油山さんの散髪テクニック
坂道進さんは、他の人たちと一緒に住んでいる。ベーシックインカム大実験が始まって、この街へと移住してきた人たちだ。いわば、“シェアハウス”ということになる。
坂道さんが座っていた河原から15分も歩くと、目当てのお家へとたどりついた。
「ただいま~」と家の方に向って坂道さんが声をかけると、中からムサ苦しい感じの男の人が顔を出して返事をした。髪の毛もヒゲもボサボサで、背も低めで、ファンタジー小説に出てくるドワーフみたいな感じの人だった。
「おお~、リーダーお帰り!」
どうやら、坂道さんはここでは“リーダー”と呼ばれているらしい。
「へ~、リーダーって呼ばれてるんですね?」と、僕が尋ねると、坂道さんはちょっと困ったような笑顔をしながら、こう返してきた。
「ハハハ…そうなんだよ。まいったね」
「お?お連れさんが一緒で?そちらさんは、どなたかな?」と、ヒゲ面のドワーフおじさんが尋ねてくる。
「この子が前に話した、河原で知り合った友達だよ」と、坂道さん。
「ああ~、なるほど!いらっしゃい!」
ドワーフおじさんに声をかけられて、僕もたどたどしくあいさつを返す。
「あ、こ…こんにちは。どうもはじめまして」
「油山さんに髪を切ってもらいたいんだって。見ての通り、自分で切っちゃって不格好になってるから」
坂道さんにいわれて、油山さんと呼ばれたドワーフそっくりの男の人が自己紹介してくる。
「ハハハ、確かにな。ちょっとおかしな感じになっちまってるな。どうも、油山です。油山幸次。よろしく!」
そういって、握手するように手を差し出されたので、僕もオズオズと手を出した。
すると、ガッチリと手をつかまれて、無理矢理に固い握手を交わされた。
「じゃあ、ちょっと準備するから待ってな」
そういって、油山さんは家の中へと入っていく。
「なんだか豪快な人ですね…」
僕がそういうと、坂道さんはこんな風に答えてきた。
「だろ?でも、意外と繊細な部分もあるんだぜ」
「2人で、この家に暮らしてるんですか?」
「あ、いや。他にもいるんだが。今は出払ってるみたいだな。近所の農家を手伝ってるんだ」
「あ~、なるほど。じゃあ、僕と一緒ですね」
「お?そうなの?」
「ええ。僕も、自分の畑を持っていて。それ以外にも、近所の人たちの畑を手伝ったりして」
「へ~、そっか。畑作業はいいよな。なんだか気がまぎれる」
しばらくの間そんな会話を続けていると、油山さんが家の中から散髪道具を持って現われた。
そうして、庭先にビニールシートを敷き、その上にイスを置くと、「さあ、どうぞ」と声をかけてきた。
僕は指示されるまま、用意されたイスに座る。
すると、油山さんのガッチリとした腕によって、首にタオルを巻かれ、服の上からビニールのシートをかぶせられる。まるで、てるてる坊主みたいな格好になってしまった。
「さあ、じゃあ、一仕事するとしますか」
そういって、手にしたハサミで僕の髪を切り始める。僕が使っている文房具のハサミなどではない。れっきとした散髪用のハサミだ。理髪店などで使っている本格的なヤツ。
「へ~、本物の散髪バサミなんですね」と僕がいうと、油山さんはちょっと照れたように、それでいて自慢げな声で答えてきた。
「これでも、前は本職だったからな。とはいっても、数年でやめちまったけど。まあ、基本的なカットなら一通りできるぜ」
油山さんの手は、喋りながらでもスムーズに動き続ける。シャキシャキと音を立てながら、すべるようにハサミが動いていく。そうして、次々と髪は切られていき、パラパラと地面の上に落ちていくのだった。ほとんど全くなんの痛みも感じない。
油山さんは、「数年でやめてしまった」なんていってたけれども、完全にベテランの手の動きだった。少なくとも、未熟な僕からするとそう思える。
油山さんは、ストレートなハサミとギザギザになったハサミと、2種類の散髪バサミを素早く器用に扱いながら瞬く間に僕の髪を切り終わった。
最後は、カミソリと泡を使い、えり足などの余計な髪を剃ってくれた。そうして、濡れたタオルで軽く首や顔の髪の毛を拭き取ってくれ、それで終わりだった。
「さあ、できたぜ。どんなものかな?」
油山さんはそういいながら、僕に向って鏡を向け、きれいに切りそろえたばかりの頭を見せてくれた。
「うん!いいですね!自分で切った時よりも全然いい!」
「ハハハ!そりゃ、そうだ」
そういいながら、油山さんは服の上のビニールシートをサッとはがし、首に巻いたタオルも取ってくれた。
「どうも、ありがとうございます」
そういって、僕はお金を払おうとする。
「いやいや、いいよ、そんなもん」と、油山さんは断ろうとする。
「いや、そういうわけには。いくらくらいお支払いすればいいですか?」
「だから、いいって」
「いや、そうはいきませんよ」と、僕も引き下がらない。
「ん~?そうか?じゃあ、500円でいいや」
「500円ですか?えらく安いんですね」
「そんなもんだろ、ここでの適正価格は」
「そうですか。じゃあ、500円で」
そういって、僕は500円玉1つを油山さんの大きなてのひらの上に乗せた。
「サンキューな!」
「いずれ、またお願いしてもいいですか?髪が伸びてきたら」
「おう!いつでも来いや!暇な時なら、いつでも頼まれてやるよ!」
油山さんの元気な声に、坂道さんも反応する。
「暇な時って…いつでも暇なクセに」と、冗談っぽくニヤケながら坂道さんがいった。
「ハハハ、ちげえねえや!」
豪快に笑いながら油山さんが答えた。
こうして、僕は新しい友達を作り、この街での散髪屋さんも確保したのだった。




