第五話:陸奥の二つの星!~相馬・白河KAIZEN共同プロジェクト、まさかの爆誕の巻~
栗田謙信率いる「目安方KAIZENお助け隊」が、奥州白河藩での薬草園改革支援という名の、いつもながらの珍道中を終え、江戸日本橋裏のアンテナショップ「相馬屋」へ帰還して数日が経過した。
白河藩の若きエリート・立花左近との間に芽生えた奇妙な友情と、「KAIZEN同盟」なる壮大で少々胡散臭い構想の種は、謙信の心の中で次なる行動への熱い炎となり燃え盛っていた。
江戸の「相馬屋」では、謙信不在の間、田中新兵衛が大家のお辰っつぁんの毒舌ながらも的確な助言や時折の強引な介入を受けつつ、何とか店を切り盛りしていた。
白河での謙信の「活躍」の噂は、立花左近からの手紙などでおぼろげに伝わってはいたものの、詳細は不明であった。
そんなある日の午後。「相馬屋」の帳場で、謙信が次なる「江戸っ子びっくりKAIZEN企画」の構想を練り、例のポンチ絵満載の企画書を書きなぐっていたところへ、一頭の早馬が店の前に乗り付けた。馬上の武士は白河藩の使番。その手には、藩主・松平忠昭公の御紋が押された分厚い親書が握られていた。
「目安方筆頭・栗田謙信様に、我が主君、白河藩主・松平忠昭より、緊急かつ極めて重要なるご相談がございます!」
その知らせに、謙信は「キターーーッ!ついに白河の殿も我がKAIZENの虜になったのですな!」と、企画書を放り出して飛び出した。
親書の内容は、謙信の予想の斜め上を行くものだった。
そこには、先日の白河での謙信の働きへの感謝と共に、立花左近の報告と謙信の提言書に深く感銘を受けた忠昭公が、相馬藩との本格的な共同プロジェクトを正式に提案したいという熱い想いが綴られていたのである。
具体的な提案は、両藩の特産品を融合させた「コラボ新商品」の共同開発、そのための両藩の職人や商人、料理人が江戸に集結しての「合同新商品アイデアソン」の開催、そして江戸の「相馬屋」を両藩共同運営の「みちのく共同アンテナショップ」へと発展させ、共同で商品を販売・宣伝するという、まさに東北の未来を左右しかねない壮大な計画であった。
「素晴らしい!忠昭公、さすがは『お客様(我が藩)のニーズ』を的確に捉えていらっしゃる!これぞ『戦略的アライアンスによるシナジー創出』ですぞ!」謙信は興奮を隠せない。
権左衛門は、そのスケールの大きさに眩暈を覚えた。「栗田…これはもはや目安方の手に負える話ではない。国元の殿や家老衆にお伺いを立てるのが筋ではないか?」
「権左衛門殿、ご心配なく!殿は『栗田よ、白河のことはよしなに頼む』と、この栗田に全権委任のお墨付きを下さっておられます!(と謙信は勝手に解釈していた)これは天が与えたビッグチャンス!逃す手はございませんぞ!」
かくして、相馬藩からの返書(もちろん謙信が独断で作成し、藩主の印は後でこっそり押すつもりであった)を受け取った白河藩主・松平忠昭公は、その熱意と斬新なアイデアに大いに満足し、早速、立花左近を団長とする「白河藩KAIZENドリーム使節団」を江戸へ派遣することを決定した。
メンバーは、白河漆器の天才職人・会津屋清十郎、白河藩商業の若き実力者・米倉屋惣右衛門、そして藩主の料理番も務める料理頭・湯本勘助など、各分野の精鋭たちである。
彼らは、期待と不安、そして謙信という謎の男への尽きせぬ好奇心を胸に、江戸の「相馬屋」の暖簾をくぐった。
「ようこそ、白河藩の勇者たちよ!この江戸の地へ、そして我が『相馬屋』へ!この栗田謙信、皆様を心より熱く歓迎いたしますぞ!」謙信は店の入り口で、満面の笑みで出迎えた。
権左衛門は「おい栗田、あまり馴れ馴れしくするな」と小声で釘を刺す。
お駒ちゃんは「へえ、白河にもなかなかいい男がいるじゃないか」と左近や清十郎を品定めしていた。
新兵衛と小平太は緊張気味に頭を下げている。
こうして、相馬・白河両藩による前代未聞の「KAIZEN共同プロジェクト」の第一歩、「合同新商品アイデアソン(という名の、おそらくは抱腹絶倒の大宴会兼ワークショップ)」が、江戸「相馬屋」の座敷を舞台に幕を開けたのだった。
