Una rosa per te~守りたいだけ~
逃げた令嬢シリーズの連載版、というよりifになります。
短編とは違った違ったお話になりますがそれでもドンと来い( ´∀`)
という方は生温かい目で読んで頂けたら嬉しいです。
スピーディー?(出来るかな……)に進む予定です
『スカーレット』
初めて出会ったあのお茶会の日から、恋い焦がれる紫水晶の瞳は何時だって自分を見つめてくれた。愛が滲むその瞳を向けられ、差し出された手にそっと自分の手を重ねたスカーレットは『さあ、行こう!』と駆け出した彼に大きく頷いて見せた。
このまま、2人だけの世界に行ってしまいたい。
何度も願った願いを、彼に愛されなくなった今でも抱いているのはきっと……――。
◆◇◆◇◆◇
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魔法大国“フォルテ王国”
王族や貴族に生まれた者は、皆魔力を保持する。王族や高位貴族になる程魔力量は多くなり、扱える魔法の数や難易度も上がる。
此処、“フォルテ王国”の伯爵の地位を賜る貴族ヴァーミリオン家の長女、スカーレット=ヴァーミリオンは屋敷の庭で王城から派遣された家庭教師と共に魔法の特訓をしていた。炎のように燃える赤い髪と瞳のスカーレットの魔法属性は炎と光。本来、魔法属性は1人に付き1つなのだが、伯爵家の生まれでありながらスカーレットは王族をも凌ぐ魔力と複数属性を持つ。
「では、スカーレット様」
「はい」
家庭教師に促されたと同時にスカーレットは眼前に炎の球体を編み出した。炎はあらゆる生物を焼き尽くす。スカーレットの眼前に現れた炎は綺麗な球体を保ち、また、見ている者を魅了する不思議な力に溢れていた。「そこまで」と家庭教師の声でスカーレットは炎を消した。
「お見事です。制御は完璧ですね」
「ありがとうございます」
「今日はここまでにしましょう。スカーレット様の成長には目を見張るものがあります。将来が楽しみです」
「いいえ。私はまだまだです。これからも頑張って精進していきます」
「スカーレット様のような向上心のある生徒を持てて僕も教える甲斐があります。次の授業は来週になります」
「来週ですか? 日が少し開きますね」
「はい。申し訳ありません」
「いいえ。先生がお忙しい方なのは重々承知しております。本日はありがとうございました」
「ええ、こちらこそ」
家庭教師を玄関まで送り、見送りを終えるとタイミングを狙ったようにスカーレットの母アレイトがいつの間にか後ろにいた。
「スカーレット」
「本日の授業は終わりました。伯爵夫人」
「……そ、そう。先生の教えを無駄にしないようにね」
「勿論です。失礼して良いでしょうか? これから、お婆様から頂いた孤児院の経営状況の書類を整理しますので」
「……ええ。いいわ」
「失礼します」
スカーレットは、母親である筈のアレイトに対し、丸で他人行儀に振る舞うとその場を去った。
私室へと向かうスカーレットの背を見つめるアレイトの空色の瞳に映るのは、後悔と哀愁の感情。
自業自得――。
そう言われてしまえばそれまで。2年前から、スカーレットは両親を親と呼ばなくなった。父親をヴァーミリオン伯爵、又は伯爵。母親をヴァーミリオン伯爵夫人、又は伯爵夫人。ヴァーミリオン伯爵夫妻とスカーレットは歴とした親子だ。その証拠に、スカーレットの炎のように燃える髪と瞳は父親譲りで目元は母親譲り。紛れもない、ヴァーミリオン伯爵夫妻の娘。だが、今更彼等にスカーレットの親を名乗る資格はない。
スカーレット、と呼びそうになったアレイトは喉まで出かけた言葉を呑み込んだ。代わりに、またスカーレットを見ようとするも彼女はもう私室に戻ったのか何処にも姿はない。
遠い。何処までも遠い。
スカーレットとの距離が。母と娘の距離が。
遠い……。
私室へと戻ったスカーレットは、戻った直後に3回鳴ったノックに対し「どうぞ」と返事をした。「失礼します」と一礼して入室したのは、スカーレットが幼い頃から仕える専属侍女アメシスト。アメシストの名前の通りの紫色の長い髪は後ろに一つに縛られている。紫の瞳がスカーレットを見つめた。
「ハニーホットミルクをお持ちしました」
「ありがとう」
ワゴンに乗せて運んだマグカップを持ち、ベッドに腰かけたスカーレットに渡した。マグカップの縁に口をつけ、少し傾けゆっくりと飲んでいく。スカーレットの固い表情が幾分か和らいだ。
「美味しい」
「ありがとうございます」
「ふふ、アメシストの作るハニーホットミルクはいつ飲んでも美味しいわね。味の秘訣は何なのかしら?」
「秘密です」
「あら。私でも教えられないの?」
