第91話『最初の月』
お久しぶりでございます。
そして、明けましておめでとうございます!!
2025年の内に投稿したかったのに年が明けてしまった…!!
なんなら1月終わりそうで戦慄してます。
投稿してないくせにページビューとかは割と確認していたりする奴な私のですが、ずっとアクセスはあって。
あ、時間を割いて見てくださってるのかなと思うととても嬉しくなりました。
亀よりも遅い更新速度ですが、どうか2026年も何卒よろしくお願いします…!!
ユムルにカッコつけて背を向けた魔王ティリアは公務室に向かい、机に乗った紙の塔を倒さないよう突っ伏した。
彼の右前には細めの眼鏡を掛けて書類を捌く側近が居た。
彼の手の速さは捉えることが出来ない。
顔を上げてその姿をじっと見つめた後、ティリアは気だるそうに声をかけた。
「ね〜え〜ベルぅ〜」
「ダメです。」
手を止めず、一瞥すらしないバアルに怒り机を叩く。
「まだ何も言ってないじゃない!!」
「…では仰ってください。」
「ユムルを膝上に乗せて仕事したい!」
欲望を口に出すと長い睫毛の下から紅く光る眼光を向けられた。
「ダメつってるでしょう。
まず、何故許されるとお思いで?」
「え…怖…」
「日頃からサボり魔の貴方様にお嬢様を与えてしまったら魔界が滅びます。
自覚なさい。」
レンズ越しでも寒気を覚える程の鋭い視線にティリアは目に涙を浮かべて恨み言を言う。
「ベルの鬼ぃ〜!」
「悪魔種ですけど。」
淡々と書類を減らしていくバアル。
その姿を見て自分も、とはならないティリアはやる気が底辺まで落ちていた。
突っ伏しても尚刺さる視線を受けながら彼は愛してやまないユムルについて思考していた。
⎯…
狂化を受けた時よりも意識が鮮明だからか、さっきからあの子の事をずっと考えている。
同じような事を何回も。
初めの頃の汚れた人形のようだった彼女。
細くて、傷が沢山で、今にも死んでしまいそうだった。
あの時、あの子に会えてなかったら今頃どうなっていたのかしら。
アタシも、あの子も。
あの子は間違いなく森で死んでいた事でしょう。
そこが魔界とも知らずにね。
それならアタシは?
アタシはどうなっていた?
アタシは…
多分いつも通りだけど、今のいつも通りじゃない事は確実だったでしょう。
今よりも視界に入る色が少なくて、魔界に縛られている、魔王というレッテルを偶持ち合わせた魔族。
偶、ヴェルメリド=イヴ=ヴィランローズの息子として産まれただけの存在。
偶、リフェル=イヴ=ヴィランローズの息子として生を受けただけの存在。
度重なる偶然が形となっただけ。
勝手に課せられる自分の運命は、日々を消費することで見てきた。
酷な日々ばかりかと問われれば否定する。
ママが居てくれたから。
幸せな日々ばかりかと問われれば否定する。
パパが居たから。
二人が居なくなってから、否定も肯定も出来なくなった。
ママの周りはいつも明るくて温かくて。
パパの周りはいつも暗くて冷たくて。
最終的に暗くて冷たいのが残ったから、明るくて温かい場所が欲しくて、自分がそうあろうと成るべく心がけた。
でも魔王は、孤高な玉座の周りは、暗く冷たくなければ許されなかった。
だって魔王だから。
見るものも、浴びるものも全部冷たい。
凍える寒さなのに氷すら存在を許されないような席。
そこに座り続けて我慢して我慢して我慢して、少し疲れてしまったから散歩と称して逃げるように外へ出た。
そしたらユムルに出会えた。
だから、あの我慢は結果的に良かったのだろう。
もっと前に我慢が限界を迎えていたら。
或いはもっと我慢を続けていたら。
アタシの運命はユムルと交わる事が無かったのだから。
ユムルと出会ってから、アタシの視界に色が増えた。
温かくて幸せな色が彼女から始まり、皆に伝わっていく。
アタシが欲しかったものだ。
魔王の周りが温もりを帯びていく。
玉座からでも温かさを感じられるほど広がっていく。
今も玉座に座り続けられるのは、ユムルや皆のお陰。
羅刹達やオベロン、王龍達もそう。
全員に認められるなんて不可能だけど、魔王がアタシで良かったって多くに思ってもらえるようにならなくちゃ。
そうしなきゃユムルを守れない。
癪だけどパパはそうしてママや皆、支持してくれる民を護っていたのでしょう。
その中にアタシが含まれているかは知らないけれど。
パパは圧倒的な強さで、批判する者全てを力で捩じ伏せていた。
捩じ伏せられた者はパパが居なくなったからか、次にアタシへ刃を向ける。
舐められている証拠だ。
だからベルにお願いをした。
そういう輩はアタシ自らが相手するから通せと。
城に招き、謁見の間で終わらせる。
またそろそろ来る頃でしょう。
最近は減ったけれど、その分天使種と衝突するようになったし…今はユムルが居るから派手にやらないようにしないと。
ユムルの存在は、アタシが魔王として相応しいと民衆に思われてから明かすことにする予定。
今よりもっと強くならなきゃ。
嫌だけど…嫌だけど、パパのように。
いや、パパを超えるくらい強くならなきゃユムルを守れないから。
そして天使種の件も片付ける必要がある。
…
「決めた。」
「?」
バアルは手を止め、ティリアを訝しげに見やる。
ティリアは意を決した表情でバアルを真っ直ぐに見ていた。
「ベル、アタシと手合わせして。」
僅かに目を大きくし、直ぐに戻るバアル。
ティリアはバアルの言葉を期待して真っ直ぐ見つめる。
やがて小さく息を吐いたバアルは、少し口角を上げて言葉を放つ。
「嫌です。」
「返答おかしいでしょ!!?
