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第1話 契約破棄してくれて、ありがとう



「フェルレイド代理隊長とやら。貴様らのような小汚い連中が、たった10人でこの辺境拠点を5年間も守り切っただと?」


 交代要員として着任したばかりの、随分と立派な鎧を着た防衛隊長がそう言った。

 俺——フェルレイドは国境の最前線であるトラーグ砦の防衛という契約の5年の任期を終え、荷物をまとめていたところに交代の王都正規軍が現れたのだ。


「はい、一度も敵を通しておりません。本日をもって5年の契約が満了しましたので引き継ぎをお願いします」

「おいおい、嘘を吐くな。この地は帝国軍と魔獣が入り乱れる激戦区だと言っていたよな? それが本当なら、たった10人で5年も守り切れるはずがないだろうが。……ははーん、分かったぞ。お前の狙いが」


 防衛隊長はトラーグ砦の周囲の景色と、俺たち10人の姿を交互に見て鼻で笑った。

 

「お前たち、その嘘の戦果で契約料をふんだくろうって魂胆だな? な、そうだろう?」


 どうやら、俺たちが定期的に送っていた報告書はまともに読まれていないらしい。

 確かに10人しかいなかったというのは事実だ。着任当初は500人以上いたが、あまりの過酷さに兵たちが逃亡し、気がつけば俺たち傭兵10人しか残っていなかった。

 

 俺たちも逃げれば良かったかもしれないが、俺たちが逃げてしまうと近隣の村が被害を被ってしまう。だから、俺たちは10人だけでトラーグ砦を死守していたのだ。

 帝国軍が攻めてくれば斬り捨て、魔獣が出れば食料として狩っていた。

 

「嘘ではありません。事実、俺たちが前線を止めていました」

「はっ、馬鹿にするな。本気で、そんな与太話を信じろと? お前たちのような傭兵に、そんな力があるわけがないだろう! 虚勢を張りたいのがみえみえだ!」


 頭の固いエリート隊長には、事実を理解できなかったらしい。

 まあ、信じないならそれでいい。俺には他に大事な目的があった。


「信じていただかなくても構いません。ですが砦は奪われずに現にここにありますので、それが答えになると思います。それより、俺たちは5年の防衛任務を終えました。契約通り、1人当たり金貨4000枚をいただけますか?」

「契約ぅ? なんのことだ?」

「俺たちと契約した前任の防衛隊長と交わした条件です。5年、この砦を守り生き残れば1人当たり金貨4000枚という内容ですが」


 俺がそう言うと、防衛隊長はさらに不服そうな顔をして高らかに笑い始めた。


「はっはっは! 前任の隊長なら逃亡したから知らん! そいつとの契約の問題だろう? 報酬が欲しいなら前任の隊長を探し出して要求する事だな! だいたい、何もしないで金貨4000枚も貰おうとしていたのか? なんという奴らだ、少しは恥というものを知れ! 貴様らのような奴らは、さっさとここから出て行くのだ!」


 一蹴された。俺たちの命懸けの契約を無効だと切り捨てたのだ。普通の傭兵ならブチギレるところだろう。

 交代部隊の隊長は、さも「悪事を暴いてやった」というような勝ち誇った顔をしている。


 だが、俺と後ろに立つ9人の仲間たちは、顔を見合わせてニヤリと笑った。


「わかりました。金貨4000枚は結構です。では、我々は帰還しますので」

「ふん、最初からそう言えばいいのだ。さっさと立ち去れ!」


 俺たちは素直にトラーグ砦から立ち去った。

 悔しくないのかって? とんでもない。むしろ笑いが止まらなかった。


 あの逃亡したという前任の隊長が残した契約内容はこうだ。

 『トラーグ砦の防衛任務。5年間、砦を守り生き残れば金貨4000枚。その代わり一切の支援なしの自給自足。および、得られた戦利品は全て国に属する』

 

 俺たちはこの5年、昼に攻めてくる帝国軍を倒しては戦利品を回収し、夜に襲い来る魔獣の皮や肉なども商人を通じて換金し続けていた。

 そうでもしないと武器も食料も尽きてしまうからだ。

 正直、戦利品の売却益は金貨4000枚どころの騒ぎではない。1人当たり金貨数万枚は下らない額を俺たちはすでに貯め込んでいる。


 本来なら契約上、国にその全てを納めなければならなかった。だが「契約は無効だ」と国側から一蹴してくれたのだ。

 最前線の激戦区に、ろくな補給もしないような連中だ。そもそも、今さら律儀に約束を守るとも思っていなかった。

 つまり、俺たちは莫大な財産を合法的に丸取りできることになったわけだ。


 晴れて莫大な資産を手にした俺たちは、傭兵仲間と報酬を分けた後にそれぞれ別れ、俺はホクホク顔で王都への帰路についた。



 ——————



「平民フェルレイドに、グレイウルフ領の統治権を付与する」


 そう告げたのは、宰相補佐官と名乗る灰色の官服の男だった。

 俺がトラーグ砦から王都に戻ってわずか3日後、王城に呼び出されたのだ。

 

