幕間1:権左衛門、江戸問わず語り ~気苦労中間管理職の憂鬱と、ささやかな喜び~
序章:槍の錆と、ため息と
相馬中村藩の空は、今日も今日とて、高く澄み渡っている。城門警備の任に就く岩田権左衛門は、槍を小脇に、その青空をぼんやりと眺めていた。ここ数年、大きな戦もなく、この陸奥の小藩は、良くも悪くも平和そのもの。平和は結構なことだ。だが、武士として、このまま槍働きもなく、ただ日々を過ごすことに、一抹の焦燥と、そして諦めにも似た感情を抱かぬと言えば嘘になる。
「権左衛門殿、また難しい顔をして。もっと肩の力を抜かねば、寿命が縮まりますぞ」
隣で同じく警備に立つ同僚の吉兵衛が、人の好い笑顔で声をかけてくる。吉兵衛は、あと数年で定年という老武士で、いつも飄々としている。
「吉兵衛殿は気楽で羨ましい限りですな。拙者には、そう易々と割り切れぬことも多くて…」
「まあまあ。世の中、割り切れぬことの方が多いものよ。それより、今宵一献どうだ? 新しい酒が入ったぞ」
「…お言葉はありがたいが、今宵は真っ直ぐ帰る。倅せがれの槍の稽古を見てやらねばならん」
権左衛門には、十五になる長男・権太と、十二になる長女・お花がいる。妻の志乃は、口うるさいが気立ての良い女で、権左衛門の最大の理解者であり、そして最大の小言主でもある。家族がいるからこそ、この平凡な日常を守らねばという責任感と、しかしこのままでは武士としての己が錆び付いてしまうのではないかという焦りが、常に権左衛門の胸の内にはあった。
そんな、変わり映えのしない、しかし守るべき日常が続いていたある日。
一人の、見るからに奇妙な若者が、この相馬中村藩にやって来た。
栗田謙信と名乗ったその男は、表向きは二十歳そこそこの若輩者。 だが、その言動は、権左衛門のこれまでの武士としての常識を、ことごとく、そして心地よいほどに(いや、むしろ不快なほどに)打ち砕いていくことになるのだった。
「いらっしゃいませー! 本日も一日、安全安心、笑顔で満門の福をお届けします! ……あっ、いえ、拙者としたことが! ここは城門警備の任の真っ最中、不審者あらば斬り捨て御免! でございました! 失礼仕った!」
その第一声を聞いた瞬間から、権左衛門の、そして相馬中村藩の、そして何よりも権左衛門の胃袋の、長い長い、そして奇妙奇天烈な日々が幕を開けたのである。
第一部:目安方裏日誌抄 ~栗田謙信観察記録、時々胃痛~
【某月某日 天気:曇り、時々、奇跡】
栗田の奴が設置した「目安箱」が、意外なところで役に立った。 「辻斬りが出る噂」という投書を元に、栗田が例の「お客様の声ウィークリーレポート」なるものを作成し、足軽頭に提出。 その報告書が、これまた驚くほど分かりやすく(「箇条書き」「結論ファースト」「改善提案付き」とか言っていた)、それがきっかけで本当に辻斬り犯が捕縛された。 まぐれか、それとも…?
