第十一話 未来への羅針盤! ~お客様の笑顔は続くよどこまでも!そして伝説へ…たぶん!の巻~
奥州白河藩からのエリート研修生(という名の、ほぼ密偵であったが、最後はすっかり謙信のペースに巻き込まれた)立花左近が、相馬中村藩での衝撃と感動(そして若干のトラウマ)に満ちた「おもてなしOJT研修」を終え、多くのカルチャーショックと、ほんの少しの尊敬の念、そして大量の謎のお土産(主に謙信が「これは白河藩の皆様へのささやかな友好のシルシです!」と、半ば強引に押し付けた、江戸で売れ残った試作品の山と、カピバラの組木パズル百個)を抱えて帰藩してから、数ヶ月の月日が流れた。
左近が白河藩に持ち帰ったという、詳細かつ熱のこもった「相馬中村藩・驚天動地目安方改革レポート(別名:栗田謙信観察日誌)」は、当然のことながら白河藩の上層部に、地滑りのような大きな衝撃と、深刻な意見の対立、そして若干の混乱をもたらした。
「あの堅実な左近が、かくも熱っぽく語るとは…相馬藩、恐るべし!」「いや、左近は栗田なる者に誑かされただけじゃ!あのような型破り、我が藩の伝統にはそぐわぬ!」といった激しい議論が、日夜繰り広げられているという噂が、風の便りに謙信の耳にも届いていた。謙信はそれを聞くたびに、「ふふふ…これぞ『クロス・ボーダー・イノベーション(国境を越えた革新)』の第一歩! 我が藩のKAIZENスピリッツが、今、東北の地に新たな旋風を巻き起こそうとしているのですな!」と、どこ吹く風で、一人悦に入り、そして何故か白河藩の方角に向かって高らかに「押忍!」と叫んでいた。
権左衛門は、その姿を見て、「あいつは、また何か新しい、そして面倒くさいことを企んでいるに違いない…」と、警戒レベルを一段階引き上げた。
一方、当の相馬中村藩内では、栗田謙信が目安方筆頭に就任して以来、まるでジェットコースターのように、あるいは予測不能な暴れ馬のように、怒涛の勢いで繰り広げられてきた数々の改革――目安箱の設置と領民の声のダイレクトな吸い上げ、前代未聞にして抱腹絶倒の藩士大運動会による組織風土の劇的改善、藩内リサイクルオークションによる歳入確保と「もったいない精神」の醸成、手厚すぎるほどの福利厚生改革(美味すぎる昼餉、お悩み駆け込み寺、月間MVP制度など)による藩士満足度の爆発的向上、そして未曾有の疫病禍に対する奇跡的とも言える迅速かつ的確な防疫対策の成功、さらには江戸日本橋へのアンテナショップ「相馬屋」開設という大胆不敵な挑戦――が、確実に、そして誰の目にも明らかな形で、大きな実を結び始めていた。
城下町には、以前には見られなかったほどの活気が戻り、道行く領民たちの顔には、貧しいながらも日々の暮らしへのささやかな喜びと、将来へのほんのりとした希望の光から生まれる、自然な笑顔が増え、子供たちの屈託のない元気な声が、青空の下に高らかに響き渡るようになった。
藩士たちもまた、見違えるように変わった。
日々の業務に対し、以前のような諦めや惰性ではなく、前向きな意欲と、ほんの少しの誇りを持って取り組むようになり、部署間の風通しも格段に良くなった。
特に、月間MVP制度や、饗庭与一料理頭が謙信の無茶な要求に応えて生み出し続ける「奇跡の昼餉」は、彼らのモチベーションを劇的に向上させ、「我が相馬中村藩も、なかなか捨てたものではないな!」「目安方の栗田殿が来てからというもの、何だか毎日が、まるで祭りのように面白いぞ!」「給金はまだ厳しいが、最近、家で嫁さんが優しいんだよなあ…これも目安方様のおかげか?」といった、前向きで、そしてどこか人間味溢れる会話が、城内のあちこちで、ごく自然に聞かれるようになっていた。
藩の財政もまた、あの鉄壁にして鬼神のごとき渋沢勘定奉行の、血も涙もない(と謙信は時々思う)厳しい財政規律と、栗田謙信の繰り出す、常識外れだが時に奇跡的な効果を生む奇策(先の藩内リサイクルオークションでの予想外の巨額な売上、少しずつではあるが着実に利益を生み出し始めた間伐材活用プロジェクトからの僅かな収益、そして江戸日本橋のアンテナショップ「相馬屋」からの、まだ雀の涙ほどではあるが、定期的な送金と、何よりも「相馬藩ブランド」の江戸における知名度向上という無形の資産など)により、ほんの少しずつではあるが、確実に上向き始め、長年の懸案であったいくつかの未払い金の支払いも、どうにかこうにか滞りなく行われるようになり、渋沢勘定奉行の眉間に刻まれた、グランドキャニオンもかくやという深い皺も、心なしか、本当に心なしかではあるが、以前よりはほんの僅かだけ浅くなったように見えた(ただし、謙信が新たな無謀な予算要求をするたびに、即座に、そして以前にも増して、マリアナ海溝級の深さにまで戻ってしまうのではあったが)。
