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双魔の宿業編 第七話―世界の理―




 真白の波を背に佇むは、己と同様の(おなじ)容姿の人物。無論、霧が鏡面の役割を果たしている訳ではない。鏡像でも、幻影でもない。顕れた二人は、其々が実体であり、各々が肉体を有していた。

「お客様だな」

「では、歓待致しましょうか」

 愉し気に笑む貌が、どこか歪曲した(いびつな)危険性(あやうさ)を孕む。冴えた月光を思わせる銀色と夕暮れめいた橙色が、片や愉悦と享楽に、片や困惑と緊張に煌めき、もう一方と交錯した。





「「叛霊解禁」」


 耳慣れない言葉が二つの口から紡がれるのと、二人の姿が陽炎の如く揺らいだのとが、ほぼ同時。

 瞬間、二人の纏う雰囲気が変化し(かわっ)た。人間(ひと)としての気配は稀薄に、そして代償を要求す(もとめ)るかのように、壮絶な気迫が増していく。

 それは他者を圧倒し、威圧する為の凄まじい覇気。セオドアの背筋を、悪寒と共に戦慄が這い上がる。

 本能に備わる畏怖の情に硬直するセオドアとニールの眼前で、歪んだ笑みのままの二人は奇怪な異音(おと)を道連れに膨張と収縮を繰り返し、人としての姿形を異形へと変貌させていく。

 背を突き破る勢いで生える、五対の両翼(つばさ)。四肢は異様な程細く、そして長く伸び。純白と呼んで差し支えない髪は背を、腰を、膝すら越えてなおも成長が衰えず、十の翼が羽撃けば、得たが自由と風に靡く。中空へと至り浮遊する容姿(すがた)は既に人間(ひと)とは言えぬ程の奇態さと、妖し気な神々しさを両立していた。

 片方のニールが面妖なる変化(へんげ)を披露する傍らで、今一人のセオドアにも当然異変は発生していた。

 両足(あし)の形は、人のそれから馬のそれへと。腰部(こし)に生じた膨張(ふくらみ)を粉砕し、顕れたのは馬の胴体(どう)。人としての上半身と馬としての下半身には継ぎ目等無く、半人半馬と称するに相応しい。黒曜石のような黒髪は、やはりこちらも伸びており蹄の辺りで遊んでいる。宛ら異界の幻獣の一体――恰も人馬の如く、だ。

「俺は日長(にっちょう)

「僕は月長(げっちょう)

 最早互いの共通項等、相貌にしか見受けられない。人間(ひと)容姿(すがた)から異形の容姿(なり)へと醜怪な転身を果たした二体(・・)が、どちらも胸元に手を添えた。その告げた名の響きに宿るは、誉れと誇り。

「此処は最果て、もしくは中枢。天と地と、邂逅と別離の庵……」

「深遠にして浅近……聖と魔と、世界と異界を統べる淵と瀨……」

「「……()(じん)(あん)へ、ようこそお越し下さいました」」

 変化した肉体とはまるで釣り合わない、不整合な程に優雅で、恭しき一礼。けれど滲み出る慇懃の中に、明白(あからさま)な軽視が染み込んだ一礼(れい)だった。

「彼の地で世界の理を知り」

「此の地で異界の非を学びなさい」




「……」

 状況を把握しようと努める脳へと、苛烈な進軍を仕掛けるかの如く。異常という言葉すら敗北を喫する事態に、セオドアの精神は後塵を拝した。二体が共に口から紡いだ〝愚人庵〟という言葉等、幾ら記憶の書庫を漁ろうとも存在せずに徒労に終わる。しかし一つだけ、はっきりと解る事があった。それは面前にて対峙する二体の全身から立ち昇る、闘気と敵意、否、殺意。

 成る程、と、隣から小さな声が落ちる。

「歓待とはそういう意味ですか」

 客と称するセオドアとニールを(まさ)しく手厚くもてなす為に、戦闘という手段を用いるのだという、主張。

「――メルヒオール、掟霊解放を許可します」

 聖騎士団団長に(いら)えて、創世の光の化身が背後に顕現する。長身痩躯の聖霊が有する五対の皓翼がはためけば、金糸めいた長髪が揺らめき、その絶世の美貌に艶という名の色を添えた。

