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拙者、お客様は神様だと申したはず! ~令和のバイトリーダー、うっかり江戸で天下泰平(主に接客面で)を目指す~  作者: ストパー野郎
第二部:KAIZEN旋風、江戸を席巻し、日の本を揺るがす!?~目安方筆頭、次なるステージへ~
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第八話:江戸城潜入!~これが日の本最高権力のおもてなし!?~

 江戸城登城の前夜。栗田謙信は、目安方の仲間たち――岩田権左衛門、結城小平太、田中新兵衛、そしてお駒ちゃん――と共に、愛宕山あたりの小高い丘の上に立っていた。眼下には無数の町家の灯りが、まるで地上に広がる天の川のように煌めき、世界最大の百万都市・江戸の夜の喧騒が、しじまを通して微かに、しかし確実に彼らの耳に届いていた。


 明日はいよいよ、日の本政治の中枢、江戸城にて、幕府の最高首脳部を前に相馬中村藩のKAIZENの成果を言上する、まさに天下分け目の大一番である。


 謙信の手には、例の、もはや彼の魂の一部と化した「日の本丸ごとKAIZEN計画書(超絶豪華絢爛・秘密兵器ギミック付き巻物バージョン)」が、月光を妖しく反射して鈍く光っていた。


「皆さん。いよいよ明日、この栗田謙信、我が人生の、いや我がKAIZEN道の真髄を、天下に、そして歴史の教科書に高らかに永遠に刻みつけてまいります。正直、少しばかり、いやかなり、もはや武者震いが止まらず手足の先まで痺れるほどに緊張もしております。しかしそれ以上に、この胸の奥から活火山のように、あるいは暴走する蒸気機関車のようにマグマのごとく湧き上がってくる熱い高鳴りは、一体全体何なのでございましょう!?」

 謙信は、まるで寒さに震える子犬のように、しかしその瞳だけは猛禽類のように鋭く、わざとらしくブルブルと体を震わせてみせる。その瞳は、しかし、これから始まるであろう前代未聞の大一番に対する抑えきれない興奮と、ほんの少しの無視できない確かな不安で、複雑怪奇に揺れていた。


 権左衛門は、マリアナ海溝の底よりも深いのではないかと思われるため息を、これまた深すぎるどこか物悲しい江戸の夜空に向かって、誰にも聞こえぬよう腹の底から絞り出すように吐き出した。


 しかしその声には、いつもの切れ味鋭い容赦のないツッコミではなく、どこか長年連れ添った手に負えない腐れ縁の、どうしようもない見捨てられない弟分を心配し諭すような、不器用な温かみが込められていた。


「…栗田。お前は本当にどうしようもないほどの、そしておそらくはこの日の本広しといえども二人とはおらぬであろう唯一無二の大馬鹿者だ。だがな…そのどうしようもないほどに真っ直ぐで、底なしの、そして時として周囲を破滅に導きかねない熱意とやらだけは、この長年お前のその常軌を逸した奇行の数々に否応なく付き合わされ、胃袋をもはや原型を留めぬほどズタズタにされてきたこの俺も、認めざるを得ん。…明日何があろうとも、たとえ江戸城が火の海になろうとも(いやそれはさすがに困るが)、俺たちはいつだってお前の、そして目安方の味方だ」

 謙信の顔をじっと見つめる。


「だから思う存分、その…そのお前の信じる『KAIZEN』とやらを、幕府の雲の上の偉いお歴々にこれでもかと後悔の一片も残さぬように見せつけてこい。ただし、くれぐれも我が愛すべき相馬中村藩が、お前一人のあまりにも不用意な致命的な大失言のせいで歴史の闇に、そして教科書の片隅にすら残ることなく哀れにも消え去ってしまうような、とんでもないお取り潰しになることだけは絶対にしてくれるなよ…俺たちの、そして何よりも国元でお前の帰りを期待と不安とほんの少しの諦観と共に待っている殿や酒井様、そして全ての藩士領民たちの、その哀れな首が文字通り物理的にかかっていることを、ゆめゆめ忘れるでないぞ…!」

 その、いつになく真摯でどこか切実な響きを帯びた、ほんの少しだけ涙声になっているようにも聞こえる権左衛門の言葉に、栗田謙信は思わずその大きな目頭がじわりと熱くなるのを感じた。


「権左衛門殿…!かたじけない…!そのあまりにも熱く、そして何よりも心強いお言葉、この栗田謙信、心に魂に、そして我がKAIZENスピリッツの奥底に深く深く刻み込みましたぞ!」


「組長!我らが魂はいつだってどこだって、たとえ江戸城の将軍様の御座所であろうとも常に組長と共にございます!江戸城のあのふんぞり返った狸爺どもに、我らが相馬武士の、そして目安方のその不屈のKAIZEN魂、見せつけてやってくださいまし!」田中新兵衛が、いつになく力強い頼もしい声で言う。


