E 02話 入学式
逢沢
「……お、お前っ⁉︎ ユウキか⁉︎」
急な転校生、そしてその転校生が昔離れ離れになった幼馴染というあまりにも都合の良い展開に、逢沢の頭は完全にフリーズしていた。
『もしかしたら寝たふりをしてる間に本当に寝てしまって、ここは夢の中なのでは……』 そんな安易な考えも生まれないほどに。
一方『喧嘩が始まるのではないか』と心配していた一同は、なんとなく事情を察して安堵のため息をこぼしていた。
そんな中、加治前の表情が一変。先ほどまでの眩しい笑みは消え、逢沢を睨みつけるように目を細めた。
加治前
「まさか気づかなかったとか、言わないよな?」
成長した姿、少し低くなった声、そして何より苗字が変わっていたのだ。普通に考えて気付く方が凄い。
逢沢の反応はというと、ただ目を大きく開いているだけ。昨日茅谷に声をかけられてド派手に仰け反っていた逢沢にしてはリアクションが薄い。というよりは無に近い。
人間、心の底から予期せぬ事が起こるとリアクションなど取れないらしい。
加治前
「おいおい、なんか反応薄くね? 喜びのあまり抱きつかれでもするかなーって思ってたんだけど」
軽い冗談のつもりだったのだが、
逢沢
「……」
逢沢の反応がないためまるで加治前がスベったみたいな空気になっている。
加治前
「ちょいっ⁉︎ スルーか⁉︎ 久々だってーのにずいぶん冷たーー」
安
「はいはいはいはいはいっ! なんかよくわかんないけど、今日入学式だから! 遅刻は、マジでヤバいから! ほらー、お前らー早く体育館行けー」
無駄に大きな声を上げた加治前だったが、隣のクラスにまで届くほどの安の大声がそれをかき消した。
安は別に怒っているわけではない。どちらかといえば安心していた。
”始業式に遅刻という醜態を晒した次の日に、自分のクラスの生徒が喧嘩”という最悪の事態を回避する事ができたからである。
だが『安心している場合ではない』とすぐさま緩んだ表情を引き締め、そう放ったのだ。
あまりにも必死に訴えかける安の顔を見て『きっと昨日校長に相当怒られたのだろう』と思った生徒達は、昨日同様何も言わずにクスクスと笑いながら体育館へ向かった。
【第二体育館入口前】
安
「うーん……すまんっ! 少し早すぎた」
時刻は八時五十分。今日は昨日と違い一番乗り。まだどこのクラスも体育館に到着していない。それどころか来る気配もない。
それもそのはず、今日の入学式の開始予定時刻は九時十五分。当初の予定では昨日の始業式と同様に八時五十分に開始するはずだったのだが、急な生徒会からの要望により時間が変更になったらしい。
ちなみに今朝の職員朝礼でその事は、全教職員に伝わっている。要するに安が話を聞いていなかったのだ。
生徒会役員がまだ式の準備をしているため、まだ体育館には入れず昨日と同じで入口前で待機となった。
「本当しっかりしてくださいよーっ!」
「これだから、やっさんは嫌なんだよ……」
「教師むいてないんじゃないっすかー?」
平謝りを続ける安にヤジが飛ぶ事は避けられなかった。安に口撃する生徒達の後ろで、逢沢と加治前は肩を並べながらその光景を眺めている。
加治前
「なんかずいぶんと面白い先生だな!」
逢沢
「……そ、そうか?」
久々の再会にまだ実感が湧かない逢沢。久しぶりすぎてどう話せばいいのかわからなくなっているというのもある。
そんなどこかぎこちない逢沢を見ながら、加治前は首を傾げていた。
逢沢と加治前、二人の関係性は俗にいう幼馴染。小学一年生から二年生の夏までという短い間だったが、二人は”親友”と胸を張って言えるほどの間柄だった。
二人が離れ離れになったのは小学二年生の夏の事。家庭の事情により加治前は急遽引っ越す事になってしまったのだ。
急な決定、そして夏休み中だったという事もあり、加治前は逢沢に別れも告げられずに転校してしまったのである。
それからの約九年間、連絡を取り合う事もなく今に至る。
加治前
「うーん……良太。おまえ、まさか……友達いないの?」
唐突に加治前が呟いた。
逢沢
「は、はあ⁉︎ なんでだよ⁉︎」
逢沢のわかりやすい動揺を見て、ニタっと笑う加治前。
加治前
「くくくっ……おまえホント変わってねーな。高校生にもなって人見知りはだせーぞ?」
逢沢
「う、うるせぇなっ! ていうかお前……色々といきなり過ぎだろっ! こっち帰ってくんなら連絡くらいしろよっ!」
『確かこんな感じで接してたよな……?』みたいな感じで探り探り声を荒げてみた逢沢だったが、思った以上に大きな声が出てしまい周りの生徒達にチラッと目を向けられる。
対して加治前は目をまん丸にして逢沢の顔を覗き込んでいた。「おかしいなー」と眉を寄せ、推理中の探偵のように握り拳を顎に当てる。
加治前
「この前……一昨日か。良太んち行って、お母さんにあいさつしといたんだけど?」
逢沢
(あのババァ……面白がって隠してやがったな)
逢沢の頭の中には、憎らしいほどニッコリ笑うさつきの顔が浮かんでいた。
『この怒りをどこかにぶつけたい』そう思った逢沢は体育館前に設置されている冷水機を思い切り睨みつけた。顎を突き出して、どこぞのチンピラのように。
そんな逢沢とは対照的に加治前は眩しいほどの笑みを浮かべている。
加治前
「でもさっ! やっぱこういう頭良い高校の女子ってレベル高いよなっ! いやー、みんな可愛く見える……てか、みんな可愛くね? パラダイスじゃね?」
逢沢
「……別にそれほどじゃないだろ」
加治前
「はあ⁉︎ なにカマトトぶってんだよ! あっ、そっか〜。そんなスカしてる逢沢くんのことだし〜。もちろん彼女の一人や二人いるんだろうな〜」
『さあ、どう返す?』みたいな悪い笑みを浮かべる加治前。
逢沢
「えーと……あっ、そんな事よりあの子はどうだ?」
男子高校生は誰しも”プライド”という非常に邪魔な荷物を背負っている。そのプライドが発動がすると男子高校生はどうしても素直になれないのだ。
その結果逢沢は”この話題から逃げる”という選択肢を選び、一人の女子生徒を指差した。
加治前
「うーん……顔良しっ、 胸良しっ、太もも良しっ! 健康な肌の色をしていますね。えっ……まさかあれが彼女かっ⁉︎」
逢沢が指差した女子生徒をなめ回すように見つめる加治前。それを見た逢沢は『やっぱりな……』といった表情。
逢沢
「違うから……ていうか、あれカヤだぞ」
加治前
「はあ?」
加治前の顔から笑みが消えた。そして『つまんねーギャグはやめろよ』と言いたげな冷めた眼差しを逢沢に送る。
逢沢の人差し指の先には、友達と楽しげに話している茅谷の姿があった。
”カヤ”とは茅谷の昔のあだ名である。
加治前
「オレの記憶がおかしいのかな? オレの知ってるカヤって……暴力理不尽バカ女なはずなんだけど」
なぜ加治前が茅谷を知っているのか。それは逢沢、加治前、茅谷は同じ小学校で同じクラス。加治前が転校するまでは毎日のように三人で遊んでいたからだ。
