第7話 商人
俺たちが拠点に戻ると、拠点の前に2台の荷馬車と1台のキャビン付き馬車が止まっていた。
荷馬車には様々な商品が載っている。これだけなら行商人だと思うところだが、キャビン付きの馬車が来ているのが気にかかった。
「どう考えても商人のお偉いさんが来ているよな?」
「ええ。失礼のないようにしてくださいね?」
肩をこわばらせながら応接室に入っていく。中では一人の女の子が座って待っていた。
奥を向いて座っているので顔は見えないが、その後ろ姿には見覚えがあった。
「ノエル嬢!? どうしてこちらに?」
少女――ノエル・シュンカは俺の声を聞いてゆっくりと立ち上がり、こちらを向く。
彼女はそのまま俺の懐に飛び込んできた。
「クライム様! 会いたかったわぁ」
ノエルは俺にギュッと抱き着き、嬉しそうに頬ずりしている。
「ち、ちょっとあなた、離れてください! 公衆の面前で破廉恥ですよ!」
フィーナがノエルを引きはがす。離れる瞬間、「ふぅ、充電完了や」と聞こえた気がした。
俺たちは席に着いて仕切り直す。
まず、俺がフィーナを紹介し、続いてノエルが自己紹介を行う。
「初めまして。ウチはノエル・シュンカといいます。以後、お見知りおきを」
ノエルが挨拶すると、フィーナとノエルの間にパチッと火花が散った気がした。
俺は改めてノエルを見る。
彼女は商家の娘で、祖先は東方の国の出身らしい。
人懐っこさと好奇心を携えた瞳に、絹のような肌。
少しウェーブのかかった茶色の髪からは柔らかさと親しみやすさを感じる。髪色は東方由来だと、彼女が嬉しそうに語ってくれたのを思い出した。
また、彼女の一族には少しだけ訛りがある。先祖の生まれた地域特有の訛りらしいが、スピード感と親しみやすさが魅力だ。
ノエルとは10年以上の付き合いなので、気兼ねなく話すことも多い。
「それで、どのようなご用件でしょうか?」
フィーナがややぶっきらぼうに尋ねる。きみ、さっき『失礼が無いように』って言っていたよね?
「今日はクライム様の出世祝いに来ました。それから、ええ話も持ってきましたよ」
「良い話?」
ノエルは商家の娘というだけあって商機に目ざとい。不思議なことに、必要なものを絶妙なタイミングで持ってくる。
あまりにタイミングが良いものだから、四六時中俺のことを見ているんじゃないかと感じるほどだ。
「今日は投資話を持ってきました。この街、色々と直さなあかん場所がありますよね? ですが、ここにおる人だけじゃ人手が足らんし、先立つものもない。そうでしょ?」
「うっ……その通りだ」
「それだけやない。見たところ、この街には流通網が全くないから物資をわざわざ外まで買いに行かなあかん。でもそれじゃ不便やろ?」
「おっしゃる、通りです……」
フィーナが苦々しい顔をして頷く。
「そこで、や! ウチの商会が人、資金、物流を工面するっていうのはどうやろ?」
「何ですって!?」
いくら何でも良い話過ぎる。裏があるんじゃないかと思うほどだ。
「……その見返りは?」
「クライム様が欲しい」
俺? 貴族の地位が目当てということか?
それなら他にも方法はあるし、過去に商人から伯爵になった例もある。
その前例を参考にした方が良いと思うが……。
「冗談や。こんな方法で手に入れてもしゃあない」
「じ、冗談でもそんなことを言わないでください!」
フィーナが真っ赤な顔で抗議するが、ノエルはどこ吹く風だった。
「それで、実際のところはどうなんだ?」
改めて、ノエルに見返りを尋ねる。
「まずは街の中にウチの屋敷と店を構えさせてほしい。特に店は一等地がええ」
「それなら大丈夫だよな?」
「はい。問題ないでしょう」
無理のない条件にひと安心するが、まだ油断できない。
ノエルのことは信用しているが、世の中には悪い商人も居るからだ。
「次に、この街の特産品を開発したい。そして、それをウチだけが販売できるようにしてほしい」
「独占販売ということですか。健全な成長を促すためにも、あまり制限をかけたくないのですが……」
フィーナは競争によって市場が成長してほしいと考えているようだ。
両者の意見をまとめるなら――
「『お墨付き』というのはどうだ? 『領主公認』とか。……やっぱダメ?」
自分で言っておきながら、だんだん恥ずかしくなってきた。
やはり撤回しようとしたところ、ノエルが目を輝かせる。
「それや! クライム様のお墨付き、絶対に売れるで」
「まあ、それなら構わないでしょう。ただし、『お墨付き』は他の商家にも出しますからね」
フィーナの言葉にノエルが「ぐぬぬ」とうなった。
「まあ、しゃーない。最後に、特産品が開発できた暁には、街の近くに土地を借りたい。そこで特産品を量産する予定や。もちろん、売り上げに応じて税金は納めるで」
「税金を納めてくれるなら良いよな?」
「はい。雇用も生まれそうですし、大歓迎です」
「ウチが求めるのは以上や。受けてもらえるか?」
ノエルの申し出は、短期的に見ると俺たちが圧倒的に得をし、長期的には互いにwin-winとなる商談に思えた。
無理のない条件で大きな効果を得ることが出来そうなので、受けるべきだろう。
念のためフィーナの方を見ると、彼女は小さくうなずいた。
「ノエル嬢、交渉成立だ。この街の発展のため、力を貸してほしい」
「ごめん、条件追加や。ウチのことはノエルって呼んで。幼馴染やろ?」
そう言ってノエルはいたずらが成功した子供のように笑った。
数日後。俺は拠点の前に集合した職人たちと、続々と搬入される資材を眺めていた。
「凄い、この短期間でこれだけの数を揃えるなんて……」
「ウチの力も捨てたもんやないやろ?」
いつの間にか隣にノエルが立っていた。
ちなみに、彼女はあの日から拠点の一室で寝泊まりしている。『屋敷が完成するまで』という約束だが、そこまでしてくれる商人は初めて見た。
「とはいえ、ウチの手持ちやとこれが精一杯やったわ」
ノエルが悔しそうな顔をする。
「ちょっと待て、これ、ノエルのお金で用意したのか!?」
てっきり他の商人との共同出資か、実家からお金を出してもらったのだと思っていた。
「さすがに実績のない新米男爵に投資する商人はウチぐらいやで。ダメ元で両親に聞いてみたけど見事に断られた。こんな事もあろうかと、投資でお小遣いを増やしといて良かったわ」
その言葉を聞いて驚愕する。
確かにノエルとは旧知の仲だが、それだけの理由でこんな大金を出資するだろうか?
「なあ、なんでここまでしてくれるんだ?」
「あの時のこと、覚えてないんか?」
「え?」
「はぁ……まあええわ。そのうち分かる日が来るとええな」
ノエルは意味深にそう言うだけで、何も教えてくれなかった。
仕方がないので、ずっと気になっていたことを訊いてみることにする。
「話は変わるが、俺がこの街にいるってよく分かったな」
ノエルとは長い付き合いだが、頻繁に会う仲でもなかったので、領主になったことを言わずに出てきてしまったのだ。
いずれ気付くとは思っていたが、まさか着任した次の日にやって来るとは。
「ウチの人脈をなめたらあかん。どこに行っても探し出すで」
ノエルがニコッと笑ったのを見て、思わず背筋が凍った。




