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拙者、お客様は神様だと申したはず! ~令和のバイトリーダー、うっかり江戸で天下泰平(主に接客面で)を目指す~  作者: ストパー野郎
第二部:KAIZEN旋風、江戸を席巻し、日の本を揺るがす!?~目安方筆頭、次なるステージへ~
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第七話:江戸からの呼び出し!~目安方筆頭、天下の江戸城へいざ推参の巻~

 馬中村藩に吹き荒れた「黒い噂」と、目安方筆頭・栗田謙信失脚を狙った勘定方小役人・根来十兵衛及び筆頭家老・大和田常政一派の陰謀は、岩田権左衛門たちの命がけの(そして胃に悪すぎる)捜査と、鬼の渋沢勘定奉行のまさかの「正義の鉄槌」により、劇的な形で終止符を打った。


 藩内に巣食っていた不正の根は断ち切られ、謙信の潔白は証明され、その名は「藩を救った英雄」として、以前にも増して領民たちの間で称えられた。藩主・相馬昌胤は改めて謙信への絶大な信頼を表明し、目安方の活動は、藩内における抵抗勢力がほぼ一掃されたこともあり、さらに大きな推進力を得ていた。


 謙信は、この一件を「組織の膿を出し、コンプライアンス意識を高める絶好のKAIZEN機会でしたな!」と、相変わらずの超絶ポジティブシンキングで総括しつつ、次なる目標である「教育改革」――藩校「明倫館」の抜本的KAIZENと、領内寺子屋への「カピバラ算術ドリル」導入による全国学力テスト(もちろんそんなものはない)制覇計画――の準備に、ますます意欲を燃やしていた。


 権左衛門は、一連の騒動で寿命が確実に数年は縮んだと確信しつつも、謙信の無実が証明され、藩内の空気が少し浄化されたことに、ほんの僅かな安堵を覚えていた。しかし、その安堵は長くは続かなかった。


 そんな、藩内に一応の平穏が戻り、謙信が新たな「KAIZENの種」を蒔こうとウズウズしていた、ある秋晴れの日のことである。


 江戸の幕府から、相馬中村藩主・相馬昌胤宛に、一通の極めて丁重な、しかし有無を言わせぬ威圧感を放つ公式な書状が、特別な早馬によって届けられた。


 その内容は、まさに青天の霹靂、寝耳に水、いや「寝耳に熱湯」とでも言うべき衝撃的なものであった。


「貴藩目安方筆頭・栗田謙信に対し、これまでの藩政改革の取り組み、並びに江戸でのアンテナショップ『相馬屋』運営等について、江戸城大広間にて、幕府上層部に対し直接言上を命ずる。一月以内に登城すべし」

 それは、紛れもなく幕府からの正式な、そして極めて異例な「お召し出し」であった。


 しかも、名指しされたのは藩主でも城代家老でもない、一介の、それも元足軽上がりの、そしてつい最近まで「藩の疫病神」だの「狐狸の化け物」だのと噂されていた目安方筆頭、栗田謙信個人なのである。


 藩内は、その知らせに文字通り蜂の巣をつついたような、いや爆弾でも落とされたかのような大騒ぎとなった。


 藩主・相馬昌胤は、その書状を見るなりいつものように目を丸くし、そして次の瞬間には腹を抱えて大笑いした。

「おお!ついに幕府が我が相馬中村藩の、そして何よりも栗田の、あの天下一品のKAIZENの素晴らしさに気づいたか!これは大手柄じゃ!いや、もはやノーベルKAIZEN賞ものじゃ!栗田よ、これはお主にとって、そして我が藩にとってまたとない、日の本中に名を轟かせるビッグチャンスじゃぞ!江戸へ行って思う存分、その暑苦しいまでのKAIZENスピリッツを幕府の偉いお歴々にこれでもかと見せつけてまいれ!わしも陰ながら、いや堂々と応援しておるぞ!土産は江戸で一番美味いカステラで頼む!」

 昌胤は事の重大さを全く理解していないのか、あるいは理解した上で楽しんでいるのか、とにかく大喜びで謙信の肩をバンバンと叩き、いつの間にか横文字を使いこなし無責任に激励する。


