Una rosa per te~考えと欠席と~
「アシェリート様……」
イネスが帰った後、私室でアシェリートからの手紙を読み終えたスカーレットはぽつりとその名を口にした。
手紙の内容は、贈り物のリボンについてと昨日スカーレットが口にした婚約破棄のこと、そして暫く魔法学院へは不定期で登校することが書かれていた。それに加え、毎朝の迎えもないとのこと。スカーレットにしたら、自分を迎えに来るという口実でラリマーに会いに来ているくせに、というのが本音だった。
「……」
婚約破棄だけは絶対にしない。手紙にはそうある。昨日アシェリートも断言していた。
「……そうよね。だって、私と婚約破棄をしたら、ラリマーと関わる良い口実がなくなるものね」
自分で言っておきながら、ずきりと痛む。朝から会えるだけで嬉しいと思う反面、妹に会いに来ていると思うと苦しい。
4年前、父方祖父母に引き取られた時は幸せだった。毎日が地獄に等しかった生活から解放され、大好きなアシェリートが毎日顔を見せに来てくれた。ヴァーミリオン公爵家にラリマーもあの両親もいない。誰の遠慮もいらない2人だけの世界にずっと浸っていられた。お茶をしては、夜は何をした、今日はこんなことを学んだと話した。会話の内容は何でも良かった。お互いがお互いを知るものなら何だって。
だが、それも1年前突然強制終了された。魔法学院に入学する半月前になって伯爵家に戻された。祖母リリアネットや叔母ヴィオレットが大反対したが、祖父クローディンと叔父フレアーズィオがスカーレットを戻してしまった。3年振りに戻った実家で再会した両親は酷く老けて見えた。泣いてスカーレットに今までのことを詫び、これからまた家族4人で暮らそうと涙した両親にスカーレットは言い様のない嫌悪と不安を抱いた。
――その予感は見事に的中した。
伯爵家に戻されたと聞いたアシェリートがすぐに慌てて来てくれた。その時の彼の慌てようはすごかった。スカーレットを見るなり抱き締め、酷く心配された。やたらと擦り寄ってくる両親が鬱陶しく、凄まじい嫌悪感を抱いていたスカーレットにはアシェリートだけが救いだった。また、昔からいる使用人達もスカーレットに同情して出来る限り気を遣ってくれた。頻繁に訪れてはまたラリマーが邪魔をすると危惧し、だが昔手紙で次の訪問を知らせても結局はバレてしまったので、抜き打ちで来るとアシェリートは告げた。スカーレットも同意した。使用人達もスカーレットだけに訪問が伝わる様配慮したのだが……。
2年経った現在、伯爵家に戻ったスカーレットにアシェリートの訪問を知らせた者はいない。イネスやアシェリート、またスカーレットも疑問に抱いているが、今となってはもうどうでも良かった。
「……」
スカーレットは手紙を綺麗に畳み、引出の中に直した。
コンコン、としたノックの音。スカーレットが声を掛けると入って来たのは母アレイト。側にはアレイト付の侍女がいる。一気に心を切り替え、両親が望んだ令嬢の仮面を付けた。
「どうしました、お母様」
「え、ええ。今度の夜会に参加する為のドレスを新調するのだけれど、スカーレットも参加する夜会だから貴女もデザイナーに頼んでドレスを新調しなさい」
「ああ、丁度良かったですわ。申し訳ありませんが夜会は欠席します」
アシェリートからの手紙にこうあった。暫くの間、お茶会や夜会にも参加しないでほしいと。幸いに、スカーレットが出席を決めていた夜会は先程アレイトが言ったものだけでお茶会も少し前に済ませた。誘いが来ていてまだ返事を返していないものは欠席の旨を伝えるつもりである。
「欠席って……」
「フォルトゥナ侯爵夫人には後日、お詫びの手紙と品を贈ります。要件はそれだけですか?」
「待ちなさい。どうして急に欠席するなどと」
「お母様には関係ありませんわ。お引き取りを」
「スカーレットっ! 貴女はどうしていつもそうなの! 伯爵家に戻って来てから、丸で他人行儀に振舞ってばかり! 私たち家族に歩み寄ろうとする気はないの!?」
「……」
