第四話:白河藩からのSOS!?~KAIZEN同盟、緊急出動!~
江戸日本橋裏のアンテナショップ「相馬屋」が、栗田謙信の奇想天外なテコ入れ策と、大家のお辰っつぁんという強力すぎる助っ人の参戦、そして何よりもスタッフたちの血と汗と涙の結晶(と、権左衛門の大量の胃薬消費)によって、開店以来の赤字地獄から奇跡的なV字回復の兆しを見せ始め、江戸の片隅でささやかな、しかし確かな狼煙を上げつつあった、まさにその矢先のことである。
その日、「相馬屋」の店内は、朝から珍しく穏やかな空気に包まれていた。いや、正確に言えば、店長の栗田謙信が、昨日までの「お辰っつぁん厳選!江戸っ子人情フェア」の大成功と、その後の怒涛の片付け作業、そして何よりも、次なる「相馬屋・驚天動地リニューアルプラン第二弾(仮称:江戸の度肝を抜け!相馬藩KAIZENカルチャーショック大作戦!)」の企画書作成に没頭しすぎた結果、珍しく風邪をこじらせ、「店長、今日は絶対安静でございますぞ!お店のことは我々にお任せください!」という権左衛門と新兵衛の涙ながらの(そして半ば強制的な)説得により、店の奥の小さな上がり座敷で、大量の布団にぐるぐる巻きにされ、お駒ちゃん特製の「江戸っ子風邪撃退スペシャルドリンク(生姜とネギと大根おろしと、何故か唐辛子が一本土産に入った、飲むだけで滝のような汗が出ると評判の代物)」を飲まされて、文字通り「封印」されていたためであった。
「いやあ、店長が寝込んでると、お店の中がこんなに静かで平和だなんて、まるで別世界だねえ。たまには良いもんだよ、うん」
お駒ちゃんは、帳場で大きなあくびをしながら、のんびりとした口調でそう呟く。新兵衛も、「確かに…店長がご不在だと、心なしか空気も澄んでいるような…いえ!滅相もございません!一日も早いご回復を、心よりお祈り申し上げております!」と、慌てて付け加える。小平太は、店の隅で、いつもより心置きなく木刀の素振りに集中している。権左衛門だけが、時折、奥の座敷から聞こえてくる謙信の「うーん…やはり、ここは『かぴばら型飛行船』を江戸の空に飛ばし、そこから大量の『相馬屋KAIZEN割引券』をバラまくという、空中ゲリラマーケティングで…ゲホッゲホッ…!」などという、熱に浮かされたとしか思えない壮大な寝言に、額の青筋をピクピクさせながら、深いため息をついていた。
そんな、束の間の、しかしどこか奇妙な平穏が流れていた「相馬屋」に、一通の書状が、それも奥州白河藩藩主・松平忠昭公の御紋が赫々と輝く、極めて丁重な、しかしどこか切迫した雰囲気を漂わせる封書が、国元の相馬藩目安方執務室経由で、わざわざ江戸の「相馬屋」へと転送されてきたのだ。
「白河藩より、目安方筆頭・栗田謙信様宛に、緊急の親書にございます!」
江戸屋敷の使いの者が、息を切らせながら差し出したその書状を、たまたま店番をしていた権左衛門が、いぶかしげな表情で受け取った。
「白河藩から…?わざわざ江戸の栗田宛に、転送で…?一体、何事だ…?まさか、立花殿のところで、また何か厄介事が持ち上がったのではあるまいな…あの真面目くさった若者が、栗田のような無茶苦茶な『KAIZEN』とやらを真に受けて、藩内で大騒動でも起こしていなければ良いが…」
権左衛門は、早くも新たな胃痛の種を察知し、顔をしかめた。
封書の中には、二通の書状が収められていた。一通は、あの白河藩きってのエリート藩士、立花左近からのものであった。その文面は、左近の涼やかな筆致とは裏腹に、切実な響きを帯びていた。
「拝啓 栗田謙信様、並びに目安方の皆様。先日は、相馬中村藩での研修において、ひとかたならぬご厚情を賜り、誠にありがとうございました。貴藩で目の当たりにいたしました『KAIZEN』の精神、そして栗田様はじめ皆様の熱意は、我が白河藩をより良き方向へ導くための大きな指針となるものと、固く信じておりました。
しかしながら、帰藩後、藩主・忠昭公より薬草園再生の任を拝し、改革に着手いたしましたが、我が藩の保守派重臣、筆頭家老・阿部修理亮様を中心とする勢力より、『白河の伝統を軽んじる、相馬かぶれの振る舞い』と猛烈な反対を受け、計画は頓挫寸前にございます。予算も人員も削減され、共に汗を流した仲間も去り、私の力不足を痛感するばかりです。