「……此度の戦闘行為の目的は、眼前の敵の征伐……正義を執行する、この聖戦を御許し下さい……」

 跪き、祈請の言葉を口にしたニールが身体の支配権を譲り渡せば、重なり合ったメルヒオールの伏せられた瞼が、ゆっくりと開かれる。

「……聖騎士団団長であるこの僕に戦いを挑む愚かさを、自らの生命(いのち)浄化(贖い)なさい」

「『……“金光盾”……』」

 陽光を模したかの如く金の輝きを放つ盾が、構えたニールの右腕へと具現化される。と、同時に、太陽を縮小したかのような複数の光球(ひかり)が周囲をくるくると漂いながら揺れ動き、応戦の意を示す。

「俺達もやるぞ、サイラス……、サイラス?」


 ――(いら)えは、なかった。


 美声と言っても決して過言ではない、男性とも、少し低めの女性ともとれる声音(こえ)が、契約主(あるじ)たるセオドアに応答し(こたえ)ない。

 晴れた日の蒼穹めいた長い美髪と、涼やかな切れ長の眼差し。男性と寸分違わぬ容姿で、けれど、美しいという言葉ですら烏滸がましい整い過ぎた相貌の契約精霊が、呼び声に姿を顕現させ(あらわさ)ない。

「……なんで……」

 困惑よりも茫然の色が濃いセオドアの呟きに、変事を感じ取ったニールの眉間に皺が寄る。戦闘開始直前の、一触即発の空気の最中(さなか)に於いて、只一人セオドアだけが未だに臨戦態勢をとれないでいる。

 契約精霊不在の精霊使い等、足手まといどころの話ではない。ましてや対峙する二体は正体不明の異形の存在。魔族か否かすら判然としない相手に対して荷物(・・)を抱えて戦える程、今のニールに余裕はない。

「……、」

 だから、貴方は下がっていなさい、と。否、もっと直接的に、邪魔です、と、言う筈だった。が、動かし掛けた口唇は脳が下した指令を裏切り、驚愕のかたちで声を放つ事になる。

「ッセオドア・シンクレア!」

 日長と名乗った半人半馬の一体が、その肉体に相応しい速度でセオドアとの距離を詰めた。回避と防御、どちらに天秤を傾けるかを理性より本能に託したセオドアの動作(うごき)は、振り上げられた日長の腕に阻まれる。

「……ぇ……、」

 降り下ろされた腕の先が、微かな笛の音色を奏でた。音色(それ)が幻聴の類いではなく、風切り音だと理解した、刹那。


 ごとん、と。セオドアの両脇に、何かが落ちた。


 重々しい、というよりは、生々しいと称するのが似つかわしい音に遅れる事無く、左右から赤が勢い良く吹き上がる。

 絵具をぶちまけるよりも強烈に、染料よりも鮮烈に。自身の血潮が強制的に作り出された出口から放出しているのだと気付いたセオドアの両腕は、両肩(かた)から先が欠損していた。鈍音と共に落ちた何かが己の両腕(うで)だった事実(こと)を視認して、斬り落とされたのだと遠い彼方から理解が追い付く。


「─────────────ッ!!」


 絶叫は、声にならなかった。只、開け放った口腔から音の羅列が恐慌を迸らせ、弛緩した膝から下半身が頽れた。




 創傷が痛みを伴う理由は、生物の生存本能に直結している。肉体が直面している危険性を警告する為の防衛機構は、特異な体質、もしくは特異な状態を除いて正常に機能しなければ生死に関わるからだ。故に、損傷すれば程度によって強弱の差異はあれど、痛苦を訴えるのが摂理。しかし、両腕を落とされるという、ともすれば発狂しかねない程の重傷を負ったにも拘わらず、現在(いま)のセオドアは一切の痛苦(いたみ)を感じていなかった。不可解がより一層の狂乱を誘発する傍らで、停止ではなく疑問を選択した思考がセオドアの脳内で火花を散らす。

