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第70章「世界規模の接触――“9.8億の名前”と突然の電話」


静かな朝の空気は、再び現実の速度を変えようとしていた。


昨日の余韻がまだ部屋の隅に残る中で、テーブルの上に置かれたスマホが、短く振動する。


ブブッ。



画面に表示された名前は――


筒香雷斗マネージャー



一瞬、空気が変わる。


巳波はコーヒーを持ったまま視線を上げる。


「……マネージャー?」


琉偉がすぐにスマホを受け取る。


「出ます」


通話ボタンを押す。



スピーカー越しに、落ち着いた男性の声が流れる。


『朝早くすみません。筒香です』



その声は妙に静かで、しかし確実に“業界側の空気”を持っていた。



『昨夜の生配信、拝見しました』



一瞬、蒼と彩音の動きが止まる。


「……見られてる側だったの?」


「もうそこまで届いてるの?」



琉偉は冷静に答える。


「ありがとうございます」



筒香は続ける。


『実はその配信について、ある方から強い関心がありまして』



その言葉で、空気が少しだけ重くなる。


巳波が小さく首を傾げる。


「ある方?」



筒香の声が一段低くなる。


『チャンネル名は――』



少し間を置いて。



NayoneナヨンAQUOSアクオス



その瞬間。


蒼と彩音が同時に反応する。


「え?」


「その名前……」



琉偉も一瞬だけ目を細める。


「知ってるんですか?」



蒼が言葉を探すように答える。


「いや……名前だけなら」


「世界規模の配信者だろ、それ」



彩音も続く。


「登録者数が桁違いってやつじゃなかった?」



空気が一段階、現実から離れる。



筒香が淡々と続ける。


『登録者数は現在、約9.8億人規模』


『世界最大級のライブ配信者の一人です』



一瞬、沈黙。



蒼が小さく言う。


「9.8億って……国レベルじゃん」


彩音も苦笑する。


「もはや数字が現実じゃない」



巳波は静かに聞いている。


まだ実感が追いついていない顔だった。



筒香は続ける。


『その方が、昨夜の配信をリアルタイムで視聴していました』


『そして――強い興味を示しています』



琉偉が一言だけ聞く。


「興味、とは?」



筒香は少しだけ間を置く。


『コラボの打診です』



その瞬間、空気が完全に変わる。



蒼が思わず声を上げる。


「コラボって……あのレベルと?」


彩音も目を見開く。


「世界トップクラスってことだよね?」



筒香は淡々と説明を続ける。


『補足ですが、その方は顔出しはしていません』


『基本的にサングラスとグリーンバック配信です』


『リアルな素性はほぼ公開されていません』



琉偉が静かにメモを取るように頷く。


「匿名型のトップ配信者ですね」



筒香はさらに続ける。


『簡単にプロフィールだけ共有します』



画面ではなく、声だけが情報を落としていく。



娜璉ナヨン 25歳


・韓国発の世界最大級ライブ配信者

・チャンネル名「NayoneナヨンAQUOSアクオス

・登録者数:約9.8億人

・総再生回数:6856億98400万回以上

・動画投稿本数:11927本(最新12858本規模)

・平均再生回数:約9283万再生/本


・顔出しなし

・サングラス+グリーンバック配信

・プライベート非公開

・家族以外の接触記録ほぼなし



蒼は完全に固まる。


「……桁が違うってレベルじゃない」


彩音も笑うしかない。


「もはやインフラだよねそれ」



巳波は小さく息を吐く。


「そんな人が……見てたの?」



筒香は静かに答える。


『はい』


『そして、かなり強い興味を持っているようです』



琉偉が確認する。


「内容は?」



筒香は少しだけ間を置く。


『“あの空気感は何か”』


『“チーム構造が異常に完成されている”』


『“自分の配信と比較して興味深い”』



その言葉に、部屋の空気がまた変わる。



蒼がぼそっと言う。


「観察対象じゃん、もう」


彩音も頷く。


「こっちが見られてる側になってるの怖い」



巳波はしばらく黙る。


そして小さく笑う。


「……世界って、広いね」



琉偉は静かに言う。


「広いというより……繋がった感じです」



筒香は続ける。


『近日中にオンラインでの軽い接触、もしくは合同配信の可能性があります』



一瞬、全員が沈黙する。



蒼が小さく言う。


「まだ昨日の片付け終わってないんだけど」


彩音が苦笑する。


「スケール上がるの早すぎる」



巳波はスマホを見つめる。


285万人。


昨日の配信。


12杯のラーメン。


そして今、9.8億の名前。



全部が一本の線でつながっていく感覚。



「……わかった」


巳波はそう言う。


「話、聞いてみたい」



琉偉は頷く。


「調整します」



通話が終わる。



静寂。



蒼が天井を見る。


「もうさ、これ普通の人生じゃないよな」


彩音も笑う。


「昨日のラーメンで世界変わりすぎ」



巳波は小さくコーヒーを飲む。


そして一言。


「次の配信……どうなるんだろうね」



その問いに答えられる者は、まだ誰もいなかった。



ただ一つだけ確かなのは――


この流れはもう、止まるものではなくなっていた。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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