そして、江戸屋敷より、殿がお倒れになったとの急使。 城門前で、栗田はどこからともなく「おしぼり」だの「兵糧水」だのを取り出し、伝令を手厚くもてなす。 その手際の良さ、淀みのなさ、尋常ではない。あいつは一体何者なのだ。普段のへっぽこぶりはどこへやら、的確な指示で周囲を動かし始めた。 オペレーション、などという言葉の意味はさっぱり分からんが、あの時のあいつは、確かに頼もしかった。少しだけ、ほんの少しだけ見直したぞ、栗田。
胃痛度:★☆☆☆☆ (たまには良いこともする)
【某月某日 天気:江戸の空は遠い…】
若君たちが江戸で行方不明。 なぜか俺まで栗田のお供で江戸へ行く羽目に。道中、栗田の奴は「お客様…いえ、若君たちをお救いするための『プロジェクトチーム』でございます!チームワークで乗り切りましょう!」などと浮かれていたが、こっちはたまったものではない。
江戸での聞き込みも、栗田の独壇場だった。「情報を提供してくださった方には、もれなく拙者特製『恋みくじ風開運おふだ』をプレゼント!」などと叫びながら、江戸っ子たちを手玉に取る。 俺はひたすら頭を下げ続ける役目。
誘拐かと肝を冷やしたが、なんのことはない、若君たちはチンピラに絡まれていただけだった。 そこでも栗田は「お客様相談窓口として、穏便な解決を目指します!」などと言いながら、干し柿を差し出し、チンピラ相手に「サービス提供における重大な瑕疵でございます!」と説教を垂れ始めた。 あの状況で、なぜあんなに冷静でいられるのか。そして、なぜか丸く収めてしまう。理解不能だ。
結果、栗田は「目安方筆頭」に出世。 俺は、完全に巻き込まれ人事だ。
胃痛度:★★★★★ (寿命が五縮んだ。江戸の思い出は胃薬の味)
【某月某日 天気:晴れ、のち、俺の心は土砂降り】
目安方なる、聞いたこともない役職が新設され、なぜか俺がその次席(仮)などという、ふざけた肩書を拝命する羽目になった。 筆頭はもちろん、あの栗田謙信。初日から「本日より、当藩の『顧客満足度向上』と『業務効率化』のため、全力で邁進いたします!」などと、訳の分からぬ横文字を並べ立て、執務室(という名の元物置)の壁に「CS向上5つの誓い!」「KAIZENは1日にして成らず!」などという呪符のようなものを貼り付けていやがる。
早速、「現状分析アズイズから!」と叫び、勘定方の帳簿に噛みつき始めた。 あの鬼の戸倉屋惣兵衛殿相手に、「これは『機会損失』と『不要在庫』の山でございますぞ!」だの、「武具購入費は過剰在庫!『デッドストック』です!」だの、「使われない矢は錆び、鉄砲玉は湿気る!これは『品質劣化』であり、結果的に『廃棄ロス』に繋がります!」だの、まくし立てる。 戸倉屋殿の眉間の皺が、マリアナ海溝より深くなったのを俺は見逃さなかった。
しまいには、「定期的な『メンテナンス計画』を立て、予防保全を行うことで、結果的に大きな出費を抑えられるはず!『PDCAサイクル』を回し、継続的な『業務改善』を行うのです!」とまで言い出した。 ぴーでーしーえー…? 何の呪文だ、それは。あいつの頭の中は一体どうなっているのだ。
胃痛度:★★★☆☆ (先が思いやられる)
【某月某日 天気:晴れ、しかし俺の心は常に曇り】
目安方筆頭となった栗田は、ますます増長…いや、活躍の場を広げている。藩の納屋に眠る「不良在庫」を一掃すると言い出し、自ら埃まみれになって片付けを始めた。 「整理・整頓・清掃・清潔・躾の5Sを徹底し、『スペースの有効活用』を図るべきです!」などと叫びながら、若い足軽どもを扇動している。 結果、納屋が見違えるように綺麗になり、埋もれていた貴重な品まで発見されたのは、まあ、認めてやらんでもない。
相馬焼の販売不振には「もっと『マーケティング戦略』を練るべきです!」と熱弁。「『相馬焼~あなたの食卓に、武士もののふの魂を~』というキャッチコピーはいかがでしょう!」 …魂は良いが、売れるのか、そんなものが。 殿が乗り気になって、江戸での実演販売まで行われた。 殿が絵付けで腰を痛めたのは、完全に栗田のせいだ。
藩士の「福利厚生」にも斬り込み、「藩士意識調査アンケート」なるものを配布。 「昼餉の握り飯が小さい」「岩田権左衛門殿の小言が長い」…なぜ俺の小言までアンケートに書かれねばならんのだ!