このままでは、白河藩の未来は暗いものとなりましょう。誠に不躾なお願いとは存じますが、栗田様、そして目安方の皆様のお力をお借りし、この難局を打開するご助力を賜りたく、筆を取りました。どうか、この立花左近の、そして白河藩の未来のための、苦渋のSOSをお聞き届けいただけますよう、伏してお願い申し上げます。 敬具 立花左近」
そして、もう一通は、驚くべきことに、相馬中村藩藩主・相馬昌胤公直筆の、極めて簡潔な、しかし有無を言わせぬ力強さを秘めた許可状であった。それには、白河藩主松平忠昭公へ宛てた、よしなに頼むとの親書も添えられておった。
「目安方筆頭・栗田謙信へ。白河藩の立花左近より、救援の願いありと聞き及ぶ。左近は、我が藩に滞在せし折、そなたの『KAIZEN』なるものに深く感銘を受け、いたく我が藩に好意的であったと記憶しておる。盟友の窮地を見過ごすは、武士の道にあらず、いや、人としてあるまじきこと。よって、目安方一同、速やかに白河へ赴き、左近殿を助け、思う存分、そなたの申す『KAIZEN』の真髄とやらを、白河の地にも広めてまいれ。なお、白河の『雪見酒』は、誠に美味であった。土産、期待しておるぞ。留守中の江戸の店のことは、まあ、よしなに。白河藩主殿への親書も同封いたす故、失礼なきよう。相馬昌胤 花押」
「…殿ぉぉぉ!なんと、なんとありがたきお言葉!そして、この、あまりにも迅速かつ的確なるご英断!さらには白河の殿への親書まで!さすがは、我が君・相馬昌胤様!その、宇宙のごとき広大なるご器量と、そして何よりも、この栗田への、海よりも深きご信頼に、この栗田、感涙にむせび、もはや五体投地、いや、百体投地してもし足りませぬぞ!」
奥の座敷で、権左衛門が読み上げる二通の書状の内容を、布団の中から聞きつけていた謙信は、そのあまりの展開に、病の辛さも完全に忘れ、それこそ病床から鯉のように跳ね起き、藩主・昌胤のいる(はずの)国元の方向に向かって、深々と、そして何度も何度も頭を下げていた。
「左近殿…!そして、白河藩の保守派の重鎮とやら、阿部修理亮!貴様ら、よくも、我が盟友であり、そして『KAIZEN同志』である左近殿の、その純粋で熱き改革の志を、踏みにじってくれたな!許せん!断じて許せんぞ!」
謙信は、咳き込みながらも、布団の中から上半身を乗り出し、熱に浮かされた赤い顔で、しかしその瞳だけは、いつになく真剣な光を宿らせて、そう力強く宣言した。
「権左衛門殿!小平太君!そして、お駒ちゃん!聞きましたな!我がKAIZEN同盟の、かけがえのない盟友、立花左近殿が、今、まさに絶体絶命のピンチに陥っておるのでございます!そして、殿からも、直々に『行って助けてこい!ついでに美味い酒も買ってこい!』との、ありがたきご命令が下ったのでございますぞ!これは、もはや座して見過ごすわけには参りません!『お客様(この場合は、悩める左近殿と、そして改革を渇望する白河藩の領民の皆様)のSOSには、たとえ火の中、水の中、シベリアの永久凍土の中であろうとも、光の速さで駆けつけ、そして必ずや、感動のハッピーエンドをお届けする!』それこそが、我らが目安方の、そしてこの栗田謙信の、揺るぎない、そして宇宙よりも広大な使命ではございませんか!」
「…おい、栗田。お前、本当に熱で頭がおかしくなったのではないか?殿の許可状と、白河の殿への親書があるとはいえ、その…『しべりあのえいきゅうとうど』とやらが、どこの国の、どんな恐ろしい場所なのかは知らんし、お前のその体調で、白河まで本当に行けるというのか?それに、いくら殿のお許しと親書があるからとて、他藩の内政に、我らのような者がしゃしゃり出て、そう簡単に事が運ぶとは思えん。むしろ、白河藩の保守派をさらに刺激し、立花殿の立場をより悪くする可能性とてあるのだぞ。極めて危険な行為ではないのか…?そして、この店はどうするのだ?やっと少しは客足が戻ってきたというのに、またお前がいなくなったら、元の木阿弥だぞ」
権左衛門は、左近の窮状には同情しつつも、謙信の、あまりにも無謀で、そして後先を全く考えていないかのような提案に、いつものように、しかし今日はいっそう、その声に深い疲労と絶望の色を滲ませながら、そう力なく反論した。