 城代家老・酒井忠助は、その書状を何度も読み返し、額に深い皺を刻み、青ざめた顔で呟いた。

「これは…これは一体全体どういうことでござろうか…?幕府が一介の目安方筆頭ごときを名指しで、しかも江戸城の大広間で言上せよと公式に召し出すなど、およそ前代未聞、聞いたこともない…。これは単なる報告を求めるものではなく、何かよほど重大な、そして裏があるのでは…?栗田殿、くれぐれも油断召されるな」

 その声には隠しきれない不安と、謙信の身を案じる響きが込められていた。


 一方、先の事件で失脚した大和田常政に代わり、保守派の新たな筆頭格となりつつあった家老・本田忠勝(もちろんあの戦国武将とは何の関係もない、ただ名前だけが勇ましい小男)らは、「ふん、ついにあの目安方の小生意気な小僧の、あまりにも目に余る化けの皮が剥がれる時が来たようじゃな。幕府の居並ぶ百戦錬磨の重臣たちの前で、その無礼千万な田舎侍丸出しの言動と現実を完全に無視した馬鹿げた戯言の数々を厳しく咎められ、良くて遠島、悪ければ打ち首獄門、あるいは江戸市中引き回しの上、鈴ヶ森で磔獄門になるのが関の山じゃ!せいせいするわい!」と、密かに、しかしこれ以上ないほど嬉しそうにほくそ笑み、謙信の破滅を心待ちにしている。


 渋沢勘定奉行は、「…幕府の真意が全く読めぬ。だが、あの栗田という男のこと、何を仕出かすか何を口走るか全く予測がつかん。下手に我が藩の、いささか厳しい財政状況などを面白おかしく洗いざらいぶちまけてしまっては、こちらが、いや藩そのものが大迷惑を被る…」と、ただでさえ最近謙信のせいで悪化の一途を辿っている胃の痛みにさらに追い打ちをかけるような新たな頭痛の種に、顔を苦々しく歪めている。


 そして、我らが岩田権左衛門は、その知らせを聞いた瞬間、顔面蒼白を通り越し、もはや血の気の一滴すら失ったかのように真っ白になり、その場でガタガタと震えが止まらなくなった。


「く、栗田…お、お前は…江戸のあのアンテナショップとかいう怪しげな店で、一体全体何をしでかしたのだ…?いや、それ以前に、あの氷のように冷たい鬼の内記こと水野巡検使様に、何かとんでもない不敬極まりないハッタリをかましたのが、今頃になってついにバレてしまったのか…?まさか本当に、どこぞの幕府転覆を虎視眈々と狙う恐ろしい藩から送り込まれた破壊工作専門の間者だったとか…?ああ、もう駄目だ…今度こそ本当に終わりだ…我が相馬中村藩も、そして俺のこの哀れな胃袋も…南無阿弥陀仏、南無阿弥陀…」


 権左衛門はあまりの恐怖と絶望にその場で卒倒しそうになるのを、かろうじて壁に手をついて踏みとどまり、しかしその顔からはもはや生きる気力さえも失われたかのように生気が完全に消え失せていた。


 そんな、藩全体が期待と不安と、ほんの少しの悪意と絶望が入り混じったカオスな大騒ぎとなっている中、当の栗田謙信だけが一人、その大きな瞳をまるで初めて見るおもちゃを与えられた子供のように、あるいは長年追い求めてきた幻のポケモンをついにゲットしたかのようにキラキラと、いやもはやギラギラと、そしてどこか狂気すら感じさせるほどに輝かせ、興奮を隠しきれない様子であった。