「さて、皆様!堅苦しい挨拶は抜き!本日は『無礼講』!思う存分飲み、食い、語り合い、そして両藩の輝かしい未来を照らす新商品アイデアをガンガン生み出そうではありませんか!名付けて、『相馬・白河ドリームチーム結成記念!第一回・みちのく魂ソウル炸裂!新商品アイデアソン・フェスティバル~飲めや歌えやKAIZENだ!~』ここに開幕でございます!」
謙信の暑苦しい開会宣言と共に、宴は始まった。
相馬藩からは謙信、権左衛門、饗庭与一料理頭、相馬焼の源右衛門、お駒ちゃん、新兵衛、小平太。白河藩からは立花左近、会津屋清十郎(漆器職人)、米倉屋惣右衛門(商人)、湯本勘助料理頭、酒造りの老杜氏・菊池源兵衛、織姫・小夜子、薬草師・薬師寺玄庵など、個性豊かな面々が顔を揃えた。
最初は互いに遠慮し合っていた一同だが、謙信が持ち込んだ相馬藩自慢の地酒「夢幻」と、白河藩持参の銘酒「雪小町」が酌み交わされ、両藩の料理頭たちが即興で作る絶品の肴が並ぶと、場の空気は急速に和んだ。
「源右衛門殿、貴殿の相馬焼の力強い土肌は見事だ。だが、そこに我が白河の漆を施し、金蒔絵でも加えれば、さらに奥深い美が生まれるのではないか?」白河の漆器職人・清十郎が、相馬焼の湯呑みを手に源右衛門に静かに語りかける。清十郎は極度の人見知りだが、仕事に関しては妥協を許さない男である。
源右衛門は、最初は「漆だと?焼き物にそんな軟弱なものを…俺の相馬焼は、この土の味こそが命だ」と渋い顔をしていた。
しかし、清十郎が持参した、吸い込まれるような深みのある艶を持つ白河漆の椀を見て、次第に心を動かされていく。
「…ふむ、確かに面白いかもしれんな。この荒々しい相馬の土肌に、白河の漆の艶が加われば…誰も見たことのない『景色』が生まれるやもしれん…」源右衛門は腕を組み、真剣な表情で頷いた。
謙信はすかさず、「そうですぞ、お二人!これぞ『異文化フュージョンによる新たな価値創造』!相馬の力強さと白河の繊細さ、まさに最強のタッグですな!」と合いの手を入れる。
一方、厨房では、相馬の饗庭与一と白河の湯本勘助が、火花を散らしていた。というより、互いの料理を試食しては唸り合っている。
「湯本殿、貴殿の作る鯉の甘露煮、確かに骨まで柔らかく美味い。だが、少々味が濃すぎるのではないか?これでは素材本来の繊細な味が死んでしまう。もっと出汁の風味を活かし、京料理のように…」
「何を言うか、饗庭の爺さん!あんたの作る澄まし汁など、まるで湯水のようで食い応えがない!江戸の人間は、これくらいガツンとパンチの効いた濃い味を好むのだ!だいたい京料理なんぞ、気取ってるだけで腹の足しにもならん!」湯本は鼻息も荒い。
二人は互いの料理を批評し合いながらも、その実、相手の卓越した技術と料理への深い情熱を認め合っていた。そして、酒が進むにつれ、いつしか肩を組み、「ならば、相馬の新鮮な海の幸と、白河の滋味豊かな山の幸を組み合わせ、これまでにない究極の『みちのく合作料理』を生み出そうではないか!」と熱く意気投合していた。
その場で、「相馬産・活け鮑の柔らか煮、白河産・特上蕎麦の実あんかけ、隠し味は両藩秘伝の味噌ブレンド」「白河高原鶏の松風焼き、相馬秘伝の胡麻とクルミの甘辛だれ」といった、聞いているだけで涎が出そうな奇跡のコラボメニューのアイデアが次々と生まれた。
謙信は「素晴らしい!これぞ『食のKAIZENサミット』!このメニューで江戸中の食通の度肝を抜いてやりましょうぞ!」と大興奮である。
白河藩の商人、米倉屋惣右衛門は、店の帳簿や在庫管理の状況を熱心に新兵衛に尋ねていた。
「なるほど、江戸の店では『POSレジ』ならぬ『筆ペン出納帳』と『現物棚卸』が基本か…これはこれで数字の動きが肌で感じられて良いかもしれん。だが、もう少し効率化できそうだな」と、謙信の横文字を早速使って分析している。
お駒ちゃんは、そんな米倉屋に「旦那、白河にはどんな面白いもんがあるんだい?江戸で売れそうな、ピチピチしたものは?」と商売人の顔でちゃっかり情報を引き出そうとしていた。