岩田権左衛門は、そんな藩の、ゆっくりと、しかし確実に良い方向へと変化していく様を、誰よりも間近で、そして誰よりも複雑な、しかしどこか温かい思いで見つめていた。
「…やれやれ。あの天災のような、いや、もはや歩く台風のような大馬鹿者が、この相馬藩に来てからというもの、俺の胃袋は常にギリギリと悲鳴を上げっぱなしで、白髪も確実に、そして驚くべきスピードで増え続けている。だが…」権左衛門は、目安方執務室の窓から、夕焼けに染まる城下町と、家路を急ぐ領民たちの、どこか満ち足りたような笑顔をぼんやりと眺めながら、誰に言うともなく、そう呟いていた。
「だが、こうして藩士たちの楽しそうな顔や、領民たちの穏やかで安堵したような表情を見ていると…まあ、たまには、本当に、本当にたまには、あいつの無茶苦茶で、常識外れで、そして腹の立つほどお人好しなやり方も、決して、決して悪くはないのかもしれんな…と、思わんでもない今日この頃だ…」
権左衛門の口元には、彼自身も気づかぬうちに、ほんのわずかな、しかし確かな、そしてどこか諦観と慈愛に満ちた、複雑な笑みが浮かんでいた。彼の胃痛は、最近、謙信が開発したという「ストレス性胃腸炎特効!謎の薬草ブレンド茶(飲むと体が七色に光るという噂があるが、効果は不明)」のおかげで、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけではあるが、マシになっているような気がしないでもなかった。
そんな、藩全体がようやく長いトンネルを抜け、一息つき、穏やかで前向きな空気に包まれ始めた、実りの秋が深まるある日のこと。栗田謙信は、次なる、そしておそらくはこれまでのどんな改革よりも壮大で、困難で、そして我が相馬中村藩の未来にとって最も重要であると彼が信じて疑わない、一大プロジェクトへと、その尽きることのない情熱と、常軌を逸したエネルギーの矛先を、力強く向けていた。
「権左衛門殿! 田中新兵衛君! 結城小平太君! そして、江戸での激務の合間を縫って、我が藩の未来のためにと、わざわざ一時帰藩してくれた、我らがジャンヌ・ダルク、お駒ちゃん! ついに、ついにこの輝かしい瞬間がやってまいりましたぞ! 我が相馬中村藩の、百年、いや、千年、万年の未来を左右する、最も重要かつ崇高にして神聖なる、壮大無比なる一大事業…すなわち、『人財こそ国家(藩)百年の計!オール相馬で実現する!輝ける未来創造のためのエデュケーショナル・ルネッサンス大革命~子供たちの瞳に、夢と希望の星を灯せ!~』の、栄光ある、そして感動的な第一歩を、今こそ、高らかに踏み出す時が来たのでございます!」
目安方執務室(通称:イノベーション・ハブ兼メンタルヘルス・クリニック兼人財育成戦略司令部兼時々権左衛門の現実逃避用シェルター兼お駒ちゃんの臨時休憩所)で、謙信は、またしても、いつの間に準備したのか、壁という壁、床という床、そしてもはや執務室を飛び出し、廊下や隣の空き部屋にまで侵食しそうな勢いで貼り出された、おびただしい数の巻物や、色鮮やかな絵図(その多くが、キラキラとした瞳で勉学に励む子供たちの笑顔や、何やら小難しい教育理論らしきものが、美しいカリグラフィーのような文字で書き連ねられたもの、そして未来の相馬藩の理想郷を描いた、壮大なパノラマ風景画など)を、まるでオーケストラの指揮者のように、あるいは新興宗教の教祖のように、指さしながら、いつにも増して目を、いや、もはや全身全霊を、後光が眩しくて直視できないほどギラギラと輝かせ、まるで世界の創造主にでもなったかのような、神々しいまでのハイテンションで、高らかに、そして朗々と宣言した。
お駒ちゃんは、江戸のアンテナショップ「相馬屋」の運営が、謙信の無茶な指示と、権左衛門の必死のフォロー、そして新兵衛・小平太ら若手スタッフの健闘により、奇跡的に(そして何故か)軌道に乗り始めたため、謙信から「江戸での成功体験を、ぜひ国元の若者たちにも伝えてほしい!」という、もっともらしい口実で、半ば強引に一時帰藩を命じられ、久しぶりに国元に戻ってきていたのだが、相変わらずの、いや、以前にも増してパワーアップした謙信の暴走っぷりに、「あーあー、目安方の旦那、またまた何か途方もなく面白そうなこと始めてるねえ! こりゃあ、江戸の店なんぞより、よっぽど刺激的で、儲け話(の匂い)がプンプンするじゃないか! あたしも一枚噛ませてもらうよ!」と、商売人の血が騒ぐのか、目をキラキラと輝かせている。新兵衛と小平太も、「組長の描く、輝かしい未来予想図! 我ら、この身命を賭して、必ずや実現させてみせますぞ!」「組長! 我ら、組長の夢の実現のためならば、たとえ火の中、水の中、地獄の果てまでも、どこまでも、どこまでもお供いたします!」と、もはや完全に、謙信の熱狂的な、そして忠実なる信者、いや、もはや使徒と化していた。