そこはハイ一択でしょう!!
アタシ魔王様よ!!!」
叫び、強く机を叩いて痛みに悶絶するティリア。
バアルの視線は冷ややかなものに変わる。
「私は蜘蛛の悪魔ですから。
本来の戦闘スタイルは私の仕掛けた罠に嵌り、
無様な姿を晒す相手を見て愉しむものですよ。」
再び書類を確認するべく用紙に視線を落とし、手を動かし始めるバアル。
バアルの性格の悪さを改めて感じたティリアは「う〜ん」と唸りながら思考し、思いついたのか手を合わせた。
「じゃあベルの仕掛けた罠を回避し続けるとか。」
提案を聞いたバアルは部屋中に響き渡るほどの大きな溜息を吐いた。
書類を捌く手を止め、ティリアへ視線を向ける。
その視線は呆れを隠すつもりがない。
「遠回しに面倒くさいとお伝えしたつもりでしたがご理解頂けていないご様子ですね、坊ちゃん。」
「え?アタシ魔王よね?
え?アンタ側近よね?」
「…ではお言葉ですが陛下。
恐れながら我が意思を拝聴頂きたく。」
「言葉遣いの問題じゃないのよ。」
無表情を解き、露骨に嫌そうにするバアル。
どうやら本当に面倒臭いようだ。
しかしティリアは諦めなかった。
「強くならなきゃいけないの。
ベル、シエル、ブレイズ、双子…
あと羅刹や可能なら王龍にもお願いしたいわ。」
真剣なティリアの視線にバアルは観念したように目を伏せた。
「…滅多打ちされても泣き言を言わないならば、手を打ちましょう。」
「誰が言うもんですか。
強くならなきゃいけないのに。」
「…(それでも言うから釘刺してるんですけど。)」
バアルは喉元まで出かかった言葉を静かに飲み込んだ。
「じゃあベル、今言ったメンツに声掛けといて。」
「王龍殿は現状難しいでしょうが、その他ならば。」
頷いたバアルに頷き返したティリアは徐に席を立ち、笑みを浮かべる。
「うん、お願い。
じゃあアタシはユムルに沢山甘えてくれるよう頼んでくるから。」
「は?」
突拍子もないことに抜けた声を出してしまった瞬間、ティリアはその場から姿を消した。
「あんのクソガキめ…。
ケツ叩かんと治らんなアレは…。」
バアルは後ほどティリアに灸を据えようと決めたのだった。
…
ティリアは瞬間移動を行ったが、部屋にいきなり現れるのは流石にまずいと思い、ユムルの部屋の扉前に転移した。
(そう言えばブレイズ達にユムルの事を任せたのだっけ。
大丈夫かしら、色々と。)
扉をノックしようとしたその時。
「!?」
扉越しに想いが伝わる。
雪崩のような羞恥と僅かな喜び、焦り。
中に三つの気配。
ティリアはすぐに扉を叩く。
「ユムル!!何があったのユムル!!
入るわよ!!」
「あ」
「おや。」
ティリアの目に飛び込んできたのは
顔から湯気を出して目を回しているユムル。
彼女を支えるべく片膝を立てて抱きしめているように見えるブレイズ。
ユムルの用意した椅子に座りニコニコ微笑むシエルだった。
「…」
「…」
ブレイズはその体勢のままティリアと見つめ合い、一拍置いて顔色が引き、滝のような汗が流れる。
「ブレイズ…アンタ何してんの…?」
ゆらり、と一歩ずつゆっくりと踏み込むティリア。
ブレイズは翡翠色の瞳から涙が溢れそうだ。
「ちがっ!?あのッ!!これはッその!!