そして極めつけは「藩士大運動会」。 「借り物競争(お題:殿の兜)」、「玉入れ(敵は隣藩の藁人形)」、「二人三脚リレー(上司と部下ペア限定)」… なぜ俺が栗田と二人三脚で走らねばならんのだ! しかも、派手に転倒して数日腰をさする羽目になった。 あいつは俺に何の恨みがあるというのだ。
しかし、不思議なことに、あの馬鹿げた運動会の後、藩士たちの間に妙な一体感が生まれたのは確かだ。 栗田のやることは、結果だけ見れば、何故か上手くいくことが多い。それがまた腹立たしい。
胃痛度:測定不能 (もはや日常。胃薬が主食になりそうだ)
【某月某日 天気:嵐、また嵐】
隣藩との境界線問題が再燃。 高圧的な使者に対し、栗田は「まずは当藩自慢の『薬湯』と『地酒』で、旅のお疲れを癒していただきたく存じます」と、おもてなし攻撃を開始。 風呂に入れ、酒を飲ませ、美味いものを食わせ、最後には謎のカタカナ語と分厚い報告書の束で相手を混乱させ、なぜか問題を穏便に解決してしまった。 あいつの口は、もはや凶器の域だ。
その功績で、栗田の目安方としての立場は磐石なものとなった。 それは良い。良いのだが、その分、俺への無茶ぶりも増えている気がする。
勘定奉行・渋沢監物殿との予算折衝が始まった。 栗田は「藩財政超健全化プロジェクト・フェーズ2~聖域なきコスト構造改革と戦略的アセットアロケーションによるV字回復プラン、そして夢の藩士給与ベースアップ実現への道~」などという、長ったらしい名前の計画書を突き付け、渋沢殿を本気で怒らせている。 「遊休資産の戦略的現金化」と称して、「藩内限定リサイクルオークション」なるものを開催すると言い出した。 ガラクタ市で銭儲けなど、武士の矜持はどうしたのだ、あいつは。
しかし、そのオークションが、まさかの大成功。 錆びた槍や割れた茶碗が、栗田の口車に乗せられて次々と売れていく。特に、ただの汚れた古い和紙の束が、元家老に超高値で売れた時は、俺も目を疑った。 あいつは、もしかしたら本当に何か特別な力を持っているのかもしれん…いや、ただの悪運が強いだけか。
渋沢殿も、さすがに栗田の訳の分からなさに根負けしたのか、次の「間伐材活用プロジェクト」なるものも、渋々ながら検討を許可した。 あいつは、いずれ藩の財政を本当に立て直してしまうのか、それとも破綻させるのか。見当もつかん。
胃痛度:★★★★★★ (星が足りん。最近、夢に栗田が出てきてプレゼンされる)
【某月某日 天気:晴れ、時々、狂気の沙汰】
栗田の改革は、ついに藩士たちの「心」にまで及んできた。「藩士ウェルビーイング向上&モチベーション最大化戦略ペーパー」なる、丸太のような報告書を作成し、「目安方お悩み駆け込み寺」を開設。 悩み相談だ? 武士が弱音を吐くなど…と思っていたが、これが意外にも盛況らしい。
田中新兵衛の恋の悩み(再び)、結城小平太のキャリア相談、古参武士の物忘れの悩み、山田権之助の給金アップ直訴(これは大騒動になった)…そして、俺の「お前のせいで胃が限界だ!」というクレームまで、栗田は持ち前の暑苦しさで解決(?)しようとする。 俺への解決策が「二人きりの温泉旅行と腹を割っての徹底討論合宿」だった時は、本気で殴りかかろうかと思った。
「月間MVP制度」も始まった。 選考委員会は紛糾したが、初代MVPに武具方の村田勘兵衛殿が選ばれたのは、皆が納得の人選だった。 地道な努力が報われるというのは、良いことだ。栗田のやることも、たまにはマトモなものがある。
胃痛度:★★★☆☆ (良いこともあったが、やはり胃は痛い)
【某月某日 天気:江戸の空は、相変わらず遠い…そして胃が痛い】
江戸にアンテナショップ「相馬屋」を開設すると言い出した。 評定は大荒れ。渋沢殿と大和田筆頭家老の怒りはごもっとも。だが、殿が「面白そうではないか!」と鶴の一声。 なぜ俺まで江戸に行かねばならんのだ。