「権左衛門殿、甘いですな!これは、単なる他藩への内政干渉などという、ちっぽけな話ではございません!これは、我が相馬中村藩と、そして奥州白河藩が、手と手を取り合い、共に『KAIZEN』の道を歩み、そして東北の地に、いや、日の本全体に、新しい、そして輝かしい時代の幕開けを告げるための、歴史的な『KAIZEN同盟』、その栄光ある第一歩なのでございますぞ!それに、左近殿を助けることは、ひいては我が相馬藩の利益にも繋がるのです!考えてもみてください!もし、白河藩が、我々と同様の『KAIZEN』によって発展し、豊かになれば、両藩の間に、活発な経済交流や文化交流が生まれ、互いに切磋琢磨し、共に成長していくことができる!まさに『ウィンウィン』の関係ではございませんか!それに、左近殿には、江戸の相馬屋の売れ残り商品を、一手に引き受けてもらったという、大きな『貸し』もございますしな!ふふふ…病は気から!この程度の風邪、左近殿を救いたいという熱き想いがあれば、明日にはケロリと治っておりますとも!ゲホッゲホッ!」
謙信は、激しく咳き込みながらも、最後には、何やら腹黒い笑みを浮かべ、権左衛門の、そのあまりの現金さと、そして外交問題にまで「貸し借り」を持ち出す、その恐るべき商魂に、もはや言葉もなく、ただただ天を仰ぐしかなかった。
「しかし…店番はどうするんでえ、店長?新兵衛さん一人じゃあ、ちいと心許ないじゃないか。あの人、お春ちゃんのことになると、すぐに上の空になっちまうしねえ」
お駒ちゃんが、もっともな心配を口にする。
その時、謙信の頭に、まるで天啓のように、ある人物の顔が浮かんだ。
「そうだ!お辰っつぁん!お辰っつぁんにお願いしましょう!あの、日本橋裏の生き字引、お辰っつぁんなら、新兵衛君の、頼りになる、そして何よりも強力な助っ人になってくれるはず!あの毒舌と愛の鞭で、新兵衛君の気の緩みをビシバシと引き締め、そして持ち前の商才で、店の売上もバッチリ守ってくださるに違いありませんぞ!よし、早速、お辰っつぁんに、涙と鼻水と、そしてほんの少しの袖の下(もちろん自腹)で、懇願しに行きましょう!」
その日の夕刻、謙信は、まだ熱が下がりきらないフラフラの体で、権左衛門に肩を借りながら、お辰っつぁんの元を訪れ、事の次第を説明し、土下座せんばかりの勢いで「相馬屋」の臨時店番を懇願した。お辰っつぁんは、最初は「へっ、目安方の旦那も人が悪いねえ。このヨボヨボの婆さんに、また何をさせようって魂胆なんだい?大体、あんた、顔が真っ赤じゃないか。そんな体で、白河くんだりまで行って、途中で行き倒れるのが関の山だよ」と、いつものように毒づいていたが、謙信の、あまりの必死さと、そして「お辰っつぁんの、あの江戸一番の商才と、日本橋の人情を見込んで、この栗田、一生のお願いをいたしに参りました!」という、おだてに弱いところを的確に突いた殺し文句に、ついに根負けしたのか、「…しょうがないねえ。まあ、あんたたちがいない間、あの新兵衛とかいう、朴念仁で面白みのない若造一人に店を任せとくんじゃ、大家としても心配だからねえ。それに、あたしも、たまには大きな店で、若い衆に顎で指図してみるのも、悪くないかもしんないね。いいよ、引き受けた。ただし、帰ってきたら、白河の美味いもんと、それから、あたしへの土産話、たんまりと聞かせてもらうからね。それと、新兵衛がサボってないか、しっかり見張っとくから、覚悟しときな!」と、ぶっきらぼうながらも、その実、どこか孫の世話でも焼くような温かい眼差しで、快く(?)引き受けてくれたのであった。
かくして、栗田謙信(病み上がり)、岩田権左衛門(胃痛悪化)、結城小平太(白河での腕試しに密かに期待)、そしてお駒ちゃん(白河のイケメン探しにワクワク)という、何ともアンバランスで、そして波乱万丈必至の「チーム目安方・白河救援派遣隊」が、急遽結成された。田中新兵衛は、お辰っつぁんという、ある意味、謙信以上に手強いかもしれない臨時上司(兼監視役)を得て、一人(と一匹の猫、タマ。お花ちゃんが「新兵衛さん一人じゃ寂しいだろうから」と、何故か預けていった)江戸の「相馬屋」を守ることになったのであった。彼の心境は、安堵半分、そして新たな恐怖半分といったところであったろう。
白河藩への道中、謙信は、馬上で、例の「白河藩KAIZEN計画・第一次戦略提案書」の巻物を何度も読み返し、さらにそこに、新たな、そしてより過激な(そしておそらくは、白河藩の保守派家老たちが見れば卒倒しかねないような)アイデアを、墨と筆で、殴り書きのように書き加えながら、ブツブツと、何やら恐ろしい独り言を呟き続けていた。