「筆頭。某のこの未熟ながらも鍛え上げた剣は、常に筆頭をお守りいたします。いかなる強敵が現れようともこの結城小平太、一歩も引くことなく筆頭の盾となりましょう。ご武運を心よりお祈り申し上げております」結城小平太は静かに、しかしその瞳には揺るぎないどこまでも深い忠誠の光を宿らせて深々と一礼した。


「店長!いっちょ江戸城のあのいかにも偉そうで頭の固そうな狸爺どもを、あたしたちの愛と勇気とKAIZENパワーでぎゃふんと言わせてきな!あたしたちがこの江戸の町からありったけの、それこそ江戸前寿司百人前分くらいの元気玉を送ってるからね!フレー!フレー!店長!負けるな!店長!」お駒ちゃんはいつものように威勢良く、太陽のような一点の曇りもない笑顔で謙信の背中を力強く何度もバンバンと叩いた。


 かけがえのない誰よりも信頼する仲間たちの、そのどこまでも温かく力強い励ましの言葉に、栗田謙信はこれまでにないほどの大きな勇気と何よりも深い感謝の気持ちで、胸が、そして目頭が、何故か胃袋のあたりまでが熱くいっぱいになった。


「皆さん…本当にありがとうございます!この栗田謙信、必ずや皆様のその熱く尊き期待と、そして我が愛すべき相馬中村藩の輝かしい未来をその両肩に、まるで神輿でも担ぐかのように、いやもはや地球でも担ぐかのような勢いで背負い、そしてこの日の本に新しい希望に満ち溢れた、そして何よりもKAIZENされた輝かしい夜明けを高らかに劇的にもたらしてみせますぞ!」

 謙信は夜空にひときわ大きくどこまでも美しく輝く満月に向かい、そう力強く高らかに誓った。


 その手には例の、もはや彼の魂そのものと化した禍々しいオーラとほんの少しの希望の光を放つ「日の本丸ごとKAIZEN計画書(最終兵器バージョン)」の巻物が、まるで伝説の呪われた聖剣のように固く誇らしげに握りしめられているのであった。


 そして、ついにその運命の、そしておそらくは日本の歴史を良くも悪くもほんの少しだけ変えるかもしれない登城当日がやってきた。


 夜明け前、まだ江戸の町が深い眠りに包まれている頃、相馬藩江戸屋敷はいつになくこれまでにないほど物々しい、どこか悲壮感すら漂う空気に包まれていた。


 栗田謙信は、この彼の人生における、いや相馬中村藩の、いやこの日の本の、いや地球の、もはや宇宙の歴史における最も重要で危険で、そして何よりも最もエキサイティングでおそらくは最も胃に悪い大一番のために、目安方の若きエース田中新兵衛(その手先の器用さと謙信の奇抜な美的センスを(何故か不幸にも)的確に理解できる稀有な才能の持ち主)と、江戸のトレンドセッター(自称、謙信公認)お駒ちゃんが中心となり羽織を新調した。


 結城小平太は「そのような武士の誇りを便所の塵紙のように汚すような派手で悪趣味なものは、たとえ首を刎ねられようとも断じて身につけるわけにはまいりませぬ!」と最後まで頑なに涙ながらに固辞したため、渋々ながらもそのいつも愛用している質素な羽織の誰にも見えない裏地にだけ、どこか不気味なカピバラの刺繍を金色で、謙信の強い要望でほんの少しだけ斜めに施すことでかろうじてぎりぎりのところで妥協した。


 数日間にわたり不眠不休飲まず食わず(というのは嘘でお駒ちゃんが大量の団子と煎餅を差し入れていた)、血と汗と涙と時折の権左衛門の胃痛をさらに悪化させるほどの爆笑の結晶として総力を挙げて徹夜で縫い上げた、金糸銀糸でその広い背中に巨大な燃えるような情熱的な赤い文字で「KAIZEN断行!KAIZENこそが日本を救う!お客様は、いつだってどこだってどんな時だって絶対に絶対に神様なのでございます!」とこれでもかともはや読経か何かのように刺繍されている。


 両袖には「夢と希望とKAIZENを!」「陸奥相馬の最終秘密兵器・栗田謙信、ここに見参!」の何とも勇ましい(そして若干いやかなり誇大広告気味で中二病的な)黄金の文字が、見る者の目を眩ませ正気を失わせるかのようにこれでもかと踊る、異常なまでに派手でどこか場末の三流芝居小屋の、しかし何故か主役級の妙なカリスマ性を放つ役者の衣装のようにも見える。


 しかしその実、不思議な抗いがたいほどの威圧感とほんの少しの無視できない確かな神々しさ(と大量の胡散臭さ)すら漂わせる特注のおそらくは世界に一つだけの羽織袴姿に、ゆっくりと厳かに(しかしその動きはどこか落ち着きがなくソワソワとしていたが)着替えていた。