権左衛門だけが、一人、もはやこの世の終わりのような、全てを諦めきった賢者のような、遠い、本当に遠い目をして、青く澄み渡った秋空を、執務室の窓からぼんやりと見上げていた。
「…きょういくかいかく…じんざいいくせい…もう、驚かんぞ、栗田。驚きはせんが、胃は痛む。お主の口から、次にどんな、天変地異を呼び起こすような、突拍子もない言葉が飛び出してこようとも、この岩田権左衛門、もはや眉一つ、いや、毛穴一つ動かさん覚悟はできておるわ…ただし、胃痛と頭痛と眩暈と吐き気と寿命の短縮は別だがな…ああ、神様、仏様、目安方様…どうか、どうか私に、平穏な老後を…」
謙信の提唱する「エデュケーショナル・ルネッサンス大革命~子供たちの瞳に、夢と希望の星を灯せ!~」の構想は、まさに壮大かつ、これまでの相馬中村藩の常識を根底から、いや、宇宙の彼方まで覆すような、奇想天外なものであった。
まず、藩の唯一の公式教育機関である藩校の大改革。
「我が藩の藩校を、単に読み書き算盤を教えるだけの場から、真に21世紀…いえ、来るべき新時代を担う、グローバルな視野とローカルな愛情を併せ持つ、イノベーティブなリーダー人財を育成するための、最先端教育研究機関へと、ドラスティックにトランスフォームさせるのでございます! 具体的には、従来の読み書き算盤といった基礎学力はもちろんのこと、これからの変化の激しい時代を、逞しく、そして賢く生き抜くために不可欠な、実学(農業、漁業、商業、工業、医学、薬学、天文学、地理学、測量術の初歩など、実生活に即した実践的知識と技術)、体育(従来の武芸に加え、心身の調和と健康増進を目的とした、謙信流の柔軟体操、呼吸法、瞑想法、そして何よりもチームワークとコミュニケーション能力を養うための、様々な集団球技やレクリエーション・スポーツなど)、そして最も重要な、自ら深く考え、多角的に物事を捉え、他者と建設的な議論を交わし、そして自らの考えを効果的に発信するための『クリティカル・シンキング&ロジカル・プレゼンテーション&ファシリテーション・コミュニケーション論(という名の、ディベート、グループワーク、プレゼンテーション実習、そして何故か模擬裁判まで含む、超実践的プログラム)』などを、カリキュラムの柱として積極的に取り入れるのでございます!」
さらに、これまでの身分や家格に固執した硬直的な制度を打破し、真に才能と意欲のある子供たちには、その出自に関わらず、誰にでも等しく高度な教育の機会を与えるための、「飛び級・飛び入学制度」や「藩費給付型・特待生制度(藩が学費、教材費、食費、そして場合によっては生活費までを全面的に支援する、画期的な奨学金制度もどき)」の創設も、高らかに提案されていた。その選抜方法は、「筆記試験や武芸の腕前だけでなく、面接やグループディスカッション、さらには『自由な発想力を試す一芸披露』なども採り入れ、多角的な評価を行う」という、これまた前代未聞のものであった。
次に、領内に点在する寺子屋への、積極的かつ戦略的な支援策。
「我が藩の未来を担う全ての子供たちに、質の高い、そして何よりも『学ぶ楽しさ』を実感できる教育を!」をスローガンに、寺子屋の師匠たち(その多くが高齢で、旧態依然とした教え方しかできない者も少なくなかった)への、定期的な「最新教育メソッド研修会(もちろん、講師は栗田謙信自身が務め、「子供のやる気を無限に引き出す魔法の言葉ベスト100選」や「落ちこぼれを一人も作らない!個別最適化・アダプティブラーニング入門(アナログ版)」、「褒めて育てる!ポジティブ・ティーチングの極意」といった、胡散臭いが何やら効果がありそうな、しかし実践するには相当な勇気とスキルが必要とされるテーマで、毎回熱弁をふるう)」の開催や、目安方が総力を挙げて開発した(というより、謙信が徹夜で書き上げた)オリジナル教材(例えば、「漫画とクイズで楽しく学ぶ!実録!目安方筆頭・栗田謙信奮闘記~読めば君も明日の改革者になれる!~」といった、自画自賛と自己顕示欲に満ち溢れた、しかし何故か子供たちには大人気の道徳(?)教科書や、「相馬藩の豊かな特産品で学ぶ!わくわく算術ドリル~これで君も計算の達人!~」、「論語と算盤と、そして時々ちょっぴり英単語(もちろんローマ字表記で、発音は謙信のカタカナ英語)」など、多種多様で、かつ教育効果のほどは全く不明なものばかり)の無償提供などが、高らかに計画されていた。