「ふむふむ…白河藩の保守派筆頭、阿部修理亮…か。これは、なかなかの難敵ですな…大和田筆頭家老殿クラスの、鉄壁の守旧派と見た…しかし、どんな難攻不落の城も、必ずやどこかに弱点はあるはず!まずは、徹底的な情報収集と、そして何よりも、相手の懐に、スルスルと、まるで良質な鰻のように滑り込み、その心を、ガッチリと鷲掴みにする、『おもてなしKAIZEN・心理掌握術』で…」
その隣で、権左衛門は、ただただ、これから白河藩で待ち受けているであろう、新たな、そしておそらくはこれまで以上に壮絶な胃痛の日々を想い、青ざめた顔で、ひたすら念仏でも唱えるかのように、目を固く閉じているのであった。小平太は、道すがら、目につく全ての道場の看板をチェックし、「む、あの構え、なかなかやるな…」などと、早くも腕試しをしたい衝動に駆られている。お駒ちゃんだけが、鼻歌交じりに、道端の草花を摘んだり、茶屋の団子をねだったりと、まるで遠足気分で、この珍道中を心底楽しんでいるようであった。
約10日後、奥州白河藩の城下に到着した謙信一行は、まず、立花左近の屋敷へと案内された。
左近は、やつれ果て、その涼やかな目元には深い隈が刻まれ、以前の、あのエリート藩士らしい覇気は見る影もなく、まるで幽霊のように青白い顔で、しかし、謙信たちの姿を見るなり、その目に、ほんの少しだけ、生きる気力と希望の光を取り戻したかのように、深々と、そして何度も頭を下げた。
「栗田殿…!そして、目安方の皆様…!よくぞ…よくぞ、この白河までお越しくださいました…!このご恩は、生涯、いえ、末代まで決して忘れませぬ…!」
その声は、震え、そして潤んでいた。謙信は、そんな左近の肩を、力強く、そして温かくポンと叩き、いつものようにニカッと笑った。
「左近殿!何を水臭いことを!我らは『KAIZEN同盟』の仲間ではございませんか!盟友のピンチとあらば、たとえ地の果て、宇宙の果てであろうとも、この栗田謙信、光の速さで駆けつけますぞ!さあ、まずは、その元気のない顔を叩き直し、腹の底から気合を入れ直すために、この、相馬藩から持参した、とっておきの『KAIZENスタミナドリンク(という名の、ただの栄養満点・具沢山豚汁と、大量のニンニク入りおにぎり)』を、腹一杯召し上がってくだされ!そして、その上で、白河藩が抱える問題点と、そして我らが打つべき起死回生の一手について、夜を徹して、熱く、熱く語り合おうではございませんか!」
こうして、相馬中村藩目安方特命チームによる、奥州白河藩「KAIZEN」お助けプロジェクトが、立花左近の、もはや風前の灯火であった改革の炎を、再び燃え上がらせるべく、静かに、しかし力強く、そしておそらくは、またしても多くの珍騒動と胃痛を伴いながら、その幕を開けたのであった。その最初の標的は、もちろん、白河藩保守派の牙城、筆頭家老・阿部修理亮その人であった。謙信の、常識外れの「おもてなし」が、この、相馬藩とはまた異なる文化と気質を持つ、白河の堅物武士たちに、果たして通用するのであろうか。それは、神のみぞ知る、いや、栗田謙信のみぞ知る、壮大なる実験の始まりでもあった。
栗田謙信一行が、白河藩に到着して最初に取り組んだのは、立花左近から、白河藩の現状と、彼が進めようとしていた改革が頓挫した経緯、そして何よりも、保守派筆頭家老・阿部修理亮という人物の、その強固なまでの守旧性と、藩内における絶大な影響力について、詳細なヒアリングを行うことであった。
「…阿部筆頭家老は、先代藩主の頃より白河藩に仕える、まさに藩の重鎮中の重鎮。そのお考えは、常に藩の伝統と格式を第一とし、いかなる新しい変化にも、まずは疑念の目を向けられ、そして石橋を叩いても渡らぬほどの慎重さ…いや、もはや頑迷と言っても良いほどのお方です。私の進めようとした薬草園の改革も、その初期段階から『そのような、前例のない、そして効果も定かではないものに、藩の大切な予算と人手を割くなど、言語道断!』と、ことごとく反対され、他の家老衆も、阿部様のご意向には逆らえず…」
左近は、悔しそうに唇を噛み締め、俯いた。その姿は、かつて相馬藩で、大和田筆頭家老の絶対的な権力の前に、何度も改革の芽を摘まれそうになった謙信自身の姿と、どこか重なって見えるものがあった。
「なるほど…阿部修理亮殿、ですか。これは、なかなかの『強敵』のようですねえ…しかし、左近殿、ご安心ください!どんなに頑固で、どんなに手強いお客様(この場合は、阿部筆頭家老)であろうとも、必ずや、その心の奥底には、ほんの少しの『KAIZENの種』と、『変化への期待』が眠っているはず!我々の使命は、それを掘り起こし、芽吹かせ、そして満開の花を咲かせることなのでございますぞ!」