 傍らには岩田権左衛門(緊張と絶望とほんの少しの本当にほんの少しだけの諦観にも似た穏やかな表情で顔面蒼白、出発前になけなしの銭で買い占めた江戸で一番効くと噂の高級胃薬を一瓶丸ごと水なしで飲み干した。そして懐には万が一のいやほぼ確実に必要となるであろう、愛する妻子の顔を思い浮かべながら涙で書き上げた辞世の句までしっかりと覚悟を決めて忍ばせている。)。


 そして、結城小平太(あくまで冷静沈着を装いつつもその額にはまるで滝のように脂汗が絶え間なく滲み出ており、腰に差した愛刀「正宗」の鞘にかけた手はもはや隠しようもなく小刻みに激しくまるで地震でも起きたかのように震えている)。


 それぞれ、これ以上ないほどに格式張った窮屈な正装に身を固め、まるでこれから打ち首にでも向かう罪人のような、あるいは主君の仇討ちに向かう赤穂浪士のような悲壮なまでの覚悟をその表情に浮かべて控えている。


 お駒ちゃんと田中新兵衛は、栗田謙信がこれから江戸城へと持参するというあの伝説と化した巨大絵巻物(今回はさらに恐るべきギミックが追加され、一部には見る角度によって絵の中のカピバラが愛らしくウィンクしたりアルパカが軽快なステップで踊り出したりするように見える驚異の若干目がチカチカする「エンボス加工風・立体錯視KAIZENプリント」の技法が忍ばせてあった。これ以上ないほど重要かつ不可欠な「プレゼンテーション最終秘密兵器」の最後の入念なチェックに余念がない。


 やがて東の空がほんのりと白み始め、江戸の町に新しい一日の始まりを告げる一番鶏の声が遠くから聞こえてきた頃。一行は数名の屈強でこの日のために特別に選抜された供侍を伴い、固い決意とほんの少しのいやかなりの不安を胸に、相馬藩江戸屋敷を静かにしかしどこか物々しい雰囲気の中で後にした。


 江戸屋敷の門前では、留守居役のもはや白髪と化した気の毒な家老たちが涙ながらに(その涙の半分は本気で謙信たちの身を案じるものであり、残りの半分はこれでようやくあの嵐のような男栗田謙信という藩最大の厄介払いができるという心の底からの安堵からくるものであったが)謙信たちのその小さなしかし何故かとてつもなく大きく頼もしく見える背中に向かって、「栗田殿、何卒ご無事で…!そしてくれぐれも幕府のあの雲の上の偉い方々のご機嫌を損ねるようなとんでもないことだけは…!決して金輪際…!」とまるで念仏でも唱えるかのように何度も消え入りそうな声で繰り返していた。


 相馬藩江戸屋敷から天下の江戸城までは急ぎ足であれば徒歩で半刻ほどの距離である。まだ朝靄が立ち込めひんやりとした空気が肌を刺す江戸の町を、栗田謙信一行はそれぞれの胸に様々な思いを抱きながら緊張した面持ちで、しかしどこかこれから始まるであろう未知なる冒険への期待に胸を膨らませながら進んでいく。


 日本橋のあの雄大な太鼓橋を渡り、常盤橋そして呉服橋を過ぎると、やがてその全貌を現す巨大にして荘厳な江戸城の外堀が見えてきた。


 朝日を受けて鈍くしかし威圧的に光る巨大な石垣、天を衝くかのように高くそびえる白亜の櫓、そして何よりもそのどこまでも続くかのような圧倒的なまでの威容は、否応なく見る者にこの城の主である徳川幕府の絶対的な権力と揺るぎない権威をこれでもかと見せつけるかのようであった。


 道行く他の、おそらくは同じように登城するのであろう様々な大名家の家紋をつけた武士たちも皆一様にその顔には緊張の色を浮かべ、引き締まった表情でそれぞれの定められた登城門へと足早にしかし厳粛な面持ちで向かっている。


「おお…!これが、あの噂に名高い日の本政治の中枢江戸城…!さすがは天下の徳川将軍家のお膝元、そのスケール、その威圧感、そして何よりもこの息も詰まるような緊張感とそこかしこに漂う『KAIZENのし甲斐がありそうなポイント』の数々!まさに武者震いが止まりませぬな!いやあ、燃えてきましたぞ!KAIZEN魂が今まさに我が体内で大爆発を起こしそうです!」

 栗田謙信は、そのあまりの壮大さとそこに潜むであろう無限のKAIZENの可能性に、早くも目を子供のように、いやもはや獲物を見つけた狩人のようにキラキラと輝かせ、そして興奮のあまりその場で奇妙なKAIZENダンスでも踊り出しそうな勢いであった。


「栗田、頼むから本当に頼むから、ここでは絶対に絶対に金輪際余計なことを言うなよ…そしてそのあまりにも不敬で見るからに怪しげな踊りを始めるのも絶対にやめてくれ…我々の首がいくつあっても足りなくなるぞ…」

