解雇通知と銀髪美少女
「本日をもって、当工場の全ラインを停止し、解散といたします」
社長の力ない声が、油と鉄の匂いが染みついた薄暗い工場内に響き渡った。
長引く不況と経営難。街の小さな自動車・機械整備工場は、時代の波にあっけなく呑み込まれた。
「藤城くん、すまない。君の整備の腕は確かだったんだが……」
受け取ったのは、味気ない解雇通知書が一枚。
現場で油に塗れ、どんな古いエンジンや頑固な機械でも直してきた。自分の腕にはプライドがあった。だが、経営という壁の前では、職人の技術なんて何の意味も持たなかったのだ。
(これからどうすればいいんだ……。俺から機械を取ったら、何も残らないぞ……)
悔しさと虚しさに打ちひしがれながら、いつの間にか日の暮れかけている紫色の街を呆然と歩く。
自分の将来、親や友人への言い訳。
自分の今までの立ち振る舞い。
黒く汚れた自分の指と様々な考えが視界いっぱいに広がっていた。
文字通り周りが見えていなかった――その瞬間。
けたたましいクラクションの音。指に代わって視界を覆うトラックのライト。
激しい衝撃と共に、俺の意識は深い闇へと落ちていった。
◇
「――レオナ? レオナ、大丈夫? うなされていたみたいだけど……」
やわらかな匂い。そして、なんだか息が苦しい。
顔面を包み込む圧倒的なまでの柔らかさと温もりに圧迫され、俺は「むぐぐっ!?」と目を覚ました。
「まあ、よかったわ! 目を覚ましたのね、レオナ!」
顔を離して心配そうに俺の顔を覗き込んでいるのは――どこをどう見ても『爆乳』という言葉すら生ぬるい、尋常ではない包容力を醸し出しているおっとりとした美熟女だった。
今の圧迫感の正体は、この人の豊満すぎる胸に抱きしめられていたかららしい。
「……え、あ……誰?」
「まあ嫌だわ、自分の母親の顔を忘れたの? まだ熱があるのかしら……」
ひんやりとした手が俺の額に当てられる。
待て。母親? 俺の母親はもっとたくましい下町の肝っ玉かあさんだったはずだ。
混乱しながらふと自分の手元を見ると、そこにあったのは――油汚れひとつない、細く繊細な、まるで真珠のように艶やかで華奢な少女の手だった。
「うわぁ!?」
慌てて部屋の隅にあった姿見に飛びつく。
そこに映っていたのは――腰まで伸びた透き通るような銀髪に、吸い込まれそうなサファイアブルーの瞳を持つ、15歳前後の儚げで可憐な美少女だった。
(嘘だろおい!????)
胸を触る。ぺったんこ。
目の前で首を傾げているエレナさんを見る。どっかーん。
(なんだこの格差!? 遺伝子どうなってんだ!? ……っていうか股間! 無い! なにも無い!!)
俺はトラックに跳ね飛ばされ、どういう訳か異世界で『レオナ』という名の銀髪美少女に生まれ変わってしまっていたのだ。
◇
それから一ヶ月。
人間、どんな環境にも慣れるものである。
ここ「ドムレミ村」は、深い森林と大気中に漂う青白い魔力の光に包まれた、静かで豊かな開拓村だった。
俺を育てる母親のエレナさんはとにかく優しく、毎日おいしいご飯を作ってくれた。
「ほらレオナ、いっぱい食べないと大きくなれないわよ? お父さんに似て細すぎるんだから」
「うぐっ……母さん、朝からこの肉の盛り方は重いって……。あと、その……抱きつくときに胸を押しつけるのはやめてくれ……窒息する……」
「まあ、レオナったら照れちゃって。可愛いんだから」
ぎゅうううっ、と再び豊満な胸に埋もれさせられ、俺は内心で(俺は30過ぎたおっさんだ俺は30過ぎたおっさんだ……!)と念仏のように唱えて正気を保つ日々。
そんなある日の午後。
村の広場で木切れを削っていた俺のところに、近所のやんちゃボウズ・トッドが勢いよく駆け込んできた。
「おいレオナ! 大変だぞ!」
「なんだよトッド、騒々しいな。今時計の調整してんだから邪魔すんなって」
「そんなことよりさ! 近くの旧鉱山跡に、王国の研究員たちが凄い魔導兵器を持ち込んでテストしてるらしいぜ!」
「……なに?」
俺の手がピタリと止まる。
「王国の研究員……?」
(……もしかして、放置親父も?)
