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第六話 乱戦の果てに

 1時50分

「敵巡洋艦に命中!」

 見張り員が歓声を上げる。「阿賀野」艦橋も歓喜に包まれた。彼らは夜間、近距離かつ探照灯があったとはいえ初弾命中の快挙を挙げたのだ。

「砲術、よくやった!」

 中川艦長も戦果を挙げた者にねぎらいの言葉をかける。その時、田中司令が口を開いた。

「総員、気を引き締めろ。本艦にはこれから……」


 言い終わる前に「阿賀野」は激しい揺れに襲われた。周囲に無数の水柱が乱立する。アメリカ艦隊のど真ん中にやってきてしまった彼女は、必然的に狙われる立場に置かれていた。


「よし、もう十分だろう。探照灯照射止め、魚雷戦用意」

「了解!」

「ヨーソロー! 魚雷戦用意!」

 伝令が命令を伝え、水雷長が復唱する。ここまで出番なしだった水雷科にここ一番の戦果を挙げる機会が訪れた。


 その間にも主砲は唸り、両弦の高角砲も矢継ぎ早に砲弾を打ち出す。艦橋に直撃弾を受け、指揮系統が麻痺した「サンフランシスコ」はろくな反撃もできぬまま、滅多打ちにされていく。


「主砲、目標変更!」

 砲術長の命令が飛び、主砲塔が旋回する。いつの間にか、空には照明弾が輝いている。さらに後方から眩い光が向けられ、腹に響くような砲声が聞こえる。


「『比叡』発砲!」

 見張り員の報告に対し、田中をはじめ何人かが後方へと視線を向けた。そこには探照灯を照射し、主砲を敵艦へ向ける挺身艦隊旗艦「比叡」の姿があった。


(感謝します、阿部司令)

 田中は心の中で自身の上官に対し、感謝の意を述べた。夜戦において探照灯を使うということは、自ら的になるのと同義である。阿部中将は敵艦隊の目をわざと自身へと向けさせたのだ。


 前方の敵巡洋艦(重巡「ポートランド」)の後方に巨大な水柱が立つ。かと思えば敵艦は発砲、砲弾は「阿賀野」を飛び越えはるか後方へと飛んでいく。


 砲撃戦を繰り広げる「比叡」と米巡洋艦部隊。それを後目に二水戦——と言っても旗艦と駆逐艦3隻のみだが——は魚雷戦に移る。

「魚雷戦用意! 目標、正面の敵巡洋艦群!」

 「阿賀野」と追従する第十五駆逐隊の「黒潮」「親潮」「早潮」の魚雷発射管が旋回、次に各艦は次々に取り舵をとる。


「距離40(約4,000メートル)!」

「全艦、魚雷発射!」

 号令とともに4隻から次々と魚雷——すべて酸素魚雷だ——が放たれる。その数計32本、それらが敵巡洋艦へと疾走する。


 魚雷を放った二水戦は離脱を図る。主砲を敵艦に向け、砲弾をばら撒きながら北に進路をとる。

 その間、水雷長は敵艦を見つめいていた。必殺の酸素魚雷は当たるのか―—到達までおよそ2分40秒、緊張した時間が過ぎる。


 それは艦橋に居る者も同様であった。艦長付従兵が時計を片手に時間を読み上げる。

「残り58、57、56……」

 3分弱の短い時間であるが、彼らにとってはそれが永遠にも思えた。



「3、2、1、命中、今!」

 従兵の言葉に中川は敵艦を見た。果たして——


「魚雷命中!」

 見張り員が叫ぶ。敵巡洋艦の舷側に艦橋より大きな水柱が立っていた。



 魚雷は重巡「ポートランド」に2本、軽巡「ヘレナ」「ジュノー」に1本ずつ命中した。490キログラムの炸薬は喫水線下に大穴を空け、大量の浸水を発生させる。さらに「ポートランド」は、スクリュー2本と機関室の半分が破壊され航行不能に陥った。