スカーレットの冷ややかな赤い瞳が目の前の母を射抜く。家族。その枠組みに今更自分を入れないでほしい。子供の頃は何度も入れてほしいと願ったがそんな気持ちは既にない。
勉強をすることはスカーレットにとっては苦にならなかった。新しい知識を得て、世界が広がる瞬間はとても楽しい。マナーレッスンもダンスレッスンも上達すれば家庭教師は自分のことのように喜んでくれた。……だが、両親は違った。どんな難題でもスカーレットは出来て当然だと言い放った。寧ろ、出来ない方が可笑しいとも口にした。また、スカーレットが体調不良を訴えても両親は切り捨てた。多少のことなら我慢をしろ、体調管理が出来ないスカーレットが悪いと。アメシストや他の使用人達が気を遣ってくれなければ今頃死んでいたこともあった。それすら、体調管理を怠ったスカーレットが悪いと目の前の母は言う。
ラリマーが少ししんどいと言えば大袈裟な程慌て、何処の貴族の子でも出来て当たり前のことが出来れば褒める。
果たして、目の前の母は知っているのだろうか。自分がスカーレットを褒めたことが一度でもあったかを。
――ある訳ないわ……
お目出度い思考回路の持ち主なので。
スカーレットは背後に控える侍女に目でアレイトを連れて行ってほしいと訴えた。すると、侍女は困った風を装いながらアレイトを連れて部屋を出て行ってくれた。外から、侍女に喚くアレイトの声が届く。スカーレット、と何度も叫ぶ声も。
「はあ……」
どうして、祖父と叔父は自分をこの家に戻したのだろう。伯爵家に戻されてから、月に1度祖母と叔母を交えてお茶会が開かれる。スカーレットの様子を見に来ている。庭に設置されたお茶セットで日常や魔法学院での会話をするだけ。3人でのお茶会を望むが、必ずアレイトやラリマーがいる。大方、スカーレットがまた伯爵家から引き離されると思っているのだろう。花好きのヴィオレットは、ローズオーラが咲かせる花々に大変強い興味を抱いており、毎回スカーレットに新しい花の案内を頼んでいた。その時も同行したがる2人を無理矢理置いて行くが後からヴィオレットと何を会話したかしつこい程に聞いてくる。ヴィオレットもそれが分かって最初のお茶会からスカーレットとの会話を自分から披露する。
アシェリートからの贈り物に目をやる。リボンの黒と紫水晶。どれも彼の色。
「アシェリート様……」
そっと、紫水晶に口付けた。
「愛しています」
――例え、貴方が私の妹を愛していても……。
○○
それなりに日数が過ぎた夜――。
今夜はフォルトゥナ侯爵家で夜会が開かれる日。アレイトに欠席の意思を伝えた後、欠席の旨を手紙に記し、お詫びの品をフォルトゥナ侯爵夫人宛てに届けてもらった。部屋に残ったスカーレットを夜会へ行くラリマーが訪ねた。
「お姉様! 何故夜会へ行かないのです」
空色の瞳に合わせて作られたマーメイドラインのドレス。波に流れるようにパールが散りばめられている。適度に露出した透き通るような肌がまたラリマーの可憐さを引き立てていた。母譲りの青緑の髪には白色のリボンが着けられている。確か、一部の令嬢の間では流行っていると耳にした。流行りに敏感で誰よりも先に手に入れたがるラリマーがまた両親におねだりしたのだろうと推察する。
今日の夜会にスカーレットも出席すると聞いていた。なら、アシェリートもいる。アシェリートが来るから一生懸命におめかししたのだろう。その肝心な相手が来るには、スカーレットの存在は欠かせない。
「既にフォルトゥナ侯爵夫人には、お詫びの手紙と品は贈っているわ。それより、早く行かないともうすぐデルフィーノ様が迎えに来るわ」
「お姉様だって、アシェリート様が迎えに来るではありませんか」
「アシェリート様も欠席すると連絡を貰っているから、心配ないわ」
「え」
寝耳に水。
アシェリートも欠席とは知らなかった。
ラリマーは呆然とする。予想通りの妹の反応にこっそりとスカーレットは溜息を吐いた。
扉の前でやり取りをしているとラリマー付の侍女リリスがデルフィーノの迎えを知らせた。早く行きなさいとスカーレットが促してもラリマーは呆然としたまま。声を掛けても反応しないラリマーを心配するリリスへこう告げた。