 岩田権左衛門は、もはや顔面蒼白を通り越し土気色を通り越し、何色と表現して良いのか分からないほどおぞましい色と化した顔で、心臓が口からいやもはや目玉から飛び出しそうになるのを必死で抑えながら、そう力なく涙ながらに釘を刺す。


 一行が桔梗門を通り、さらにまるで迷路のように複雑に入り組んだ、しかしどこまでも手入れの行き届いた城内の通路を息を殺すようにして進んでいく。


 その両脇には寸分の隙もない構えで槍を持った屈強な番士たちが、まるで石像のようにしかしその瞳だけは侵入者を決して見逃すまいという鋭い冷たい光を宿らせて微動だにせず睨みを利かせている。


 その厳重な警備体制と張り詰めたまるで薄氷の上を歩くかのような空気は、結城小平太ですら思わずゴクリと乾いた喉を鳴らさずにはいられないほどであった。


 謙信はしかし、そんな常人ならば恐怖で縮み上がり一歩も前に進めなくなるであろう物々しい雰囲気など全くどこ吹く風といった様子で、「おはようございます!皆様本日も江戸城のそして日の本の平和と安全を守るという極めて重要かつ尊いお役目誠にご苦労様でございます!そのあまりにも完璧な警備体制と何よりも皆様のその揺るぎないKAIZEN魂にこの栗田心より敬服いたします!つきましてはほんのささやかではございますが我が相馬藩特製の『カピバラ元気ハツラツ饅頭』をぜひともご賞味いただきたく…」と、道の両脇にまるで仁王像のように立ち尽くす番士たち一人ひとりにまで、満面のどこまでも人の好さそうな(しかしどこか胡散臭い)笑顔で丁寧に馴れ馴れしく挨拶をしようとし、その度に岩田権左衛門に羽交い締めにされ猿ぐつわでも噛まされんばかりの勢いで必死に涙ながらに制止されるのであった。


 大手門をくぐり、さらにまるで巨大な迷宮のように複雑に入り組んだ、しかしどこまでも美しく計算され尽くした城内の通路を、息を殺し足音を忍ばせるようにして進む。


 案内役のいかにも格式高そうな小姓にまるで罪人でも護送するかのように導かれ、一行がようやく通されたのは広大無辺そしてどこまでも静まり返った、まさに息もできないほどに張り詰めた空気が支配する巨大な書院であった。金箔で彩られた豪華絢爛な襖、天井にはめ込まれた精緻な格天井、そして磨き上げられた畳がどこまでも続くかのように広がるその部屋には、しかしまだ誰一人の姿も見えない。


 ただその部屋の上座には見るからに高価で威厳に満ちた床の間があり、そこには当代きっての名筆家によるものだという力強くも流麗な書が認められた掛け軸と、そしてまるでこの世のものとは思えぬほど美しく気品に満ちた季節の花々がこれまた国宝級と噂される見事な花器に完璧なバランスで生けられているだけであった。


「皆様、こちらにてしばしお待ちくだされ。お歴々が間もなくお揃いになられますれば改めてお呼び出しにあがりまするゆえ」

 案内の小姓はそう言って深々と感情のこもらぬ一礼をすると、まるで影か霧のように音もなく気配もなくスーッと退出していった。


 後に残されたのは栗田謙信、岩田権左衛門、結城小平太のたった三人。そして彼らがまるで夜逃げでもするかのように、あるいはどこかの大名家への一生一代の献上品の山のように大量に必死で運び込んだ、あのもはや最終兵器と化した「プレゼンテーション秘密兵器」の数々だけであった。


「ふむ…さすがは天下の江戸城。このただの控えの間からしてこの息をのむほどの広さと研ぎ澄まされた静寂、そして何よりもこの隅々まで行き届いた『おもてなしKAIZEN』の精神!素晴らしい!実に素晴らしいではございませんか!この空間にいるだけで拙者のKAIZENへの新たなインスピレーションが泉のように、いやもはやナイヤガラの滝のように次から次へと湧き上がってまいりますぞ!」

 栗田謙信は一人その場の空気を全く読まず、周囲の異常なまでの緊張感を微塵も感じることなく、まるで自分の家の庭でも散歩するかのように部屋の中を興味津々に落ち着きなくソワソワと歩き回りながら、そんなことを感心したように大声で頷いている。


「く、栗田…頼むから本当に本当に頼むから今は今は少しだけでいいから静かにそして大人しくしていてくれ…!俺のこの哀れな心臓がもう破裂する寸前なのだ…!頼む…!」

 岩田権左衛門は部屋の隅のできるだけ目立たない場所にまるで壁に同化するかのように身を寄せ、その顔面からはもはや血の気という血の気が完全に失われ、額からは滝のようないやもはやナイル川のような冷や汗をダラダラと流しながら、そう力なく涙ながらに懇願する。