 さらに、二水戦より深く踏み込んでいた「夕立」「春雨」も魚雷を発射しており、遅れて第十六駆逐隊の「天津風」「雪風」に四水戦旗艦「由良」も魚雷を放った。


 これらの魚雷は「ポートランド」に1本、「ジュノー」に2本が命中した。

 この被雷によって何とか持ちこたえていた「ポートランド」は横転沈没、「ジュノー」は不運なことに被雷によって弾薬が誘爆、大爆発を引き起こし轟沈した。


 また、大破した「アトランタ」は乗員自らがキングストン弁を開き自沈処分された一方、「サンフランシスコ」は漂流しガ島に座礁してしまった。


 自力航行可能な巡洋艦は「ヘレナ」のみ、駆逐艦も半数が撃沈破され、キャラハン、スコット両提督をも失ったTG67.4は2時頃には撤退を開始した。


 一方の日本側も被害は大きかった。

 軽巡「由良」は乱戦のさなか魚雷を喰らい航行不能に、乗員救助ののち自沈処分された。挺身艦隊旗艦にして、探照灯を照射した「比叡」は多数の砲弾を受け中破、さらに舵が破壊され操艦不能となった。

 そのほか駆逐艦「夕立」「天津風」が中破、軽巡「阿賀野」も複数の至近弾と砲弾の断片を受け傷ついていた。


 最終的に挺身艦隊によるガ島艦砲射撃は中止となり、各艦は艦の保全と再集結に集中することとなった。



 11月13日 5時27分

「対空警戒、厳にせよ」

 「阿賀野」艦内は夜戦終了後も緊張に包まれていた。横には停止している戦艦「比叡」と彼女の曳航を試みる第二十四駆逐隊の「海風」「江風」「涼風」の姿が見える。この場にいるのはこの5隻のみ。他の艦は北方へと退避していた。ガ島周辺海域はいまだ制空権が日米どちらのものか不明瞭であり、いつ空襲を受けるかわからない。よって、いち早く離脱するのが望ましかった。


 しかし、曳航作業は難航していた。「比叡」は喫水線下の損害が大きく、防水作業を行う必要があったからだ。


 将官から兵にいたるまで前日から不眠不休である。それでも、見張り員は双眼鏡に目を押し付け、電測員はスコープを見つめ、高角砲員や機銃員は空をにらんでいた。いつ来るかもわからぬ敵機に備えるために……



 6時10分

「電探に感あり、方位60、距離70(70キロメートル)!」

 電測員が言った。反応はガ島南東方向、ついに敵機がやってきたのだ。

「対空戦闘用意!」

 中川艦長の命令とともに戦闘用意を告げるラッパの音が響き渡る。その時、電測員が新たな報告を上げた。

「新たな反応、方位200、距離50(50キロメートル)!」

 この報告に、中川以下艦橋要員は困惑した。ほぼ西の方角からの機影、敵ではないのか……?


「見張りより艦橋、方位200の機影は味方機なり!」

 数分後、見張り員が報告を上げた。味方——その言葉に艦橋は色めき立つ。


 挺身艦隊司令部(「比叡」より「雪風」に移乗)は夜明け前には味方空母及び基地航空隊に援護を要請していた。しかし、混乱のさなかのことであり二水戦司令部には伝わっていなかったのだ。


 さらに数分後、味方機の姿が見えてくる。白色のスマートな形状の戦闘機——日本海軍の主力戦闘機「零戦」である。だが、その形状は少し違った。

「零戦、でしょうか? 翼が角ばっているようですが」

「あの機影はトラックで見たことがある。おそらく二号零戦だろう」

 誰かの問いに田中司令が答える。


 二号零戦こと零戦三二型とは零戦二一型の改良型である。速度と横転性能を向上させるために翼端は四角く切り落とされ、発動機は栄一二型から二一型に換装、武装の20ミリ機銃の携行弾数が増やされているなど、零戦二一型と比べて性能は大きく向上している。


 余談だが、三二型は母艦航空隊に優先配備され、逆に二一型は空母から降ろされ基地航空隊に配備されていた。この処置によって、ガ島攻防戦時に三二型の航続距離不足(400キロメートルほど減少している)が問題となることはなかった。



 頭上を飛び越し、南より迫る米軍機の迎撃に向かう零戦隊。手空きの兵員は帽子を振りながら歓声を挙げ、荒鷲たちを見送る。零戦も翼を振り、敵機へと向かった。

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