江戸での物件探しは、案の定、曰く付きのボロ家。 店舗改装も、予算なし、素人仕事、トラブル続出。大工の源さんとの喧嘩の仲裁は俺の役目。 謙信の「マイナスイオン発生装置(ただの炭)」には、さすがに言葉を失った。
開店準備も地獄だった。「究極おもてなし接客マニュアル」なるもので、新兵衛、小平太、そして江戸娘のお駒ちゃんにスパルタ研修。 俺まで「お客様は神様です!」と叫ばされる羽目になるとは…。
開店初日は、まさに阿鼻叫喚。 品切れ騒動、万引き騒動、そして謙信の珍妙な客引き。文化人風の客を、いつの間にか丸め込んで干し柿を買わせた手腕は、もはや詐欺師のそれだ。 だが、不思議と、あの店には活気があった。江戸の客も、まんざらではない様子だった。大家のお辰っつぁんが、最後に湯呑みを一つ買ってくれたのは、少しだけ、本当に少しだけ救われた気がした。
「江戸のお客様という神様は、時に優しく、時に気まぐれで、時に理不尽で、そして時に、とんでもなく厳しい試練を、我々のような田舎者に容赦なく与えてくる。だが、それに真正面から、誠心誠意向き合っていれば、いつかきっと、必ずや、道は開けるのかもしれんな」…柄にもなく、そんなことを栗田に言ってしまった。少し酔っていたのかもしれん。
胃痛度:★★★★★★★★★ (江戸の空は胃に悪い。もう帰りたい)
【某月某日 天気:暗雲、そして雷鳴】
幕府の巡検使・水野内記忠清様が来藩。 「鬼の内記」の異名は伊達ではなかった。城内は上を下への大騒ぎ。栗田は「絶好のPRチャンスですぞ!」などと浮かれているが、こっちは生きた心地がしない。
視察初日から、栗田の「おもてなしプラン」は空回り。練兵場、藩校、勘定方…どこへ行っても、水野様の目は誤魔化せない。 城下のサクラ部隊も、あっさり見破られた。 古漬け事件は、もはや語るのもおぞましい。
水野様の総評は、厳しかった。財政、規律、目安方の在り方…どれもこれも耳が痛い。 だが、最後に「この藩には活力がある」「栗田の情熱は本物だ」と仰ってくださった。 そして、「間違った方向に使うな」という釘も刺された。 あの水野様が、栗田をどう評価したのか、俺にはまだ分からん。
胃痛度:計測不能 (死ぬかと思った。本気で)
【某月某日 天気:逆風、そして反撃の狼煙】
水野様が去った後、藩内の空気は一変した。大和田筆頭家老ら保守派が、本格的に栗田潰しに動き始めた。 目安方の予算は削減され、各部署は非協力的になり、栗田に関する悪質な噂が流れる。 新兵衛や小平太も、陰湿な嫌がらせを受けているという。許せん。
そして、ついに大和田派が、栗田の罷免を求める弾劾状を提出。 評定は、まさに公開処刑の場だった。栗田の罪状が次々と読み上げられ、証言が飛び交う。 俺は、ただ唇を噛み締めることしかできなかった。
だが、栗田は死んではいなかった。巨大な絵巻物を取り出し、「目安方活動・中間成果報告書、並びに今後の相馬中村藩未来創造ビジョン・超絶プレゼンテーション」なるものを開始。 運動会の成果、オークションの意義、福利厚生改革の真の目的、江戸店の未来…あいつの口から語られる言葉は、荒唐無稽だが、しかし、不思議な力があった。藩士や領民の笑顔が、そこには確かにあった。
新兵衛と小平太の、魂からの訴え。そして、俺も…柄にもなく、あいつを庇うようなことを言ってしまった。 酒井様の助け舟もあり、そして何よりも殿のご英断で、栗田は辛くも罷免を免れた。
「やれやれ。本当に、とんでもない奴を上司に持ってしまったもんだ。だが…まあ、たまにはこういうのも、悪くないのかもしれんな…」 そう思ったのは、ほんの少しだけだ。ほんの少しだけな。
胃痛度:★★★★★★★★ (寿命がまた縮んだ。だが、少しだけ胸が熱くなったのも事実だ)
【某月某日 天気:雨のち晴れ、希望の虹】
疫病が発生。 ただの風邪ではない、未知の病。領民は不安に怯え、藩の上層部は有効な手を打てない。 栗田だけが、前世の知識とやらで、的確な対策を次々と打ち出す。手洗い、うがい、三密回避、マスク着用、隔離療養…。 もちろん、最初は誰も聞く耳を持たなかった。