ちなみに加治前は茅谷によく泣かされていた。
逢沢
「んじゃ、本人に聞いてこいよ」
逢沢の自信満々な表情を見て茅谷を見つめ直す加治前。何度も顔をクシャクシャにしながら瞬きをするも理解不能といった表情だ。
逢沢ならここで『話しかけるのも面倒だ』と確かめもせずに話を変えるだろう。しかし加治前は違う。
加治前
「おし、わかった。行くぞっ!」
逢沢
「なっ⁉︎ お、俺もっ⁉︎」
嫌がる逢沢の手を掴み、茅谷に向かって真っ直ぐに足を進めた加治前。そして茅谷の前に辿り着くと同時に逢沢を解放し、背中を思い切り丸めてどこぞのセールスマンのような腰の低さを見せる。
加治前
「えーと……あのー、すいません……もしかして、茅谷さんですか?」
突然訪れたセールスマンの営業スマイルに対して茅谷は、
茅谷
「やっぱ、ミッくんだよねっ⁉︎ 久しぶりー! 名前違ったからちょっとだけわからなかったよー!」
満面の笑みで答えた。
ちなみに”ミッくん”とは加治前の昔のあだ名である。
目の前で繰り広げられている茅谷と加治前の絡みを、逢沢は遠くを見るような目で眺めていた。
『苗字が変わった事には触れない方がいいだろう』と逢沢なりに気を使っていたのだが、そんな事一切気にしない茅谷の鈍感さに呆れ、それと同時に”ミッくん”というワードを聞いて、少し懐かしさに浸っていた。
加治前
「いやー、まさかカヤがこんな立派な女の子になってるなんてなー! 時の流れは恐ろしい……こりゃ良太も惚れるわけだっ!」
昔と変わらない茅谷の笑顔を見た加治前は、丸めていた背筋を伸ばし先ほどまでの低姿勢を崩した。
崩した途端、飛び出た一言。
これが余計な一言だった。
茅谷
「はい?」
逢沢
「はあ⁉︎」
首を傾げる茅谷と目を見開く逢沢。
加治前
「え? だって二人は付き合ってんじゃないの?」
無垢な瞳でキョロキョロと二人の顔を交互に見る加治前。余計な事を言ったという自覚はないらしい。
茅谷
「なんでそんな事になってるの⁉︎」
逢沢
「なんでそんな事になってんだよ⁉︎」
綺麗にハモった。
「おおー、ハモるねー」と呑気に手を叩く加治前を見て、逢沢は大事な事を思い出した。
逢沢
(そうだ……こいつ馬鹿だった)
加治前は昔から馬鹿だった。東園高校に転入できたという事はそれなりに学力は上がったのだろうが、人間そんな簡単に中身は変わらない。
逢沢はスッと加治前に手を伸ばし、茅谷に背を向けるように肩を組んだ。そして作戦会議が始まった。
加治前
「な、なんだよいきなり」
逢沢
「お前ちょっと黙れ。今度ゆっくり話すから。もう本当、黙って」
加治前
「あっ……まさかヤボだった?」
逢沢
「違ぇよ。むしろ逆だ、逆」
加治前
「逆……? まじで?」
逢沢
「マジで」
加治前
「……ガチで?」
逢沢
「ガチで」
作戦会議終了。大した事のない作戦会議だったが、再び茅谷に顔を向けた二人の顔は対照的だった。
俯く逢沢と笑顔の加治前。『その顔は絶対また余計な事言う気だろ』とツッコミを入れたい気持ちを抑え、逢沢はかつての親友を信じてみる事にした。
加治前
「……カ、カヤはクラスどこなの?」
逢沢
(あぁ……うん。やっぱりこいつ、馬鹿だ)
今この場にはまだB組の生徒しかいない。そんな状況で『クラスどこ?』と聞くのは馬鹿丸出しだ。
ここから同じような思考を持つ馬鹿二人の軽々しいトークが始まる。
茅谷
「あたしも同じB組だよっ!」
加治前
「まじっ⁉︎ じゃあ三人一緒じゃん!」
茅谷
「そうだね! なんか運命的っぽいね!」
加治前
「いや、これは必然的だな! 出会うべきして出会った、みたいな?」
茅谷
「そうだねー。それで、なんでまた戻って来たの?」
加治前
「それ聞いちゃう? 話せば長くなるぜー?」
茅谷
「じゃあいいや!」
加治前
「いいんかーいっ!」
トーク中チラチラと茅谷の胸元に視線を泳がし、鼻の下を伸ばしている加治前。
女子は男子のそういういやらしさ全開の視線に敏感なはずなのだが、素直に再会を喜んでいる茅谷は全く気付いていない。
そんな茅谷の代わりにというわけではないが、その場で一人、加治前の視線に気付いている人物がいた。
加治前
「……えっと、カヤさん? お隣の方が僕をずーとにらみつけているのは……なぜなのでしょうか?」
再びセールスマンに戻った加治前。まるで悪徳商人のように手を擦り合わせ茅谷に苦笑いを送る。
茅谷の隣にいる人物。それは先ほどまで茅谷と楽しげに話をしていた女子生徒の事だ。
高い位置から滝のように流れ落ちるポニーテール。背は茅谷より拳一個分くらい高く、出る所は出ていてその他はしっかり引き締まっている高校生離れしたスタイルの良さ。そしてキリッとした目付き。
逢沢はこの女子生徒を知っている。
逢沢
(うわ……昨日のポニテギャルじゃん)
昨日のポニテギャル。それは昨日逢沢が”後ろの席の生徒に話しかける”というミッションの最中に出会った女子生徒の事である。
逢沢の”空席を眺めながら笑う”という醜態を目撃したと思われるギャルSと言った方がわかりやすいかもしれない。
逢沢はすぐさま目をそらし、なぜか一歩後ろに下がった。
茅谷
「んっ? あー、この子は違うよっ! いつもこんな感じだから、別ににらんでるわけじゃないよ!」
逢沢
(いや、どう見ても睨んでるでしょ)
加治前のいやらしさ全開の視線に気付いた人物とはこのギャルSの事だ。腕を組み眉間にはシワが集まっており、顎を少ししゃくらせている。
背丈はギャルSの方が少しだけ低いのだが、なぜか見下されているように感じた加治前はライオンと出会ってしまったリスのように体を小さくして、大量の汗を流していた。
茅谷
「みーゆーきー? なんか今日顔怖いよー? 優しく優しくっ!」
そんな茅谷の言葉には耳を貸さず、真っ直ぐ加治前を睨み続けるギャルS。
加治前
「な、なんか俺変な事したかな? 初対面だと思うんだけど……」
ギャルS
「いや、別に」
女子高生にしては少し低めな大人っぽい声が逢沢と加治前の耳に響いた。それと同時に加治前は一歩、逢沢は更にもう一歩後ろへ下がった。
逢沢
(え? 何このポニテギャルめっちゃ怖ぇじゃん……なんでカヤと仲良さげなんだよ)
男子ニ人、同い年の女子に圧倒される。なんとなくそれを察した茅谷が慌ててフォローを始めた。
茅谷
「えと、あのね……この子は沢霧みゆきちゃんっ! あたしと同じバレー部なんだっ!」
逢沢 加治前
(バレー部ッ⁉︎ こんなギャルがっ⁉︎)
驚いた二人は目を見開いた。
いや、見開いてしまった。
沢霧
「今あんたら、こんなヤツがバレー部? とか思ったでしょ?」
逢沢 加治前
(なぜそれをっ⁉︎)
心を読まれた男子二人は、沢霧の透視能力から逃げるように自分のつま先に目を向ける。
別に沢霧に透視能力はない。ただ二人が顔に出しすぎただけである。
茅谷
「みーゆーきぃー、なんでそんなケンカ腰なのー? この二人はそんな事思ったりしないよっ! 人を見た目で判断するような人じゃないもん!」