「入れているのはハチミツだけですよ。牛乳とハチミツの質が良いのです」
「そんなことないわ。アメシストが作るから美味しいのよ。品質はあまり問題ないわ」
「いいえ。どんなに作り手の腕が良くても、品質が低いとどうしても味は落ちてしまいます。ですが、スカーレットお嬢様に喜んで頂けて嬉しいです」
スカーレットの幸福はアメシストの幸福である。こんな小さなことで喜んでくれるのなら、更に美味しいハニーホットミルクを作ってみせる。アメシストがスカーレットに与えられる幸福は、そんな小さなことでしか出来ないのだ。本来なら、大きな幸福を与えないといけない存在は、生きてはいるがいないも同然。スカーレットは両親に何も期待していない。アメシストも同じ。雇い主はヴァーミリオン伯爵でも、仕える主はスカーレットただ一人。
「この後は何をなさるのですか?」
「うん? ああ、お婆様に提出する孤児院の経営状況を纏めた書類を作るわ。部屋で勉強より、魔法の特訓の方がずっと楽しいわ。体を動かせる滅多にない時間だもの」
「お嬢様……」
スカーレットの言葉にアメシストは何とも言えなくなる。
外で体を動かす。きっと、王族やもっと上の貴族でも余程の事情がない限りは、制限付きとはいえ外を出歩ける。スカーレットにはない。幼い頃から、ヴァーミリオン伯爵家の完璧な令嬢を求められたスカーレットに外へ出歩く時間さえ勿体無いとひたすら勉強漬けにしたのだ。あの者共は。親と呼ばれる資格すらないあの夫妻が。
ハニーホットミルクを飲み終えるとマグカップをアメシストに返し、書類作成に必要な本を取りに行くべくスカーレットは書庫室へ向かった。
廊下を歩いていると向こう側から見知った男女が歩いて来た。
ずきん
――大丈夫。大丈夫よ、スカーレット。平常心平常心。
もう見慣れた光景の筈なのに、何度見ても心が悲鳴を上げ泣き叫ぶ。その度に無理矢理、心に重石を乗せて蓋をする。ただ、鉢会わせるのは面倒な為道を変えた。遠回りになるが問題ない。
――なのに。
「スカーレット」
左へ曲がろうとしたスカーレットを見つけた男性がスカーレットの名を呼ぶ。
癖のある黒髪に紫水晶の瞳の麗しい青年はオルグレン公爵家の長男アシェリート=オルグレン。スカーレットの婚約者。彼の隣にいる女性はラリマー=ヴァーミリオン。スカーレットの双子の妹。
赤い髪と瞳のスカーレットと違い、青緑の髪に空色の瞳を持つラリマー。愛らしい顔立ちに鈴を転がしたような声色は非常に庇護欲をそそられる。
自分を呼び止めたアシェリートを見上げた。
「ごきげんようアシェリート様。いらしていたのですね」
「婚約者の家に遊びに来てはいけないか」
「いいえ。ですが、そう言う割にその婚約者には会いに来ないのですね」
「来たら丁度、お前が家庭教師と魔法の特訓中だったからな。終わるまでラリマーに話し相手になってもらっていたんだ」
「そうですか。なら、引き続きラリマーとお話していて下さい。私は忙しいのです」
「お姉様、そんな言い方あんまりです。アシェリート様はお姉様の授業が終わるまでずっと待っていらしたのよ」
「そう。なら、ご用件を聞きましょう」
「用がないと来てはいけない言い方だな」
「いいえ。決してその様なことは」
――はあ……早く立ち去りたい
一度捕まると中々離してもらえないから、鉢会わせたくなかった。ずきずきと頭が痛む。吐きたい溜め息をぐっと堪え、適当な理由を作って手早く済ませようと決める。
「もう行って良いでしょうか? 用事があるのです」
「お姉様! 婚約者を放って何処へ行くのです!」
「書庫室よ。必要な本を取りに行きたいの。アシェリート様。私に用がないのならお引き取りを」
「待てスカーレット」
無理矢理話を終わらせ歩き出すスカーレットの腕をアシェリートが掴もうとするも、寸前の所で手が届かなかった。背後から自分を呼び止める声を無視してスカーレットは書庫室へ向かう。
書庫室に入り、必要な本を探していく。スカーレットにとっては父親の資格がなくても伯爵としては優秀なクリムゾンの書庫室には、膨大な量の本が納められている。経済・歴史・言語・医学・魔導書等。また、個人で読むのか劇作家の書いた悲劇やミステリー物もある。
スカーレットは目的の本があるスペースは此処だった筈だと最奥の本棚の前に止まった。視線を上にして本を探していく。
「あった」
しかし。
「高いわね……」
身長が低いスカーレットには、一番上にある本を取るのは難題だった。踏み台を探すも近くにはない。今はヒールも履いていない。はあ、と溜め息を吐くと目一杯背伸びをした。
もう少し、あともう少し。
右手の親指と人差し指が本に微かに触れた。
もう少し、あともう少しだけ高く……!
