髪を切る場所がなくて困る…
この街には、お店がない。とにかく、お店がない。
激安スーパーも100円ショップも牛丼屋もチェーン店のハンバーガ屋も携帯電話ショップも、何もない。病院や歯医者さんすらない。
昔は、ガソリンスタンドやお豆腐屋さんなんかがあったのだが、それもなくなってしまった。
八百屋さん…は、なくてもどうにかなる。野菜を作っている農家は多いので、交渉しだいでいくらでも手に入る。ヒツジマーケットでも売っている。
魚屋さんは、1軒だけある。“上沢”というお店が、僕の家から歩いてすぐの所に建っている。家を出て左にちょっと歩くと、ヒツジマーケット。右にすぐのところに上沢は存在した。
もっとも、今は魚屋さんというよりかは、ちょっとしたスーパーか雑貨屋に近い。魚やお寿司などを中心に、肉や野菜も売られているし、海苔や缶詰といった保存食なども並んでいる。
役割としては、ヒツジマーケットに近かったが、雑誌などは売っていない。ヒツジマーケットがちょっと大きめの個人経営コンビニエンスストアといった感じなのに対して、上沢の方はもっと硬派な雑貨屋といった雰囲気をかもし出していた。
なんとなく、僕はヒツジマーケットに足を運ぶことが多かった。特に理由があるわけではないのだが、ほんとになんとなく。雰囲気的な問題だ。
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こんなにお店が少ないこの街だったが、僕はそれほど不便を感じてはいなかった。
ただ、髪を切る場所がないのだけは困った。そんなにオシャレにする方ではない僕だったが、それでも髪が伸びてくると邪魔になってしまう。人間、生きていると自然と新陳代謝が行われる。髪や爪も伸びてくる。実に、面倒なものだ。
仕方がないので、最初は隣街まで自転車をこいで髪を切りに行っていた僕だったが、段々とそれも面倒になってきた。しかも、料金が非常に高い。ただ髪を切ってシャンプーをしてもらうだけなのに3000円も取られてしまう。これは、収入の少ない僕にとっては、かなりの痛手だった。
シャンプーなんて要らない。ただ髪を切ってくれるだけでいいから、1000円くらいでやって欲しい。僕が前に住んでいた街には、そういう格安の散髪屋さんがあったのに…
そこで、最近は自分で散髪するようになってきた。
散髪といっても特別な道具を使うわけではない。その辺で売られている普通のハサミを使って、チョキチョキと邪魔な部分を切っていくだけだ。
2枚の鏡を器用に使い、どうにかこうにか形だけは整えていく。それでも、素人がやるコトだ。どうしても限界がある。しかも、人の髪の毛を切るならば、まだわかるけれども、自分で自分の髪を切るのだ。これには、どうしたって無理がある。不格好になってしまうのは仕方がない。
僕は、頭のアチコチがデコボコになった変な髪型で、その辺を歩き回るようになった。それでも、しばらくすると髪が伸びてきて、そんなに気にならなくなってくる。
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そんなある日のコトだった。
ひさしぶりに、河原に座っている坂道進さんと出会った。最近は、坂道さんも河原でボ~ッとしている時間が減ってきていていた。段々と精神的にも回復してきているようだ。
「やあ、君か」と、僕の姿を見つけた坂道さんが声をかけてきてくれる。
「どうも。おひさしぶりです」と、僕も返事をする。
「オヤ?どうしたんだい?その頭は?」と、どうしても髪型に話題が移ってしまう。
「いや~、実は…」と、僕が理由を話すと、坂道さんは笑いながらこういってくれた。
「ハハハハ、そういうわけか。そりゃあ、大変だな。さすがに、自分で自分の髪を切るだなんて、プロの理容師でも一苦労だろうに」
「そうですよね…」
「どうだい?よかったら、うちに来ないか?一緒に住んでいるヤツが、髪の切るのがうまいヤツでね。そいつに形を整えてもらうといいよ」
「え?いいんですか?」と、僕は坂道さんの提案に驚く。
「ああ、もちろんだとも。困った時はお互い様さ。遠慮はいらない」
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
こうして、僕は坂道さんの住んでいる家を訪れることになった。