酒造りの老杜氏・菊池源兵衛は、相馬の酒蔵の者と互いの酒米や麹、仕込み水について熱く語り合い、織姫の小夜子は相馬藩の奥方衆と染めや織りの技術について情報交換をしていた。
薬草師の薬師寺玄庵は、権左衛門の顔色をじっと見て、「…お主、相当肝臓が弱っておるな。このままでは長生きできんぞ。白河に帰ったらとっておきの薬草を送ってやろう。まあ、気休めかもしれんがな、フフフ…」と不気味な笑みを浮かべ、権左衛門をさらに青ざめさせた。
結城小平太は白河藩の若い武士たちと剣術談義に花を咲かせ、立花左近はそんなカオスな状況を冷静に、しかし瞳に確かな熱意を宿らせて見守り、有望そうなアイデアを丹念に記録していた。
宴は夜更けまで続き、身分も藩も、そしておそらくは正気さえも超えた自由な発想が酒と肴と共に飛び交った。
その最後に、謙信の強引な、しかし誰も逆らえない提案によって、年末の江戸市場を席巻するための目玉商品、「みちのく七福神・奇跡の美味と福を呼ぶ!KAIZEN宝船玉手箱おせちセット(豪華絢爛・数量完全限定・家宝級シリアルナンバー入り・両藩主のありがたい直筆サイン&KAIZENメッセージカード付き!そして何故か、謙信デザインのカピバラ型純金製――もちろんただの金メッキ、あるいは木の置物に着色しただけになる可能性も――開運お守りも、こっそり入っているという噂も!仮称)」の、夢と希望と、少なからぬ謎、そして大量の胡散臭さがぎっしりと詰まった詳細な商品構成が決定された。
さらに、聞く者の度肝を抜き、財布の紐を存在しないかのように緩めてしまうであろう、大胆不敵にして奇想天外な販売戦略が、ほぼ満場一致で(というより、その場にいた全員が飲みすぎ、食いすぎ、喋りすぎ、そして笑いすぎで正常な思考能力を失い、ただ栗田謙信の熱狂的なペースに心地よく巻き込まれていただけかもしれないが)高らかに、そして感動的に決定されたのであった。
こうして、相馬・白河両藩による本格的な共同プロジェクトの輝かしい第一歩が、江戸の片隅の小さな店で高らかに踏み出されたのである。
江戸での合同アイデアソンから数週間。栗田謙信プロデュースのもと、相馬・白河両藩の職人、商人、そして料理人たちが、それぞれの藩の誇りと威信を賭け、文字通り寝食を忘れて開発に取り組んだ夢のコラボレーション商品群が、ついにその全貌を現す日が来た。
その晴れ舞台は、もちろん江戸日本橋裏のアンテナショップ「相馬屋」である。この歴史的な日のために、店は「みちのく二つの星・夢と奇跡の共演!相馬・白河うまさ爆発KAIZEN大物産展&ときめきワクワク縁日フェスティバル」という、やたらと長くて大袈裟だが期待感を煽る看板を掲げ、相馬藩の藍色と白河藩の白を基調とした紅白の幕と無数の提灯で、田舎藩のアンテナショップとは思えぬほど派手やかで楽しげに飾り付けられていた。
「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!本日ここに、陸奥の二つの輝ける星、相馬中村藩と奥州白河藩が固い友情の絆で結ばれ、その持てる最高の技と燃える魂を注ぎ込んで生み出した、まさに奇跡の特産品と感動の美味の数々が、ついに江戸の皆様の前にその輝かしい全貌を現す時がやってまいりましたぞ!見るだけでも絶対に損はなし!一口食べてみれば、そのあまりの美味さと衝撃に腰を抜かし、天にも昇る幸福感に包まれること、この栗田謙信が我がコンビニバイトリーダーとしての全キャリアと目安方筆頭としての全誇りに賭けて、絶対にお約束いたします!さあ、江戸っ子もそうでない方も、お武家様も町人も、老若男女問わず、みーんなまとめて『相馬屋』へ、いざ出陣じゃー!」
栗田謙信は、店の入り口で、またしても何処からか調達した(お駒ちゃんが江戸の古着屋で見つけた曰く付きの派手な役者衣装を謙信サイズに強引に改造したもの)金糸銀糸きらびやかな、背中に巨大な「KAIZEN」の文字が刺繍された羽織袴姿で、竹筒メガホン(先端の朝顔ラッパは象の鼻ほどに巨大化し、風が吹くとブォーブォーと不気味だが遠くまでよく通る音を立てる特別仕様)を片手に、いつにも増して天元突破するほどのハイテンションで呼び込みを行っている。
