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生きていくというのは大変なコトなのだ

 畑仕事が終わり、家に帰ってきてから、僕は部屋の真ん中に大の字になって寝転がる。

 ここのところ徐々に体の方も慣れてきて、1日に4~5時間くらい働いてもどうにかなる。風もまだ冷たい季節だったので、そんなに激しく汗もかかない。それでも、何時間も作業を続けていれば、じんわりと汗がにじんできて、服をらしていく。

 僕は土で汚れた作業着を着たまま、部屋の中で寝転がり、考え事を続けた。


「“生きていく”ってのは、大変なコトなんだな…」

 ついつい、そんな風につぶやいてしまう。


 これまでの僕は、「社会の歯車の1つとなって、個人としての意識を失い、漫然と生きていくだなんて絶対に嫌だ!そんな風になるんだったら、絶対に働かない!働いてなどやるものか!」と思って生きてきた。

 けれども、実際にクワを持って畑を耕してみて、ちょっとばかし“労働の楽しさ”というものがわかってきた。「もっとたくさん働いて、たくさんお金をかせいで、好きな物をたくさん買ってやるんだ!」とさえ思った。

 でも、それには、このままいてはいけない。こんな田舎いなかで小さな畑を耕しているようじゃいけない。それも、わかってきた。

 まともにお金を稼ぐには、もっとにぎやかな街に出て就職しなければならないのだ。いや、仮に就職でなくとも、アルバイトとか派遣社員とかそういうのであったとしても、とにかくもっと都会に出ていかなければならないのだ。それは、いわば“社会の歯車の1つ”となるコトを意味していた。


「そういうのも悪くないのかもしれないな…」と、僕はつぶやく。

 どこかの都会の片隅で、安いアパートの一室でも借りて、毎日労働に出かける。

 汗水垂らして働いて。何かのタイミングで恋をして。まあそんなに美人でもないし、特別学歴が高いわけでもない、特殊な能力があるわけでもない女性と結婚する。そうして、やがて子供が生まれ、さらに一生懸命に働き、年を取って、その子も結婚し、やがては孫も生まれ…

 そんな風に空想してみる。

 悪くないかもしれない、そういう人生も。


「だが、しかし…」と同時に思う。

 そこに意味があるのだろうか?

 そんな人生ならば、誰にだってできるのではないだろうか?

 せっかく、この世界に生まれてきたというのに、そんな誰にでもできる、誰にでも代わりがきく人生を歩んでしまってもいいのだろうか?

 僕には、僕にしかできないコト、僕にしか歩めない人生というものがあるのではないだろうか?

 そんな風にも思えてくるのだ。


「では、その“僕にしか歩めない人生”とは、一体?」

 わからない。それがわからないのだ。具体的に、そんな人生は思いつきはしない。

 これが“モラトリアム”というヤツなのだろうか?何がやりたいのかはわからないけれども、何もしたくないという状態のアレ。

 それは、単なる“ワガママ”と、どう違っているのだろうか?


 仕方がないので、僕は畑を耕し続ける。

 昨日もそうだった。今日もそう。きっと、明日もそうなるのだろう。

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