そして、藩士向けの「生涯学習&リスキリング&キャリアアップ支援・総合道場(仮称:相馬藩立ネクストステージ・ビジネス&カルチャー・アカデミー、略称SNBCA)」の設立。
これは、若手だけでなく、中堅・ベテランの藩士たちも対象とし、それぞれの専門知識や実務能力をさらに高めるための高度な専門講座や、時代の変化に対応するための新しい技術や知識(という名の、主に栗田謙信が前世で聞きかじった、あるいはインターネットで見た、断片的で、かつこの時代には全くそぐわないかもしれないが、何やら面白そうな思いつき)を学ぶ場を、幅広く提供するという、壮大な構想であった。
講師には、栗田謙信自身はもちろんのこと(「リーダーシップ論」「マーケティング戦略入門」「クレーム対応の心理学」「プロジェクトマネジメント実践」「異文化コミュニケーション(主に外国人客対応の記憶)」など、彼の担当科目は多岐にわたる予定だった)、藩内の各分野で隠れた才能や、卓越した特技を持つ人物(例えば、料理頭・饗庭与一による「接待にも使える!殿様も唸る!男の簡単絶品夜食レシピ教室~秘伝のタレと究極の出汁編~」、陶工・源右衛門による「無心になれる!週末ゆったり陶芸体験~自分だけのオンリーワン名器を作ろう~」、そして何故か、岩田権左衛門による「部下のやる気を根こそぎ削がないための、正しい、そして効果的な叱り方・褒め方実践講座(主に反面教師としての体験談)」など)が、本人の意思とは全く関係なく、半ば強制的に、しかし「藩の未来のため」という大義名分のもとに任命される予定であった。
「これらの、まさに天元突破、驚天動地の教育改革を通じて、我が愛すべき相馬中村藩を、単に武勇に優れただけの藩ではなく、知勇兼備、文武両道は当たり前、そして何よりも、常に変化を恐れず、固定観念に囚われず、常に新しい価値を創造し、世界に貢献し続ける『真のイノベーティブ人財輩出ナンバーワン藩』へと、華麗なる、そして誰もが羨むほどのトランスフォーメーションを遂げさせるのでございます! そうすれば、我が藩の輝かしい未来は、永遠に、そしてどこまでも明るく、豊かで、そして全ての民が心からの笑顔で暮らせる、ハッピーハッピーな理想郷となること、この栗田謙信、一点の曇りもなく、絶対的に確信しておりますぞ!」
謙信は、まるで夢見る乙女のように、あるいは新世界の到来を告げる預言者のように、うっとりとした表情で、熱く、そしてどこまでも純粋に、その壮大なビジョンを語るのであった。その瞳には、一点の迷いも、疑いもなく、ただただ、藩の輝かしい未来への、揺るぎない希望の光だけが、星のようにキラキラと、いや、もはや太陽のようにギラギラと燃え盛っていた。
当然のことながら、この、あまりにも壮大で、あまりにも現実離れし、そして既存の価値観や身分制度を根底から、いや、もはや粉々に破壊しかねないような「教育改革案」に対し、藩の上層部、特に筆頭家老・大和田常政を中心とする、鉄よりも固い保守派の家老たちからは、これまでにないほどの、いや、もはや地球がひっくり返るのではないかと思われるほどの、激しい、そして怒りに満ちた反発と抵抗が、嵐のように巻き起こった。
「馬鹿も休み休み言え、栗田ァ! いや、もはや貴様を栗田殿と呼ぶのも烏滸がましいわ! この大たわけ者が! 武士の子は武士らしく、幼き頃より四書五経を素読し、日々武芸の鍛錬に励み、主君への忠義と、家名の誇りを胸に刻み込めば、それで十分すぎるほどじゃ! それ以上の、身の程を弁えぬ、分不相応な知識や、ましてや町人や百姓の真似事のような卑しき実学など、百害あって一利なし! 藩の厳格なる身分秩序を根底から乱し、武士の魂と誇りを汚すだけの、愚劣の極みじゃ!」
「左様! 全くもって筆頭家老殿の仰る通り! それに、身分制度こそが、この日の本の、いや、この相馬中村藩の、揺るぎなき、そして永遠なる礎石! それを無視して、百姓町人の子であろうと、才能さえあれば誰でも等しく学べるなどという、甘っちょろい、そして危険極まりない理想論を、臆面もなく振りかざすとは、言語道断! 本末転倒も甚だしいわ! そんなことをすれば、いずれ下剋上の気風が蔓延し、藩の秩序は崩壊、国は乱れるであろうが!」
「そもそも、そのような、天文学的な数字が並ぶ、前代未聞の教育改革とやらに、一体どれほどの莫大な、それこそ藩の財政が吹き飛ぶほどの予算が必要となるのか、目安方の若造は、少しでも試算しておるのか!? 渋沢勘定奉行殿、いかが思われまするか! こんな馬鹿げた計画に、一銭たりとも出す余裕など、今の我が藩にはありませぬぞ!」