茅谷の言葉を聞いて胸に手を当て「うっ……」と呻く男子二人。心に大きなダメージを受けた。
沢霧
「愛衣? それってあたしの見た目が酷いって言ってるようなもんなんだけど?」
茅谷
「えっ? なんで?」
不思議そうに首を傾げる茅谷に対して、呆れ顔で露骨にため息をつく沢霧。
沢霧
「まあいいや……で?」
茅谷
「で?」
ここで傾げていた首を逆側に傾ける茅谷の動作を見て、さすがにイラっとしたのか沢霧の眉がピクッと動く。
沢霧
「こいつらはなんなの?」
茅谷
「あーっ! うん、友……幼馴染なのっ! この大人しめな人が逢沢くんでこの八重歯の人が、カジ……なんだっけ?」
加治前
「……前です。前」
茅谷
「そうそうっ! カジマエくんっ!」
イントネーションが違う事はその場にいる全員が気付いたが、この数分間で茅谷がなかなかの馬鹿っぷりを披露したため、誰も触れようとはしない。
そしてなぜか沢霧の視線が笑顔の茅谷から逢沢に移った。
沢霧
「逢沢って……もしかして下の名前、良太?」
逢沢
「あ、は……う、うん」
逢沢に目を向けた沢霧の眉間に先ほどまでのシワはない。対して無意識のうちに敬語で答えそうになってしまった逢沢が『なぜ沢霧は自分の名前を知っているのだろう』という疑問を抱いた時、先に茅谷が口を開いた。
茅谷
「なにっ⁉︎ みゆき、逢沢くんと友達だったの⁉︎」
沢霧
「はあ? なんでそうなるの?」
茅谷
「え? 違うの?」
沢霧
「だから、なんでそうなるの?」
茅谷
「えっ、だって名前知ってたから」
沢霧
「はぁ……まあいいや。あんたは下すぎるから知らないだろうけど、あたしら上位組からしたら、逢沢の名前は結構有名なんだよ」
『色々とツッコミたい事はあるけど、めんどいからいいや』と言いたげなため息を吐いた沢霧。
茅谷は沢霧のため息の意味も、言葉の意味も理解できず再び首を傾げる。
ちなみに逢沢も言葉の方は理解できていない。
加治前なんて両方理解する気もない。
沢霧はこの空気をしっかりと読んだ。
沢霧
「……学年別で毎回二位取ってるヤツがいれば、そりゃ覚えもするでしょ」
やっと言葉の意味を理解した逢沢と茅谷。沢霧が言いたかったのは”学年別成績順位” の事である。
この東園高校では、期末テストの後に生徒会が学年別成績順位表を正面玄関の掲示板に大々的に張り出す風習があり、一年間二位の座を守っていた逢沢は知らない間に名前だけ有名になっていたのだ。
茅谷
「上位組って……みゆき頭よかったっけ?」
沢霧
「あんたよりは数倍頭良いよ」
茅谷
「ふふっ……それは盛りすぎだよー!」
『冗談きついよー!』みたいな感じで沢霧の肩をバシバシ叩く茅谷。叩かれるたびに沢霧の眉ピクピク動きイライラメーターが溜まっていってる事を示唆しているのだが、茅谷は無邪気に、そして力強く叩き続ける。
沢霧
「……だってあんた百ーー」
お返しと言わんばかりに茅谷の順位を口にしようとした沢霧だったが「百ーー」と言ったところで口を止めた。
言葉の流れ的に嫌な予感がした茅谷が沢霧の目を塞いだからだ。
逢沢
(なんで目なんだよ……普通口だろうが)
茅谷は沢霧の後ろにササッと回り込み、少し背伸びをして優しく目を塞いだ。だが特に意味はない。馬鹿な人間のこういう謎の行動に意味を探してはいけないのだ。
それを知っている逢沢は、そこでちゃんと口を止めてあげる沢霧に少しばかり好感を持った。
茅谷
「なーに、どさくさにまみれて余計なこと言おうとしてるのかなー?」
逢沢
(まみれてじゃないぞ? 紛れてだぞ?)
逢沢はツッコミ体質らしい。茅谷のミスを見逃さない。口に出さないのは、茅谷の事を思っているわけではなく、ただ声に出すのが恥ずかしいからである。
沢霧
「……はいはい。わかったから手離してくんない?」
そう言われて優しく手を離す茅谷。解放された沢霧は視力が下がってないか確認するように目をパチパチ開閉した後、真っ直ぐ逢沢に目を向けた。
逢沢
(えぇ……なんか、沢霧さんめっちゃ見てるんですけど……)
目が合ったら瞬時にそらす。逢沢はこの動作を昨日今日だけで何回したことか。人見知りも大変である。
だが沢霧はまだ逢沢を見ている。それを逢沢も感じている。
こういう場合はこのままそらし続けるか、今気付いたフリをするか、この二択しない。
逢沢、珍しくこの時は後者を選ぶ。
逢沢
「……な、なんでしょうか?」
『敬語になるのは仕方ない。だって人見知りだもん』と心の中で自分を慰めながら、必死に笑顔を作る逢沢。この時見せた愛想笑いはお世辞にも上手いとは言えない代物、とても下手くそな笑顔だった。
それに対して沢霧が口を開こうとした時、
生徒会役員H
「すいませーん。遅くなりましたー。準備終わりましたよー」
体育館の中から女子生徒の声がB組一同の耳に届いた。待ちくたびれていた一同は続々と動き出し、何か言おうとしていた沢霧もその場に三人を置いて、そそくさと体育館の中へ入って行ってしまった。
結局沢霧が逢沢を見つめていた理由は謎に包まれてしまったが、置いていかれた三人も沢霧を追いかけるように会話に花を咲かせながら体育館に足を踏み入れたのであった。
【第二体育館】
時刻は九時十五分。入学式が始まり初々しい制服姿の一年生が入場を始めた頃、逢沢は並べられたパイプ椅子に腰掛けながら器用に眠ろうとしていた。
加治前
「寝るなよっ!」
すかさず隣に座る加治前が逢沢の脳天にチョップをお見舞いする。
逢沢
「……いやマジで寝た方がいいぞ? この後、長い校長の話があんだから」
昨日の始業式とは違い体育館には全校生徒分のパイプ椅子が並べられている。長時間ただ突っ立っている事ほど苦痛な時間はない。このパイプ椅子にテンションが上がっている生徒は少なくないだろう。
加治前
「校長の話なんてどこも長いもんだろ?」
茅谷
「甘い、甘すぎるよ! うちの校長先生のレベルはやばいんだから!」
加治前の真後ろの席に座る茅谷からツッコミが入ると、後ろに茅谷がいた事に気付いていなかった二人はおもむろに振り返った。
そして言葉を返そうとした、のだが、
逢沢 加治前
「あ……」
口を揃えてそうこぼした二人の目には、茅谷の横で堂々と足を組んで眠っている沢霧の姿が映っていた。
『おい、注意しろよ』という逢沢の眼差しに『この方はいいんだよ』という苦笑いで答えた加治前。一応式の最中という事もあり三人共声を細めている。
東園高校入学式のプログラムを簡単に説明すると、
一 新入生入場
二 校則の説明
三 校長先生のお話
四 新入生代表のスピーチ
五 校歌斉唱
このような進行である。去年までは他に生徒会長から新入生へ歓迎の意を込めたスピーチなどもあったのだが、校長の話が年々長くなっている事もあり、時間短縮という事でこのようにシンプルな進行になったのだ。
新入生の入場も終わり、これから校則の説明に入るはずなのだが、なぜか壇上には二年B組の担任である安武人の姿があった。