 結城小平太は部屋の中央で微動だにせずまるで石像のように直立不動の姿勢を保ちながらも、その全身からは尋常ではないほどの周囲の空気をビリビリと震わせるほどの強烈な緊張感がまるでオーラのように立ち昇っていた。


 しかし待てど暮らせど一向に誰もやってくる気配がない。


 半刻が過ぎ、やがてさらに半刻が過ぎ、ついに一刻がまるで永遠のように長く重く過ぎ去ろうとしていた。最初はさすがの栗田謙信も緊張でガチガチになり借りてきた猫のようにおとなしくしていたが、そのあまりの待ち時間の長さに次第に確実に手持ち無沙汰になってきた。


「うーむ…これはもしかして我々目安方『ドリームチーム』に対する幕府のお歴々からの高度な極めて巧妙な『プレッシャーKAIZEN・メンタルストレステスト』の一環なのでございましょうか?あるいは単に皆様お忙しすぎて我々のようなちっぽけな田舎小藩のしがない目安方のことなどすっかり綺麗さっぱりお忘れあそばされただけとか…?いやいやそれはない!断じてない!きっと何かよほど深いKAIZEN的なお考えがあってのことに違いありませんぞ!」

 栗田謙信はそわそわと落ち着きなく部屋の中をまるで檻の中の熊のように歩き回り始めた。


 そしておもむろに懐から例の権左衛門の顔を模して作った(しかし何故かいつもより三倍くらい目つきが悪く口元が何か不吉なことを企んでいるかのように常にニヤリと歪んでいる)腹話術人形「ゴンちゃん・江戸城炎上!問答無用!本音で語るKAIZEN問答バージョン」を取り出すと、小声でしかし何やら真剣な表情で一人芝居いや二人芝居を始めた。


「のう、ゴンちゃん。我らは一体全体いつまでこのだだっ広いしかし誰もいない寂しい部屋でこうして待たされ続けねばならぬのじゃろうか?拙者少々いやかなり退屈してきたのじゃが…」


「フン、何を甘ったれたことを言うかこのうつけ者の栗田めが。お主のようなどこの馬の骨とも知れぬ田舎侍がこの天下の江戸城のそれも大書院にまで招かれたというだけでも、それこそ三代先までの家宝もの有り難き幸せとそう思わねばならんのだ。幕府の雲の上の偉いお歴々がお主のような下賤の者のためにそうやすやすと時間を割いてくださるわけがなかろう。せいぜいここでお主の得意とするあの…奇妙きてれつな『KAIZEN』の構想でもさらに、より一層練り上げておるがよいわ。どうせろくなものではあるまいがな、ふはははは!」


「なんと!なんと辛辣な!しかしそれもまた私への愛のある『KAIZEN』!ありがとうございますゴンちゃん!そのお言葉深く深く胸に刻みつけさらなる高みを目指しますぞ!」


 岩田権左衛門は、そのあまりにも異様で何よりもこの神聖なる江戸城の大書院においてあまりにも不敬極まりない光景を、もはや怒る気力もツッコむ気力もそして生きる気力さえも完全に失い、ただただ遠い本当に遠いそしておそらくはもう二度と戻ることのないであろう平穏無事だった故郷の風景を虚ろな目でしかし涙ながらに思い浮かべながら、小さく力なく呟いた。


「…栗田…お前は…本当にどこまで行ってもどうしようもないほどの、そして救いようのない、そしておそらくはこの日の本で一番迷惑な手に負えない大馬鹿者だな…そして俺は、何故またしてもこんな生きているのが不思議なくらいの地獄のような状況に否応なく無慈悲に付き合わされねばならんのだ…ああ神様…仏様…そしてどこかにいらっしゃるというコンビニの神様…どうかこの哀れな哀れすぎる私にほんの少しばかりの安息と、そして何よりも即効性のあるできれば副作用のない特上の胃薬と頭痛薬を山ほどお恵みくださいませ…南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏…」


 結城小平太は、そんなもはや末期症状としか思えない二人からできるだけ可能な限り遠く離れた部屋の隅で微動だにせずまるで石像のようにあるいは修行中の高僧のように目を固く閉じ精神統一を図っている…。


 かのように見せかけて、その実は昨夜江戸の「相馬屋」でお駒ちゃんが謙信に内緒でこっそりと作ってくれたという「江戸城登城・絶対必勝!KAIZENパワー炸裂!カピバラ愛情たっぷりおにぎり(中身は謙信の好物である梅干しと何故か権左衛門の嫌いな鮭フレークが絶妙なバランスでしかし大量に入っているという恐るべき代物)」のことを、ただひたすらに真剣に思い出しそして早くそれを食べたくて仕方がないという極めて人間的な切実な欲望と激しく戦っていたのであった。


 そんな緊張と緩和とほんの少しの狂気が入り混じった長い待ち時間がようやく終わろうとしていた。書院の外がにわかに騒がしくなり複数の足音が近づいてくる。そしてついにその重く厳粛な襖がゆっくりとしかし有無を言わせぬ威圧感を伴って開かれた。


