~エピローグ~
ベーシックインカム大実験、その5年目。最後の年の冬が終わり、そろそろ春が来ようかという季節だった。
政府の人から1通のメールが送られてきた。毎月の報告書が優秀なので、直接会って話がしたいということだった。
僕は、あまり気乗りがしなかった。もう、ここでの生活も残り1ヶ月を切っており、そろそろ外国へ旅する準備を始めていたからだ。
それでも、せっかくのチャンスだからと、1度会うだけ会ってみようと思い直した。文章でではなく、直接話を聞いてもらえば、それで少しは意見が通りやすくなるかもと考えたからだ。僕のわずかな進言が、ほんのちょっとでもこの社会を変えるための役に立てば、この5年間の意味もあったことになるだろう。
了解の返信を出してから数日後。
この辺境の地まで、政府から送られてきた人は、わざわざ足を運んでくれた。ピッチリとしたスーツに身を固めた若い男性だった。まだ30代前半かそこらだろうか?
「やあ、君がいつもあの報告書を書いてくれていたのかい?毎月、楽しみに読ませてもらっていたよ。他に人たちとは、いろいろと内容的に違っていたからね」と、政府から派遣された男の人はいった。
「マズかったですか?やっぱり」と、僕は不安そうに尋ねる。
「いやいや、そんなコトはないよ。個性が出ていて、おもしろいと思うよ」
「そうですか。それは、どうもありがとうございます」
それから僕は、この街で過ごした5年間のコトをいろいろと話した。それに加えて、今回のベーシックインカム大実験の不満や改善点など。あるいは、そこから派生して今の政府に必要な政策や、お金の使い道など。何時間も何時間もぶっ通しでしゃべり続けた。
その間、政府の人はウンウンうなづいたり、細かい質問を返したりしながら、ずっと僕の話を聞き続けてくれた。
そうして、最後にこんな風にいってくれた。
「やはり。やっぱりだ」
「え?何がですか?」
「君は、思っていた通りの人物だった」
「そうですか…」
「どうだい?これから、我々と一緒に働いてくれないか?」
「え?」
「今回のベーシックインカム大実験は、これで終わりになるだろう。だが、この実験で得られたデータは今後も活用されていくこととなる。実際に、もう次の企画が動き始めている。君にも、それを手伝ってもらいたいんだが」
「それは、つまり公務員として働けということですか?」と、僕は質問する。
「ま、雇用上はそうなるな」
「でも、僕は学歴だってないし」
「学歴?そんなのは関係ないさ。必要なのは優秀な人材なのだ。未来ある若者の力なんだよ。君みたいなね」
「それに、外国にも行こうと思っているし…」
「外国?長い間かね?」
「まだ、わかりませんけど。とりあえずは、1ヶ月くらい。その後も、いろいろと回って1年くらいかけて何カ国も訪れたいと思っています」
「そのくらいなら大丈夫だよ。むしろ、いろいろと経験を積んでくれた方がありがたい。なんだったら、そのための費用も援助させてもらう」
「ほんとですか!?」
「ああ、ほんとだとも。この国にも、そのくらいの制度はある。優秀な人材を支援して、1年やそこら留学させるくらの制度は」
「フ~ム。なるほど…」
それは、とても魅力的な提案に思えた。むしろ、理想的な話だった。
公務員か…そういうのも悪くはないかもしれないな。
「しばらく考えさせてもらっても構いませんか?」と、僕は尋ねる。
「ああ、もちろんだとも」と、男の人の明瞭な答が返ってきた。
こうして、この街での僕の5年間は終わりを告げた。
この国のために力を尽くす…か。そういう生き方も悪くはないかもしれないな。せっかくいろいろと学んだんだし、その経験や知識を誰かのために使う。それもいいか。
とりあえずは、海外を見て回ろう。しばらくの間、そうして過ごそう。その間に、いろいろと考えてみればいい。なあに、ゆっくりと考える時間だけはたくさんあるさ。
~おしまい~