評定の場は、再び、いや、前回にも増して、大和田派の家老たちによる、栗田謙信への怒号と罵声と、そしてもはや殺意すら感じさせるほどの、凄まじい非難の嵐に包まれた。
渋沢勘定奉行も、苦虫を噛み潰したような、いや、もはや毒虫でも飲み込んだかのような、険しくも青ざめた顔で、「…教育が、藩の未来にとって重要であるということは、この渋沢とて、理解できなくもない。しかし、現状の、依然として火の車である我が藩の財政状況を鑑みれば、そのような、夢物語のような理想論に、湯水のように、いや、滝のように貴重な銭を使う余裕など、どこにも、それこそ一厘たりともありはせん。まずは、喫緊の課題である、足元の財政再建こそが、何よりも急務であると、この渋沢、重ねて申し上げる」と、いつになく厳しい、そして有無を言わせぬ口調で釘を刺した。
しかし、栗田謙信は、もはやこの程度の逆風や、嵐のような非難では、眉一つ、いや、髪の毛一本たりとも揺らがないほどの、鋼鉄のメンタル(と、周囲の空気を全く読まない、ある種の驚異的な鈍感力)を、いつの間にか完全に身につけていた。
「皆様、皆様のご懸念、ごもっとも! しかし、しかし、どうかもう一度、この栗田謙信の言葉に、そして心の叫びに、耳を傾けていただきたい! 教育への投資こそ、我が藩の未来への、最も確実にして、最もリターンの大きい『究極の戦略的投資』なのでございます! 目先の銭や、古き慣習に囚われて、未来を担う大切な人財への投資を怠れば、それこそが、我が相馬中村藩の緩やかな、しかし確実な衰退を招く、最大の原因となるのでございます! そして、身分や家格に関わらず、この藩に生まれた全ての子供たちに、等しく、そして質の高い教育の機会を与えることこそ、彼らが生まれながらに持つ、無限の可能性と才能の芽を大きく引き出し、育み、そして見事に開花させ、藩全体の活力と創造性を飛躍的に高め、ひいては新たな才能の発掘と、藩の持続的かつダイナミックな発展に繋がる、最も賢明にして、最も希望に満ちた道なのでございます!」
謙信は、これまでの数々の改革で得た、確かな実績(という名の、藩主・昌胤からの絶大な、そして時に無責任な信頼と、多くの若手藩士や領民からの、もはや宗教的とも言える熱狂的な支持)を、強力な追い風とし、そして藩主・昌胤の(相変わらずの、何でもかんでも面白がって、深く考えずに許可してしまう)強力無比なバックアップを最大限に背景に、鉄壁を誇る保守派の家老たちに対し、一歩も引くことなく、粘り強く、そして時には奇策珍策を交えながら、連日連夜、飽きもせず、懲りもせず、説得工作を続けた。
例えば、筆頭家老・大和田常政の、目に入れても痛くないほど溺愛しているという、利発だが少々引っ込み思案な幼い孫(男の子)に対し、謙信が、目安方の若い衆と共に、夜なべをして自らデザインし、間伐材プロジェクトで試作された、精巧で、動かすとカラクリが作動し、動物が飛び出したり、音が鳴ったりする、画期的な「対話型・知育組木パズル・相馬の森の冒険シリーズ(全12巻予定)」を、さりげなくプレゼントし、その孫が、目をキラキラと輝かせ、食事も忘れるほど夢中になって、そして楽しそうに遊ぶ姿を、大和田筆頭家老に「偶然を装って、しかし計算し尽くされたタイミングで」目撃させ、「ご覧ください、大和田様! 子供たちの知的好奇心と、物事を探求する喜び、そして創造力の翼は、まさに無限大! それを最大限に引き出し、大きく育むのが、我々大人の、そして為政者の、最も重要かつ崇高なる使命ではございませんか!」などと、間接的かつ効果的な(そして若干卑怯な)アプローチで、その頑なな心を、少しずつ、しかし確実に揺さぶりをかけたりもした。
そんな、栗田謙信の、ある意味では執念深く、しつこく、そしてどこまでも前向きで、決して諦めない、太陽のような努力が、少しずつではあるが、氷のように固く閉ざされていた保守派の家老たちの心をも、ほんの僅かずつではあるが溶かし始めたのか、あるいは、もはや何を言っても、どんな抵抗をしても無駄だと、深い諦めの境地に達したのかは定かではない。
ただ、最終的には、「まあ…一度、本当に一度だけ、試験的に、そしてごくごく小規模で、その…その『きょういくかいかく』とやらを、始めてみるというのであれば、わしは…わしはもう反対はせんが…ただし! その効果と、そして何よりもその費用対効果については、これまでのどんな改革よりも、一段と、いや、百段と厳しく吟味させてもらうぞ! 少しでもおかしな点があれば、即刻中止じゃ!分かったな、栗田!」という、渋々ながらも、そして山のような釘と条件付きではあったが、歴史的なゴーサインが、彼らから引き出されたのであった。謙信は、その言葉を聞いた瞬間、心の中で「やったー!大勝利ー!」と、オリンピックで金メダルでも取ったかのように絶叫していた。
