近所にオープンした食堂に通う
僕は、食堂でランチを取っていた。最近オープンしたばかりの食堂だ。この街にやってきた2000人の移住者の内の何人かが集まって始めた食堂だった。
500円前後で、まともな定食が食べられる。ご飯と味噌汁とサラダ。それに、何かしらメインとなるオカズがつく。お肉だとかソーセージだとか魚だとか卵だとか、そういったオカズだ。普段、野菜ばかり食べている僕にとって、これは非常に助かる。
それに、このお店は、畑で作った野菜を引き取ってもくれる。そんなに大した額ではなかったけれども、今の僕にとっては充分にありがたいことだった。
そりゃあ、自分で料理をすれば、いくらか食費は浮く。けれども、どうしたって手間がかかってしまう。食べきれなければ、腐らせてしまうことにもなる。その割には、お金も節約できない。畑で取れた野菜を使えば、食材費はかなり抑えられたが、電気代や水道代はかかってしまう。1人分だけ作るというのは、どうにも割が合わないものなのだ。
そんなわけで、僕はこのオープンしたばかりの食堂を頻繁に利用するようになっていた。
毎日2食を食べに通っても、月に3万円にしかならない。その上、畑の野菜を引き取ってもらったり、近所の人たちに食べ物をもらったりする日もあるので、2万円を越えることはほとんどなさそうだった。
「うん。気に入った。今後も、ここを利用させてもらおう」
僕は、そういって食堂を後にする。
この食堂には、もう1ついいコトがあった。
それは、マンガ週刊誌が読み放題なことだった。なにしろマンガ喫茶1つありはしない街だ。どうしても情報収集源が限られてしまう。せいぜい、ヒツジマーケットで売られている雑誌を買って読むくらいのこと。
こんな時代だ。テレビやインターネットさえあれば、それなりの娯楽は楽しむことができる。とはいえ、やはりマンガを全く読めない環境というのは寂しいものがある。インターネットの掲示板などでやり取りする時も、僕だけ情報が遅れていて悲しい思いをするということが多かった。インターネット上で読めるマンガというのも徐々に増えつつはあったが、まだまだマンガ雑誌の役割というのは大きいものがあったのだ。
そんなわけで、最新のマンガが読み放題という環境は、僕にとって非常にありがたいのだった。
「それにしても、この街もだいぶ発展してきたな…」
食堂からの帰り道、そんな風にひとりごとをつぶやきながら歩いて帰る僕。
「ついこの間まで、街には3軒の食料品店と郵便局が1軒しかなかったのに。瞬く間に、散髪屋ができ、マッサージ屋ができ、介護施設が開業し、今度は食堂だ。このペースで発展していけば、もしかしたら、昔のにぎわいを取り戻せる日もやって来るかもしれない」
僕は、この前、近所のおばあちゃんに聞いた話を思い出していた。
「昔は、この街も随分と栄えていたものよ。それがみんななくなっちゃって…」と寂しそうにいっていたおばあちゃんの顔が頭に浮かんでくる。
それから、ムクムクと空想の街が頭の中にふくらんでいく。
僕が住んでいる家のある通りは、昔は商店街だったと聞く。
隣近所にどんどんお店がオープンしていき、かつてのにぎわいを取り戻していく。豆腐屋さんに魚屋さん。花屋さんに本屋さん。文房具屋さんに歯医者さん。油山さんが経営する理髪店に、マッサージ屋さんや食堂も建ち並ぶ。
「そうなれば、ずっとこの街に住んでもいいかもしれないな。インターネットの通販だってあるわけだし、特に不便なこともなくなる。家賃だってかからないし、収入だってそれなりにある」
それと同時に、僕は全く逆の不安も感じつつあった。
「いつまでも、こんな風に生きていていいのだろうか?それなりに幸せで、それなりに満足して、それなりに生きていく。で?その先には何がある?何もありはしないじゃないか。他の人たちと何1つ違いはしない。そんな人生に意味はあるのだろうか?」
僕には僕にしかできない何かがあるような気がしていた。今は、その“何か”がなんなのかハッキリとわかりはしない。けれども、「このままじゃあいけない」という思いだけは、確実に僕の心の中に居座り続けているのだった。