謙信は、いつものように、根拠のない自信と、聞いているだけで疲れるほどの熱量で、左近を励ます。
「とは言っても、栗田殿。阿部筆頭家老は、相馬の大和田様以上に、油断ならぬお方と聞きます。正面から正論をぶつけても、まず聞き入れられることはないでしょう。何か、こう…奇策でもなければ…」
左近が不安げに言うと、謙信はニヤリと、いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ふっふっふ…左近殿、ご心配には及びませんぞ。この栗田謙信、伊達に修羅場をくぐり抜けてきたわけではございません。正攻法がダメなら、変化球!変化球がダメなら、隠し球!それでもダメなら、もはやルール無用の場外乱闘…いえ、お客様の心に深く響く『感動のおもてなしサプライズ』で、その鉄壁のガードを、内側から、木っ端微塵に粉砕してご覧にいれましょうぞ!」
その数日後、栗田謙信は、白河藩の評定の間に、立花左近と共に、まるで何も知らない、純粋無垢な(そして若干、頭のネジが緩んでいるように見える)田舎者のフリをして、のこのこと現れた。表向きは「相馬中村藩目安方筆頭として、白河藩の素晴らしい藩政運営を、ぜひとも学ばせていただきたく参上つかまつった」という、いかにも殊勝な挨拶であった。
阿部修理亮をはじめとする白河藩の家老たちは、その、見るからに胡散臭く、そしてどこか軽薄な印象すら受ける謙信の姿と、その隣で、何故か顔面蒼白で、冷や汗をダラダラと流している立花左近の、あまりにも対照的な二人の姿を、訝しげな、そして値踏みするような目で、じろじろと見つめていた。
「…ほう、あなたが、相馬藩で、何やら奇妙な改革を進めておると噂の、目安方筆頭・栗田殿か。まあ、遠路はるばるご苦労なことじゃ。して、我が白河藩の、一体何を学びたいと申されるかな?我が藩には、貴藩のような、物見遊山の、そして町人や百姓の真似事のような、軽薄な改革など、一つとして存在せぬがな」
阿部筆頭家老の、その言葉には、明らかな侮蔑と、そして「田舎の小藩の若造が、何を偉そうに」という、見下したような響きが込められていた。
しかし、謙信は、そんな阿部筆頭家老の、冷たく、そして刺々しい言葉にも、全く臆することなく、満面の、そしてどこか人の警戒心を解いてしまうような、不思議な笑顔を浮かべると、
「いやあ、阿部様!その節は、立花左近殿が、我が相馬藩にて、大変、大変お世話になりまして、誠にありがとうございました!左近殿の、その明晰なる頭脳と、そして何よりも、KAIZENへの熱き情熱は、我が藩の者共にとりましても、大いに刺激となり、そして多くの学びとなりましたこと、この栗田、心より感謝申し上げる次第でございます!つきましては、この度、その左近殿への、ささやかなご恩返しといたしまして、そして何よりも、この、私、栗田謙信が、心の底より尊敬し、そして目標とさせていただいております、白河藩様の、その、揺るぎない伝統と、盤石なる藩政運営の、まさに神髄とも言える素晴らしいノウハウを、ほんの少しでも、この未熟な身に吸収させていただき、我が相馬藩の、さらなる発展の糧とさせていただきたいと、そう願い、馳せ参じた次第でございます!どうか、この若輩者に、ご指導ご鞭撻のほど、伏してお願い申し上げます!」
と、これ以上ないほど低姿勢で、そして相手を持ち上げに持ち上げまくる、謙信得意の「おだて殺し戦法」で切り出した。
阿部筆頭家老は、その、あまりにも下手に出た、そしてどこか芝居がかった謙信の態度に、一瞬、拍子抜けしたような、そして「こやつ、本当に噂通りのうつけ者なのか…?」といった、怪訝な表情を浮かべたが、満更でもないといった様子で、フンと一つ鼻を鳴らした。
「…まあ、そこまで言うのなら、数日の間、我が藩の、特に、この阿部が最も心血を注いでおります、藩の財政と、そして武士たちの綱紀粛正の取り組みについて、特別に見せてやらんでもない。ただし、決して、貴藩のような、軽薄な、そして場当たり的な真似は許さんぞ。我が白河藩の、厳格にして揺るぎない『武士の道』というものを、その目に、そして心に、よっくと焼き付けて帰るが良い」
(しめた!食いつきましたぞ、阿部様!これで、まずは第一関門突破でございますな!)
