男坊という肩書きは、その為に手配されたものだ。子爵家に入るとすぐ、公爵家執事としての教育をみっちり叩き込まれた。
しかしそれを有効に使う機会はあまりなかった様な気がする。
お嬢様が馬鹿だったからである。
彼女の場合、馬鹿とはいってもそこまで馬鹿ではない。所謂『やればできる子』なのだ。頑なにやらないだけで。
そして、勉強以外のスペックは異常に高い。
気になって、試しに躾がてら色々やらせてみたら、どれも簡単にできてしまってびっくりした。
そんな彼女がある日言い出した。
『自分は乙女ゲームの悪役令嬢だ』と。
甚だ頭のおかしい台詞なので、普通ならそう思われるのを懸念して言わないところだが……元々馬鹿なので関係ない。
案の定私以外には信じてもらえてなかったが。
その時私には突然もうひとつの記憶が蘇った。『自分はゲーム世界の勇者である』と。
そしてその世界はスロット『聖剣』。仕事の帰りにちょっと立ち寄ったパチスロ店でやったことがある。
乙女ゲームとは違い、分岐などはなく、子役を引いてボーナス当選してしまえば、それが終わるまでとにかく無双の俺強キャラだ。
物語は引きがよければ見れるエンディングを見て知っているが、キャラの細かな設定等は知らない。……そもそもさしてないのかもしれないが。
なんのバグだか知らないが、この世界は幾つかのゲームが混ざった世界らしい。
しかもその割に自由。
なんて都合がいい世界だ……私はそう思いつつも歓喜した。
私の世代は超有名RPGが爆発的人気を博した世代のなごり位の世代にあたる。
……子供のころは勇者に憧れたものだ。しかも無双とか、最高かよ。
それとは関係なく前世での私は、中堅芸能プロダクションで某アイドルグループのマネージャーをやらされていた。
『やらされていた』と言うのはそもそも経理で入ったからである。
前世でもそこそこ顔が整ってたのが災いし、そのグループのアイドルから迫られまくったが相手は商品だ。しかも10代……私はロリコンではない。
盛りがついたガキ共の機嫌をあまり損ねないように上手くかわし、好きでもない仕事に追われる日々は私の精神と身体を徐々に蝕んでいった。
なんで死んだかは思い出せないが、きっとこの世界は神が私にくれたご褒美に違いない……そう思って密かに剣術の腕を磨いた。
来るべき時の為に。
お嬢様の世話はなにかと大変だったが、然り気無く武術を仕込んだりするのは楽しかったし、彼女は馬鹿だが小3男子を相手にしていると思えば可愛いものだった。しかも素直で私の言動の矛盾にもまるで気付かない。
乙女ゲームの悪役令嬢フラグなど、攻略対象とヒロインが解っていれば折るのは容易いように思えた。
ふたつの懸念を除けば。
まずひとつ、ヒロインが賢くてあざとくて、尚且つ性格が悪い場合。
そもそも彼女は召喚されてきた訳だが、記憶がないかどうかは怪しい。
私は公爵様を上手く言いくるめてその辺を調べさせた。……結果、白。
しかも第二王子ルーシャ様は彼女に首ったけらしく、微ヤンデレを発症し囲い込んでいるとのこと。なんたる好都合。
ならばもうひとつの懸念を払拭すればいいだけだ。
それは『聖女』であるお嬢様の貞操を守ること。
お嬢様が誰かに相談せず、私にのみ頼るようにし、私は常にお嬢様の傍にいた。
学校が始まると時に目を離した風を装い、馬鹿を露呈させ縁談をぶち壊す。
彼女の馬鹿は小3男子程度なので私にとっては問題ないが、公爵家の娘や貴族の妻としては大いに問題がある。
しかし油断してはならない。
なんせ彼女はかなりの美少女だし公爵令嬢……馬鹿をさっ引いてもやはり魅力はある。
一度学校に入る前に『エセルが婿に入ればいい』と言われたときは流石に少し心が動いた。
『可愛い猿にしか見えない』という答えに嘘はない。ただ、それはその時点の話だ。あと5年もすれば猿には見えなくなってしまうだろう。
それに……既に情も湧いている。
彼女が私に恋心を抱いている様だったら、真剣に考えてあげなくてはと思ったものの、幸いなことにやはりお嬢様の思考は小3男子に過ぎなかったので安心した。
私はお嬢様に懸想する男子や、あらぬ欲望を抱く男子、仲良くなろうとする男子の心や色々(ご想像におまかせする)を陰日向なく、折って、折って、折りまくった。しかしキリがない。
どこでこんなにたらしこんで来るんだ、と思ってしまう。美女無双、恐るべし。
ルーシャ様がちえり様にプロポーズする気である、と暗部から報告を受けた私はほくそ笑んだ。
これを利用しない手はない。
ちえり様の不安を煽り、上手く言いくるめて『ヘンリエッタちゃんと一緒にいたい』と彼女の口から言ってもらうことに成功。
お嬢様の美しさに不安がるちえり様と密かに夜会会場に赴き、ルーシャ様の気持ちを確かめた私達は揃って歓喜した。
ルーシャ様もお嬢様も歓喜した。
皆、幸せハッピーエンドだ。……ただし、『乙女ゲームの』。
そう、とうとう私のターンである。
後宮に入る頃、季節は変わって初冬。
お嬢様は虫と同じなので、寒いと動かない。ひたすらベッドでダラダラし、惰眠を貪る。
後宮には一応侍女の監視をつけて報告させるようにしたが、予想通りひたすらダラダラしていた。
その間、私は公爵様に長い休暇を戴き、身体を鍛えに鍛えた。
鍛えに鍛え、遂には人外レベルの力をつけたにも関わらず、細マッチョ体型は変わらず。これが強制力というやつだろうか。素晴らしすぎる。
そして私は皇帝陛下に呼び出された。
キターーーーーーーー!!!!
叫びたいほどの喜びを隠しながら、私は恭しく引き受けた。
そして『聖女』としてお嬢様を迎えに行く。
お嬢様はやっぱりダラダラしていた。
再び私はお嬢様の調教を開始した。
「普通聖女ってヒーラーとか後衛じゃないの?!」等と文句を言いつつも、やはりお嬢様は素直だった。
闘いの中で私は考えた。この先どうしようかと。
『そうだ、冒険者になろう』
眷属にした竜を引き連れて。
とても楽しそうだ。
ただひとつ、気掛かりなのはお嬢様のこと。
『聖女』としての彼女の地位は実は保証されていない。ルーシャ様のお飾りの妻だと言うことがバレたら色々まずいので、代役を立てられてしまったのだ。
『聖女』として戻れば、王家も当然その血を欲する。今までのようにお手付きなしとはいかないだろう。
(……それはちょっと嫌だな)
私は彼女を娶る事にした。
最終判断は彼女に任せるが。
「これが終わったら婿になってあげましょう」
お嬢様は呆れた顔で言った。
「さいですか」
反論しないところを見ると、それで構わないらしい。
可愛くて強い猿に成長したお嬢様と共に、私はダンジョンの最奥へと足を踏み入れた。
閲覧ありがとうございました。
エセル視点は書かず、読んでくれた方の想像におまかせの方がいいかな~とも思ったのですが……
結局書いちゃった。