えっと!!兎に角違うんですッ!!」
ユムルを支えたまま慌てふためくブレイズにシエルは笑顔のまま口を挟む。
「感極まって再度忠誠を誓ったブレイズ殿が姫君へ口付けを、いつものように。」
「シエル君その言い方は悪意あるよねッ!?
違うけど違くないと言うか違くないけど違うと言うか!!
あの!!手です!!手に!!つい!!」
「…………ベル。」
笑みを一切浮かべないティリアの口から出た言葉にブレイズは恐怖で震え上がった。
一瞬でバアルが目の前に現れ、ブレイズを数秒見つめて溜息を吐いた。
「……ったく、しょうがないですね。」
あのバアルが柔らかい声だった為一瞬安堵したが
「来い、ブレイズ。」
それも一瞬で氷柱に穿たれたような冷たさに変わってしまい、絶望した。
「……ぁぃ…。」
ユムルをベッドへ座らせてから綺麗な土下座をし、震える足で退出するブレイズをシエルは目で追っていた。
その後、彼も立ち上がりティリアへ頭を下げ退出し、ティリアとユムルの二人だけとなった。
「ユムル。大丈夫?」
ベッドへ浅く腰掛け、目を回すユムルの頬を撫でると我に返った。
「ハッ!てぃ、ティリア様!
すみませんお見苦しい所を!」
慌てふためくユムルを見て思わず笑みが零れるティリア。
溢れる愛しさを手に乗せ、ユムルを撫でる。
「そんな所なんて無いわ。
どんなユムルも愛しているもの。」
「うぅ…申し訳ござ」
謝罪しようとしたユムルの口を唇で塞ぐ。
触れるだけの、確かめるような口付け。
それだけでユムルの肩がびくりと揺れた。
ユムルの小さな片手を掬い、指を絡ませ強く握る。
安心して欲しいと言う気持ちと、独占欲が入り交じった欲望を薄らと察して欲しいという欲望の現れだった。
暫くして唇を離し、ぎゅうっと強く抱きしめる。
「大好き、大好きよユムル。
アタシの一番大切な人。」
「ティリアさま…」
呼ばれるたび、胸が高鳴る。
魔王としてではなく、一人の存在として呼ばれている気がして胸の奥が甘く締め付けられる。
ユムルもゆっくりと手を伸ばしティリアの背中へまわす。
「ほんと可愛すぎ。」
その仕草が愛おしすぎて唇を重ねた。
今度は少しだけ長く。
深く、ゆっくりと。
確かめるように何度も。
ユムルの体が、少しずつ力を失っていくのが
分かる。
だから抱き寄せた。
触れる度にユムルの肩が小さく跳ねる。
離れるとユムルの瞳が潤んでいる。
顔には出していないが、ユムルの行動にティリアの心臓は爆発しそうな程に鼓動が早くなっている。
(気付かれたら恥ずかしくて死ぬ⎯)
「や、やっぱり凄くドキドキしちゃいます…。
心臓が煩くて…」
腕の中のユムルが恥ずかしそうに笑う。
「アタシも…ッ…」
「ティリア様!?」
ユムル可愛すぎ発作発動。
片手で胸を押さえ、もう片方でユムルの肩を優しく押して少し距離をとる。
「だ、大丈夫…貴女が可愛すぎてちょっと…うん。
ダメ、可愛い、愛してる。」
「ぁの、その…えっと…
わ、わ…ゎたし、も…です…」
ティリアの心臓が爆発した(比喩)。
「嗚呼もうほんっとに好き!!
何があってもアタシが絶ッッ対に護るからねっ!!」
「何が、あっても…?」
「そう!!何があっても!!」
少ししてティリアは気付いた。
ユムルの顔から笑みが消えていた事に。
「ユムル?」
下に目を向けた彼女に先程までの熱が下がる。
想いを感じ取った訳ではなく、表情で理解した。
目線を合わせようとユムルの顔を覗き込む。
「ユムル?…もしかして怒ってる?」
「いいえ。」
「じゃあどうしてそんな複雑な表情なの?