謙信は、内心でガッツポーズをしながらも、表情には一切出さず、「ははーっ!ありがたき幸せ!阿部様のような、まさに『武士の鑑』とも申すべきお方から、直々にご指導賜れるとは、この栗田、三代先までの家宝といたします!」と、さらに深々と頭を下げたのであった。
それからの数日間、栗田謙信は、阿部筆頭家老の「ご指導」という名の、ほぼ自慢話と武勇伝(と、時折混じる相馬藩への皮肉)に、ひたすら「なるほど!」「素晴らしい!」「さすがは阿部様!」と、目をキラキラと輝かせ(もちろん演技)、感嘆の声を上げ続け、そして時には、あまりの感動に打ち震え、涙を流さんばかりの(もちろん、これも計算ずくの)熱演を繰り広げた。権左衛門と小平太、そしてお駒ちゃんは、その後ろで、そのあまりの茶番劇に、顔を引きつらせ、そして必死で笑いを堪えるのに苦労していた。
そして、阿部筆頭家老が、すっかり良い気分になり、謙信に対する警戒心を、ほんの少しだけ解いた、まさにその絶妙なタイミングを見計らって、謙信は、おもむろに切り出した。
「いやあ、阿部様のお話、誠に、誠に勉強になりました!特に、あの、藩の財政帳簿の、寸分の狂いもない正確さと、そして武士たちの、一糸乱れぬ厳格なる規律!我が相馬藩も、ぜひとも見習わねばと、痛感した次第でございます!…つきましては、阿部様。もし、もし万が一、お許しいただけるのであれば、この栗田、そして我が目安方の者共が、ほんのささやかなお礼といたしまして、白河藩の、何か、ほんの小さな、それこそ埃を払う程度の、お役に立てるようなことは、ございませんでしょうか?例えば、そう、先日、立花左近殿から、ちらりと伺いました、あの…城下の、少し寂れた薬草園の、ほんのちょっぴりの『お手伝い』など、もし、ご迷惑でなければ、ぜひとも、我々『KAIZENお助け隊』に、やらせていただきたいのですが…」
阿部筆頭家老は、最初は「薬草園だと?あのような、寂れた、そして何の役にも立っておらん場所に、お主のような者が、一体何の用があるのだ?」と、訝しげな顔をしたが、謙信の、あまりにも熱心な、そして「これは、阿部様への、日頃の感謝の気持ちの、ほんのささやかな印なのでございます!」という、涙ながらの(もちろん演技)懇願に、ついに根負けしたのか、あるいは、このうつけ者(と彼はまだ思っている)が、一体どんな馬鹿なことをしでかすのか、少し見てみたいという、ほんの僅かな好奇心が芽生えたのか、「…ふん、まあ、好きにするが良い。ただし、決して、藩の貴重な薬草を無駄にしたり、領民に無用な混乱を招いたりするでないぞ。もし、そのようなことがあれば、その時は、お主の首と、左近の首を、仲良く薬草園の肥やしにしてくれるわ」と、ぶっきらぼうに、しかし、何故かその言葉の奥には、ほんの少しだけ、楽しげな響きが隠されているようにも聞こえる声で、許可を与えたのであった。
こうして、栗田謙信率いる「目安方KAIZENお助け隊」は、白河藩の保守派の牙城に、巧妙な、そしてどこか胡散臭い形で、見事に潜り込むことに成功したのである。彼らの、白河藩薬草園を舞台とした、次なる「KAIZEN」という名の、おそらくは抱腹絶倒、そして時々ちょっぴりの感動(と、大量の胃痛)を伴うであろう、奇想天外な大作戦が、今まさに、その幕を開けようとしていた。
白河藩薬草園に乗り込んだ栗田謙信は、まず、そのあまりにも寂れ果て、雑草が生い茂り、そして何よりも、そこに働く人々の顔から生気が完全に消え失せている惨状を目の当たりにし、「これは…これは、あまりにもKAIZENのし甲斐がありすぎる、素晴らしい『伸びしろ』に満ち溢れた、ダイヤモンドの原石のような薬草園ではございませんか!いやあ、血が騒ぎますなあ!」と、一人、不気味なほど興奮していた。
そして、おもむろに、相馬藩で成功した(と彼が信じている)数々のKAIZEN事例を、白河藩バージョンに、さらに過激に、そして大胆にアレンジして、実行に移し始めた。
まず、「白河藩薬草園・奇跡の再生!領民参加型・感動KAIZENフェスティバル!(第一弾)」と銘打ち、城下の領民たち(特に、暇を持て余している元気なご隠居衆や、新しいもの好きの若い町娘たち)を対象に、「薬草園ピカピカ大掃除&雑草むしり放題・ストレス解消デトックス体験!(参加者全員に、目安方特製『KAIZEN手ぬぐい』と、『飲むと若返るかもしれない薬草茶試飲券』をもれなくプレゼント!)」という、何とも胡散臭いが、しかし何故か参加してみたくなるようなイベントを、大々的に告知(お駒ちゃんが、持ち前の江戸っ子ネットワークと、ちゃっかりした交渉術を駆使し、城下の瓦版屋や、人の集まる湯屋などに、巧みに情報を流した)し、開催した。