「皆様!皆様!どうかご安心ください!そして何よりも、この歴史的な快挙を共に喜び分かち合おうではございませんか!ついにこの時が来たのでございます!我が、そして皆様の血と汗と涙とほんの少しのユーモアの結晶である『お客様は神様です!KAIZENは無限にして永遠なり!』の、そのあまりにも崇高にして普遍的な精神と輝かしい感動的な実績の数々が、ついに幕府の中枢、日の本の頂点にまで届き、そして彼らの凝り固まった旧態依然とした心を、魂を激しく心地よく揺さぶったという何よりの動かぬ証ではございませんか!これは我が愛すべき相馬中村藩の、いやこの日の本の輝かしい未来を明るくKAIZENに満ち溢れたものへと大きく力強く導く、またとない神風のごときビッグウェーブ!ビッグチャンス到来の高らかなファンファーレなのでございますぞ!必ずや居並ぶ幕府のお歴々の度肝を抜き、心の琴線をこれでもかと震わせ、感動とKAIZENの嵐に巻き込んでご覧にいれますぞ!」


 謙信の、そのあまりにも楽観的で現実を地平線の彼方まで完全に無視した、そしてどこか頭のネジが全て緩みきって宇宙の彼方まで飛んで行ってしまったのではないかとしか思えない、いつもの、しかし今日はいっそうパワーと暑苦しさが三倍増しになっているかのような自信満々の大宣言に、その場にいた全ての家老たちはもはや反論する気力も怒る気力も、そして何よりもこの男と関わる気力さえも失い、ただただ魂の抜け殻のように、あるいは遠い宇宙の果てでも眺めるかのように呆然と虚ろな目で彼を見つめるばかりであった。岩田権左衛門だけがその傍らで「栗田…お前は本当に、どこまでもどうしようもないほどの、そして救いようのない、おそらくは世界で一番迷惑な大馬鹿者だ…そして俺は、何故またしてもこんな生き地獄のような胃に悪すぎる道行に否応なく付き合わされねばならんのだ…ああ、神様、仏様、ご先祖様…どうかこの哀れな私にほんの少しばかりの安息と、大量のできれば特効薬の胃薬を…」と、心の底から血の涙を流さんばかりに、誰にも聞こえぬよう切実に呻いていた。


 数日後。


 栗田謙信、岩田権左衛門(城代家老酒井忠助から「栗田のあの常軌を逸した暴走を江戸城内で、そして幕府の重臣方の前で万が一にも食い止めることができるのは、もはや長年連れ添った女房役であるお主しかおるまい。頼んだぞ権左衛門。我が藩の、いやお主自身の首もかかっておることをゆめゆめ忘れるでないぞ」と涙ながらに、半ば脅迫に近い形で、お目付け役兼ツッコミ役兼最終防衛ラインとして同行を厳命された)。

 そして万が一の不測の事態に備える護衛として剣術の腕と冷静沈着な判断力を買われた結城小平太の三人に加え、何故か「江戸のことはこのお駒様に任せときゃあ間違いなしだよ!それに江戸城なんてめったに見物できるもんじゃないからねえ!あたしも行くよ!」と誰に頼まれたわけでもないのに半ば強引に、いつものようにちゃっかりと一行に加わった江戸っ子町娘のお駒ちゃんを加えた総勢四名の「相馬中村藩・対幕府KAIZENプレゼンテーション特別使節団(もちろんこれも謙信が勝手に命名)」は、藩主・昌胤と多くの藩士領民たちからの盛大な(そしてその大部分が期待よりも不安とほんの少しの憐憫の情に満ちた)見送りを受け、一路花の都・大江戸へと、その波乱万丈の予測不能な旅路を開始したのであった。


 田中新兵衛は、国元での「教育改革プロジェクト(特にあの『カピバラ算術ドリル・中級編』の執筆と『寺子屋KAIZENキャラバン』の準備)」と目安方の山のような日常業務の全責任者として、謙信から「新兵衛君!留守中の我が藩の全てのKAIZENと、そして何よりもお春ちゃんとの恋の進展、心より熱く期待しておりますぞ!健闘を祈る!」とまたもやあまりにも重すぎる(そして公私混同も甚だしい)命を受け、大きなどこか寂しげなため息と共にその大役を(いつも、拙者が留守番でござる…とぼやきながら)引き受けていた。