安
「えー新入生の皆さん。えーご入学おめでとうございます。えー生活指導の安です。えーさっそくですが、えー校則の話からしたいと思います。えーお手元にある生徒手帳を開いてください」
『え? 安先生が生活指導とか……ダメでしょ』
『何回「えー」って言うんだよ』
ほとんどの生徒がそう思っていた。
新入生はまだ安がダメダメキャラという事を知らないため、言う通りに生徒手帳に目を通しているのだが、二、三年生は各自でコソコソと密談を楽しんでいる。
式の最中なのにも関わらず体育館の中はざわついているが、安は注意する事なく話を続けた。
安の顔には『注意するのが面倒臭い』としっかり書いてある。しかし『生活指導担当にならしっかり注意しろよ』と思っている生徒も少なくない。
そんな中、新入生以上にテンションが上がっている加治前は舌で上唇ペロペロ舐めながら、周りをキョロキョロ見渡していた。
加治前
「くぅーっ! やっぱ都会の高校は生徒が多い! んで可愛い子もたくさんっ! 選びたい放題じゃねーか!」
加治前は座ったまま背筋を伸ばし、東園高校に在籍する女子生徒全員を吟味するように鼻の下を伸ばしている。
そんな加治前に話しかけようとした茅谷だったが、
茅谷
「えっと、カジ……カジメー、梶?」
どうしても名前が覚えられないようだ。こめかみをポリポリとかきながら、必死に記憶と戦っている。
加治前
「お前マジで物覚え悪いなっ! おばあちゃんかよっ!」
茅谷
「だって覚えづらいんだもーんっ! 普通にミッくんでいい?」
加治前
「別にいいけど……」
茅谷
「ミッくんはこっちに戻って来る前はどこに住んでたの?」
この質問を耳にした加治前は表情を歪め『おまえホント人の話聞いてねーな』と言いたげなため息を吐いた。そしてその質問にはツッコミ体質の逢沢が答える。
逢沢
「さっき沖縄って言ってたじゃん」
茅谷
「あっ、そ、そうだっけ⁉︎ あんまし、覚えてないや」
テヘッみたいな顔をしている茅谷を見て加治前、唖然。
加治前
「えっ……良太、カヤまじでヤバくない? 昔からアホだとは思ってたけど、こんなアホだったっけ?」
茅谷
「ひどくないっ⁉︎」
逢沢
「知らん」
茅谷
「ひどい……」
加治前
「ひどいのはおまえだろ!」
逢沢
「ほら、新入生の子が話すぞ。静かに」
先ほどまで寝ようとしていた人間の言葉とは思えないが、その言葉を素直に聞く馬鹿二人であった。
いつの間にか安の話は終わっており、既に新入生代表の女子生徒がスピーチのために壇上でマイクと向き合っている。その女子生徒が一礼し、噛み噛みのスピーチを始めた所で再び加治前の口が開く。
加治前
「なあなあっ、良太っ! あの子可愛くね⁉︎」
逢沢に注意されてからわずか十秒。馬鹿は黙っていられないというのは本当らしい。逢沢は壇上の女子生徒に目を向けたまま「そうだな」と適当に返した。
するとこの逢沢の何気ない発言がもう一人の馬鹿の口も開かせてしまう。
茅谷
「えっ⁉︎ 逢沢くんって、あーいう感じの子がタイプなの⁉︎」
後ろから加治前の座るパイプ椅子の背もたれを力強く掴んだ茅谷。ちょっと大きな声を上げたせいで加治前がビクッと震える。
逢沢
「いや、今のはそういうのじゃなくてーー」
加治前
「良太……おまえまさかロリコンか〜?」
逢沢
「だからーー」
茅谷
「ろ、ロリッ⁉︎ ちゅ、中学……小学生とかの方がいいの?」
逢沢
「お前ら、少し声をーー」
加治前
「小学生は犯罪だろっ! 」
逢沢
「……」
茅谷
「犯罪? なんで? 恋に歳の差なんて関係ないでしょ?」
加治前
「カヤ。それは綺麗事って言うんだぞ?」
茅谷
「じゃあテレビでよくやってる、おじさんと結婚した美人さんは遺産目当てってことっ⁉︎」
加治前
「九割そうだろうな!」
この二人は逢沢の話も新入生代表のスピーチも聞く気がないらしい。逢沢は途中から二人の会話を完全に無視して、一生懸命壇上でスピーチをいる女子生徒の声に耳を傾けた。
新入生代表N
「今日からのさ、三年間。立派に大人……にっぱなお……り、立派な大人になるために、勉強はもちろん、様じゃま……様々な事に一生懸命取り組んで行きたいと思います…………新入生代表、西山ーー」
『よし、終わった』 といった感じで深く息を吸い、初めて表情に余裕を浮かべた壇上の新入生代表N。あとは自分の名前を言うだけというところで、
ブチッ……
体育館中に謎の音が響いた。
ざわついていた体育館がシーンとなり壇上の新入生代表Nに注目が集まる。一斉に自分へと向けられた視線から逃げるように、新入生代表Nは顔を赤く染めて小刻みに頭を下げながら舞台袖にはけて行った。
茅谷
「えっ? なんの音?」
加治前
「なんか堪忍袋の尾が切れた、みたいな音したなっ!」
お喋りに夢中だったおかげで現状を把握できていない茅谷と『上手い事言ったぜ!』みたいな顔をしている加治前。
静寂は一瞬で終わり、何やらアクシデント発生といった雰囲気が体育館中に流れ始めるが、そんな大した事ではない。
加治前の言う通り謎の音の正体は切れた音だ。でもそれは堪忍袋の尾ではなく、
マイクの電池である。
ちゃんと見ていた逢沢はわかっていたが『説明するのも面倒だから』と黙ったまま無人の壇上を見つめている。
こういう場合は司会進行を務めている教師が対応するのが普通だろう。しかしこの入学式での司会進行は、なぜか安。急なアクシデントに対応できるわけがない。
案の定、替えのマイクを用意したのは安ではなく生徒会役員の男子生徒だった。舞台袖からササッと現れると「あーあー」と替えのマイクがちゃんと機能するか確認し、忍者のように素早く消えて行った。
安はというと『よくやった』と言いたげなドヤ顔で頷いているだけ。
全校生徒が、生徒会の有能さと安の無能さを目の当たりにした瞬間であった。
茅谷
「そ、そういえば、去年逢沢くんも新入生代表でなんか話してたよねっ!」
逢沢
「ああ、そう言えばそうだな」
あたかも忘れていたみたいな言い方をした逢沢だが、内心は間逆で『よくぞ聞いてくれた』と思っている。
逢沢にとって新入生代表としてスピーチした事が、今までの高校生活の中で唯一の誇りなのだ。『そんな事だけ?』と言いたくもなるがそんな事だけしかないのが逢沢良太なのだ。
加治前
「良太が代表? どんな人選だよ」
逢沢
「入試の時の成績順だよ。”一位”だったからな」
わかりやすいドヤ顔を披露する逢沢。そしてやけに一位の部分を強調している。
加治前
「でも今は二位なんだろ?」
逢沢
「ぐ……う、うるせぇなっ! 二位でもここじゃ十分優秀だろ!」
茅谷
「一位意外はどれも同じだよっ! ねっ、みゆきー?」
式中初めて茅谷が沢霧に声を掛けた。しかし沢霧は寝息も聞こえないほど静かに、そして気持ち良さそうに眠っている。
茅谷
「ちょっと、みゆきっ! 寝ちゃダメだよっ!」
逢沢
(今更……?)