アタシ、何か気に障るような事言っちゃった?」
フルフルと首を横に振るユムル。
少し沈黙した後、目線は下に向けたまま口を開いた。
「や……約束…」
「約束?」
脳をフル回転させるが、答えを得る前にユムルが静かに告げる。
「ティリア様も…御身をお大事になさると…」
「あ。」
そう言えばそんな事言ったっけ…。
などと口から出てしまえばユムルから信頼されるどころか不信感を抱かせてしまう。
歯を食いしばり喉で押しとどめ、言葉を飲み込んだ。
「ご、ごめんねユムル。
不安にさせたくないのに、言葉間違えちゃった。」
「違います。
私が、とても面倒な人間なだけなのです。
申し訳ございません。」
「アタシの大好きな人が面倒な訳ないでしょ。
それほどまでにアタシを思ってくれてるんでしょう?」
下に向けられたまま彷徨う視線はやがて止まり、小さくコクリと頷いた。
「嬉しい、本当に嬉しいの。
貴女が思ってる事をもっと教えて?」
大きな不安を持つユムルの背後に回り、手を彼女のお腹に回して後ろから抱きしめる体勢をとる。
恐らくユムルはティリアの顔を見ると言葉を出すのに勇気が必要になる。
そう考えたティリアの愛情表現だった。
自分が出来る最大の優しい力加減をしつつ、小さく上下する彼女のお腹で呼吸を確かめていた。
少ししてユムルは口を開いた。
「ずっと考えてしまうのです。ずっと…
ずっとティリア様のお傍に居て良いのかなって。」
「良いに決まってるじゃない。
不安にさせてごめんね。
何度でも聞いて。何度でも肯定するから。」
「…はい。」
そこでふと気付く。
何度伝えようとユムルの性格上、その不安が生まれるのは当たり前と言って差し支えないだろう。
しかし、それを考慮した上でだ。
(アタシ、ユムルにちゃんと告白したっけ!?)
狂化効果で想いが爆発したからこそ成就した想い。
覚えていたい記憶なのに、所々あやふやな点がある事が否めない。
ユムルを押し倒し、泣かせた記憶は鮮明なのに、肝心の部分も記憶しているはずなのに。
一言一句正しく覚えているかと問われれば言いきれない。
それは自分だけでユムルはきちんと全てを覚えているだろう。
それなのにあの不安が否めないのは。
(もしかしてお酒に酔った勢い的な感じに思われてるとか!?
ユムルの性格上これは有り得る!!)
「ゆ、ゆゆゆゆユムル。
疲れているところ申し訳ないけど、ちょっとお願いがあるの。」
「はい。何なりと。」
「もっかい、ちゃんと告白させてほしいの。」
「は………えっ!?」
ユムルの答えを聞かず、魔法で彼女の服を星空のドレスに変えてメイクを施す。
自らはシックなスーツへ身を包み、ユムルの部屋のバルコニーへエスコートする。
空はユムルのドレスが映っているような静かで煌めく夜。
二人は頭上に浮かぶ白い月を見上げる。
「今日の月は貴女みたいに綺麗ね。」
「ぅ…ティリア様やお月様の方がとても…」
月が二人を優しく見守っている中、バルコニーの中心で向き合う。
「本当はね。
厳正な場所で、皆が見てる中でやる必要があるとは思うんだけど…こっちの方がアタシ達らしくない?」
口を浅く結び頷くユムル。
ティリアは穏やかに微笑み、ユムルの小さな手へ視線を落とす。
深呼吸を1つ。
ゆっくり目を開き、彼女の目を真っ直ぐに見つめる。
「ユムル。
結婚を前提に、私と付き合ってください。」
木々を揺らす優しい夜風が、二人の間を静かに通り抜ける。
ユムルの唇が、小さく震える。
目に涙を溜めながら必死に言葉を探している。
そして⎯
「ふ、不束者ですが、よっ、よろしくお願い致します…!」
今まで見てきた中で一番自然な笑顔だった。
月光に照らされた花が満開となり淡く光るような笑顔。
抱きしめようとするとユムルが意を決した顔で伝える。
「あ、あの…ティリア様。
不躾ながら一つ…宜しいでしょうか…。」
「勿論よ。」
「わ、私とずっと一緒に、お、お月様を…御覧頂けますか…」
「ッ!!」
一番何気ない話として紛れ込ませたもう一つ告白に、ユムルが返事をしてくれた。
彼女は意味を理解していたのだ。
嬉しさが涙として込み上がってくる。
震えているのは寒さではない。
「当たり前、でしょ?」
一度息を吸い、目を逸らさない。
「貴女とこの先ずっと…
最期まで月を眺めていたいの。」
月光を受けたユムルの表情が、はっと息を呑むように揺れる。
「ユムル。」
名前を呼ぶ声は低く、穏やかで、確かだった。
嬉しそうな彼女の笑みに胸がまた締め付けられる。
嗚呼。
この人は、本当に―
手を優しく引いて抱きしめたまま、夜空を見上げる。
月は変わらずそこにある。
でも、先程と同じ月じゃない。
誓いを交わした二人で見る最初の月だから。
額に額を当て、月光の下、二人は唇を深く重ねた。




