目を開けるとそこは雪国
「・・・瑞樹殿、瑞樹殿!しっかりされよ!」
鏡様の声が聞こえます。転星する星に着いたのでしょうか?・・・でも頬に伝わる風はまだ強く、なんだか肌に刺さるように痛いです。
「・・・痛いというか・・・寒い?」
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
ぼんやりとした意識のまま目を開くとそこは一面の銀世界、と言いますかホワイトアウト状態です。木のような物影もかすかに見えますが、ここが何処なのか、どんなとこなのかもさっぱりわかりません。とにかくとても寒いです。私は下着の肌襦袢の上に巫女服しか着てない薄着でしたので寒さが身に凍みます。奥歯がガチガチ震えだしました。あ、これ二ヶ月前にも似たような事が・・・。
「か、か、鏡さま、このままでは私は寒くて死んでしまいそうです」
「瑞樹殿、ご安心なされよ。吾もここまで寒いのは予想外でしたが、備えはしておりますゆえ」
そう言いながら鏡さまは持ってこられた神袋の中身をゴソゴソと探しだしました。
「見つけました。さて、瑞樹殿、申し訳ないが神袋の端を持っていただけるだろうか。ちょっと出すのが大変な物を今から出しますゆえ」
「は、はい、袋持ちました。お、お願いいたします」
「ではまいります、仮装住居召喚!ええい!」
神袋の口が大きく開き、中からそこそこの大きさをした木造家屋のような物が出てきました。え?こんな大きなもの何処に入っていたのでしょうか?それにあんなに細身の鏡さまが一人で袋から引き出すなんてどうして!?
「さあ、まずは中に入られよ。話はそれからです」
「は、は、はい。あ、ありがとうございます!」
木戸を開き中に入るとまるで農家の古民家のような造りをしていました。
玄関から入ると軽自動車でも入れそうな広い土間があり、開いた襖の向こうには和室と囲炉裏が見えます。さらに奥にも襖が見え、部屋数もかなりありそうな感じです。
家に入ってからは寒さも感じなくなり、先ほどの猛吹雪の音がほとんど聞こえません。見た目より密閉性もありそうです。
「この星の現在の文化レベルは日本でい言えば平安時代から室町時代くらいだそうですが、この仮装住居の趣は昭和初期の古民家が元になっております」
「そうなのですね、確かに私にはとても懐かしく感じます。父親の実家が江戸時代からの農家で、こんなお家でした」
「これは仮装住居と申しまして、転星する人と神は、みなここを拠点に活動を開始します。星に正式な住まいができるまでの仮住まいや、人里離れての長期移動の宿泊施設として活用いたします。
あと、万一の大規模な天災もやりすごせる耐久力もあり、避難施設としても活用できます」
なるほど、見た目は木造住宅なのに、実は神様のシェルターみたいなものなのですね。
「吾の神袋に出し入れが自由にできますので、持ち運びに便利です」
「出し入れ・・・そう言えばお一人でこの建物をお出しになりましたが、鏡様は実はものすごい力持ちなのでしょうか」
「いえいえ、吾は戦闘能力も皆無ですし、腕っ節もからっきしです。実はこの建物は、取り出しと収納時だけ所有者にはものすごく軽いのです。神にもいろいろおりまして、私のように腕力のない神も少なくないですから」
「あらあら、さすが神さまの皆さまは、転星慣れされてるのですね」
いきなりの極寒で慌ててしまいましたが、やっと一息つけました。さあ、これからどうするかです。
「このお家は持ち運びができるのですよね・・・まずは、もう少し暖かい場所を目指して移動しませんか?私は雪は大好きなのですが、この吹雪では何もできません。冬の間だけの天候でしたらまだなんとかなりますが」
「確かにそうですね、しばしお待ちください」
そう言うと、鏡さまは袂より巻物状の万能辞書を出し、会話をするように調べ物をはじめました。
「『万能辞書』によれば、今よりもう少し南下すれば雪はさほど積もらず、気候も穏やかになるようです」
「でもこの吹雪で移動は可能なのでしょうか?」
「この地も毎日がこの天候ではないようです。様子を見て明日にでも移動を開始しましょう。とりあえず囲炉裏に火を入れて今日は休み、明日からの準備だけいたしましょう」
「あ、もしかして私の出番ですね」
さあ、閻魔さまに教わった[ 操火 ]の初歩。[ 種火 ]実践初回です。囲炉裏の側に近づき、薪の側にある藁束に火をつけます。
「・・・種火」
成功です。指先にロウソクの火のような小さな炎が灯りました。消えないようにそっと藁束に近づけ、無事に薪まで燃え始ました。苦労して覚えただけに、初めて実際に使えた事になんだか妙な達成感を感じて燃える火に魅入ってしまいます。
なんだか不思議な気持ちです。いつもはコンロの火でも怖いのに、こんなに火を綺麗で愛おしく感じるなんて。
「無事に点いたようですね。では飲み水の確保もしましょう。吾も実は[ 水の操者 ]であります。綿津見神様よりお力を授かったのですが、少し問題がありまして」
「問題ですか?私と同じで攻撃する御技が使えないとかでしょうか」
「いえ、攻撃の御技はそれなりに使いこなせるのですが、深海生活が長かったせいか、なぜか湧き出る水が全て海水のように塩分を含んでおり、真水が出せないのです」
「あらあら、それではその攻撃を受けた方は・・・」
「かなりしょっぱいでしょうね。それはいいのですが、問題は真水の飲み水が出せないのです」
「あらあら、それでこの囲炉裏には少し変わった鍋が具えてあるのですね」
普通は囲炉裏の上にある鍋などを吊り下げる自在鉤には鉄瓶や鉄鍋がかかっていますが、中央の窪んだ蓋のついた鍋がかかっていました。鏡さまはその蓋をあけ、二層式の内鍋の外側に二本指先を添えました。
「注水」
さらさらと綺麗な水が鍋に注がれました。でもこれ塩水なんですねぇ。
「だいたい2リットル程注ぎました。これでしばらく待てば中央に真水が溜まります。今回は塩も取りたかったのでこの鍋を使いましたが、雪も成分を調べて溶かして使用してもいいでしょう。水源や井戸などができるまでは、毎回このようなかたちで水の確保をすることになります。面倒ではありますが、ご容赦ください」
「いえいえ、お塩も手に入って一石二鳥ではないですか、なんだか得した気分ですわ」
明治生まれのおばあちゃんとしては、多少の手間でもお得な事は大好きです。
地球の海水の場合、確か海水2リットルでお塩は50グラムくらい取れたはずです。『海水は煮詰めて十分の一になる前に出る白い物は塩ではないから食べてはダメ』と教わった気がしたので、じっくり煮詰めて不純物とお塩と真水を選り分けました。
お塩の抽出に集中しすぎてしまい、寝る支度を忘れていましたが、鏡さまが奥の間に床を用意してくださっていました。なんだか疲れてしまった私はそのままお布団に潜ってすぐに寝てしまいました。
慌ただしくもあり、楽しかった転星初日は過ぎていきました。