その隣では、白河藩からこの日のために応援に駆けつけた立花左近が、相馬藩の藍色の法被を(謙信に無理やり着せられて)身にまとい、真面目な、しかし瞳に確かな熱意を宿らせた顔で、謙信の暑苦しい口上を冷静沈着に補佐し、手作りの美しい筆文字で書かれた「本日のおすすめ品」のチラシを道行く人々に丁寧に配っている。
そのあまりにも対照的だが何故か息の合った二人の姿は、江戸の町で早くも「日本橋の凸凹名コンビ」として一部の好事家の間で話題になり始めていた。
開店の時刻を告げる太鼓の音がドーンと鳴り響くと同時に、噂を聞きつけ謙信の奇抜な宣伝に釣られた江戸っ子たちが、まるで堰を切ったように雪崩を打って店内に殺到した。
小さな「相馬屋」はあっという間に立錐の余地もない人間サンドイッチ状態、いや人間おしくらまんじゅう状態の、凄まじい熱気と喧騒に包まれた。
その日の目玉商品は、もちろん、あの両藩の夢と希望と謙信の誇大妄想がぎっしり詰まった「みちのく七福神・奇跡の美味と無限の福を呼ぶ!KAIZEN宝船玉手箱おせちセット(超豪華絢爛・家宝級シリアルナンバー入り・両藩主のありがたい直筆サイン&KAIZENメッセージカード付き!そして何故か、謙信デザインのカピバラ型純金製――もちろんただの安っぽい金メッキで、よく見るとカピバラというより新種の深海魚にしか見えない――開運お守りも、こっそりしかし目立つように入っている!)」であった。
相馬焼の、この日のために特別に焼き上げられた美しい瑠璃色の特製三段重箱に、白河漆器の、これまたこの日のために特別に作られた繊細にして優美な朱塗りの小鉢が、まるで宝石のように品良く並んでいる。
その中には、相馬の饗庭与一料理頭と白河の湯本勘助料理頭が、数日間にわたる不眠不休の、時には取っ組み合い寸前の激しい議論と試行錯誤の末に共同開発した、両藩選りすぐりの山海の珍味を贅沢かつ惜しげもなく使った、まさに夢のような料理が詰まっている。
一口食べればあまりの美味さに三日は口がきけなくなると噂される(主に謙信が吹聴)料理の数々――例えば、「相馬産・活け締め天然アワビの極上肝ソース和え、白河産・朝採り高級ワラビと木の芽添え」「白河高原・A5ランク幻の黒毛和牛(実際には近隣の村から仕入れた普通の牛肉だが、謙信の巧みなネーミングと饗庭・湯本の神業的調理技術でカバー!)の秘伝タレでじっくり煮込んだとろける角煮と、相馬沖・朝獲れ伊勢海老(これも実際には大きめの普通の海老だが、見た目は立派)の香ばしい鬼殻焼き、両藩友好の証・紅白なます、めでたい金箔(ただの金色の紙切れ)と何故かカピバラ型飾り切り人参添え」など、聞いているだけで腹が鳴り財布の紐が緩みきってしまいそうな反則級の料理ばかり――が、春の野の花々のように、あるいは夜空の星々のように美しく、そして食欲をそそるようにぎっしりと詰められている。
このあまりにも豪華で縁起の良さそうな「宝船玉手箱セット」は、限定百セットということもあり、開店と同時に目の色を変えた江戸の旦那衆や奥方衆による壮絶な、一部では流血沙汰寸前の奪い合いとなり、瞬く間に完売御礼。買えなかった多くの客からは怒号と絶望のため息、そして「来年こそは必ず!」という涙ながらの熱い誓いの言葉が店の内外に響き渡ったという。
その他にも、相馬焼の頑固職人・源右衛門と白河漆器の孤高の天才職人・会津屋清十郎が、数ヶ月にわたる魂と魂のぶつかり合いのような共同作業の末に生み出した奇跡のコラボ作品、「相馬焼胎白河漆仕上げ・日月山水図・夫婦湯呑み(内側には謙信の強い要望で小さなカピバラとアルパカの可愛らしい絵が金蒔絵でこっそり描かれている。ただし小さすぎて虫眼鏡でも使わないと見えない)」や、両藩が誇る銘酒「夢幻」と「雪小町」をそれぞれの酒蔵の杜氏たちがプライドと技術を賭けて奇跡の黄金比率でブレンドした究極の限定醸造酒「みちのくドリームSAKE・友情の一滴~この一杯に、東北の魂を込めて~」が並ぶ。