「セオド……ッ!?」

 完全に裡へと集約された精神が周囲の状況把握という役割を放棄する寸前で、五感の内の視覚へとニールの現状が縺れ込む。へたり込んだセオドアの負傷に気を取られ、両脚(あし)の大腿――その半ばから斬断されて支えを喪失(なく)したニールの身体が、前方へと傾ぐ様が。

「……ぅッ!!」


「“虎落笛(・・・)”」


 セオドアと同量、もしくはそれ以上の出血を引き連れ前傾から倒れ伏し短い苦鳴を洩らしたニールに、日長が追撃を仕掛けた。指先を弾く音に追随して中空に数多出現する矢が、甲高い笛の()を奏でながら豪雨の如く降り注ぐ。

「……ッ!」

 悪態とも舌打ちとも判断し難い音を吐き捨てて、伏したニールが自身の右腕(うで)上部(うえ)へと掲げる。無数の音色を掻き消す金属の高音は、絶体絶命の窮地をニールが凌き切った事の証明となった。

「……へぇ、防ぎ切るとは思わなかったな。ちょっと見くびってた」

 感心よりも意外さの色を乗せて発された声色も、表情も、日長のそれらはやはり、セオドアと酷似していた。その上で。


――……どういう事……なんだ……?――


 日長がニールに放った攻撃に、セオドアは覚えがあった。否、覚えがあった、なんて、そんな単純なものじゃない。あれは紛れも無く、サイラスの行使する精霊術だ。最初の邂逅と戦闘でその術を受けたニールにも、浮かんだ疑問は同様であろう。何故、と小さく動く口唇(くちびる)は、その表れだ。

「――貴方、相変わらずですね」

 僕の助成があるとはいえ、詰めが甘いんですよ、と。

 嘆息と共に洩らした月長に、日長の相貌が渋面を為す。

「痛みがなくても両脚斬り落とされてるんだぞ、それで咄嗟に防御出来るとは思わないだろ。お前なんて攻撃すらしてないじゃないか」

「武器無しの相手は僕の矜持に反します。ああ、動かないで下さいね……最も、丸腰の貴方では満足に抵抗も出来ないでしょうが……」

 言葉の前半は日長へ、後半はセオドアへと当てながら。細長い腕から伸びる指先が、セオドアの額部(ひたい)に据えられる。

「お前ももう次はないぞ?この距離なら頭を射抜ける」

 いつの間に装備したのか、日長は矢を番えた翠の弓を構えていた。狙いは宣言通り、片肘(ひじ)の力で上半身を起上させたニールの頭部に合っている。その身体では回避は不可能、例え防御しても盾諸共(ごと)貫くと、橙の眼差しが言っていた。

 憎悪を孕んだ双眸が、冴えた月光の如き煌めきを増す。(まさ)に風前の灯めいた瞳の揺らぎで己を睨め付けるニールの醜態(すがた)を、憐憫を込めて睥睨する日長の構えた弦が解き放たれる刹那を望み微かに震えた。


――……どうする……どうすればいい……?……何か方法は……!――


 空転する思考では、熟考等成し得ない。それが更なる焦慮の念と交わって精神(こころ)が蝕まれるセオドアに、無駄ですよ、と落ちる声。

「掟霊解放していない貴方では、到底現状を打破出来ない」

 それに、と、幼子に優しく諭すかのように、月長の口から言葉が続く。

「貴方の武器は弓でしょう……?手がなければ振るえない」


『――よォ、後裔。随分面白ェ格好してんなァ……』


 それは、何らの前触れも無く乱入した、悦楽を塗布(まぶ)した愉し気な声。

 (まさ)しく人を食ったような本質の見えない発言に、息を呑むよりも早く閉口の情感が最前(まえ)立つ(出る)。そもそも両腕を欠損し座り込む相手に対して〝面白い〟とは、一体どういう了見か。