沢霧の体を茅谷が思いきり揺らす。そして沢霧のポニーテールが左右に大きく揺れ動く。式が始まってから二十分。沢霧の目が初めて開かれた。
沢霧
「ん……何……終わったの?」
茅谷
「終わってないよっ! これから校長先生のお話っ!」
沢霧に怯える男子二人は目を合わせないように、スッと顔と身体を前に向けた。
一方、叱るように言い放った茅谷の言葉を聞いた沢霧は、チラッと時計に目を向けると足を組み替えて再び目を閉じた。
茅谷
「だからダメだってっ!」
沢霧
「愛衣……本当お願い、本気で眠いから……」
目を閉じたままウザったそうに眉間にシワを寄せる沢霧。そんなのお構いなしに茅谷は力強く沢霧を揺らし続ける。
茅谷
「副キャプテンがそんなんじゃダメだってーっ!」
沢霧
「……今は違うじゃん。部活関係ないから」
茅谷
「あー言えばこー言うんだからー! じゃあ練習中は寝ない?」
沢霧
「……うん」
茅谷
「じゃあ許すっ!」
逢沢
(許すんかーいっ!)
後ろでのやり取りに耳だけ傾けていた逢沢は、今となっては芸人でもやらないようなベタなツッコミを心の中で呟いていた。少し吹き出しそうになり手で口を隠したのだが、
加治前
「……おまえ、なに一人でニヤけたんだ?」
加治前は見逃さなかった。
そしてわりと引き気味に呟いた。まあ確かに逢沢のような大人しいキャラの人間がいきなり一人で笑い出したら不気味である。
逢沢
「いや……べ、別に……」
加治前
「……まあ、良太は昔っから不思議くんだったからな」
サラッと言った加治前の「不思議くん」発言に逢沢はショックを受けた。
まさか自分がそんな風に思われているとは全く思っていなかったからである。自分で自分をクールキャラだと思っている逢沢にとっては痛い一撃だった。
逢沢
「……俺って不思議君だったの?」
加治前
「ん? ああ。おっ、強面校長先生のお出ましだな!」
何かの聞き間違いだと思いたかった。でも加治前はこれまたサラッと呟き、しかも話を終わらせた。
マイクトラブルからおよそ五分。校長先生がようやく壇上に姿を見せると、生徒達からは笑顔が消え表情に緊張が走る。
二、三年生が口を閉じ、その異変に気付いた一年生も背筋を伸ばした。
中井
「えー皆さん。ご入学おめでとうございます。東園高等学校校長の中井です。どうぞ、よろしく」
東園高校校長、中井譲治。
高そうなスーツに髪はオールバック。『どこからそんな低い声が出るの?』と思うくらい渋く低い声。ちょい悪オヤジと言うよりはゲームのラスボスみたいなオーラを醸し出している。
そんな見てくれに新入生達は完全にビビっている。しかし二、三年生はそういうわけではない。
中井
「ゔうん……さっそくなのだが、皆さんは文武両道という言葉を知っているかな? 文事と武事、学芸と武芸、その両道に努めるという意味なのだが、私はこの言葉を非常に好いている。この言葉は人間の心を描いていると、私は思っているんだ」
学校行事で欠かせないのが校長先生のお話だ。
意味のない話を長々とするのには生徒の忍耐力を鍛えるためと噂されているが、中井校長の話は特に長い。そして全く面白くない。
二、三年生はこの話の長さに嫌気がさしているのだ。先ほど中井校長の登場の際に走った緊張の意味は『今日はどんだけ長いんだろう……』 というものである。
それと、もう一つ。
加治前
「良太。やっぱここの校長いかついなっ!」
逢沢
「お、馬鹿っ……⁉︎」
中井
「おお、そこの二人。元気がいいな。高校生なのだからそうでないとな。そういえば元気で思い出したのだか……」
中井校長はとても地獄耳。そして自分が話をしている最中にお喋りしている生徒を見つけると、話を五分長くするという言い伝えがあるのだ。
だから二、三年生は一度に口をつぐんだのである。
その後二十分もの時間が経過した。
中井
「という事で、これからの一年間。部活動や勉強、何事にも文武両道に生きる事を心がけ、楽しい高校生活を送ってください。以上です」
およそ二五分。意外と短かった無駄話が終わり校歌斉唱。その後、新入生が退場し入学式は幕を下ろした。
【二年B組教室】
安
「逢沢ー、頼むよー。ちゃんと教えといてくれよー」
教卓に顎をつけて文句を垂れる安。加治前が中井校長の話の最中に口を開いた事についてだ。
逢沢
「……すいません」
安
「まあしょうがないか。加治前。これでウチの校長の怖さがわかっただろ?」
加治前
「いやっ! わかんないっす!」
安
「加治前? こういう時は適当に『はい』って言っといた方がこの先楽だぞ?」
小さな笑いが起こる。
B組の生徒達はそんな事より教卓横にたくさん置いてある段ボールの方に興味津々《しんしん》の様子。
教室を出た時はまだなかった段ボール。中には一体何が入っているのだろうか。
茅谷
「せんせーいっ!」
姿勢正しく左手をあげる茅谷。この時B組一同は自分達の中にある『この段ボールはなんだろう』という疑問を代弁してくれるものだと思っていた。
安
「どしたー? あっ、わかった。この段ボールだろー? この中身はなーー」
茅谷
「昨日の自己紹介の続きやりましょうよーっ!」
『そっちかよ』と思った生徒多数。ズッコケまではしなかったが、期待を裏切られた一同は茅谷を見て笑っている。茅谷はもうすっかりムードメーカーだ。
安
「おー、そうだな。そんじゃあ……出席番号順で行こう!」
『俺は昨日やったから、大丈夫だろう』と気を抜いている逢沢に安の真っ直ぐな眼差しが突き刺さる。
逢沢
(嘘だろ? また俺っ⁉︎)
『昨日やったじゃんっ!』という逢沢の思いは見事に届かなかった。安に「ほれー、早く早くー」と急かされておもむろに立ち上がる逢沢だったが、
逢沢
(まあ、いいか)
昨日と違って表情にずいぶんと余裕がある。後ろの加治前をチラ見して鼻で笑えるほどだ。
確かに友達が一人でもそばにいれば、精神状態は楽になるもの。逢沢自身も心の余裕を感じ、躊躇する事なく自己紹介を始めた。
逢沢
「出席番号一番……逢沢良太です。一年間よろしくお願いします」
だが相変わらずつまらない。精神状態が安定したところでハートの弱い逢沢は”自己紹介でウケる狙う”なんてできるわけがない。「一年間よろしくお願いします」というアドリブを入れただけなのに、表情はやけに満足げだ。