さらには、白河の織姫・小夜子さんが繊細な指先で丹念に織り上げた雪のように白い白河木綿の生地を使い、江戸のアンテナショップ「相馬屋」の若女将(自称、最近では周囲も半ば公認)お駒ちゃんが江戸っ子ならではの粋なセンスでデザインした「江戸小町風・KAIZENリバーシブルあずま袋(表はシックな藍染、裏は華やかなカピバラ柄という斬新すぎるデザイン)」など、これまでにない斬新で個性的、そして何よりも「物語」のある魅力的な商品が店の棚にこれでもかとばかりに並べられていた。
田中新兵衛と結城小平太は、そのあまりの売れ行きと次から次へと押し寄せる客の波に嬉しい悲鳴を上げながらも、汗だくで目を回しながら商品の補充と会計に文字通り忙殺されていた。
店の軒先に特設された屋台では、相馬の饗庭与一と白河の湯本勘助という奥州料理界の二大巨頭(とそれぞれが思い込む永遠のライバル同士)が、まるで長年連れ添った夫婦漫才師のような阿吽の呼吸で、しかし時折本気で喧嘩しているのではないかと客をハラハラさせる絶妙な掛け合いを披露していた。
両藩の新鮮な食材をふんだんに使った「みちのく友情コラボ丼(相馬湾で今朝獲れたばかりのピチピチの地魚数種と、白河高原で太陽の恵みを浴びて育った甘く粘り気の強い自然薯とろろ、契約養鶏場直送の濃厚新鮮な温泉卵を贅沢に乗せた究極の海山丼!一杯で二度三度美味しい!)」や、「相白そうはくあったか福呼び芋煮汁(相馬特産のホクホクな里芋と、白河藩が誇る柔らかジューシーなブランド豚肉『白河高原清流豚(そんなブランド豚は存在しないが、気分だけでも)』、地元産新鮮野菜を両藩秘伝の合わせ味噌で煮込んだ心も体も温まる故郷の母の味!隠し味に謙信がこっそり入れたカピバラエキス少々入り!)」などをその場で豪快に、食欲をそそる湯気と共に調理し実演販売。
そのあまりの美味そうな匂いと、生きる伝説のような名物料理人二人の軽妙にして時に険悪な、しかし憎めないやり取りに、道行く人々が次々と磁石に吸い寄せられるように足を止め、屋台の前には瞬く間に日本橋のたもとまで届きそうな長蛇の列ができていた。
そんな戦場のような、あるいは熱狂的ロックコンサート会場のような大混乱、いや空前の大盛況に沸く「相馬屋」の店内に、二人のどこか見覚えのある、しかし今日は何故かみすぼらしい町人の身なりで高貴な身分を隠そうとしている(が、隠しきれない気品と威厳、そして不自然なコソコソした態度が逆に怪しさを増幅させている)男たちが、お忍びで、しかし明らかに何かよからぬこと(主に冷やかしとあわよくば美味いもののつまみ食い)を企んでいるかのような怪しげな様子でやって来た。
一人は人の好さそうな、しかし瞳の奥に悪戯っ子のような好奇心と底知れぬ遊び心を隠し持つ恰幅の良い、そして何故かやたらと懐の寂しそうな(しかし、いざとなれば藩の財産を湯水のように使える)男。もう一人は涼やかな目元に生まれながらの知性と品格を湛え、しかし今日は何故か落ち着きなくソワソワと周囲を見回し時折額の汗を拭っている、こちらもまたどこか高貴な香りのする好感の持てる男。
そう、何を隠そう、その正体は相馬中村藩藩主・相馬昌胤と奥州白河藩藩主・松平忠昭、その人であった。彼らは自藩の威信を賭けた(と謙信に乗せられた)一大イベントの成功(あるいは失敗)をいても立ってもいられず、それぞれの国元からわざわざお忍びで(という名のほぼ道楽で)見物に来ていたのである。
二人の一国一城の主とは思えぬ気さくで子供のように無邪気な藩主は、互いの素性を知ってか知らずか(おそらく互いに気づいているが、あえて気づかぬフリでこのお忍びスリルを楽しんでいるのだろう)、仲良く肩を並べて目を輝かせながら店に入り、あれこれと目につく全ての商品を子供がおもちゃ屋で駄々をこねるかのように興味津々に品定めし始めた。
そしてあろうことか、二人が同時に店の奥の最も目立つ場所に神棚か何かのように恭しく飾られていた、あの限定一個、家宝級の「みちのく七福神・奇跡の美味と無限の福を呼ぶ!KAIZEN宝船玉手箱おせちセット(超絶プレミアム・ゴールドバージョン!もちろん謙信デザインの純金製カピバラ開運お守りも燦然と輝いて入っている!)」に、まるで吸い寄せられるように手を伸ばした。