 書院の上座に老中首座・土岐頼房が静かに座した。


 その切れ長の涼やかな目元には鋭い知性と長年国政を預かってきた者だけが持つ老獪さが宿っている。続いて数名の老中、若年寄、そして各奉行といった幕府の最高幹部たちがそれぞれに厳しい表情で次々と入室し所定の席に着座していく。


 以前相馬藩を視察した水野内記忠清の姿も末席ながら鋭い眼光を放って控えていた。その場の空気は謙信がこれまで経験したことのないほど重く冷たいものだった。


「相馬藩目安方筆頭・栗田謙信、これへ。貴藩にて取り組んでおるという藩政改革の儀、詳細にわたり言上いたせ」

 土岐頼房の静かだが芯の通った声が書院に響き渡った。


 栗田謙信は一瞬その場の空気に呑まれそうになった。しかし彼は深呼吸一つすると、いつものあの太陽のような全ての困難を一笑に付すかのような笑顔を顔に貼り付け、高らかに言上の口火を切った。


「本日お歴々の皆様にはご多忙の中この若輩者のためにかくも貴重なるお時間を賜りまして誠にありがとうございます!拙者陸奥国は相馬中村藩にて目安方筆頭なる身に余る大役を拝命いたしております栗田謙信と申します!本日は我が愛すべき相馬中村藩が藩主・相馬昌胤様の太陽のごときご英断と全ての藩士領民の血と汗と涙の結晶のごときKAIZEN努力により成し遂げました画期的かつ感動的な藩政改革の輝かしい成果と、その先に無限に広がる希望に満ちた未来への壮大なるビジョンについて、皆様の魂を揺さぶるプレゼンテーションをさせて頂きたく…いざ、KAIZENの幕開けでございます!」


 謙信は、その巨大絵巻物や精巧な相馬藩ジオラマ模型、そして腹話術人形「ゴンちゃん」まで駆使し、相馬藩での改革の成果を熱弁し始めた。目安箱、藩士大運動会、福利厚生改革、疫病対策の成功、リサイクルオークション、間伐材活用プロジェクト、そして江戸のアンテナショップ「相馬屋」の奮闘…。


 その内容は、時に具体的データ(という名の謙信による楽観的推定値)、時に藩士や領民の感動エピソード(一部脚色あり)、時に奇抜な効果音やジェスチャーで、厳粛なはずの江戸城大書院を笑いと困惑の渦に叩き込む前代未聞のエンターテイメント・ショーと化していた。


 幕閣たちは最初こそ呆れあるいは「田舎者の戯言」とせせら笑っていたが、謙信のどこまでも真摯で異常なまでの熱意と次から次へと繰り出される奇想天外なアイデア、そして何よりもそのプレゼンテーションの圧倒的な構成力と面白さに次第に引き込まれ真剣に耳を傾け始めていた。


 水野内記忠清は以前相馬藩で見た光景を思い出し苦虫を百匹噛み潰したような複雑な表情で謙信を見つめ、老中首座・土岐頼房は腕を組み目を細め時折小さく頷きながら興味深そうに謙信の一挙手一投足を見守っている。


 謙信の怒涛のプレゼンテーションが一通り終わると、幕閣たちから堰を切ったように質問の嵐が飛んだ。

「栗田謙信!そなたが声高に叫ぶ『KAIZEN』とやら、そして『お客様は神様です』という奇妙な信条。それは具体的にこの日の本の伝統と秩序に対しどのような益をもたらしどのような変革を促そうというのか!簡潔に答えよ!」

 問い詰めてきたのは保守派筆頭格の老中・阿部伊勢守であった。


「阿部様、ご質問ありがとうございます!『KAIZEN』とは『より良い明日への挑戦』!『お客様は神様です』とは『全ての人々への尊敬と感謝』でございます!これらは我が国の伝統や秩序と対立するものではなく、むしろそれらを強固にし時代に合わせて進化させる『温故知新KAIZEN』の精神そのもの!」謙信は相手の質問の意図を巧みにずらしながら自説を熱く語り始めた。


「黙れ、若造が!」阿部伊勢守は声を荒らげた。

「抽象的な戯言では答えになっておらん!そのKAIZENとやらで幕府の財政は豊かになるのか!民の暮らしは楽になるのか!確たる証拠はあるのか!」


「もちろんでございます!例えば我が相馬藩の『藩内リサイクルオークション』!これにより不用品が数百両もの新たな歳入へと生まれ変わりました!これを全国の藩で実施すればその経済効果は…!」


「たかが数百両!それもガラクタ市ではないか!」


 次に口を開いたのは勘定奉行筆頭の荻原近江守であった。

「目安方殿。そなたの藩の江戸日本橋裏の『相馬屋』とかいう店。あれは本当に黒字なのでござるかな?風聞によれば開店以来赤字が続いておるとか。その収支決算書、全ての取引記録、さらには万が一にも存在するならば裏帳簿の類に至るまで洗いざらいこの場に提出いたせ!」