「……ハル……」

 亡き母の元契約精霊、そして、シンクレア家の先人にしてかつての当主。或いは三代目の勇者、ハロルド・シンクレア。歪んだ(・・・)思想の危険性から家督を奪われ、断罪の末に処刑されて、その死の間際に己が契約精霊と魂魄(たましい)の融合を試みた者。咎人の間を牢獄(オリ)と呼んだ、シンクレア家の異端児。

 そのハロルドが何故、此処にいるのだろうか。

『……ンだよ、じいさんいねェのか?』

 本来(もと)人間(ひと)であったのだと証明するかのように周囲に視線を巡らせるその瞳の色が、夕暮れの如く光彩を放つ。

「……へぇ」

「何者です?」

 突如の闖入者に突かれた虚から脱した二体に宿るのは、興味と警戒。

「俺のご先祖様、だな」

 月長の問いが向けられた先は、恐らくハロルド。しかし、返答したのは日長だった。


――……俺の……!?――


 その返答(こたえ)に、セオドアは今度こそ息を呑む。その言い様では、まるで。

「……ならば、排すべき敵ですね」

「いつもみたいにお客様って言えよ」

 日長が〝ご先祖様〟と称した精霊を、等しく排除するべき敵(歓待するお客様)と定めたらしい眼差しを受け、ハロルドの口角が愉悦を刻む。

 今意識の表層を支配しているのはベアトリスの契約精霊だった頃のハルではなく、人間だったハロルドの方。それはサイラスを〝じいさん〟と呼んだ事実(こと)からも明らかである。しかし、ハロルドは言っていなかったか。咎人の間に存在している時にだけ、生前人間(ひと)であった頃の意識が降りるのだ、と。

 それならば何故、現在の精霊(ハル)は、人間(ハロルド)としての意識を保っていられるのか。

 漆黒の襲撃者との対峙から、思いもよらぬニールとの再会。霧の彼方から顕れた、自身やニールと()く似た二人。その醜悪な転身と、仕掛けられた攻撃による痛み無き負傷、現在の劣勢。そして、ハロルドの出現。

 理性で鎧った脳の処理が、本能に直結する感情と反発し歩み寄りの姿勢を見せない。困惑から派生した混乱が混迷の手招きに(いざな)われる最中(さなか)に強引な横槍を入れたのは、表裏一体を体現しているかの如く背中合わせの精霊だった。背面の半身の相貌(かお)を隠す白の仮面と、縛めであるかのように絡み付く鎖。異様な容姿(すがた)で以て世界に顕現するかつての異端児は、その発言すらも型に嵌まらぬ自由さがあった。

『なァ、後裔。オレ様を憑かせ(おろし)てみる気はねェか?』

「……え」

 オレ様の武具は知ってンだろ?契約してやるよ、と。

 嗤って告げたハロルドは提案から判断しても此方側(セオドア)の陣営である筈なのに、愉悦に(まみ)れるその相貌(かお)が、恰も非合法な取り引きを提示する詐欺師であるかの如く印象を与えてくる。

「……わかった」

 ハロルドからの契約の提案に、魅力も恐怖も感じなかった。承諾の理由は只、選択肢等最初(はじめ)から存在しないと悟ったからだ。

 セオドアの了承を契機に、契約主(あるじ)と契約精霊との関係は結ばれる。呵々大笑したハロルドが自身へと宿る感覚に、セオドアは肉体の支配権を委ねた。

「――……いいでしょう、その無様な格好で精々足掻いてみせなさい」

 背の両翼が風圧(かぜ)轟音(おと)の二重奏を従えて、月長の肢体を遥かな高みへと至らせる。周囲を漂う光球(ひかり)群勢(むれ)が浮遊から躍動へと翻り、輝きを増した、瞬間。


「“極光(・・)”」


 迸る閃光は、ニールに宿る契約聖霊(メルヒオール)の術。どうして、という驚愕が、やはり、という得心によって凌駕されるのを、セオドアは乖離を留める意識で察した。

「『ハッ!当たんねェよッ!!』」

 必死に繋ぎ止める意識(それ)を寄越せと、根刮ぎ喰らってやると言わんばかりに裡で荒ぶるハロルドの哄笑が、己を通して外界(そと)へ溢れる。病魔に蝕まれる以前(まえ)の母、ベアトリスの面影と名残がセオドアの表層で牙を剥く。