そして、季節は巡り、黄金色の稲穂が頭を垂れ、山々の木々が赤や黄色に色づき始める、実りの秋が、相馬中村藩に訪れた。藩は、藩を挙げての一大イベント、盛大な「大収穫祭」の準備で、これまでにないほどの、熱気と活気に満ち溢れていた。領内各地の村々から、今年収穫されたばかりの、丸々と太った米俵、みずみずしい野菜や果物、そして近海で獲れた新鮮な魚介類などが、続々と城下へと運び込まれ、藩士も領民も、老いも若きも、男も女も、身分の垣根を越えて、祭りの準備に、額に汗して、しかし心からの笑顔で、楽しそうに精を出していた。
この「相馬中村藩・秋の大収穫祭」は、単にその年の豊作を祝い、神仏に感謝を捧げるだけの、例年通りの祭りではなかった。これは、これまでの栗田謙信による一連の藩政改革の、輝かしい成果を、藩の内外に、そして未来永劫に高らかに示すための一大イベントとして、目安方筆頭・栗田謙信自身が、その全ての知恵と情熱と、そして若干の悪ふざけを注ぎ込んで、企画・立案したものだったのである。
「皆様! 今年の大収穫祭は、ただのお祭りではございません! これは、我が愛すべき相馬中村藩の、輝かしい『再生』と、希望に満ち溢れた『未来』を、高らかに祝い、そして共に喜びを分かち合う、壮大なる『リボーン・フェスティバル・アンド・フューチャー・クリエーション・カーニバル』なのでございます! 領民の皆様が、丹精込めて、汗水流して育て上げた、自慢の海の幸、山の幸、畑の幸を持ち寄り、その豊かさと美味しさを、皆で分かち合い、味わい尽くし、藩士たちは、日頃の厳しい鍛錬の成果を、様々な余興や演武として、華々しく披露し、そして、遠く江戸のアンテナショップ『相馬屋』からもたらされた、珍しい江戸の文物や、我が藩の特産品(成功品も、そして残念ながら売れ残ってしまった在庫処分の失敗品も全て!)の、涙あり笑いありの展示即売会も盛大に行い、藩全体で、飲んで、歌って、踊って、笑い転げて、そして明日への、いや、百年後への新たなる活力を、皆で養うのでございます!」
祭りの当日、城下の中心に設けられた広場は、まさに立錐の余地もないほどの人、人、人で埋め尽くされ、その熱気は、まるで真夏の太陽のように、天高く立ち昇っていた。色とりどりの、そして各村々や部署の意匠を凝らした幟旗や提灯が、秋風にはためき、威勢の良い和太鼓の音が、ドンドンと腹の底に響き渡り、あちこちに設けられた屋台からは、焼きたての魚や、採れたての野菜を使った郷土料理、そして饗庭料理頭がこの日のために特別に考案したという「目安方スペシャル・B級グルメ屋台(焼きそばパンもどき、たこ焼き風お好み焼き、謎のフルーツポンチなど)」の、何とも食欲をそそる、香ばしい匂いが立ち込め、そこに集った領民たちの顔には、貧しさや日頃の苦労をほんの一時忘れさせるような、心からの、そして満開の花のような笑顔が、そこかしこに咲き乱れていた。
そして、祭りの熱気が最高潮に達した、夕暮れ時。広場の中央に、日の丸の大きな旗を背景に、急遽特設された、立派な檜舞台の上で、栗田謙信が企画・演出した、この収穫祭のメインイベント、「相馬中村藩・未来共創ビジョン発表会~夢と希望の設計図、さあ、みんなで一緒に描こうじゃないか!~」が、厳かに、しかしどこかワクワクするような、期待感に満ちた雰囲気の中で、華々しく始まった。
藩主・相馬昌胤、渋沢勘定奉行や大和田筆頭家老をはじめとする藩の重臣たち、そして広場を埋め尽くした多くの領民や藩士たちが見守る中、舞台に凛として現れた栗田謙信は、いつもの金ピカ刺繍入りの派手な羽織ではなく、この、彼にとって、そして藩にとって、極めて重要な日のために、目安方の若い衆や、お駒ちゃん、そして権左衛門の奥方(実は大変な針仕事の名人だった)までもが、徹夜で協力して縫い上げてくれたという、相馬中村藩の伝統的な藍染の生地で作られた、質素だが、しかし不思議な品格と温かみを漂わせる、見事な羽織袴姿であった。
「皆様! 本日は、お日柄もよく、実りの秋に相応しい、素晴らしい収穫祭となりましたこと、この栗田謙信、心よりお慶び申し上げます! そして今宵は、我が愛すべき相馬中村藩の、輝かしい未来について、ここにましまする全ての皆様と共に語り合い、そして共に大きな、大きな夢を描くための、かけがえのない、大切な時間でございます!」