限界まで背伸びをしてやっと二本の指が本を挟んだ。
時だった。
隣から伸びた手があっさりとスカーレットの欲する本を取った。驚いて隣を見やると、先程無理矢理別れたアシェリートだった。
「これでいいのか」
取った本をスカーレットに渡す。
「……ありがとうございます」
か細い声でお礼を言う。どうしてここに。ラリマーの相手をしたらいいのに。ずきん、とまた痛む。
本を受け取ったスカーレットは頭を軽く下げるとアシェリートの横を通り過ぎた。が、今回は腕を掴まれた。無理矢理アシェリートの方へ引き寄せられ、無理矢理顔を上へ上げさせられる。婚約者として紹介された日、初めて出会ったスカーレットを今でも魅了し続ける紫水晶が緋色の少女を見下ろす。
「ずっと、俺を避けていないか」
「気のせいですわ。タイミングの問題です」
「その割に、俺と会ってもすぐに何処かへ行こうとするな。さっきのように」
「あら? なら、本音を申しても良いのでしょうか?」
「なに」
「婚約者に会いに来たと口実を作って、ラリマーに会いに来ている貴方と話すことは何もありません」
「なっ」
スカーレットから告げられた言葉に絶句する。
「手をお離しになってラリマーの所へ行かれては? 一応、婚約者の義理は果たしたではありませんか。こうしてお話ししただけで十分です」
「スカーレットっ、お前は勘違いをしている」
「勘違い? 皆様知っていますわよ? アシェリート様は私ではなく、妹のラリマーに好意を寄せていると」
「違う、誤解だ」
「そうでしょうか? お似合いですわよ。ラリマーも貴方を好いていますもの。何なら、私からオルグレン公爵様に言いましょうか? アシェリート様は、私ではなくラリマーが好きだと」
「人の話を聞けスカーレット。誤解だと言っている」
「そうですか。そう思っているのは貴方だけですわ。言葉と心は別物ですもの。ねえアシェリート様、私と婚約破棄をしましょう。その方が貴方は幸せになれますわ」
「っ! ……いいや、絶対にしない。俺の婚約者はスカーレットだけだ」
それはスカーレットも同じ。ペラペラスラスラ言葉が出ても、心にした重石に皹が入っていく。婚約破棄を告げたのは自分自身なのに、余計な痛みが増えただけだった。
また、婚約破棄を提案されたアシェリートは相当苦しい表情をする。絞り出せた声は絶対拒否の言葉。
「そうですか。なら、早く離して下さいませんか? 私は忙しいのです」
「……」
炎のように燃える赤は、アシェリートを冷気を纏った炎で射抜く。一切の感情が消え去り、熱いと思わせる炎は触れると凍える冷気と等しく、冷たく恐ろしく――美しかった。アシェリートが腕を離したのを機に素早く書庫室を出て行った。
一人取り残されたアシェリートは、ただただ呆然とスカーレットが出て行った扉を見つめ。軈て――乱暴に本棚を叩いた。当たり所が悪かったのか、拳が痛々しい程に赤く染まる。
「スカーレット……」
力なく紡がれた名前は、婚約者として紹介される前から恋い焦がれる少女の名前。
瞳を閉じれば鮮明に思い出す。初めてスカーレットと出会った日を。鮮やかな炎の色の髪と瞳。ガチガチに固まりながらも、自分が笑わせてやったら、薔薇が咲いたかのような可憐で美しい笑顔を見せたスカーレットに心奪われた。
スカーレットとの婚約が結ばれたのは7歳の頃。現在16歳。9年間、心に決めた女性はスカーレットだけ。これから先もずっと。アシェリートが愛するのはスカーレットだけ。
スカーレットの家庭環境は複雑だ。今の王家でも此処まで複雑ではない。だからこそ、自分がスカーレットを守ろうと決めた。
なのに……。
「現実はこの様か」
自嘲気味に呟いた言葉に返事をしてくれる者は誰もいない。
「ラリマーを好いているか……か」
はっ、と今度は自嘲気味に笑う。
「スカーレットの為に丁寧に扱ってきた結果がこれか」
好きでもない、寧ろ大切な女性を追い詰めるだけの存在を、その大切な女性に好いていると勘違いされる。これ程苦しく、滑稽なことはない。
「スカーレット……」
アシェリートが何時だって想うのは、炎に燃えるような赤い髪と瞳をした彼女だけ……。
読んで頂きありがとうございます!