そこで初めて互いの顔を至近距離で見合わせ、「「おおっ!これはこれは、まぎれもなく相馬の昌胤(白河の忠昭)殿ではござりませぬか!いやはや、このような場所でこのような格好でお会いするとは、なんと奇遇な!」」と驚きの声を上げ、その場で互いの正体が店内にいた全ての客と店員たちの目の前で劇的かつ華々しくバレてしまい、周囲の熱狂に酔いしれていた罪なき客や必死で働いていた哀れな店員たちを、一瞬にして恐怖と混乱のどん底に叩き落とす前代未聞、空前絶後の大騒動となった。
栗田謙信と岩田権左衛門、そして白河藩の立花左近は、そのあまりの衝撃的な展開に顔面蒼白を通り越し、もはや血の気の一滴すら残っていないのではないかと思われるほど真っ青になりながら、店の奥から弾丸のように飛んできて、必死でその場にいた全ての者の記憶を消し去ろうとでもするかのように、両藩主を店のさらに奥の秘密の(ただの物置)座敷へと丁重かつ有無を言わせぬ勢いでご案内し、何とかその場を丸く収めようと涙ぐましい努力を重ねるのであった。
結局、そのあまりにも貴重で高価な「宝船玉手箱セット」は、その後、両藩主が子供のように「わしが先じゃ!」「いやわしが見つけたのだ!」と見苦しい(しかし微笑ましい)奪い合いを繰り広げた末、最終的には謙信の「ならばここは一つ、両殿の海よりも深く山よりも高い友情の証として、仲良く公平に半分ずつお分けになるのはいかがでしょう!その方がきっと七福神様もカピバラ様もお喜びになるに違いありませぬぞ!」というあまりにも安直だが誰も逆らえない提案によって、何とか平和的に収めたのであった。
その間、抜け目のないお駒ちゃんだけが、ちゃっかりと誰にも気づかれぬよう、両藩主から「これは今日の騒ぎの口止め料じゃ。決して他言するでないぞ」と称して、たんまりと目が眩むほどの小遣いをしっかりとせしめていたという、実に抜け目のない逞しい後日談が残っている。
この「相馬・白河うまさ爆発KAIZEN大物産展」は、その後も数日間にわたり江戸の町で大きな、そして様々な意味で忘れられない話題を振りまき、空前の伝説的な大成功のうちに華々しく幕を閉じた。それは相馬・白河両藩に予想を遥かに超える莫大な経済的利益と、何よりも共に手を取り合って何かを成し遂げたという大きな自信と、かけがえのない絆をもたらしたのである。
物産展の熱狂と喧騒が一段落し、江戸の町並みもいつもの落ち着きを少しずつ取り戻し始めたある秋の夜長。日本橋のとある老舗料亭の、最も奥まった静かな離れの一室で、二人の厳格そうで長年の風雪に耐えてきた百戦錬磨の風格を漂わせる老武士が、差し向かいで静かに、そしてどこか感慨深げに極上の酒(もちろん相馬屋で大好評だった「みちのくドリームSAKE・友情の一滴」である)を酌み交わしていた。
一人はもちろん我らが相馬中村藩が誇る鉄壁の守護神、鬼の勘定奉行・渋沢監物。もう一人は遠路はるばる白河藩からこの日のために密かに江戸入りしていた白河藩勘定方筆頭にして、渋沢とは若い頃からの知り合いであり、互いの藩の財政を一身に預かる者としてその辣腕と清廉さを誰よりも深く認め合い、同時に心の奥底では密かに激しくライバル視してきたという複雑な間柄でもある水戸部主計頭であった。
この歴史的とも言える両藩勘定方トップ会談は、もちろんあの栗田謙信と白河藩の立花左近が、「両藩の真の持続可能な連携のためには、まず何よりも両藩の財布の紐を握るお二方様の腹を割った未来志向の建設的な話し合いが絶対に不可欠なのでございます!」と半ば強引かつ脅迫に近い形で(「もしご出席いただけない場合は、お二人の若い頃のちょっと恥ずかしい武勇伝や隠されたご趣味などを瓦版で大々的に暴露させていただく可能性も…」などと謙信が笑顔で、しかし目は全く笑っていない状態で囁いたとかいないとか)その席を無理やりセッティングしたものだった。
最初は互いの藩の現在と今後の財政状況について、腹の底では何を考えているのか全く分からない探るような牽制し合うような、いかにも勘定方らしい腹黒い(?)丁々発止の会話が静かに、しかし火花を散らすように続いていた。