 江戸への道中、栗田謙信は相変わらずの全く懲りることのないKAIZEN魂をこれでもかと炸裂させ、行く先々で小さな、しかし確実に周囲を困惑させる騒動を巻き起こした。


 例えば、途中で立ち寄ったとある寂れた宿場町。そこの客足もまばらで今にも潰れそうな古びた一軒の茶屋を見かねた謙信は、「これは見過ごせませんぞ!お客様(この場合は茶屋の主人とそこに立ち寄るかもしれない全ての旅人)の笑顔こそが我がKAIZENの原点!」と勝手に「寂れた茶屋・起死回生KAIZENプロジェクト」を立ち上げ、茶屋の気の弱そうな主人夫婦に対し一方的に熱血指導を開始。


「ご主人!奥方様!まずこの店の『第一印象』が悪すぎます!もっとこう…道行く旅人が思わず吸い寄せられるようなキラキラとしたワクワクするような『魅力的なファサード(店の構え)』と心温まる『ウェルカム・メッセージ』が必要不可欠ですぞ!例えば店の軒先に大きな赤い提灯と、『旅の疲れを癒す癒しのオアシス!一杯飲めば寿命が延びる(かもしれない)秘伝の薬草茶と、おかみさん手作り・愛情たっぷりお団子あり お代は見ての通り!』などと書いた手作りの魂のこもった看板を掲げるのです!」


「そして店内もKAIZEN!もっと明るく清潔に!そして何よりもお客様がついつい長居したくなるような居心地の良い『リラックス空間』を演出するのです!例えば壁にはこの土地の美しい風景を描いた絵(もちろん謙信がその場でお世辞にも上手いとは言えないが何故か味のあるタッチで描いたもの)を飾り、そしてBGMには小川のせせらぎの音や小鳥のさえずりを…あ、いやそれは無理か…ならばお駒ちゃん!君のその天下一品の美声で何か明るく心和むような江戸の小唄でもここで一つ高らかに歌い上げてみてはいかがかな!きっとお客様も大喜び間違いなしですぞ!」


 お駒ちゃんは「へい、合点承知!いっちょこのお駒様が江戸で一番イケてる流行歌を景気良く歌ってやろうじゃないか!」と本当に店の真ん中で扇子片手に何やら賑々しい歌と踊りを始めてしまい、茶屋の主人夫婦はただただ呆気に取られ、そして権左衛門は「馬鹿者!栗田!お駒!貴様ら一体何をしとるのだ!ここは芝居小屋ではないぞ!それに、お駒のその歌はどう聞いてもただの騒音にしか聞こえんわ!」と頭を抱えて絶叫する。


 しかし不思議なことに、そのあまりの騒々しさと謙信たちのどこか憎めない一生懸命さに道行く旅人たちが何事かと足を止め、興味本位で茶屋を覗き込み、あれよあれよという間にその日はその寂れた茶屋が開店以来の記録的な大繁盛となったという、実に奇妙なしかしどこか心温まる一幕もあった。茶屋の主人夫婦は涙ながらに謙信に感謝し、「栗田様はまさに我らが茶屋の、いやこの宿場町全体の救いの神でございます!」と深々と頭を下げていたという。


 またある時は、道中とある大きな藩の煌びやかで威圧的な大名行列と鉢合わせになった。行列の先頭を行くいかにも気難しそうな顔つきの供頭の武士が、謙信たちに対し「無礼者!そこをどけ!どちらの御行列か分かっておるのか!」と高圧的に怒鳴りつけてきた。


 権左衛門と小平太は慌てて道端に平伏し頭を下げようとしたが、謙信だけは全く臆することなくその供頭の前に進み出て、いつものように満面の、そして若干相手を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて言い放った。


「これはこれは恐れ入ります!しかしお侍様。そのように沿道の弱き民に対し高圧的な態度で怒鳴り散らしておられては、せっかくの殿様のご立派な行列も、そして何よりもそのお殿様ご自身のお人柄までが誤解されてしまうのではございませんか?『お客様(この場合は沿道の民と何よりも行列の主役であるお殿様)第一主義』の精神に則れば、もっとこう…沿道の民にも笑顔を振りまき、時には気さくに声をかけ、共にこの素晴らしい行列を祝い楽しむような、そんな『双方向コミュニケーション型・感動共有パレード』を目指すべきかと、この栗田愚考いたしますがいかがなものでございましょうか?」