だが、あいつは諦めなかった。自ら「SEHET」なる謎の対策本部を立ち上げ、俺たち目安方を巻き込み、不眠不休で藩内を駆け回った。 ポスターを貼り、手洗いソングを歌い、マスクを手作りし、療養所を設置し、病人食を開発し、デマと戦った。
多くの困難があった。薬草も食料も不足し、医師たちとの連携もままならず、領民からは反発の声も上がった。 俺も、何度倒れそうになったか分からん。だが、栗田の、あの尋常ではない熱意と行動力が、少しずつ、確実に状況を変えていった。
そして、ついに疫病は終息。 領民たちの感謝の言葉と笑顔。あの光景は、忘れられん。大和田筆頭家老でさえ、栗田の手腕を認めざるを得なかった。
「目安方様は、我らが藩の守り神じゃ!」…か。守り神ねえ。俺にとっては、疫病神に近い気もするがな。だが、まあ、今回は、本当に良くやった。褒めてやらんでもない。
胃痛度:★★★★★★★★★ (体はボロボロだが、心は少しだけ軽くなった。ほんの少しだけな)
【某月某日 天気:秋晴れ、そしてまた新たな嵐の予感】
白河藩から、立花左近なる若武者が研修に来た。 表向きは研修だが、どうせ密偵だろう。栗田は「ウェルカム!」とばかりに、我が藩の「企業秘密」を大盤振る舞いするつもりらしい。 あいつの人の好さ、いや、脇の甘さには、もはや言葉もない。
左近殿は、最初は目安方のカオスな日常と栗田の奇行に度肝を抜かれていたが、次第に感化されていったようだ。 江戸で売れ残った商品の山を、白河藩で引き取ってくれるとは、なかなかの器量人よ。
そして、栗田の奴は、今度は「教育改革」などと言い出した。 藩校改革、寺子屋支援、藩士向け生涯学習…もう、どこまで風呂敷を広げれば気が済むのだ。
「きょういくかいかく…じんざいいくせい…もう、驚かんぞ、栗田。驚きはせんが、胃は痛む。お主の口から、次にどんな、天変地異を呼び起こすような、突拍子もない言葉が飛び出してこようとも、この岩田権左衛門、もはや眉一つ、いや、毛穴一つ動かさん覚悟はできておるわ…ただし、胃痛と頭痛と眩暈と吐き気と寿命の短縮は別だがな…ああ、神様、仏様、目安方様…どうか、どうか私に、平穏な老後を…」
秋の収穫祭。栗田はまた何か仕掛けてきた。巨大な絵巻物とジオラマ模型を使った「未来共創ビジョン発表会」。 あいつの口から語られる未来は、荒唐無稽だが、しかし、不思議と胸が躍る。領民も藩士も、皆、目を輝かせて聞き入っていた。殿も、いつになく真剣な顔で、栗田の夢を後押しすると宣言された。
やれやれ。こいつのせいで、俺の人生は、一体どうなってしまうことやら。だが、まあ…あいつの隣で、この藩がどう変わっていくのか、もう少しだけ、見ていてやるのも悪くないのかもしれん。胃薬だけは、手放せんがな。
胃痛度:永遠に続く (だが、最近、ほんの少しだけ、この胃痛が愛おしくなってきたような気もする。いや、気のせいだ。断じて気のせいだ!)
終章:今日の酒と、明日のため息と
その夜、権左衛門は、志乃の酌で、いつになく美味い酒を飲んでいた。
「あなた、最近、少し顔つきが良くなったんじゃありませんか? 目安方のお仕事は相変わらず大変そうですけど」
志乃の言葉に、権左衛門はむせた。
「馬鹿を言え。あいつのせいで、俺の寿命は縮む一方だ。だが…まあ、悪いことばかりでもない」
窓の外には、満月が煌々と輝いていた。あの男も、きっと今頃、この月を見上げながら、またとんでもないことを考えているに違いない。そう思うと、ため息が出た。だが、そのため息には、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ、笑いが混じっていたような気がした。
(権左衛門、江戸問わず語り ~気苦労中間管理職の憂鬱と、ささやかな喜び~ これにて一旦、幕)
苦労人の権左衛門さんでした。
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