最初は「何だそりゃ?」「目安方の旦那、今度は白河で何かしでかす気か?」と、遠巻きに見ていた領民たちも、謙信の、あの常軌を逸した熱弁と、そして何よりも「参加無料!お土産付き!」という甘い言葉に釣られ、あれよあれよという間に、大勢の人々が薬草園に集まり、皆でワイワイガヤガヤと、まるで祭りのように楽しみながら、あっという間に、あれほどまでに荒れ放題だった薬草園を、見違えるように綺麗にしてしまったのだ。その光景を見ていた、薬草園の年老いた元足軽たちは、あまりの変わりように、ただただ呆然と立ち尽くし、そして何故か、目から涙をポロポロと流していたという。
次に謙信は、相馬藩の「藩士大運動会」の、あの熱狂と感動を、白河藩でも再現すべく、「白河藩・第一回KAIZEN薬草オリンピック~汗と涙と友情のハーブ収穫祭~」なる、これまた前代未聞のイベントを企画。競技内容は、「薬草早集め競争(ただし、毒草と間違えたら即失格!罰ゲームは謙信のKAIZEN説法一時間コース!)」、「ハーブ早包みリレー(不器用な者は、お駒ちゃんから愛の鞭指導あり!)」、「秘伝薬湯調合コンテスト(審査員長は、もちろん立花左近殿!優勝者には、阿部筆頭家老からの、ありがたいお褒めの言葉と、相馬藩特産カピバラ饅頭一年分…の目録を贈呈!)」といった、およそ武家社会の、それも薬草園の行事とは思えぬ、奇抜で、そして参加者たちの本気度を試されるようなものばかりであった。
この「薬草オリンピック」には、薬草園の職員だけでなく、噂を聞きつけた城下の藩士や町人、さらには、何故か白河藩の剣術道場の屈強な若侍たちまでもが、興味本位で(あるいは、小平太との再戦を期待して)多数参加し、会場は、相馬藩の運動会に負けず劣らずの、熱気と笑いと、そして時折、謙信の無茶なルール説明に対する怒号と悲鳴が渦巻く、カオスな、しかしどこか楽しいお祭り騒ぎとなった。
特に、小平太が「秘伝薬湯調合コンテスト」で、剣術の集中力を応用し、何やら恐ろしく苦いが、しかし飲んだ瞬間、体がシャキーンと覚醒するような、摩訶不思議な「武士道覚醒秘湯」を開発し、それを試飲した阿部筆頭家老が、あまりの衝撃に、その場で三回転半の宙返りをした(というのは嘘で、ただ単に、あまりの苦さにむせて、その場で卒倒しかけただけだが、謙信は「素晴らしい!これぞKAIZENイノベーション!」と大絶賛していた)という珍事は、その後、白河藩の語り草となったという。
さらに、お駒ちゃんは、白河の町娘たちとすっかり意気投合し、「白河小町べっぴん塾(仮称)」なるものを勝手に結成。薬草園で採れたハーブを使った手作り化粧水や、美容に良いという薬膳料理のレシピを教えたり、あるいは、江戸で流行しているという最新の髪型や着物の着こなしを伝授したりと、独自の「口コミネットワーク」と「女子力KAIZEN」で、薬草園の評判を、女性たちの視点から、巧みに、そして効果的に高めていった。その結果、薬草園は、若い女性たちが気軽に立ち寄れる、お洒落で、そして何よりも「インスタ映えする(と、お駒ちゃんが力説する)」スポットとして、徐々に認知され始めたのだ。
これらの、栗田謙信率いる「目安方KAIZENお助け隊」による、常識破りの、そして時に抱腹絶倒の「白河藩薬草園・電撃KAIZEN大作戦」の数々は、当初は「相馬のうつけ者が、また何か馬鹿なことを始めたわい」と、冷ややかに、そして侮蔑の目で見ていた白河藩の保守派の家老たちや、多くの領民たちの心を、少しずつ、しかし確実に溶かし、そして驚きと、戸惑いと、そしてほんの少しの期待感と共に、受け入れられ始めていた。
立花左近は、そんな謙信たちの、常軌を逸した、しかし何故か人を惹きつけ、そして確実に結果を出していく(ように見える)姿を、目の当たりにしながら、かつて相馬藩で感じた、あの強烈なカルチャーショックと、そして「KAIZEN」というものの、底知れない可能性と恐ろしさを、改めて、そしてより深く、その身に刻み込んでいるのであった。
(栗田殿…あなたは、やはり…ただのうつけ者などではない…あなたは、嵐だ。全てを巻き込み、全てを破壊し、そしてその後に、新しい何かを、必ず生み出す、恐ろしくも、しかし何故か、目が離せない…そんな、とてつもない嵐のような男だ…)