俺や母さんをおいて研究にかまけている男への憤りと、
メカオタクとしての血が、ドクドクと音を立てて沸き立つのが分かった。
異世界の兵器がどういう構造をしているのか、見過ごせるわけがない。
「ちょっと見てくる!」
「えぇ!? おいレオナ、立ち入り禁止だぞー!」
急いで家に戻り、ワンピースを着替えて準備しているところに、台所からエレナさんがひょっこり顔を出した。
「あらレオナ、どこかお出かけ? もうすぐおやつの焼き菓子が焼き上がるわよ?」
「あ、すぐ戻るから取っておいて! ちょっと旧鉱山跡に行ってくる!」
「まあ、あそこは危険だから入っちゃダメよ?」
「一応護身用の魔導デバイスもあるし、大丈夫だよ! じゃ、行ってくる!」
「あ!コラっ!待ちなさ~い!」
エレナさんの怒っているのかわからない呑気な声を聴きながら、俺はドムレミ村の外れにある旧鉱山跡へと駆け出した。
◇
旧鉱山跡の地下ドックは、不穏な熱気と金属臭に包まれていた。
「ダメっ、魔力圧が安定しない……! やっぱりパワードスーツの制御ユニットを通さないと起動すら危ういわね」
地下空間の真ん中で、白衣を着た若い女性研究者――カリンが、頭を抱えて叫んでいた。
彼女の目の前に鎮座しているのは、身の丈150センチを優に超える、歪で巨大な「鉄塊」のような大剣型デバイス。内部フレームが見え隠れする、武骨極まりない兵器だった。
物陰から覗き込んでいたレオナは、思わず目を輝かせる。
(うわぁ……! なんだあの武骨なデザイン! 外装が剥き出しで、高圧ケーブルの取り回しが丸見えじゃないか! 最高かよ!)
だが、そのメカ観賞の至福の時間は、唐突に破られた。
爆音――!
地下ドックの天井が吹き飛び、鋭い金属音と共に黒い装甲に身を包んだ見慣れぬ機械兵たちが次々と降下してきた。
「な、何事!? 敵襲――!?」
「くそっ、オルクス帝国の急襲だ! カリン少尉を守れ!」
護衛の王国兵たちが剣や銃を構えて応戦するが、帝国の可変機甲部隊の圧倒的な火力とスピードの前には壊滅的だった。あっという間にドックは火の海と化し、兵士たちが倒れていく。
「きゃああっ!」
カリンが試作デバイスのコアデータを抱えたまま転倒する。
その背後に、赤いバイザーを光らせた帝国兵の大型機甲がヌッと立ち塞がり、無慈悲に銃口を突きつけた。
「貴様に恨みはないが、その試作機と共に消えてもらうぞ」
「……っ!」
絶体絶命。カリンが目をぎゅっと瞑った、その時――。
「だぁぁッ! なんとでもなれだぁああ!!」
俺の体内を、高濃度の魔力流束が爆発的なスピードで駆け巡る。
華奢な体に圧倒的な筋力と躍動感が宿り、俺は岩陰から弾丸のように飛び出していた。
空中高く跳躍。華奢な少女の身体からはおよそ想像もつかない運動エネルギーを乗せた、渾身のダイビング・ドロップキックが帝国兵のメカに炸裂した!
ドガァァンッ!!
「ぐはぁっ!?」
数トンはあるであろう重装甲の帝国兵が、派手な音を立てて壁まで吹き飛んで激突する。
「はぁ、はぁ……! ギリギリ間に合った……!」
着地し、銀髪をなびかせながら息を整える俺。
そばの赤毛の女性は腰を抜かしたまま、ポカンと口を開けて俺を見上げる。
「な……な、何者なの……!?」
問われた俺は、笑みを浮かべて言い放った。
「通りすがりの美少女!!」