『自己紹介終了?』と思ったB組一同が逢沢に拍手を送ろうとした時、後ろに座る加治前が狙いすましたように口を挟んできた。
加治前
「逢沢くんっ! 趣味とかはないのかね?」
『自己紹介継続?』と思ったB組一同の手は止まった。逢沢は『余計な事言うんじゃねぇよ』といった表情のまま、振り返る事なく目の前の掲示板を加治前だと思ってガンを飛ばしている。
安
「そうだぞー、つまんないぞ、逢沢ー。そうだな……どうせだから部活と趣味、特技。あと今年一年の抱負を述べよっ! 全員なー」
安のこの発言に不満の声が溢れた。そんな中、逢沢は後ろから聞こえた「くくくっ……」という笑い声に殺意に似た何かを覚えていた。
逢沢
「えっと……部活は入ってません。趣味とか特技とかは特にありません……無事卒業したいと思います」
そう言って座る逢沢。後ろから飛んでくる「つまんねー」というヤジに対しては一切耳を貸さなかった。
この後順調に自己紹介が進んで行き、逢沢の後ろに座る加治前に順番が回ってくる。
加治前
「出席番号七番、加治前裕貴ですっ! まあ、今更なんで部活は入らない予定っす! 趣味は……さっきも言った気するけど、サッカーっすかね。特技もそれでっ! とりあえず彼女を作りたいと思ってんでよろしくお願いしまーすっ!」
加治前の本日二度目の自己紹介を聞いて少し教室が和み出す。初日でクラスのムードメーカーになったと言ってもいいだろう。昔と変わらない加治前のそういう所は素直に尊敬している逢沢であった。
B組の生徒は全員で三十名。縦に五席、横に六席。普通のクラスは出席番号順に縦並びのケースが多いのだが、このクラスは横並びになっている。そのため出席番号一番の逢沢の後ろに、七番の加治前が座っているのだ。
その後、三人の生徒の逢沢並みにつまらない自己紹介が終わり、もう一人のムードメーカーの番がやって来た。
茅谷
「出席番号十一番、茅谷愛衣ですっ! バレー部キャプテンやってます。全国優勝目指して頑張っているので、応援よろしくお願いしまーすっ!」
元気の良い自己紹介に自然と拍手の音が大きくなる。それに対してなぜか照れたように頭をポリポリかきながら、ペコペコ頭を下げる茅谷。『それほどでもー!』みたいな顔をしているが、誰一人褒めてはいない。
加治前
「二年でキャプテンってすごくねっ⁉︎ カヤそんなバレーうまいの?」
逢沢
「まあ、確かここのバレー部って結構強いらしいから……上手いんじゃん?」
雑談や笑い声で賑わう教室。加治前と茅谷とおかげと言ってもいいだろう。
だが次の瞬間、二人のムードメーカーによって温められた教室が凍りついたように静まり返る。
「出席番号十二番。坂神沙織です。一年間よろしくお願いします」
それだけ言って席に座る一人の女子生徒。
女神Sである。
決して大きな声ではなかったが全員の耳にしっかりと届いた。長い髪に大きな瞳、真っ白な肌。学校一の美少女と呼ばれてもおかしくないほどのビジュアルに、男子だけでなく女子までもが目を奪われていた。
そして「趣味と特技と今年の抱負を言え」という安の指示を堂々と無視する姿に、ほとんどの生徒が女神Sの気の強さを感じた。
言い出した安でさえ何も言えずに、ただ呆然としている。
逢沢
(……坂神……沙織っ⁉︎)
逢沢は加治前が転校してくるまで茅谷としかほとんど面識はない。面識と言っても茅谷と話したのは昨日が初めてなのだが。
ではなぜ女神Sの名前を知っていたのか。そしてなぜそんなに驚いているのか。それは先ほどの沢霧が逢沢にとった反応と同じである。
中学時代、学校でも塾でも常に一位を取っていた逢沢が高校に入って一度も勝てない相手。そして逢沢の長い鼻をへし折った人物。
それが坂神沙織なのだ。
逢沢
(あの子が坂神か……)
睨みつけていると言ってもいいくらいの目付きで坂神を凝視する逢沢。
坂神は入学してからの一年間、常に学年一位。そんな坂神との総合点数が僅差という事もあり、逢沢はライバル心剥き出しでいつもテストに向き合っているのだ。
そんな憎っくきライバルを初めて目にした逢沢は、
逢沢
(……うん。やっぱ可愛いわ)
イラつくどころか、そのビジュアルに惹かれていた。
目付きは穏やかになり、ボォーッと坂神を見つめていると、同じように坂神に見惚れている後ろの人物が慌ただしく逢沢の耳元に顔を寄せる。
加治前
「なあっ、あの子ヤバくね? 坂神さんめちゃ可愛いじゃんっ!」
加治前は小さく囁いた。
ここで普通に『そうだな』と返せばいいものの、
逢沢
「まあ……でも可愛い子にろくなヤツいないし」
逢沢はやはりひねくれ野郎である。
いつもなら言葉通りの意味なのだが、今回は少し違う。
『勉強できて顔も良いって事はどうせ運動神経も良いんだろ? ならせめて性格くらい悪くないと割に合わないでしょ』という願望も込められている。
加治前
「おまえ、ホントひねくれてんなぁ……昔はそんな子じゃなかったのに」
呆れ顔の加治前。
二人はコソコソと言葉を交わしているが、教室の空気は凍ったまま。坂神が口を閉じてから口を開いた生徒は二人以外いないほどだ。
『どうすんだよ、この空気』という生徒達の視線が安に突き刺さり、我に返った安が「じゃ、じゃあ次のやつー」と進めるも、沈黙は続く。
安
「……つ、次誰だー? 十三ば……はぁ……誰かそいつ起こせ」
順番的に加治前の後ろ席の生徒である。全員が目を向けた先には、柔らかそうなクッションに顔を埋めて堂々と眠っているポニーテールの女子生徒がいた。
出席番号十三番は、沢霧みゆきである。
逢沢
「……おい裕貴、起こせよ」
加治前
「いやだよっ! なんでオレが⁉︎」
わりと本気で嫌がる加治前。周りの生徒からも『加治前、君に任せた!』みたいな眼差しが送られている。
それを感じ取った加治前は『そんな目で見られても……』といった表情で沢霧のポニテと逢沢の顔を交互に見る。
そんな時、
茅谷
「大丈夫だよー! みゆきは寝起き優しいからーっ!」
という茅谷の声が静かな教室内に響き渡る。「ホントかよ……」とボソッと呟き、渋々沢霧を起こす係を引き受けた加治前は人差し指で二回、ツンツンッと沢霧のポニーテールを優しく突いた。
逢沢
(そんなんで起きるかっ!)
