第十五話 反攻の気配
お待たせしました。
5月24日 10時35分
「飯だ! 薬だ!」
「どんどん持ってこい!」
「もたもたするな! 陸さんを待たせるな!」
ラエの港は無数の将兵でごった返していた。木箱やドラム缶、米の入った袋が大発によって次々と運ばれ、うず高く積み上げられていく。それらは輜重兵の手で自動貨車に積み込まれ、内陸部へと運ばれていった。
「おお! 握り飯まであるのか!?」
「押すな押すな! 飯は逃げんぞ!」
さらに、各艦から大量の握り飯が運ばれ現地の陸海軍将兵に配られる。
海から陸へ運ばれるものもあれば、その逆もあった。
「歩ける者はこっち、そうでない者は向こうに!」
「おーい! こっちに包帯を!」
血で滲んだ包帯を身に纏った無数の傷病兵が列を成し、大発やカッターに乗り込んでいく。熱病に侵され、歩けない者は担架や荷車によって運ばれた。
ラエ・サラモア地区への輸送作戦は成功した。第五十一師団将兵約6,500名が同地区に展開、多数の火砲や車両、燃料弾薬、糧食・医薬品の類も無事に届けられた。入れ替わるようにブナ地区、ラエ・サラモア地区の将兵約10,000名(うち傷病兵約7,000名)が船団に乗り組みラバウルへと向かった。
一万人以上の将兵がいるため輸送船は満員となり、護衛艦艇にも多数便乗した。特に「阿賀野」には多数の重症者が詰め込まれた。医務室では面倒が見切れず、艦長室や士官室を医務室として開放したため、高級将校らは廊下に雑魚寝する羽目になった。
帰路も連合国軍の襲撃が警戒されたが、少数の航空機による接触を受けたのみであり、往路のような大規模な空襲はなかった。
時を同じくして実行されたフィンシュハーフェンをはじめとする東部ニューギニア戦線への輸送も成功した。八十一号作戦は成功に終わったのである。
ブナ地区での戦闘は5月28日、連合国軍による同地区の制圧によって終結した。
一連の戦闘で日本軍では約4,500名が戦死・戦病死した。八十一号作戦が成功していなければ、この数字は倍増していただろう。
一方、連合国軍では約1,500名が死亡、約3,000名が負傷した。日本側とほぼ同じ損害を出したのだ。南西太平洋方面連合軍では「ブナを奪取するためにここまでの損害を出したのなら、ラエ・サラモアを取るのにはどれぐらいの損害を覚悟しなければならないのか」と議論になり、最終的に単独での攻略作戦は無期限に停止された。
彼らは——マッカーサーにとっては大変不本意であったが——米海軍の働きに期待せざるを得なかった。
7月28日
真珠湾——ハワイ諸島オアフ島に位置するこの地はアメリカ海軍太平洋艦隊の拠点である。
およそ一年と八カ月前、この地は日本軍による奇襲攻撃を受け火の海となった。しかし、現在はその時の被害などまるでなかったかのようになっていた。強い日差しが照り付ける中、湾内には無数の艨艟が錨を降ろしている。
開戦から一年でアメリカは空前の被害を被った。並大抵の国家なら立ち直れないぐらいの損害だ。しかし、アメリカという巨人は見事に立ち直った。それも、開戦前より強くなって。
「——よって、君には南太平洋方面での反攻作戦を主導してもらう」
太平洋艦隊司令長官チェスター・ニミッツ大将は目の前に座る男に対してこう言った。
「ほお、ついにあの忌まわしい猿どもを皆殺しにする機会が来たってわけですかい」
男——ウィリアム・ハルゼー中将は笑みを浮かべる。合衆国屈指の闘将である彼は、何時になく興奮していた。
「しかし、君に与えられる戦力は限られている。ミッドウェーの奪還に戦力を集中したいからな」
太平洋艦隊にとって目の上のたん瘤となっているのが、ミッドウェー島である。昨年6月に占領されて以降、同地には日本軍の航空部隊が進出し、時たま大型飛行艇がハワイに飛来してくる。
ミッドウェーとハワイは直線距離にして約2,400キロメートル離れており、到底攻撃などできない。しかし、敵国の航空機が飛んでくるという事実はハワイ市民を恐怖させ、合衆国の威信に傷をつけている。開戦以来負け戦が続き、政権への非難も強まる昨今、合衆国首脳は勝利を渇望している。自国領の奪還は有権者へのより良いアピールになるだろう。
また、ミッドウェーは太平洋のど真ん中にある。潜水艦の補給拠点や偵察基地としては絶好の立地である。
政治的、軍事的にもミッドウェー島の奪還は急務であった。
ミッドウェー島の奪還はレイモンド・スプルーアンス中将率いる第5艦隊が担当する。そこは、日本軍も要所として認識しているため激戦となるだろう。
「空母や高速戦艦の多くはレイの艦隊に配属しなければならない。君に与えることができるのはこれが限界だ」
そう言うと、ニミッツは一枚の紙を見せた。
【戦艦】「ニューメキシコ」「ミシシッピ」「アイダホ」「コロラド」「メリーランド」
【空母】「ホーネットⅡ」「ワスプⅡ」
【軽空母】「ラングレー」「バターン」
【護衛空母】「マニラ・ベイ」「ナトマ・ベイ」「セント・ロー」「トリポリ」
【重巡洋艦】「チェスター」「ルイスビル」「シカゴ」「ミネアポリス」
【軽巡洋艦】「ブルックリン」「ホノルル」「ヘレナ」「サンディエゴ」
【駆逐艦】32隻
「……」
編成表を見たハルゼーは露骨に不機嫌な顔となる。正規空母2隻、軽空母2隻、護衛空母6隻、作戦機数は約400機と日本軍の基地航空隊を相手にするには物足りない戦力だ。護衛の駆逐艦の数も十分ではなかった。
「君の言いたいことはわかる。だが、これが限界だ」
今次大戦において、米海軍は空母5隻、護衛空母1隻を喪失した。しかし、アメリカは持てる工業力を総動員しエセックス級空母を次々と竣工させていった。すでに5隻が就役し、2隻が錬成途上にある。生き残りの「サラトガ」「エンタープライズ」も合わせると正規空母は9隻となる。さらに、インディペンデンス級軽空母は5隻が就役しており、ジープ空母ことカサブランカ級も10隻が戦列に加わった。
戦艦、巡洋艦の建造も続けられている。特に戦艦は「ヤマト」なる敵新鋭戦艦に対抗すべく、パナマ運河の通航を考慮しない巨大戦艦が起工された。
史上類を見ない速度で増強されつつある米海軍、しかし現場ではそれでも足りないと言うのが本音であった。
「航空戦力が不足しているのは重々承知している。穴埋めとして陸軍航空隊に協力を要請してある」
「……陸軍か、俺はあんまり信用してないぞ」
ハルゼーは語気を強める。陸軍と海軍は仲が悪いというのは、日本の専売特許ではないのだ。
「マッカーサー個人には好感が持てるが、軍全体では話は別だ。二か月前にも輸送船団相手に大損害を出している。そんな連中が、果たして役に立つのか?」
「頼む、向こうにも最大限の強力を求めるつもりだ。他にも君の要望があればなんでも聞こうじゃないか」
ニミッツはなだめるように言った。彼は太平洋艦隊司令長官であるが、現場での調節役も担っている。ハルゼー、マッカーサーなど我が強い人物の相手をするのは、骨の折れる仕事であった。
「まあ、軍人として命令には従うつもりだ。だが、一つ頼みがある」
「何かね?」
「旗艦にピッタリなフネをくれ、それもうんと速いヤツを」