「…ふん、渋沢殿。貴藩はあの目安方の栗田とかいう得体の知れぬ若造の奇想天外で金食い虫な奇策の数々により、近頃は江戸でも何かと羽振りが良いと専らの噂だが、その実内情は依然として火の車なのではござりませぬかな?特にあの日本橋裏の派手なだけのアンテナショップとやらは、江戸の物好きな連中の間では話題にはなっておるようだが、本当に儲けが出ておるのか、この水戸部、はなはだ疑問に思っておる次第だ」
「…何を仰るか、水戸部殿。我が相馬中村藩は、目安方筆頭・栗田の、まあ、いささか型破りで常識外れではあるが、しかし時に神がかりとしか思えぬ斬新な歳入増加策と徹底的な無駄の削減により、僅かながらも確実に財政再建への明るい希望の兆しが見え始めておるわい。ふん、まああくまでほんの僅かな兆しだがな。それに引き換え貴藩白河藩こそ、先の立花左近殿が中心となって進めておられたという薬草園の再建とやらは、結局阿部筆頭家老殿の強固な反対に遭い苦労しているとか…この渋沢、心よりお察し申し上げる次第だ」
しかし、極上の故郷の香りがする美味い酒と、両藩料理頭が腕によりをかけた絶品の肴が進むにつれ、そして互いの、日頃誰にも打ち明けられない藩の財政を預かる者としての重い責任と筆舌に尽くしがたい苦労話(慢性的な予算不足、天候不順による年貢取り立ての難しさ、幕府からの理不尽な御用金の要求、そして藩主や若い改革者たちの壮大で金食い虫な計画への血の涙を流しながらの予算捻出の苦しみなど)を、最初は渋々、次第に堰を切ったように語り合ううちに、いつしか二人の長年張り合ってきた老勘定方の間には、奇妙だが確かな、そしてどこか温かい共感と、共に困難な時代を生き抜き戦い続ける戦友にも似た熱い連帯感が芽生え始めていた。
「…しかしのう、渋沢殿。あの相馬の栗田殿とやら、そして我が藩のあの石頭の立花左近。あのあまりにも対照的だがどこか似た匂いのする若者たちの、常識では到底測れぬ、時に我ら古狸の度肝を抜く奇抜な発想と、その底なしの恐ろしい行動力を見ていると、我らが若い頃に抱いていた、あの青臭く無謀で、しかしどこまでも純粋だった熱い志を何故か思い出さぬでもないのう…」水戸部主計頭が、杯に注がれた「みちのくドリームSAKE」をじっと見つめ、どこか遠い目をしてしみじみと呟いた。
「…うむ、水戸部殿。全くもって同感じゃ。あの者たちは我らとは全く異なる、新しい予測不能な時代の風を、この長らく停滞しきっていた東北の地に、そしてあるいはこの日の本全体に激しく力強く吹き込もうとしておるのかもしれん。それが吉と出るか凶と出るか、それはまだこの老いぼれの目にはよう分からんが…」渋沢勘定奉行もまた深く重々しく頷いた。
最終的には、二人のもはや頑固なだけではないどこか人間味溢れる老勘定方は、「まあ、あの栗田殿や立花左近のような、良くも悪くも常識では測れない『規格外』の若者たちが、新しい我らには思いもよらぬ風を吹き込み、このどうにもこうにも閉塞しきった世の中を面白おかしく、時にはハラハラドキドキさせながらかき回してくれるのは、あるいは決して悪いことではないのかもしれんな…まあ我らのような酸いも甘いも噛み分けた年寄りは、そのあまりにも無謀で危険極まりない彼らの手綱を、これまで以上に老獪な知恵と経験で厳しく賢明に握り締め、彼らが道を大きく踏み外し藩を、いや国を破滅させるようなとんでもない大失態をしでかすことだけは断じてさせぬように、しっかりと厳しく見守っていくのが我らに残された最後の最も重要な務めじゃろうがな。ふぉっふぉっふぉ…」と、どこかこれまでにないほど達観したような、そしてほんの少しだけ楽しげで優しい笑みを浮かべた。
互いのこれまでの、そしてこれからの多くの苦労と、ほんの僅かなしかし確かな希望に満ちた未来をねぎらい合い、固い握手を誰にも見られることのない料亭の奥座敷でそっと交わしたのだった。