逢沢の心のツッコミ通り沢霧は起きないが、少し教室の空気が和らいだ。そしてピクリともしない沢霧を見た加治前は少し調子に乗る。
加治前
「おーい、沢霧さーん。起きてー、時間だよー」
沢霧
「う……う、ん。何……?」
クッションに顔を埋めたまま少し可愛らしい声を出した沢霧に対して、加治前は凄く調子に乗る。
加治前
「自己紹介の時間だよーっ!」
沢霧の耳元で叫んだ。
ウケを狙ったつもりの加治前だが、これは誰が見ても愚行だ。『それはまずいでしょ』という眼差しが周りから送られる。
案の定、沢霧はゆっくりと身体を起こし目を大きく見開き、鋭い眼光を加治前に放った。機嫌が悪いのは一目瞭然。誰もが予想できた事である。
沢霧
「何」
クエスチョンマークのない沢霧の問いかけに、自分でも愚かな行動だったと感じた加治前は、引きつった笑顔のまま顔中に脂汗を滲ませる。
加治前
「えっと、あの……今自己紹介タイムなんで、自己紹介してもらえます? 趣味と特技と今年の抱負も……ね?」
逢沢
(それは、もういいだろ……)
逢沢と同じ事を思った生徒も多く、周りは皆苦笑い。眠っているのを誰も注意しなかったというのを見てわかるように、沢霧は逢沢や加治前以外の生徒からも少なからず恐れられている。
そんな番長ポジションに位置する沢霧が立ち上がると『自分を起こした加治前にビンタでもお見舞いするではないか』と皆思った。しかし沢霧は、
沢霧
「沢霧みゆき。趣味バレー。特技バレー。抱負バレー。以上」
と言ってすぐに着席し、再びクッションに顔を埋めて深い眠りについた。とにかくB組の番長はバレー一筋という事がわかった。
その後は特に何事もなく逢沢のような大して面白くない自己紹介が続き、自己紹介タイムは終わった。
安
「よーし、そんじゃあ次は、お待ちかねの段ボールタイムだー! 箱の中身はなんだろなー!」
教卓横にずっと置かれていた段ボールに手を伸ばした安。中身は知っている風な事を言っていたのに、まるでサンタからのプレゼントを開ける子供のような笑みを浮かべながら段ボールを開ける。
安
「あっ……そういう事」
プレゼントを目にした安の顔はただのおっさん顔に戻った。
さすがはエリート校の生徒といったところか、先ほどまでは『中身が気になってしょうがない』みたいな生徒もいたのだが、冷静に考えてみれば中身などだいたい予想はつく。
生徒達の予想通りで安の予想外の中身、それは、
教科書である。
安
「明日から授業かぁ……」
とボヤキながら、かったるそうに教科書配布を終わらせた安は、
安
「んじゃあ、これにて解散っ! この後一年生がオリエンテーション? みたいなので校内見学するみたいだから早く帰れよー」
と言ってそそくさと職員室に帰っていった。
昨日もそうだが、安の帰りのホームルームは「起立、気を付け、礼。さよーならー」みたいなのはない。実に適当である。
そのせいで締まりもなく解散を告げられた生徒達は、
「本当に帰っちゃっていいのかな?」
「まだ他のクラスホームルームやってるよね?」
と困惑気味。廊下にはまだ生徒の姿はなく、どのクラスも扉は閉まっていて中ではまだホームルームをやっているようだ。
「まあ早く帰れるんなら良いんじゃね?」と続々と生徒達が教室を出て行く。
そんな中、帰り支度をしている逢沢と加治前の元へニッコニコな茅谷がテクテクと歩み寄ってきた。
茅谷
「みゆきーっ、部活行こっ!」
お目当ては二人ではなく、その後ろの席に座る沢霧だった。しかし沢霧からの反応はない。なにか真剣に書き物をしている。
茅谷
「みゆきー? 聞いてるー?」
沢霧
「……んああ、あたし生徒会室寄って行くから、先行ってて」
結局解散まで目覚める事のなかった沢霧は『充電完了!』といった表情で、すぐさま立ち上がり「ちょっと待ってよーっ!」という茅谷の言葉を無視して颯爽と教室を出て行った。
追いかけようとした茅谷だったが、
茅谷
「あぁ……絶対ウソだよぉ……あの顔は『準備めんどいからやっといて』って顔だもーん……」
ちょうど教室から足を一歩踏み出した所で立ち止まり、不満そうにブツブツ呟く。
生徒会室は五階にある。それなら普通階段を上がって行くはずなのだが、沢霧は堂々と下の階へ降りて行った。
それを茅谷は目撃してしまったのだ。
加治前
「キャプテンも大変そうだな」
茅谷
「ホントだよぉ……まさかみゆきがこんなにもオンオフ激しい人だとは思わなかったよぉ」
傍から見れば親友のようにも見えるが、まだまだ知らない事はたくさんあるらしい。
茅谷
「まあ、オンの時は頼れる子だからいいんだっ! それじゃ二人共、またねっ! ミッくんは今度ご飯でも行こうねーっ!」
そう言って笑顔に戻った茅谷も沢霧ほどではないが、颯爽と教室を出て行った。
加治前
「……やっぱ、オレも部活入ろうかな……ここのサッカー部ってどうなの?」
意気揚々《ようよう》としている女子二人に触発された加治前はそんな問いを逢沢に投げかけた。
逢沢
「知らん」
加治前
「あー、良太に聞いたオレがバカだったわ」
逢沢
(なんでだよっ!)
加治前に見下されたような眼差しを向けられて少しイラついた逢沢。鞄を手に取り立ち上がると、加治前に背を向けながらちょっと強めに言い放った。
逢沢
「俺は何もないから先帰るぞ」
加治前
「冷たっ⁉︎ 転校生のオレに学校案内してくれるとかいう優しさはねーの⁉︎」
あまりにも馴染んでいるため、加治前が転校生だという事を本当に忘れていた逢沢。
確かに転校生といえば休み時間中などに『どこからきたのー?』みたいな質問攻めにあっているというイメージなのだが、入学式、自己紹介タイム、教科書配布という忙しい流れもあり、加治前に話しかけてくる生徒は一人もいなかったのだ。
それを察した逢沢の中に少しの優しさが生まれた。
逢沢
「……まあ、いいけど」
加治前
「おっ! なんだかんだ優しいとこは変わってねーなっ!」
『まさかそんな返答がくるとは』といった表情の加治前。悪く言えば『そんな返答は望んでいなかった』といった表情の加治前は、
加治前
「でもいいや」
逢沢
(なんなんだよっ!)
