第63章「ラーメン大食い生配信⑶ “日常”と呼ばれる非日常」
巳波が1人で画面に向かって生配信をしている頃――
リビングの空気は、少しずつ“作業モード”に変わっていた。
さっきまでの軽い雑談の空気は消え、テーブルの上は完全に「現場」になっている。
ラーメンの器はすでにいくつも空になり、紙ナプキン、箸、トッピングの皿が整然と並び、次の準備が淡々と進められていた。
湯気だけが、一定のリズムで立ち上がる。
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巳波は新しく出したラーメンに箸を入れながら、テンポよく食べ進めていく。
スープをひと口、麺をすする、間を置かない。
その流れはまるで“作業”ではなく“リズム”そのものだった。
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「次いきます」
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その一言だけで、場の空気が切り替わる。
誰も確認しない。誰も迷わない。
それが合図のようになっている。
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湯気が上がる中、また新しい一杯。
醤油ラーメン。
スープの色が濃く、香りが強い。画面越しでも醤油の熱が伝わるような一杯。
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その横で、蒼と彩音は完全に“補助ライン”として動いていた。
蒼はお湯の管理。
彩音はトッピングの整理と盛り付け。
琉偉は全体のタイミング調整と麺の状態管理。
誰かが指示したわけではない。
自然に役割が固定されていく。
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その中で、ふと蒼が声を落とす。
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「なぁ」
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琉偉は手を止めずに返す。
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「はい」
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蒼は少しだけ言いにくそうに、でも気になって仕方ないという顔で聞く。
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「キスっていつもあんな感じなの?」
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彩音も横から視線を向ける。
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「なんか……あれ、普通じゃないよね」
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ラーメンの湯気が一瞬だけ揺れる。
琉偉は少しだけ手を止める。
だがすぐに、何でもないように答える。
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「普通かどうかは分からないですけど」
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視線を鍋から上げずに続ける。
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「おはようとか」
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「行ってきますとか」
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「そういう時にすることが多いです」
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蒼が即座に反応する。
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「毎回それ!?」
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琉偉は淡々と頷く。
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「はい」
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そして一拍置いて続ける。
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「俺からすることもあります」
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「向こうから来ることもあります」
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彩音が小さく呟く。
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「……それ、もう生活の一部じゃん」
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蒼は頭を抱えながら笑う。
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「いやもう“習慣”ってレベル超えてるだろ」
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琉偉はそれ以上語らず、次のラーメン準備へ戻る。
その態度が逆にリアルだった。
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その頃、巳波はすでに次の一杯を食べ終えていた。
箸を軽く置き、少しだけ息を吐く。
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「これ、何品目だっけ?」
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軽い問いかけ。
しかし表情には余裕がある。
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蒼がすぐに答える。
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「えっと……6杯目です」
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彩音もすぐに補足する。
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「次、7杯目準備しますね」
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その瞬間、琉偉が少しだけ動きを変える。
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「ラッシー作ります」
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蒼が目を瞬く。
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「え、作れるの?」
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彩音も少し驚いた顔になる。
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琉偉は短く頷く。
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「簡単なので」
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■ラッシー作成工程(現場仕様)
琉偉は手際よく材料を取り出す。
・無糖ヨーグルトをボウルへ投入
・牛乳を同量(1:1)で加える
・砂糖を小さじ1〜2加える(甘さ調整)
・氷を数個入れて冷却
・泡立て器で一定方向に混ぜる(ダマを防ぐ)
・最後に塩をひとつまみ(味の輪郭を出す)
・グラスへ注ぐ際は泡を均等に整える
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完成したラッシーは、透明感のあるグラスに注がれ、机の端に並ぶ。
ラーメンの濃さを一時的にリセットする“休憩装置”のようだった。
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彩音が感心する。
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「普通に上手いね」
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蒼も笑う。
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「これもう配信スタッフ超えてる」
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琉偉は軽く手を拭きながら、次の準備に戻る。
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その間にも、巳波の食べるペースは止まらない。
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味噌。
豚骨。
醤油。
そして次々とトッピングが追加されていく。
ネギ、卵、チャーシュー、メンマ。
全てがテンポよく流れていく。
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蒼と彩音も自然に動き続ける。
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・新しいラーメンを開封
・お湯を注ぐ
・麺の固さを調整
・トッピングを均一に配置
・器の位置を調整
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まるで何度も練習したかのような連携。
しかし実際は、その場で生まれた即席チームだった。
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【このチーム完成度高すぎ】
【誰も指示してないのに動いてる】
【配信というより現場】
【ラーメン番組超えてる】
【裏方のレベルが高すぎる】
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【AQUOS=お湯のプロ】
【あやねん=盛り付け職人】
【ルーキーズ=調整役】
【もうスタッフ編成できてる】
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巳波はふと笑う。
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「助かる」
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それだけ。
短い言葉。
だが、その一言には確かな信頼があった。
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蒼がそれを聞いて少し笑う。
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「なんか俺ら完全にスタッフ扱いだな」
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彩音も笑う。
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「でも悪くないかも」
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琉偉は何も言わず、次の鍋を確認する。
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そして7杯目。
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新しいラーメンが机に置かれる。
湯気がまた強く立ち上がる。
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巳波は軽く息を吐き、箸を持つ。
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「まだまだいきます」
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その瞬間、コメント欄が一段跳ねる。
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【まだ序盤なの怖い】
【この人の胃袋どうなってる】
【7杯目でこの余裕?】
【終わる気配ない】
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巳波は一口目を入れる。
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そして、静かに笑う。
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その笑顔の向こうで、
ラーメンの湯気が、まだ終わりを見せないまま揺れていた。
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