謙信は、まず、これまでの目安方の、怒涛の、そして波乱万丈の活動の成果を、先日評定の場で披露し、家老たちの度肝を抜いた、あの巨大な絵巻物(さらに改良が加えられ、一部には、見る角度によって絵が変わる「レンチキュラーレンズもどき」の技法や、裏から蝋燭の光を当てると、美しい模様や文字が浮かび上がる「影絵灯籠」のような、驚くべきギミックまで、謙信の指示で無理やり施されていた)や、目安方の若い衆が、不眠不休、血と汗と涙の結晶として作り上げた、城下町の精巧なジオラマ模型(各家屋の屋根が開き、中の生活の様子が垣間見えたり、小さな人形が、糸やゼンマイ仕掛けで動いたり、さらには小さな水車が本当に回ったりするという、もはや芸術品の域に達する、驚くべきギミック付き)を、巧みに、そして効果的に駆使しながら、時にユーモアを交え、時に声を詰まらせ、涙ながらに(もちろん、その半分以上は計算され尽くした、聴衆の心を揺さぶるための高度な演技であったが、それでも彼の言葉には、一片の嘘偽りもない、真実の響きと魂が込められていた)、情熱的に、そして誰にでも分かりやすく報告した。
そして、その上で、彼が、目安方の仲間たちと共に、夜を徹して語り合い、そして夢にまで見て描き上げた、未来の、理想の相馬中村藩の姿――全ての子供たちが、身分や貧富の差に関わらず、質の高い教育を受け、その無限の才能を存分に開花させられる社会。新しい産業や技術が次々と興り、藩の財政が豊かになり、全ての領民が、日々の糧に困ることなく、安心して、そして心からの笑顔で、豊かに、そして幸せに暮らせる社会。そして、古き良き伝統を大切に受け継ぎながらも、常に新しいものを取り入れ、変化を恐れず、未来に向かって、力強く、そしてしなやかに発展し続ける、活力と創造力に満ち溢れた社会――を、力強く、そして感動的に、希望に満ちた言葉で語った。
その、謙信の、もはや単なる計画発表や政策提言ではなく、そこにいる全ての者たちが、身分や立場を超え、共に共有し、そして共に手を取り合って目指すべき、大きな、そして輝かしい「夢」と「希望」を提示するものであった。
最初は半信半疑、あるいは「また栗田のいつもの大風呂敷が始まったわい」と冷ややかな目で見ていた保守派の家老たちも、謙信の、どこまでも真摯で、そして藩の未来を心の底から信じている、その熱く、そして純粋な言葉と、目の前に具体的に描き出された、希望に満ち溢れた、そして何よりも「楽しそうな」未来のビジョンに、次第に、知らず知らずのうちに心を動かされ、いつしか真剣な、そしてどこか期待を込めたような表情で聞き入っていた。広場を埋め尽くした領民たちの中には、そのあまりの感動に、感極まって涙を流し、嗚咽する者さえいた。
プレゼンテーションの最後には、謙信だけでなく、目安方の若い衆、田中新兵衛、結城小平太、そして江戸から駆けつけたお駒ちゃん、さらに、これまでの改革を通じて生活が改善されたり、新たな希望を見出したりした、様々な立場の領民の代表(例えば、目安箱への投書がきっかけで長年の問題が解決した老婆や、寺子屋で新しい知識を学ぶ喜びに目覚めた子供、そして何故か「相馬藩未来応援団長」を自称する、例の「謎の上善如水」を愛飲する物好きな商人など)も次々と登壇し、それぞれの立場から、未来の相馬中村藩への熱い想いや、具体的な夢を、時には拙く、時にはユーモラスに、しかし心のこもった言葉で語った。
そして、最後には、会場の全員で、謙信がこの日のために作詞作曲した(というより、前世で聞き覚えのあった有名な応援歌のメロディーに、相馬藩の未来を称える歌詞を適当に当てはめただけの)「相馬中村藩・未来創造賛歌~夢と希望と KAIZEN と!~」を、声を限りに大合唱したのであった。その歌声は、秋の夜空にどこまでも高く、そして力強く響き渡った。
全ての発表が終わり、万雷の、いや、もはや地鳴りのような拍手と歓声が鳴り響く中、藩主・相馬昌胤が、ゆっくりと、そして万感の思いを込めた表情で舞台に上がり、謙信の隣に立った。
「栗田。…いや、我が相馬中村藩が誇る、稀代の目安方筆頭、栗田謙信。そなたは、誠に、誠に、面白い男じゃ。そして、得体の知れぬ、しかし何とも頼もしい、そして何よりも…心が熱くなる男じゃ。このわしが、五十年余りの人生で出会った中で、間違いなく一番の…そうじゃな、底抜けの『傾奇者』であり、そして真の『改革者』じゃと言えよう」
昌胤は、そこで一度言葉を切り、広場を埋め尽くした、興奮と感動で目を輝かせている全ての藩士と領民を見渡し、そして、これまでにないほど力強く、そして威厳に満ちた声で、高らかに宣言した。