 しかし、ここは王城の前。

 城の中にすら入っていない、風が吹く道ばただ。


 宰相補佐官に差し出された羊皮紙を、俺は思わず二度見した。

 たしかに宰相補佐官の言う通り、羊皮紙には俺の名前とグレイウルフ領地の名前が書いてある。


「……すみません。聞き間違いでなければ、褒賞として頂けるのが、その土地だと?」

「左様にございます。名誉ある事ですよ」


 俺への報償。これはトラーグ砦を守っていた事にたいする報酬ではない。

 トラーグ砦から帰郷している途中、街道で数十人の武装した賊に襲われている一台の馬車を助けた事による報酬だった。


 後から分かった事だが、助けた馬車の中に居た少女は、このオルドフィール王国の王女様だったらしい。

 確かに、道理で豪華なドレスを着た美少女だったわけだ。


 王族の命を救った平民——つまり俺が、報酬を貰えるという事で王城に呼び出されたのだ。

 これがどういう意味を持つか。

 『特大の報酬』だと思っていた。何せ王女様を助けたのだから。

 

 俺も、もう若くない38歳。これからは安全で静かな生活を送りたい。

 できれば畑とか持って、のんびり暮らしたいと思っていた。

 

 トラーグ砦で得た金と王女様を助けた報酬があれば、その願いが叶うかもしれない。……と、そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。


 そして、そこで手渡されたのが『グレイウルフ領の統治』という、この呪われた羊皮紙だった。


 グレイウルフ領——通称『呪われた地』。

 冒険者や傭兵として各地を渡り歩いてきた俺でも、何度か耳にした事がある名前だ。ずいぶん前に、国が正式に『居住不能の区域』に指定した魔境の土地。


 農作物は育たず、井戸を掘れば黒い水が出て、夜になれば魔獣が襲ってくる。人が寄り付かない事をいいことに、グレイウルフ領を根城にしていたゴロツキたちさえも、全員逃げ出したという噂すらある。

 

 領民ゼロ。収益ゼロ。むしろ維持費すらかかるマイナスの土地。それが俺への『報酬』だった。

 なんで、こうなった。


「ええと……ちなみに、この辞令を断ることって出来ますか?」

「王命の拒否は、いかなる理由であれ国家への反逆罪となります」

 

 補佐官の声は、やけに流暢だった。まるで何度も同じ説明をしてきたかのように、よどみがなない。

 俺は羊皮紙と補佐官を交互に見た。羊皮紙の文字の内容は、当然変わらない。

 補佐官も「ははは。冗談ですよ、英雄殿」と笑いかけてはくれなかった。

 

 ……この辞令、本気らしい。

 

 俺は落ち着くためにゆっくりと息を吸って、吐いた。喜びで膨らんでいた未来の夢が、音もなくしぼんでいく。

 

「……では、俺はいつからグレイウルフの領主になるのでしょうか?」

「明日からです。ですので、明日の朝にはグレイウルフ領へと出発してください」


 またも、よどみない即答だった。

 「馬車と、数日分の食糧は国が用意します」と補佐官は続けた。御者に関しては「予算の都合上……」と言葉を濁していた。つまり、俺一人で行けということだ。その呪われた土地に。

 

「……分かりました。謹んで、拝命いたします」


 俺は乾いた声でそう答えた。他に、選べる道などなかったので。


 辞令の羊皮紙を眺めながら、俺は重い足取りで街へ戻った。

 明日には出発なのだ。せっかく5年ぶりに王都へ帰ってきたばかりだというのに。

 

 領主になるのであれば、もう一生帰って来られないかもしれない。せめて顔馴染みに別れを告げておこう。

 行きつけの酒場で仲間に事情を話すと、最初はお祭り騒ぎになった。

 

「フェル! 本当にお前が領主様になるのか!? お前が成り上がるなんて、まるで吟遊詩人が歌う英雄譚みたいじゃないか! おい皆、今日は英雄の門出に乾杯だ!」

 

 酒場の店主のおっさんが、俺の背中を壊さんばかりの勢いでバンバンと叩いてくる。

 ウェイトレスのお姉ちゃんが「お貴族様の夫人の座、空いてるかしら?」と言わんばかりに期待に満ちた目を輝かせた。

 

 俺はハハハ……と愛想笑いを返しながら「それで——」と、肝心の目的地を告げた。

 