 そのあまりにも不敬で常識外れな謙信の言葉に、供頭の武士は顔を真っ赤にして激怒し、「き、貴様!何を馬鹿なことを!この恐れ多くも我が殿の御行列を見世物とでも言う気か!無礼者め!叩き斬ってくれるわ!」と腰の刀に手をかけ、まさに一触即発の事態に。


 権左衛門と小平太は顔面蒼白でもはやこれまでかと観念したが、その時行列の奥の立派な駕籠の中から凛とした、しかしどこか優しげな声が響いた。

「…待て、早まるな。…面白いことを言うではないか、そこの若造。確かにいつもの行列は少々堅苦しすぎるやもしれんな。よし、栗田とやら、そなたの申す『感動共有ぱれーど』とやら、一度このわしにとっくりと話して聞かせてはくれまいか?」


 その声の主はなんとその行列の主である、さる有力大名の若く新しいもの好きで知られる藩主その人であった。そしてその藩主は謙信のあまりにも奇抜で大胆不敵な提案にいたく興味を示し、その場で謙信を自らの駕籠の傍らに呼び寄せ、道中彼の「KAIZEN」談義に熱心に楽しそうに耳を傾け続け、そして別れ際には「栗田殿、実に面白い話であった。そなたのような男が日の本にはもっと必要じゃ。またいつか江戸で会おうぞ」と満足げに言い残し去っていったという。


 供頭の武士は最後まで狐につままれたような納得のいかない顔をしていたが、藩主の命令とあってはどうすることもできない。権左衛門は、そのあまりにも都合の良い信じられないような展開に、ただただ口をあんぐりと開けて呆然と立ち尽くすしかなかった。


 そんなこんなで数々の珍道中と多くの人々の胃を痛めつけながらも、栗田謙信一行はついに花の都・大江戸へと無事(?)到着したのであった。


 一行はまず日本橋裏にある、今や江戸の新名所(あるいは珍名所)となりつつあるアンテナショップ「相馬屋」へと向かった。


 店を守っていたのは、あの、日本橋裏の大家にして、辛辣ながらもどこか憎めないお辰っつぁんであった。謙信が江戸を不在にする間、「相馬屋のことはあたしに任せときな!あんたたち田舎侍より、よっぽど江戸の商いを分かってるんだからね!」と、半ば強引に、しかしどこか楽しげに店番を(もちろん相応の謝礼と引き換えに)引き受けていたのだ。彼女は、持ち前の江戸っ子気質と、長年培ってきた商人の勘、そして意外にもきめ細やかな接客(ただし、気に入らない客には容赦ない毒舌を浴びせるが)で、謙信不在の「相馬屋」を、なんと以前にも増して大繁盛させていたのである。


 謙信たちが店に戻ると、そこには威勢の良いお辰っつぁんの声が響き渡り、店内は客でごった返していた。「ちっ、やっと帰ってきたのかい、目安方の若造ども!あんたたちがのんきに国元で鼻くそでもほじってる間、このお辰っつぁん様が、この店を江戸一番の繁盛店にしといてやったよ!感謝しな!」その顔には、疲労の色も見えたが、それ以上に、商売の成功と、客からの信頼を得たことへの満足感が溢れていた。


 謙信は、その予想だにしない光景と、お辰っつぁんの圧倒的な商才に、ただただ目を丸くし、そして心の底から感服した。「お辰様…!こ、これは…!まさに『江戸の女は肝っ玉KAIZEN』!その商売の極意、ぜひともこの栗田にご教授願いたい!」と、深々と頭を下げ、お辰っつぁんは「へん、今更あたしに頭下げたって、何も出やしないよ!それより、約束の団子、山ほど持ってきてもらったんだろうねえ!」と、いつものように憎まれ口を叩きながらも、その目元はどこか優しく笑っていた。


 「相馬屋」のスタッフたちは謙信の幕府お召し出しの報に皆一様に緊張し心配していたが、同時に謙信ならばきっと何かとんでもない面白いことをしでかしてくれるに違いないというほんの少しの確かな期待も抱いていた。彼らは謙信の江戸城での大一番に向け、それぞれの立場で全力でサポートすることを固く誓い合うのであった。