 謙信は一瞬ギクリとしたがすぐに自信満々の笑顔に戻る。


「荻原様!ご慧眼恐れ入ります!確かに我が『相馬屋』はまだ大きな利益を上げるには至っておりませぬ!しかしそれは目先の利益よりもまずは江戸の皆様に我が相馬藩の素晴らしさを知っていただき『相馬屋ブランド』というかけがえのない無形の資産を構築するための戦略的『先行投資フェーズ』なのでございます!その証拠に先日開催いたしました『みちのく物産展』では記録的な売上を達成!お陰様で当月の収支は黒字へと転換いたしました!この勢いを駆って明るい道筋はハッキリと見えてきておりますぞ!その詳細な事業計画と今後の輝かしい収支予測につきましてはこちらの『相馬屋・未来へのKAIZENロードマップ(夢と希望とほんの少しのハッタリバージョン)』に全て網羅されておりますれば!」

 そう言って謙信はまたもどこからともなくさらに分厚く奇妙なグラフや円グラフが踊る巨大な巻物を取り出し荻原近江守の目の前にドンと広げてみせた。


 荻原近江守は、そのあまりのことにしばらく言葉もなく口をパクパクさせていたが、やがて深いため息と共に「…まあよい。その巻物後でじっくりと検分させてもらうとしよう…」と力なく呟いた。


 そしてついにあの「鬼の内記」こと水野内記忠清が、氷のように冷たい鋭い目で謙信を真っ直ぐに見据え静かに口を開いた。


「栗田謙信。先のそなたの藩への視察の折、わしは確かにそなたの言う『改革』なるものの一端を垣間見た。その時のわしの評価は『奇妙な活力あるも財政杜撰綱紀弛緩の懸念あり』であったはず。あれから一年近くが経つがその点具体的にどのような『KAIZEN』がなされたのか証拠と共にこの場で明確に示していただこうか。特にあの不明瞭であった財政帳簿と目に余るほど緩みきっていた藩士たちの規律。それらは改善されたのかそれともさらに悪化しておるのか。正直に答えよ」

 水野の的確で逃げ場のない質問に書院の空気は再びピシリと凍りついた。権左衛門はもはやこれまでかと観念したように目を閉じ心の中で故郷の妻子の顔を思い浮かべた。


 しかし栗田謙信は絶体絶命の状況下でも決して怯まなかった。それどころか彼はニヤリとこの瞬間を待ち望んでいたかのような不敵な笑みを浮かべる。

「水野様!その節は誠に的確かつ愛のあるご指導ありがとうございました!水野様からの貴重なフィードバックこそが我が藩KAIZENの最大の起爆剤となりました!帳簿に関しましては渋沢勘定奉行様のご指導のもと『KAIZEN複式簿記もちろんそんなものはない』を導入し透明性と正確性は飛躍的に向上!藩士たちの規律も『目安方・綱紀粛正KAIZENプログラム』により今や日の本一の精強さを誇っておりますぞ!」

 謙信は水野の指摘を逆手に取り感謝の言葉と共に改革の成果(大幅に誇張)をアピールし水野をさらに困惑させた。


 そして謙信はあろうことか幕府の非効率な業務プロセスや縦割り行政に対し、「皆様失礼ながらこの江戸城内にもKAIZENの余地が大いにございますな!例えば目安箱を江戸城内にも設置し諸藩からの意見を直接吸い上げる『幕政KAIZEN目安箱ドリームシステム』を導入しては…」などと恐れ多くも「KAIZEN提案」までぶち上げ、老中たちが驚きのあまり凍りつき書院内は水を打ったように静まり返った。権左衛門はその場で卒倒しなかった自分を褒めてやりたいと心の底から思った。


 謙信のプレゼン中、彼が持参した「相馬藩ジオラマ模型」のギミックが暴走する。


 謙信が「そしてこれが我が藩の活気あふれる城下町の姿ですぞ!」と模型のスイッチを入れると、小さな人形たちが予定とは全く違う動きで踊り狂い始め、一部の人形が吹っ飛んで老中首座・土岐頼房の鼻先に当たる。


 謙信は「こ、これは…活気がありすぎるという表現でございますかな!はっはっは!」と冷や汗をかきながら誤魔化し、幕閣たちは呆れ顔と引きつった笑いを浮かべる。


 権左衛門は「もう駄目だ…おしまいだ…」と頭を抱える。


 さらに質疑応答の最中、ある老中が「その『かぴばら』とかいう珍獣は本当に我が国の役に立つのか?」と素朴な疑問を呈する。


 謙信は待ってましたとばかりに、「かぴばら様はその愛くるしいお姿で人々の心を癒しストレスを軽減させ労働意欲を高めるまさに『歩く福利厚生』!その経済効果は計り知れませんぞ!家臣一同に一体感をもたらし領民には夢と希望を与えるのです!一藩に一頭いや一家に一頭かぴばら様を!これぞ究極のKAIZEN国家戦略!」と熱弁。幕閣たちは完全に置いてけぼりを食らう。