「俺が赴任する行き先が、『グレイウルフ領』なんだけどさ……」

 

 俺がその名を口にした瞬間。

 酒場の喧騒が、一瞬で静まり返った。

 

 さっきまでジョッキを勢いよくぶつけ合っていた連中が、石像のように動きを止める。「あのグレイウルフか……」と、誰かが震える声でそう呟いた。

 ウェイトレスのお姉ちゃんが、見えないくらいの距離まで離れていく。


 皆の視線が、一斉に俺の顔から足元へと向けられた。

 皆は固く口をつむぎ、まるで処刑台へ向かう罪人を憐れむような暗く淀んだ目を泳がせている。

 

 そして最初に口を開いたのは、冒険者ギルドのじいさんだった。

 酒臭くて下品な冗談ばかり言うくせに、今日だけは別人のように真剣で、どこか慈悲深い目をしていた。

 

「……達者でな、フェル。お前のことは忘れないぞ。お前が向こうで死んで装備だけ残ったら、俺が責任を持って形見として高値で売っておいてやるよ……」


 それから仲間たちが、続々と俺に今生の別れを告げる言葉を投げかけた。

 

「今日は俺たちの奢りだ。好きなだけ食え。……もう二度と、まともな食事も摂れないだろうからな」

「毎年、命日には花くらい持っていってやる。好きな花はあるか?」

「今夜は一緒に飲もうじゃないか。景気よくやろう。最後の晩餐だ」

 

 活気に満ちていた酒場の空気が、俺の葬列を見送るような重苦しさに支配された。

 俺は苦笑いのまま、彼らの手向けの言葉をひとつひとつ受け取っていた。


 しかし、どうしてこんな理不尽な展開になったんだ? 俺はただ、襲われていた王女様を助けただけだぞ。

 

 その夜、俺は宿で一人、荷造りをしながら助けた時の王女様の顔をぼんやりと思い出していた。

 金色の髪に、深く青い瞳。美少女だったのは間違いない。

 だが、あの美しい少女を助けた代償がこれとはな……


 

 —————— 


 

 翌朝。

 王都の門の前には、約束通り馬車が一台用意されていた。その側には1人の兵士が馬車を警備している。

 

 馬車は貴族が使うような華美な装飾などは一切ない。

 実用性のみを追求した、無骨で頑丈な木製の馬車だ。

 

 屋根部分は簡素な布の幌(ほろ)ではなく分厚い板張りで覆われており、これなら荷台の中で寝泊まりすることも可能だろう。

 荷台の中には保存食の詰まった木箱、調理道具などが一式、他にはテントや防寒用の毛布などの野営道具などが入っているらしい。


 なるほど。国は本気で俺を魔境に送り込みたいらしい。だが長年過酷な環境で生き抜いてきた俺からすれば、これは悪くない装備だ。

 

 そして案の定、馬車の御者台には誰も座っていなかった。

 俺がため息をつきながら馬車の御者席に乗り込むと、警備していた兵士が「じゃ」とだけ短く告げ戻っていく。

 

 俺は地図を広げて目的地への方角を確認し、手綱を握って馬車を発進させた。

 街道は静かで、馬の蹄の音だけが響き渡っている。


 活気あふれる王都が遠ざかるにつれ、じわじわと実感が迫ってきた。

 ああ、俺は今、本当に魔境へと行くんだな、と。


 だが、決して悲観的な感情ではなかった。むしろ、面白いとさえ思っていた。

 

「5年分の戦利品を、地道に売り払っといて正解だったな。おかげで、しばらく食うには困らないだろう」


 誰もいない土地で、誰にも急かされず、のんびり暮らす。

 悪くない。むしろ5年間も死線に立ち続けた身には、これ以上ないご褒美かもしれなかった。


 馬車を走らせて、しばらく経つと王都が完全に見えなくなり、街道を囲む木々が鬱蒼(うっそう)と深くなってきた頃。


 背後の荷台から、ゴトゴト……という奇妙な音がしているのに気がついた。

 はじめは舗装されていない街道の悪路による馬車の揺れか、積み込まれた木箱が振動で崩れた音かとも考えた。


 だが、違う。音に規則性がない。馬車の車輪の揺れとは、微妙にタイミングがずれているのだ。

 まるで、木箱の中で何かが動いているような……

 

 俺は手綱を片手に持ち直しながら、そっと後ろを振り返った。

 すると、荷台の奥に積まれていた大きな木箱のひとつ。


 その木箱の蓋(ふた)が、わずかに浮いていたのだ。

 

 そして、その隙間から二つの目が、じっと俺を見つめていた。



よければ、ブクマ等していただけると幸いです!

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