 江戸の相馬藩屋敷では、屋敷を預かる留守居役の家老たちが謙信に対し、幕府への言上に関する最後の最も重要(と彼らが信じる)な注意と、「くれぐれも当たり障りのない幕府のご機嫌を損ねることのない模範的な内容でお願い申し上げる。決してあの…『KAIZEN』とか『お客様は神様です』とかいう訳の分からぬ危険極まりない言葉は口が裂けても申し上げるでないぞ!」という血を吐くような涙ながらの懇願を、それこそ百度参りでもするかのように繰り返し行っていた。


 謙信はそのあまりにも切実な哀れなまでの彼らの姿に内心ほんの少しだけ同情しつつも(しかしもちろん彼らの言うことを聞く気は微塵もなかったが)、にこやかに自信満々に頷いた。


「皆様、ご心配には及びません。この栗田謙信、必ずや我が相馬中村藩の、そして何よりもここにいらっしゃる皆様の名誉を最大限に高めてご覧にいれますとも。全てはお客様(幕府の皆様)に最高の『満足』と『感動』をお届けするために!」


 そしてその懐には、あの権左衛門が「これだけは絶対に持って行くな!」と涙ながらに懇願したはずの、「将軍様も感動!日の本丸ごとKAIZEN!幕政改革への大胆不敵なるご提言(おまけの参考資料、全十章、今回はちゃんと第一章から第十章まで全て完璧に完成させてきたバージョン!)」と金文字で書かれた、禍々しいオーラを放つ巨大な巻物が、しっかりと誇らしげに忍ばせられているのであった。


 いよいよ江戸城登城の前日。謙信は目安方の仲間たち(権左衛門、小平太、新兵衛、そしてお駒ちゃん)と共に夕焼けが一望できる小高い丘の上に立っていた。


「皆さん。いよいよ明日、この栗田謙信、日の本の中枢江戸城にて我がKAIZENの真髄を天下に示してまいります。正直少しばかり、いやかなり緊張もしております。しかしそれ以上にこの胸の高鳴りは武者震いは一体何なのでしょう!?」

 謙信はそう言ってわざとらしく、しかしどこか本気でブルブルと体を震わせてみせる。


 権左衛門は深いため息をつきながらもいつものように、しかし今日は少しだけその声に温かみを込めて言った。

「…栗田。お前は本当にどうしようもないほどの大馬鹿者だ。だがな…そのどうしようもない馬鹿正直さと底なしの熱意だけは、この俺も認めざるを得ん。…明日何があろうとも俺たちは、お前の味方だ。だから思う存分その…その『KAIZEN』とやらを幕府の偉い方々にこれでもかと見せつけてこい。ただし、くれぐれも藩がお取り潰しになるようなとんでもない失言だけはしてくれるなよ…俺の、そして皆の首がかかっていることをゆめゆめ忘れるな…」

 その言葉はぶっきらぼうだったが、しかしそこにはこれまでのどんな言葉よりも深い仲間への、そして上司(のはずの謙信)への揺るぎない信頼とほんの少しの確かな愛情が込められているように、謙信には感じられた。


「権左衛門殿…!」謙信は思わず目頭が熱くなる。


「組長!頑張ってください!俺たちここで応援してますから!」新兵衛が力強く言う。


「筆頭。ご武運を」小平太は静かに力強く頷く。


「店長!いっちょ江戸城の狸爺どもをぎゃふんと言わせてきな!あたしたちがついてるよ!」お駒ちゃんはいつものように威勢が良い。


 仲間たちのその温かく力強い言葉に、謙信はこれまでにないほどの勇気と感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。


「皆さん…ありがとうございます!この栗田謙信、必ずや皆様の期待に応え、そしてこの日の本に新しい輝かしいKAIZENの夜明けをもたらしてみせますぞ!」

 謙信は、空に広がる夕焼けに向かいそう力強く誓った。その手には例の禍々しいオーラを放つ「日の本丸ごとKAIZEN計画書」の巻物が固く誇らしげに握りしめられているのであった。いるのであった。



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