第1話 運命の出会い
「放してください! もう生きているのが嫌になったんです!」
少女はナイフを手にしたままもがき続ける。
俺が手を放すと、彼女はナイフを自身の首に突き立てるだろう。だからこそ絶対に放すわけにはいかない。
「落ち着いて! 何があったのか教えて!」
彼女を思いとどまらせようと、必死に声をかける。
「わたくしのことは放っておいて――きゃっ!」
地面についていた少女の左手が滑り、支えを失った彼女の身体はそのまま仰向けに倒れこんだ。
少女ともみ合っていた俺も、勢い余って彼女に覆いかぶさるような体勢になる。
「――っ!」
すぐ目の前、息がかかるほどの距離に少女の顔があった。彼女は真っ赤な顔で口をぱくぱくさせている。
「ご、ごめん!」
俺は慌てて彼女の上から飛び退いた。
少女は起き上がらず、仰向けのまま空を見上げている。
雨が彼女の顔に付いた泥を洗い流していった。
しばらくして、彼女は「はぁ」とため息を吐くと、握っていたナイフを手放す。
それから「んっ」と言いながら右手を俺に向けて伸ばしてきた。
「えっ?」
「起こしてください。あなたが押し倒したんでしょう?」
どこかいじけたような、それでいて甘えたような声色だった。人とのつながりに飢えているのかもしれない。
「あ、ああ」
少女に向けて手を差し出すと、彼女は俺の手をしっかりと掴み、「よいしょ」と言いながら立ち上がった。
「あーあ、泥だらけになっちゃった」
少女はひどく汚れた服を見て肩を落とす。
雨に降られたせいでずぶ濡れになっていて、このままだと風邪を引いてしまいそうだ。
「君、どこか行く当てはあるのか?」
「……フィーナ」
「えっ?」
「わたくしは『君』って名前じゃなく、フィーナ・スワナです」
少女――フィーナは口を尖らせる。
俺と同い年ぐらいに見えるが、所々に幼い口調や態度が見え隠れしている。
「ああ。フィーナ、よろしくな。俺はクライム・マーシーだ」
「はい。よろしくお願いします」
フィーナは丁寧な所作でお辞儀する。着ている服といい、どう見ても貴族令嬢だ。それも間違いなくウチより格上の。
だが、スワナ家なんて聞いたことが無いな……。
「フィーナの家まで案内してくれるか? 送っていくよ」
びしょ濡れで泥だらけの女の子を放置するのは良心が痛む。なので、そう申し出たのだが。
「わたくしには帰る家がありません。今のわたくしは、身寄りのないただの平民ですから」
フィーナは悲痛な面持ちになる。そんな彼女を置き去りにするという選択肢は無かった。
「じゃあウチに来るか? ちょっと窮屈な思いをさせるだろうけど、食事と風呂ぐらいなら用意できるぞ」
「えっ? でも――」
――くぅ
フィーナのお腹が可愛らしく鳴った。彼女の顔がみるみる赤くなる。
「お腹は正直だなぁ。さあ、行こうか」
俺は彼女が落としたナイフを拾い上げると、外套のポケットにねじ込んでから家に向かって歩き出す。
フィーナは恥ずかしそうにしながらも俺のすぐ後ろをついてきた。