そして、そんな左近の心の中には、この、あまりにも対照的な、しかしどこか似た者同士の「KAIZEN同志」である栗田謙信と共に、この白河藩を、そしていつの日か、この日の本全体を、もっと面白く、もっと豊かに、そしてもっと笑顔で満ち溢れた場所にしたいという、新たな、そして途方もなく大きな夢が、まるで嵐の後の、澄み切った青空に架かる虹のように、鮮やかに、そして力強く芽生え始めていたのかもしれない。その夢の実現には、おそらく、さらに多くの胃痛と、そして抱えきれないほどの珍騒動が待ち受けているであろうことを、彼はまだ、知る由もなかったのであるが。
白河藩での謙信たちの「KAIZENお助け大作戦」は、薬草園の再生という一応の成果を上げ(阿部筆頭家老は、未だにあの「武士道覚醒秘湯」の衝撃から立ち直れていないという噂もあったが)、立花左近も、謙信という強力すぎる(そして手に負えない)援軍を得て、藩内での改革推進に、ほんの少しではあるが、確かな足がかりを掴むことができた。
「栗田殿、そして目安方の皆様。この度のご助力、誠に、誠に、言葉にも尽くせぬほど感謝しております。あなた方がいなければ、この白河の地に、これほどの短期間で、これほどの変化の風が吹くことなど、決してなかったでしょう。このご恩は、生涯忘れません」
左近は、白河を発つ謙信一行を、城門まで見送りながら、心からの感謝の言葉を述べた。その顔には、以前のような憔悴の色はなく、代わりに、改革への新たな決意と、そして謙信たちへの深い信頼の色が浮かんでいた。
「いやいや、左近殿!何を仰いますやら!我らは『KAIZEN同盟』の仲間!盟友の危機に駆けつけるのは、当然のことでございます!それに、今回の白河藩での経験は、我々相馬藩にとりましても、多くの学びと、そして新たなKAIZENのヒントを得ることができた、まさに『ウィンウィン』の関係!むしろ、こちらこそ感謝いくばくもございませんぞ!今後とも、奥州の二つの星として、手と手を取り合い、この日の本に、KAIZENの光を、遍く照らしていこうではございませんか!」
謙信は、左近の手を固く握りしめ、いつものように、暑苦しいほどの笑顔でそう応えた。
こうして、栗田謙信一行は、白河藩に、一陣の、しかし強烈な「KAIZEN」の旋風を巻き起こし、そして多くの伝説(と、おそらくはそれ以上の奇妙な噂)を残して、再び江戸の「相馬屋」へと帰還したのであった。
彼らの不在中、「相馬屋」は、田中新兵衛の真面目な働きと、そして何よりも、大家のお辰っつぁんの、その毒舌ながらも愛情深い、そして驚異的なまでの商才によって、奇跡的に(そして何故か、以前よりも繁盛して)守られていたという。お辰っつぁんは、帰ってきた謙信たちに、「へっ、目安方の旦那も、たまには役に立つこともあるんだねえ。まあ、あんたがいない方が、店の中が静かで、あたしゃあ仕事がしやすかったけどね!」と、いつものように憎まれ口を叩きながらも、その目には、どこか温かい光が宿っていた。
権左衛門は、白河での、あの悪夢のような、しかしどこか充実していたような日々を思い返し、そして江戸に戻ってきてもなお、全く衰えることのない謙信のKAIZENエネルギーに、もはや笑うしかないといった、そんな悟りの境地に達しつつあった。彼の胃袋は、もはや、どんな刺激にも動じない、鋼鉄の胃袋へと進化を遂げたのかもしれない。あるいは、ただ単に、感覚が麻痺してしまっただけなのかもしれないが。
「さて、権左衛門殿!お駒ちゃん!小平太君!そして、江戸の守護神、我らが新兵衛君とお辰っつぁん!白河藩でのKAIZENミッションも、大成功のうちに幕を閉じ(と謙信は勝手に結論づけた)、いよいよ、この江戸『相馬屋』を、真の『日の本一』へと飛翔させる、次なる、そしてさらに壮大なるステージへと駒を進める時がやってまいりましたぞ!目指すは、江戸城!そして、その頂点に立つ、あの方への、究極の『おもてなしKAIZENプレゼンテーション』でございます!」
謙信の、その、あまりにも不穏で、そして危険すぎる次なる野望の宣言に、「相馬屋」の店内は、一瞬にして、水を打ったような静寂に包まれ、そして次の瞬間、権左衛門の、これまで聞いたこともないような、魂の奥底からの、そしてあまりにも切実な絶叫が、日本橋の空に、虚しく、そして哀れに響き渡るのであった。
「く、栗田ァァァァァ!お前は、本当に、本当に、この俺を、一体どこまで、どこまで引きずり回せば気が済むのだァァァァァ!」
江戸「相馬屋」の、そして栗田謙信の、波乱万丈、予測不能、抱腹絶倒、そして時々ちょっぴりの人情と、大量の胃痛に満ち溢れた、KAIZENアドベンチャーは、まだまだ、どこまでも、そしておそらくは、権左衛門の胃袋が完全に宇宙の塵となるその日まで、続いていくのであった。
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