逢沢の優しさを軽く踏みにじった。
だが「なんだかんだ優しい」と言われてちょっと気分良くした逢沢。ただのリップサービスという考えは全く浮かばず、一足先に教室を出て行く加治前に置いて行かれないよう足早に教室を後にした。
【昇降口】
加治前
「全校生徒がザッと五百だろ。てことは単純計算で女子は二百だろ。二百人の中から一人を選べってことだろ。きついだろっ⁉︎ 胸踊るってこういうことなのかー! あっ、彼女にするなら胸大きい子の方がいいな……へへ」
逢沢
(こいつよく喋るなぁ……)
教室を出てから昇降口に辿り着く間、加治前の口が止まる事はなかった。
一方、逢沢の口は一度も開く事はなかった。別に無視していたわけではなく、ただ『自分が答える必要がない話題』だと思い、黙って聞いていたのである。
はしゃぐ加治前を横目に、逢沢は別に面倒臭くもないのに面倒臭そうに下駄箱を開けた。そして中からローファーを取り出そうとした時、突如加治前の口が止まった。
逢沢
「ん……?」
大人しくなった加治前は逢沢に背を向けてピクリとも動かない。逢沢はその後ろ姿だけでなんとなく加治前の心情を読み取った。
加治前は何かを見て固まっているのだ、と。
そしてその”何か”とはおそらく女子生徒だろう、と。
そしてそしてこの後『良太っ、あの子可愛くねっ⁉︎』とでも言うのだろう、と。
その予想はだいたい当たっていた。
加治前
「良太っ、あれあれっ!」
そう言ってノールックで逢沢の肩を叩く加治前。その視線の先にはやはり女子生徒の姿があった、のだが、
逢沢
「あ……」
逢沢も思わず固まってしまった。
加治前が見つめている女子生徒は、ちょうど昇降口を出て真昼の太陽の下に足を踏み出した所。長い髪が風でなびき、眩しそうに手で日光を遮っている姿はとても絵になる。
その女子生徒とは、先ほどB組の生徒に転校生を超えるほどのインパクトを与えた女神Sこと、
坂神沙織である。
逢沢
(坂神さんか……あの子は俺にとってのライバル。いつかは……いや違う。次こそは超えなきゃいけない相手だ。可愛いとかは関係ないっ!)
そんな意味不明な事を考えていると、先ほどまで目の前にいたはずの加治前の姿が見えなくなっていた。
逢沢
(あれ……さっきまでここにいたはずなの、にぃぃ⁉︎)
一旦坂神から目を離し加治前の行方を捜した逢沢だったが、再び目を戻す事になった。
加治前はいつの間にか坂神の隣にいたのだ。
加治前
「坂神さんだよねー? 私、本日この東園高校に転入してきました、加治前裕貴と申します! 以後、お見知り置きをっ!」
坂神
「……」
通せんぼするように坂神の前に立った加治前は満面の笑み。それに対して黙ったままの坂神は視線を上下に泳がせ、少し困ったような表情。
逢沢
(あ、あいつ、何してんだっ⁉︎)
どう見てもナンパである。
人見知りの人間は突然見知らぬ相手から話しかけられる事が一番苦手なのを逢沢はよく知っている。そして今加治前がやっているような絡み方が最もよろしくない事も、よくわかっている。
逢沢は無意識のうちに走り出していた。
加治前
「坂神さん家どこらへん? もしよかったら一緒に帰らない?」
坂神
「……あ、あのーー」
上位のチャラ男なら『坂神さんこの後ヒマー? どっか遊び行かね?』とでも言うだろう。それに比べると加治前の発言は可愛らしいものだ。下位のチャラ男、もしくはナンパ慣れしていないのかもしれない。
そんな加治前に坂神が初めて目を向け、何か言葉を発しようとした時、
逢沢
「ああぁーっ! ごめんね、こいつあれだからっ! 転校初日で……色々とテンパってるだけだからっ!」
駆けつけた逢沢が坂神と加治前の間に割って入った。
テンパっているのはどちらかと言うと逢沢の方である。割って入ったのはいいが、この後どうするか何も考えておらず、しばしの沈黙。
そして手を伸ばせば届く距離にいる坂神の瞳を直視してしまい、目が焼かれたような感覚を覚え、手で目を覆い顔を背けた。
加治前
「……おまえ、なにしてんだ?」
逢沢は照れただけだ。だかそれを知らない加治前の目には、まるで自分に酔って頭を抱えているナルシストキャラのポーズにしか見えなかったのだ。
逢沢
「それは、こっちのセリフだよ」
ナルシストポーズのままそう呟いた逢沢は、加治前がリュックのように背負っている鞄を掴み、坂神から遠ざけるように力一杯引っ張り歩き出した。
加治前
「ちょっ、待てよっ! 今からいいとこなのにー!」
逢沢
「いいから帰るずっ!」
逢沢に引きずられる加治前。今の二人はまるで、オモチャコーナーで駄々をこねる子供(加治前)を無理矢理連れて帰ろうとする母親(逢沢)みたいな感じになっている。
ちなみに逢沢は噛んだ事には気付いていない。それほど余裕がないのだ。そんな逢沢の心は今、
逢沢
(やっべぇ……めっちゃ目合っちまった。ていうかさすがは女神だわ。顔が小さい。お人形さんか? いや冗談抜きでお人形さんよりやべぇぞ。こりゃ)
乱れていた。
一瞬目が合っただけでこれだけの慌てよう。もし話しかけられでもしたら、逢沢の心はどうなってしまうのだろうか。
加治前も『せっかく話しかけたんだ。このままでは終われない』という思いで必死にもがくも、今の状況は首根っこを掴まれている猫と同じ。ただバタバタする事しができなかった。
だがしかし、そんな悪あがきのおかげで加治前はある事に気付けた。
加治前
「りょ、良太っ、ちょいちょい、ちょい待ちっ! まじで!」
逢沢
「なんだよ。何がマジなんーー」
加治前
「靴、靴っ!」
そう言われ自分の足元に目を向けた逢沢は思わず足を止めた。
逢沢の目に映る予定だったのは黒いローファーだったのだが、なぜか白かった。というよりはローファーではなかった。
上履きだった。
加治前が坂神にだる絡みをしているのを見つけて、慌てて走り出した逢沢は靴を履き替えるのを忘れていたのである。
その場で上履きを見つめながら佇む逢沢。当然、坂神にも見られている。果たして逢沢がどのようなリアクションを取るのか、加治前も目を見張っている。そんな中、逢沢は、
加治前
「……え?」
ノーリアクション。無表情、無言で上履きのまま、加治前の鞄を掴んだまま校門へ歩き出した。
現在地から下駄箱までの距離はおよそ二十メートル。戻ってローファーに履き替えればいいものの『ライバルである坂神にかっこ悪いところは見せられない』という意味のないプライドが発動し、逢沢は上履きのまま帰る事を決めたのだ。
【校門前】
逢沢
「お前、マジああいうの止めてくれ……絶対嫌がってたから」
坂神とだいぶ距離が離れたのを確認した逢沢はため息まじりに加治前を解放した。
加治前
「そうか? 考えすぎじゃね?」
逢沢
「お前にはあの喋り掛けるなオーラ見えないのか?」
加治前
「まさか……おまえも坂神さん狙いなのかっ⁉︎」
逢沢
「違うわっ!」
『こんなに外で声を荒げたのは何年ぶりだろう』 逢沢はそんな事を思っていた。
家でさつきとの口論の際に声を荒げる事はあっても、外で友達とこんな風にはしゃいだ記憶がない。
自分達二人しかいない校門前で、加治前の顔を見ながら『人一人の存在でこうも変わるのか』と少し真面目に考え混んでいた。
加治前
「上履き姿でそんなジッと見られても困りますわ」
逢沢
「はぁ…………本当、疲れるわ」
ため息と同時に笑みも溢れた。積もる話もたくさんある。一緒に帰りながら色々と話そうと思っていた逢沢なのだが、
加治前
「んじゃオレこっちだから、またなー」
校門から歩いて五分の所にある分かれ道でお別れ。加治前は駅方面へと駆けて行った。
結局いつものように一人で下校する事になった逢沢だったが、表情は何処と無く昨日までとは少し変わっていた。




