第二話 「偽装恋人契約」
『Eクラス専用農地』。
昼下がりの畑で、俺は無言で土を掘っていた。
鍬を振るう音だけが響く。
「九条ー、水運べー」
「……はいはい」
汗を拭きながら立ち上がる。
神奈川県立統合学園特別矯正棟――通称Eクラス。
恋愛指数最低評価者だけを集めた隔離教室。
そこでは普通の高校生活なんて存在しない。
給食なし。
購買利用制限。
共同生活。
自給自足。
政府はこれを“恋愛適応改善教育”と呼んでいた。
実際は、ただの社会的隔離だ。
「おい九条」
同じEクラスの男子・柴崎が笑う。
「お前またランキング最下位更新したんだって?」
「興味ない」
「俺はあるぜ? 二・一とか逆に才能だろ」
周囲が笑う。
だが悪意は薄い。
Eクラスでは、皆どこか壊れていた。
だから他人を見下す余裕もない。
その時だった。
農地入口の電動ゲートが開く。
全員の動きが止まった。
現れたのは、見慣れない女子生徒。
いや。
この学園で知らない人間はいない。
「……一ノ瀬?」
「嘘だろ」
「なんでこんなとこに」
一ノ瀬雪乃。
学園最高Lスコア保持者。
恋愛社会の象徴。
そんな存在が、泥だらけのEクラス農地に立っていた。
場違いだった。
綺麗すぎて。
彼女は真っ直ぐ俺を見る。
「九条くん。少しいい?」
「断る」
「断れないよ」
笑顔。
だが分かる。
作り物だ。
「監査局命令だから」
空気が変わった。
Eクラスの連中がざわめく。
「監査局……?」
「マジかよ」
俺は眉をしかめた。
「何の話だ」
「場所変えよう?」
⸻
旧校舎屋上。
フェンス越しに街が見える。
一ノ瀬は俺へ一枚の端末カードを差し出した。
画面には政府紋章。
《学園恋愛監査局 特別協力任命通知》
「……は?」
「今日から九条くん、監査局所属ね」
「意味が分からん」
「君には才能があるから」
一ノ瀬は淡々と言う。
「嘘の恋愛を見抜ける才能」
沈黙。
風が吹く。
「拒否権は?」
「ないよ」
「最低だな」
「この国、ずっと最低だよ」
その言葉だけは、本音だった。
俺はカードを睨む。
「で? 偽装恋人って話は」
「必要なの」
一ノ瀬はフェンスへ寄りかかる。
「監査局には内部協力者がいる。でも私は今、生徒会に監視されてる」
「……だからカモフラージュか」
「そう」
「俺を?」
「Eクラス所属で最低スコア。誰も警戒しないから」
褒められてる気がしない。
すると一ノ瀬は、不意にこちらへ近づいた。
距離が近い。
甘い香りがする。
周囲の男子なら赤面してる距離。
だが俺には分かった。
この女、今まったく照れてない。
心拍も。
視線も。
呼吸も。
全部コントロールされてる。
「……気持ち悪いな」
「よく言われる」
「言われるのかよ」
「君だけ」
その瞬間だった。
屋上扉が開く。
「――見つけましたよ、一ノ瀬さん」
現れたのは腕章をつけた男子生徒たち。
生徒会執行部。
中央に立つ男が眼鏡を押し上げる。
「問題です。一ノ瀬さん」
冷たい声。
「なぜEクラス生徒と接触しているのですか?」
空気が張り詰める。
一ノ瀬は一瞬だけ俺を見た。
そして次の瞬間。
彼女は俺の腕を抱き寄せた。
柔らかい感触。
執行部がざわつく。
「決まってるじゃないですか」
一ノ瀬雪乃は、完璧な笑顔で言った。
「私の恋人だからですよ?」
沈黙。
数秒後。
屋上が爆発したみたいに騒ぎ始める。
「はぁ!?」
「九条が!?」
「Eクラスの!?」
俺は頭を抱えた。
終わった。
俺の静かな隔離生活が、完全に終わった。
⸻
その日の夕方。
校内全モニターへ通知が流れる。
『特別人事通達』
『Eクラス所属・九条蓮』
『監査局協力生徒としてA組へ編入』
教室中が騒然となる。
そしてモニター最後の一文が表示された。
『一ノ瀬雪乃との交際認定に伴い、Lスコア再測定を実施します』
俺は天井を見上げた。
「……マジで最悪だ」




