第17話 ノエルの後悔
「落ち着いた?」
「うん。ありがと」
さっきまで泣いていたからか、ノエルの声はまだ弱々しい。
ひとまず泣き止んだので、彼女の背中から手を離した。
「あっ……」
ノエルが寂しげに声を漏らす。
彼女のイメージとはかけ離れた声に、思わずドキッとしてしまった。
「き、今日は遅いしもう休むか?」
変な気持ちになりそうなのを抑えながら、そう提案する。
「もうちょっとだけ。ウチの話もしたいし……」
上目遣いにそう言われては断れない。
それに、話の内容もすごく気になる。このまま解散すると、悶々として眠れなさそうだ。
「良いよ。ノエルの話を聴かせて?」
再びノエルと向かい合って座る。
彼女はすっかり冷めてしまった紅茶を一口飲む。
「紅茶、淹れなおそうか?」
「ええよ。せっかくクライム様が淹れてくれた紅茶やもん。捨てるなんてもったいない」
ノエルはそう言うと、愛おしげな目で紅茶のカップを見た。
「それで、ノエルは何で倉庫の中なんかに居たんだ?」
「……かくれんぼ」
ノエルが頬を染めて目を逸らし、小さな声で答える。
予想外の答えに、思わず聞き返してしまった。
「かくれんぼ?」
「友達とかくれんぼしてたんや。屋敷の門と倉庫の扉が開いてたから倉庫の中に隠れたんやけど、外から鍵を閉められて出れなくなったんや……」
ノエルは恥ずかしそうに話す。
あの事件の発端が、かくれんぼだったとは夢にも思わなかった。
「医者に運ばれたウチが回復したのは三日後のことやった。その日、ウチはクライム様にお礼を言おうとマーシー家を訪ねたんやけど……」
「ああ……。謹慎中だから会えなかったんだな」
「結局、ウチがクライム様に会えたのは2年後やった」
「謹慎が解かれたのが2年後だったからなぁ……。あれ? 確か謹慎が解けた日に訪ねて来てくれたよな?」
謹慎が解けた日に面識の無い女の子が訪ねて来たので、とても驚いたことを覚えている。
「毎日通っとったから当然や。いざ本人に会ったら、頭が真っ白になって何も言えなかったんやけど……」
「毎日来てくれてたの!? 2年も!?」
「どうしても命の恩人に直接お礼を言いたかったんや。……まあ、結局今の今まで言いそびれてたんやから、笑えるやろ?」
そう言ってノエルは自嘲的に笑う。
きっと、最初のタイミングを逃したことで言い出し辛くなったんだろう。俺にも経験があるから、その気持ちは痛いほどよく分かった。
ノエルはいきなり頭を下げた。
「クライム様、ごめんなさい。あなたはウチのせいで謹慎まですることになったのに、ウチは何もできんかった」
それはまるで自らの罪を懺悔するかのようだった。
その姿を見て、ノエルはこの苦しみをずっと抱えて生きてきたのだと知る。
俺は謹慎していた2年間と、その後の人生を思い返す。
確かにあの事件以降、辛い日々が続いた。だが、それは自分の行動が引き起こした結果であり、ノエルを責める気持ちは全く浮かんでこなかった。
俺は彼女の謝罪を受け入れることを決める。これで、本当の意味でノエルと対等な関係になれる気がした。
「ノエル、頭を上げて。怒ったり恨んだりする気持ちは無いから、気にしなくて良いよ。それに今は俺の領地の発展を手伝ってくれているじゃないか」
この街で働く職人たちを集めてくれたのはノエルだ。
それに、彼女が資金を援助してくれるおかげで、効果的に施設を建築できている。
「それは……クライム様の恩に報いようと思ったんやけど、これしか手段が思い浮かばなかったんや」
「十分過ぎるぐらいだよ。これだけの大金、お小遣いだけじゃないよね?」
以前、ノエルは『コツコツ貯めたお小遣い』を出資していると言っていた。
最初は俺もその言葉を信じていたが、最近になって金額が多すぎると感じるようになっていた。
「うん。回復した日から、お小遣いを投資して増やしたんや。いつかクライム様が領地を持つことになったら、少しでも助けになればと思って……」
そんな時期から貯めていたのか。しかも、5歳の頃から投資で増やしていたというから恐ろしい。彼女は百年に一人の商才の持ち主なのではないか。
「なあ、クライム様。ウチ、これからもクライム様の傍に居てもええやろか?」
「もちろん。大歓迎だよ」
ノエルの言葉に即答する。
彼女はかけがえのない存在で、もはや彼女のいない人生なんて想像もつかなかった。
翌朝。政務室で仕事をしていると、フィーナとノエルの会話が聞こえてきた。
「昨夜はお楽しみでしたね」
「それ、使い方間違ってるで。……よく入ってくるのを我慢できたなあ」
「わたくしだって空気ぐらい読めますよ!」
「そっか。ありがと」
「……ノエルに借りができましたね」
「借り? 貸しやなくて?」
「わたくしが知りたかった話を引き出してくれましたから」
「敵わんなぁ。……ええよ、昨夜のはウチの借りにしとく。これを貸しやと言い張る女は、フィーナには勝てん」
「ふふっ。さすが、わたくしの親友ですね」
フィーナがそう言うと、二人は不敵に笑いあう。
……彼女たちは何の話をしているんだろう?
俺は一人、首を傾げた。