 長時間の言上で場が膠着した頃、謙信が「皆様お疲れでしょう」と、またしても「相馬屋」特製の新作菓子――「黄金色の夢ときめき☆かぴばらハッピーどら焼き(プレミアム・ゴールド・KAIZENバージョン!)」と「七色の虹のかけら☆ときめきKAIZEN金平糖」――を取り出し強引に振る舞おうとする。


「これは我が藩のささやかな『おもてなし』の心と『KAIZEN』の精神が詰まった逸品。どうぞ皆様ご遠慮なく」と謙信が勧めると、最も若く新しいもの好きで知られる若年寄の一人が物珍しそうに「かぴばらハッピーどら焼き」を手に取り一口。「…む、これは…!こ、こ、こ、これは誠に美味じゃな!」と目を丸くして叫んだ。


 その声を聞きつけたのかあるいは甘い香りに誘われたのか、偶然その書院の近くを通りかかった大奥の御年寄筆頭一条美子いちじょうよしこがふわりと現れ、「まあまあ何やら大変美味しそうなお菓子のそれはそれは甘く魅惑的な香りがいたしますわねえ。もしよろしければこのわたくしめにもほんの少しばかりお裾分けなどいただけませんこと?」と妖艶な笑みを浮かべた。


 あれよあれよという間に謙信持参の菓子は大奥の女官たちの間で瞬く間に奪い合いになるほどの大評判となり、それが幕府高官たちの耳にも入り場の雰囲気が少し和らぐ。


 特に薬膳クッキーは「まずいが何故か体が軽くなる」と意外な方面で評価を得た。


 幕府からの相馬藩改革に対する正式な評価や処遇は、結局「引き続きその動向を注視する」という玉虫色の形で保留となった。


 しかし栗田謙信という男の存在は江戸城の幕閣たちの間に良くも悪くも強烈な印象と波紋を残した。「相馬藩に恐ろしく型破りだが何やらとてつもなく面白い男あり」との噂が江戸中に広まっていく。



 老中首座・土岐頼房は、後日、将軍に直接謁見し、先日の一件を報告した。


「上様。先日、陸奥相馬中村藩の目安方筆頭・栗田謙信なる者が江戸城に参りまして、藩政改革の成果なるものを言上仕りました。その内容、まことに奇想天外、常識を逸脱したものも多くございましたが、いささか…いや、かなり興味深いものも含まれておりました。特に、かの者の申す『KAIZEN』なる考え方、そして『お客様は神様です』という信条は、あるいは今後の日の本の政にも、何らかの…示唆を与えるやもしれませぬ」


 土岐頼房は、謙信が持参した「かぴばらハッピーどら焼き」を将軍にそっと献上しながら、付け加えた。「ちなみに、これはその栗田が持参した菓子でございますが、大奥にて大変な評判となっております。味もさることながら、その…『かぴばら』なる珍獣を模した形が、何とも愛らしく、和むと…」


 将軍は、その奇妙な名の菓子を手に取り、一口味わうと、ふむ、と一つ頷き、そしてこれまでに見せたことのないような、楽しげな笑みを浮かべた。


「ほう、KAIZEN、そしてお客様は神様、か。そして、かぴばらどら焼きとな。…面白い。実に面白いではないか、土岐よ。その栗田謙信とやら、なかなかの人物のようじゃな。…その才、何かに活かせるやもしれぬ。何かやらせてみても面白いかもしれんのう。引き続きよしなに注進せよ。陸奥の小藩に、どれほどの器が隠れておるのか、見極めてみるのも一興であろう」


 土岐頼房は、将軍のその言葉に、一瞬、真意を測りかねたように眉をひそめたが、すぐにいつもの冷静な表情に戻り、恭しく頭を下げた。

「はっ…上様、お戯れを。しかしながら、かしこまりました。彼の者の動向、引き続き注視してまいります」


 将軍は、楽しげな笑みを崩さぬまま、もう一つ「かぴばらハッピーどら焼き」を手に取った。土岐頼房は、その横顔を見ながら、栗田謙信という男が、この日の本の中枢に、思いもよらぬ形で、そして思いもよらぬ速さで、影響を及ぼし始めていることを、改めて強く感じずにはいられなかった。


 謙信は江戸での長く激動の任務を(一応)終え相馬藩への帰路につく。その胸には大きな手応えとそして幕府中枢に一石を投じた(かもしれない)という途方もない達成感(と一抹の不安)が深く刻まれていた。謙信の、そして相馬藩の次なるステージへの扉が今静かにしかし確実に開かれようとしていた。



次話は6月12日(木)0時10分にupします。

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