「皆の者、よく聞け! この栗田謙信が、今宵、我々に示してくれた、輝かしい未来の夢、わしは、この相馬中村藩の藩主として、我が身代全ての誇りと責任を賭けて、全力で応援し、そして必ずや、必ずや実現させることを、ここに、この満月と、そして神仏、ご先祖様の御霊に誓う! もちろん、その道は、決して平坦ではあるまい。多くの、そして予期せぬ困難も、次から次へと我々の前に立ちはだかることであろう。じゃが、この稀代の傾奇者・栗田謙信と、そしてここにいる全ての、我が愛すべき藩士と領民たちの力を合わせれば、必ずや、どんな大きな困難も乗り越え、日の本一、いや、世界に冠たる、素晴らしい、そして何よりも、全ての民が心からの笑顔で暮らせる藩を、この相馬の地に築き上げることができると、この相馬昌胤、微塵も疑っておらん! これからも、栗田、そして目安方の者共、その…その『お客様は神様です!KAIZENあるのみ!』の精神で、思う存分、この相馬中村藩を、面白く、そして豊かに、そして幸せに、かき回してくれい!」
昌胤の、力強く、そしてどこまでも温かい、藩主としての、そして一人の人間としての覚悟が込められた言葉に、会場は、再び、割れんばかりの、いや、もはや大地を揺るがすほどの、歓声と拍手、そして感動の嗚咽に包まれた。
岩田権左衛門は、謙信の隣で、いつものように胃を押さえながらも、その目には、これまでにないほど誇らしげな、そしてほんの少しだけ穏やかな、そして何よりも温かい光が宿り、口元には、彼自身も気づかぬうちに、深いため息と共に、ほんのわずかな、しかし確かな、そしてどこか照れくさそうな笑みが浮かんでいた。
「……やれやれ。こいつのせいで、俺の寿命は、確実に、いや、冗談抜きで、本気で十年は縮んだ気がするが……まあ、こんな馬鹿げた、しかし何とも…何とも心地よい景色と、そして人々の笑顔が見られるというのなら、それもまた、決して、決して悪くはなかったのかもしれんな……」
栗田謙信は、そんな権左衛門の肩を、悪戯っぽく、しかし力強くポンと叩くと、夜空に次々と打ち上げられた、目安方特製の、手作り感満載の、そして時折、不発弾や暴発騒ぎが混じる、しかしどこか温かく、そして美しい花火を、満面の、そして一点の曇りもない、子供のような笑顔で見上げながら、次なる、そしてさらに壮大で、困難で、しかし希望に満ち溢れた、数々の野望(藩校の華々しい開校式、新たな相馬藩ブランド特産品の全国、いや世界市場への展開、そしていつの日か、江戸日本橋の「相馬屋」を、日の本一の、いや、もはや宇宙一の、伝説のアンテナショップへと育て上げること!)に、その大きな瞳を、キラキラと、いや、もはやギラギラと、燃えるような、そして決して消えることのない情熱で輝かせるのであった。
「まだまだ、まだまだ道半ば! 我が相馬中村藩の『KAIZEN(改善)』と『イノベーション(革新)』の道は、永遠に、そしてどこまでも、ネバーエンディング・不滅なのでございますぞ!」
そして、その頃、遠く江戸の幕府中枢では、老中首座が、水野内記忠清から提出された、詳細かつ、もはや小説のような「相馬中村藩再調査報告書(追伸:目安方筆頭・栗田謙信に関する、要注意人物観察記録、及び江戸アンテナショップ「相馬屋」に関する、真偽不明の巷説風聞集、全五巻付き)」に、じっくりと、そして極めて興味深そうに目を通し、深く長いため息をつきながらも、その厳格な顔の口元には、誰にも、それこそ腹心の部下にさえも見せることのない、ほんの僅かな、しかし確かな、そしてどこか、まるで面白い玩具でも見つけた子供のような、楽しげな笑みが浮かんでいた。
「…ふむ。相馬の栗田謙信、か。これはこれは…いよいよ、一度、この江戸城にでも召し出だし、その顔と、そしてその…その『魂のプレゼンテーション』とやらを、この目で篤と見て、そしてじっくりと話を聞いてみる必要がありそうじゃな……一体、どんな面白い化け物か、あるいは、この退屈しきった日の本に、一筋の光明を差す、稀代の逸材か…いずれにせよ、この老いぼれの、最後の楽しみになるやもしれんのう……誰ぞ、早馬を相馬へ。目安方筆頭・栗田謙信に、至急江戸へ参上せよ、と伝えよ」
栗田謙信の、そして彼が愛する相馬中村藩の、波乱万丈、予測不能、抱腹絶倒、そして時々ちょっぴり感動の、前代未聞にして空前絶後の改革物語は、まだまだ、どこまでも、そしておそらくは、読者の皆様が、もうお腹いっぱい、と悲鳴を上げるまで、あるいは作者が力尽きるまで、続いていくのであった。
(ひとまず、第一部・完)
ひとまず、第一部完です。
長期連載作品に目途がついたので、過去に書いたものを焼き直してみました。
とりあえず幕間として数話を毎日投稿していきます。
本編は、また、少ししてから再開したいです。
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