第一話 「恋愛指数最底辺」
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恋を測る時代で、俺だけが“嘘の恋”を見抜ける。
恋愛は自由ではない。
少なくとも、この国では。
西暦2042年。
政府は少子化対策特別法案を可決し、全国の教育機関へ《恋愛指数管理システム》――通称《Lスコア》を導入した。
恋愛能力の数値化。
人格評価の統合。
将来適性の判定。
それが《Lスコア》だ。
高スコア者は優遇される。
進学。
就職。
奨学金。
生活補助。
すべてが保証される。
逆に低スコア者は、“社会的不適合予備群”として監視対象になる。
つまりこの国では――恋愛できない人間に未来はない。
「二年A組、週間Lスコアランキングを更新します」
朝のホームルーム。
教室前方のモニターが機械音声と共に点灯した。
生徒たちがざわめく。
毎週月曜日に更新されるランキングは、この学園最大のイベントだった。
『第一位 一ノ瀬雪乃 98.8』
「また一ノ瀬かよ」
「強すぎるって」
「卒業前に国家推薦確定だろ」
男子が羨望混じりに騒ぐ。
女子ですら嫉妬より憧れを向けていた。
一ノ瀬雪乃。
黒髪ロング。
端正な顔立ち。
常に穏やかな笑顔。
誰に対しても平等で、誰からも好かれる完璧超人。
まさにこの学園における“恋愛の理想”。
その彼女は、窓際最前列の席で静かに微笑んでいた。
非の打ち所がない。
まるでAIが作った優等生みたいだ。
……だからこそ気持ち悪い。
『最下位 九条蓮 2.1』
教室の空気が少しだけ揺れる。
笑いを堪える声。
露骨に目を逸らす女子。
俺は無言で頬杖をついた。
いつものことだ。
「九条ぉ」
担任の榊教師が呆れた声を出す。
「今日の昼、生徒指導室来い」
「また恋愛適応面談ですか」
「またじゃない。定期指導だ」
「違いあります?」
「俺に聞くな」
教室が少し笑う。
恋愛適応面談。
低スコア者向けの矯正プログラム。
コミュニケーション訓練。
異性交流指導。
表情改善テスト。
国は本気で、“恋愛できない人間”を矯正しようとしていた。
狂ってる。
本当に。
だが、俺にはどうでもよかった。
他人に興味はない。
恋愛にも興味はない。
理由は単純だ。
俺は知っているから。
人間の感情なんて、大半が偽物だと。
⸻
昼休み。
生徒指導室へ向かう途中、中庭が異様に騒がしいことに気づいた。
「告白だ……!」
「相手、一ノ瀬先輩らしい!」
野次馬の中心。
そこにいたのは、一ノ瀬雪乃だった。
男子生徒が顔を真っ赤にして立っている。
「お、俺……ずっと好きでした! 付き合ってください!」
周囲が静まり返る。
学園トップの恋愛優等生。
その返答に皆が注目していた。
一ノ瀬は困ったように眉を下げ、それから柔らかく微笑んだ。
「……ごめんなさい」
優しい声。
完璧な間。
相手を傷つけない拒絶。
教科書のような対応だった。
だが。
「…………」
俺は立ち止まる。
違和感。
いや、違う。
見えてしまった。
彼女の感情が。
空っぽだ。
驚きも。
罪悪感も。
緊張もない。
ただ、“そう振る舞っている”だけ。
表情も声も視線も、全部が演技。
人間味がない。
俺は思わず顔をしかめた。
すると。
一ノ瀬雪乃がこちらを見た。
視線が交差する。
その瞬間。
彼女の完璧な笑顔が、ほんの僅かに崩れた。
初めて見た。
“本物の動揺”。
⸻
放課後。
生徒指導室での退屈な面談を終え、俺は人気のない旧校舎廊下を歩いていた。
夕焼けが窓から差し込み、廊下を赤く染める。
「九条くん」
背後から声。
振り返った瞬間、息が止まりかけた。
一ノ瀬雪乃。
学園の頂点。
誰からも愛される少女。
その本人が、そこに立っていた。
「……何の用だ」
「警戒しないで」
彼女は微笑む。
だが昼とは違った。
作り物の笑顔の奥に、冷たい何かが見える。
「単刀直入に言うね」
一ノ瀬は一歩近づく。
「君、“見えてる”んでしょ?」
「……何がだ」
「人の感情」
心臓が跳ねた。
「特に、“嘘の恋”」
沈黙。
風が吹き抜ける。
夕陽に照らされた彼女の瞳は、不気味なほど静かだった。
「私、ずっと探してたんだ」
一ノ瀬雪乃は言う。
「この学園で、本当に人を見てる人」
その瞬間。
彼女の表情から、完璧な優等生の仮面が消えた。
現れたのは――冷え切った孤独だった。
「ねえ、九条くん」
彼女は俺を真っ直ぐ見つめる。
「私と、“偽装恋人”になって」
そして。
彼女は続けて、この学園最大の秘密を口にした。
「――私は近いうちに、“誰かに消される”から」