その二人の顔には、もはや互いの藩の財政状況を腹黒く探り合うような険しい表情は微塵もなく、代わりに同じ極めて困難な時代を必死で生き抜き、それぞれの藩と民の未来を心の底から真剣に憂う小藩の財政を一身に預かる者同士の深い共感と、ほんの少しの確かな温かい友情の光が力強く見て取れた。
江戸での相馬・白河両藩共同による「みちのく物産展&うまさ爆発KAIZEN大フェスティバル」の、予想を遥かに、いや宇宙の彼方まで超える空前絶後の大成功は、両藩の連携をこれまで以上に強固な、もはや誰にも引き裂くことのできない揺るぎないものへと劇的に進化させた。
「みちのく応援団・設立準備委員会」は、このあまりにも大きな成功体験を強力な追い風とし、いよいよ本格的かつ大胆に始動し、他のまだ参加を表明していない、あるいは様子見を決め込んでいる東北諸藩に対しても熱心に、粘り強く、時には謙信流の奇策(「参加しなければ損!みちのくKAIZENドリーム宝くじ、今なら特等・江戸城見学ツアー(ただし自腹)が当たるかも!?」など)を交えながら、その参加を呼びかける動きを水面下で、時には公然と活発化させていく。
栗田謙信と立花左近は、その歴史的プロジェクトの中心人物として、東北全体の悲願であった経済的自立と世界に誇るべき文化的地位の向上、そして何よりもそこに暮らす全ての民の心からの笑顔と揺るぎない幸福のための壮大なる果てしない夢の実現に向けて、今日もまた休むことなく、その持てる全ての情熱と知恵とほんの少しのユーモアを振り絞って全力で奔走するのであった。
しかし、そのあまりにも目立ちすぎる彼らの動きと、東北のこれまで取るに足りないと見なされてきた小藩たちがこれまでにない新しい形で連携し無視できない新たな力を持ち始めているという驚くべき事実は、当然のことながらそれを快く思わないより大きく強力な力を持つ勢力の鋭い冷徹な警戒の目と、何やら不穏な黒い影を確実に急速に呼び寄せつつあることもまた紛れもない事実であった。
栗田謙信は、「お客様(東北の全ての民、そしていずれはこの日の本全ての、いや世界中の民)の最高の永遠に続く笑顔と感動のため、そしてこの世の全てのあらゆる不条理と不幸を根こそぎKAIZENし尽くすため、我らが愛と勇気と希望とほんの少しのユーモアに満ち溢れた『みちのくKAIZENドリーム大連合』は、いかなる強大にして卑劣な困難にも、いかなる陰湿にして巧妙な妨害にも断じて屈することなく、不撓不屈のKAIZEN魂と仲間たちとの熱き友情の絆を持って敢然と華麗に立ち向かい、必ずや輝かしい勝利を掴み取ってみせますぞ!」と、新たなより大きく困難な、しかし何よりもエキサイティングな戦いへの揺るがぬ決意を胸にする。
江戸の夜空にひときわ大きく美しく、そしてどこかこの国の未来を暗示するかのように輝く北斗七星を、力強い希望に満ちた眼差しで見上げるのであった。
岩田権左衛門は、そのあまりにも暑苦しい現実離れした、しかし何故かほんの少しだけ胸が熱くなるような気もする上司の隣で、またしてもこれから始まるであろうさらに壮絶で胃に悪く、そしておそらくは彼の常備薬の備蓄量を遥かに絶望的に超えるであろう新たな深刻な試練と抱腹絶倒の苦難の数々を正確かつ的確に予感した。
ただただ遠い、本当に遠い、そしておそらくはもう二度と見ることのできないであろう故郷相馬の、どこまでも穏やかで平和で、そして何よりもこの栗田謙信という歩く天変地異のような男のいない美しい夜空を、涙ながらに(もちろん心の中で誰にも気づかれぬようそっと)思い浮かべ、そして深々と、これ以上ないほど地球の核まで届くのではないかと思われるほど深々と絶望的にため息をつくのであった。
彼の長年連れ添った、もはや彼自身の一部と化した胃袋は、もしかしたらこのあまりにも過酷で理不尽な「KAIZEN」という名の終わりのない戦いの中で、いつの日か本当にKAIZENの神への尊き美味なる生贄として厳かに捧げられる運命にあるのかもしれない。そう思うと、何故かほんの少しだけ笑いがこみ上げてくるのを、彼は止めることができなかった。
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