じゃあ、財源をどうするのか?
ベーシックインカムを推し進めるにあたって、どうしても「財源をどうするのか?」という問題がつきまとってしまう。
近所のシェアハウス同士の親睦会でも、そのコトがたびたび話題に上がった。
「結局、ベーシックインカムだなんていっても、うまくはいきはしないんだよ」と、誰かが発言する。
酔った勢いというのもあるのだろうが、次から次へと本音がもれる。
「今回だって、たかが5000人だからどうにかなってるけど、これが1億2000万人も養うとなると、どうしたって金が足りない。ちょっと計算してみればわかる」
そこで、僕はちょっと計算してみる。
「え~っと…月々8万だから、12ヶ月で96万円。現在の日本の人口が1億2500万人くらいなので、単純計算で1年に120兆円くらい必要になりますね」
「だろ?その金は、どっから入ってくるんだって話だよ」
「でも、現在の日本の国家予算が100兆円ほどですよ。もうちょっとで、どうにかなるんじゃないですか?」
「いやいやいや、それら全部使うのか?警察も消防も救急車も止めて。公務員は全部解雇して、公立の学校だってなくして。自衛隊だってなくなる。健康保険やら年金やら、何から何まで全部やめて、それで100兆円だぞ。しかも、その内の25兆円くらいは借金を返すための金だ。実質75兆かそこらだろう」
確かに、このやり方には無理があった。ちょっとやそっと税金を上げたくらいでは、どうしても対応しきれない。
それをわかっていて、僕は反論してみる。
「さすがに、健康保険は残すとしても、年金や介護保険などは完全になくしても大丈夫なのでは?それに、毎月配るお金を8万円から5万円くらいに下げてみては?」
「それでも、全然足りゃしねえよ。しかも、そうやってどんどん給付額を下げていって、なんの意味がある?元々の目的だった“最低限生きていけるだけの額を国民全員に配る”って考え方からは遠のいていくばかりだろう」
「確かに…」
この話題に関しては、テレビの政治討論番組などでも、たびたび議論になっていた。
ベーシックインカムを全国で始めるとして、「じゃあ、そのための財源をどうするのか?」という問題だ。その中の解決策の1つとして「相続税を100%に上げる」という案が取り上げられていた。
「テレビでもやってたけど、相続税を上げるっていうのはどうですかね?相続税の税率を100%にして、家から土地から何から何まで資産の全てを国が取り上げるっていう方式。それで、充分にベーシックインカムに必要な予算をまかなえるらしいですよ。これって、かなり理想的なやり方に思えません?」
「まるでゲームみたいだな。生まれた時は、まっさらの状態で、誰もが同じスタート地点から始める。でも、それだと公平かもな。生まれた時点で貧富の差があるってのが、そもそもおかしいもんな」
けれども、その意見にも即座に反論が飛んでくる。
「だけども、現実的に見てそれは不可能でしょうね。相続できる資産を持ってる人たちから猛反発が起こるのは目に見えているわ。年金だって同じよ。これまで一生懸命、年金を支払ってきた人たちが賛成すると思う?『はい、今日から年金の給付はなくなりました』なんていって許されるはずがないわ」
「それは、そうかも…」
「結局、どれもこれも机上の空論なのよ。いざ、実際にやってみようと思ったら、反対勢力の力が大きすぎて実現しないモノばかり」
ここで根本的な疑問の声が上がる。
「じゃあ、なんのためにこんな実験をやってるんですかね?将来的にうまくいくはずがないのなら、このベーシックインカム大実験だって、そもそも意味がないのでは?」
「私は、ただ何もしなくても毎月お金がもらえるって聞いたから参加してるだけよ。5年の実験期間が終われば、それで『はい、さようなら』よ」
「オレも、似たような感じかな~?でも、もうちょっと高い意識はあるぜ。最初は机上の空論でも、いざやってみたら意外とうまくいったなんてコトは、よくあるものよ。今回も、そんな風になるんじゃないかって予感がある」
「そんないい加減なコトでうまくいくのかね~?ただ『なんとかなるだろう』って甘い考えじゃ、結局、何も変わらないのがオチだぜ」
このように酒の席での議論は続いていく。そうして、結局、最後はいつも結論が出ないまま終わってしまうのだった。
でも、僕はこういう空気が好きだった。少なくとも、みんなが高い意識を持って何かについて話し合う。それだけでも意味があるような気がした。
これまでの僕は、何も考えず、ただその日1日をどうにか暮らすだけだった。ここに集まってきている人たちの多くも、そうであったに違いない。それが、このベーシックインカム大実験によって、この街に集まり、政治にも関心を持つようになり、活発に意見を交換するようになった。
「それだけでもマシになったのではないだろうか?意味があるのではないだろうか?」
今の僕には、そんな風に思えて仕方がないのだった。