「リリス。アメシストを呼んで来て。2人でラリマーをデルフィーノ様の所へ案内してあげて」
「は、はい」
リリスは踵を返し、言われた通りアメシストを連れて戻った。2人が呼び掛けてもラリマーは同じだった。動かせば歩けるので多少無理矢理連れて行ってもらった。残ったスカーレットは我慢していた溜息を盛大に吐き出した。
きっと、夜会から戻ったらスカーレットのせいでアシェリートも欠席したとラリマーは騒ぐだろう。安易に浮かぶ予想に溜息を吐かざるを得ない。抑々、夜会の欠席を求めたのはアシェリート。彼の真意までは読めない。
アシェリートにしたら、自分が欠席してスカーレットだけを出席させたら、只でさえ不仲説が噂されている現状が悪い方向に加速する予感を抱いた。
スカーレットはドレッサーの引出を引いた。中には、婚約を結ばれてから贈られた髪飾りが沢山仕舞われていた。長く使える様に1つの使用を極力抑えている。今日贈られたリボンを手にした。
「……」
自分の髪に結び、姿見の前に立った。赤い髪に似合う色。
ラリマーの白いリボンを見て、ふと抱く。アシェリートが贈る髪飾りの色は、決まって黒と紫と赤で統一されている。薔薇を模した髪飾りが圧倒的に多い為、赤があるのは必然となるが黒と紫。この3色が基本。ラリマーのように白はない。
スカーレットは白のレースハンカチを何回も折って細くし、頭に乗せてみた。
「似合わないわね……」
赤と白。白は、自分には似合わない色。
愛くるしい妖精のような妹にしか似合わない。
苦しい、痛いと感じる感情が湧かない。
黒と紫はアシェリート、赤はスカーレット。……1色たりとも、他色が入れる隙はない。じわじわと頬に熱が集中する。有り得ないと言い聞かせながらも、心に生まれた感情は誤魔化せない。
「お嬢様」ラリマーをリリスと2人でやっとデルフィーノの元へ連れて行き、無事馬車に乗せたアメシストがスカーレットを訪ねた。ご苦労様、と労いの言葉をアメシストにかけて気付く。疲労の色が濃く浮かんでいる。スカーレットが何があったかと心配そうに聞けば、アメシストは苦笑しながら答えた。
「玄関までお連れしたら、急に我に返ったらしく嫌がられてしまって……。でも、デルフィーノ様が来て下さって何とか連れて行ってもらいました」
「ありがとう。デルフィーノ様にも、また学院で会ったらお礼を言わないと」
「お嬢様は欠席されて良かったのですか? フォルトゥナ侯爵令嬢のアリエル様とは仲が良いとお聞きしていますが」
「勿論、アリエル様にも詫びたわ。でも、アリエル様も侯爵夫人も不思議と穏やかだったのよ。何というか、微笑ましいものを見る目だった」
「……何故ですか?」
「さあ」
フォルトゥナ侯爵家と自身の婚約者の家が元から懇意なのと事情を聞かされている為に突然の欠席も納得して貰えているとは知らない。
アメシストが部屋を出た後、私室のベッドに腰掛けたスカーレットは今宵の夜会でラリマーが何かしでかさないか心配でならない。デルフィーノには、ラリマーのことで随分と迷惑を掛けている自覚はある。以前、そのことについて謝罪すると――
『スカーレット様が謝ることではありません』と返された。
「あ」
不意に机に置かれているレターセットが目に入る。確か、以前にデルフィーノに贈られたプレゼントだ。彼の妹オニキスとは文通をし合う中で、お洒落なレターセットを見つけては互いに送り合っていた。そのことを知っているデルフィーノに「妹がお世話になっているお礼です」と贈られた。デルフィーノの妹オニキスは人見知りが激しく、身内以外だと片手で数えるしか話せる相手がいない。レターセットを手に取りった。暫し考えた後、椅子に座って筆を走らせた。
書き終えると三つに折り、封筒の中に仕舞った。ヴァーミリオン家の家紋が施された封蝋を指先に灯した炎で炙り、封をした。
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