「『後裔!掟霊解放!』」

 掟霊解放は器となる精霊使い(セオドア)の身体に負担を掛ける。使用を承諾すれば、今よりももっと深く、もっと重い負荷が意識と精神を毒するは必定。これ以上の重圧に、自身が耐え切れるのかは未知数だ。しかし、

「……許す……!」

 セオドアの本能は是を告げた。(いら)えを受けた精霊が嗤い、己が属性を世界へと具現化する。

「『“重鋼鉄鎖”!』」

 右足を振り上げたセオドアの膝から爪先までが、鈍色の鎧で覆われた。硬質な音を響かせる鋼鉄の鎖が迫る閃光(ひかり)の奔流をすり抜ける様を、信じ難い思いでセオドアは自身の視界に映す。

 否、鎖だけではない。眩い輝きは、セオドアの肉体をも通過する。草海で対峙した時の、ニールの極光(攻撃)全てを防げず頬に傷を負った記憶が、まるで幻影(まぼろし)であるかのようだ。

「『オラッ!墜ちなッ!!』」

 躱すという素振りすら見せずに、中空を疾駆する鋼鉄の鎖が標的を捕らえた。先端の穂先が月長の翼を貫くと同時に追随する鎖が絡み付き、捻った半身の反動で振り下ろした右足(あし)の指令に忠実を返した連環に因って、天空の自由を縛められた異形の肉体が強制的に大地へ墜ちる。

「……がッ!?」

 望まぬ帰還者を受け入れた大地は、その証明(あかし)として抱擁を授けた。肢体に走る衝撃に確かな苦痛(いたみ)が自己を主張して月長の口から零れる様を、セオドアに宿ったハロルドが嘲笑で以て出迎える。

「『おいおいどーしたァ?随分無様な格好(・・・・・)じゃねェか!』」

「……っ、この……!」

 土に(けが)され伏した姿で緊縛から逃れようと踠く様は、神々しい程の威圧と共に天空に佇んでいた姿と懸離(かけはな)れ、今や見る影も無い。

「『ハハッ!人形ごときが足掻いてんじゃねェよッ!』」


――……人、形……?――


 沈もうとする意識を意思で制止するも、最早問い掛ける余力等無いセオドアの右足(あし)が、再度高く降り上げられる。拘束を受けたまま拒否権等存在しない月長の肉体は、中空に連行された途端に再び大地へと叩き付けられた。

「……ッ!!」

 空気の塊を押し出すように、溢れた苦痛に濁音が混じる。哄笑と愉悦を撒き散らす鎖の使い手は、第三者から見ればどちらが味方かと問い質したくなる光景を描いていた。







「……」

 何らの前触れも無く現れた見知らぬ精霊が、セオドアに憑い(おり)て好き勝手に暴れ回っている。愉悦で以て吐き出される哄笑に嫌悪を刺激され相貌を顰めるニールは、けれど、劣勢に好機という名の一石を投じた精霊に自身の勝機を見出だしていた。

「!動くなと……!」

 胸中で描いた景色を現実へと反映するべく身動いだニールに目敏く反応を示し、日長が番えた矢を放つ。が、解き放たれた翠の飛矢は、標的であったニールの盾に防がれた。耳を劈く高音の響き、というよりは、防御に成功した事実(こと)に因る驚愕に支配された日長の間隙を縫って、メルヒオールは己の術を行使する。

「『――“幻日”』」

「……ぅっ!?」

 金色(こんじき)の盾から発した閃光(ひかり)に日長の視界が焼けると同時に、周囲を浮遊する光球(ひかり)閃光(それ)を反射して、新たな光芒(ひかり)が迸る。攻防一体、或いは敵方の殲滅を目的とした光の化身の聖霊術が、奔流と化して日長から回避と迎撃を刈り取った。敗北寸前にまで追い込んでいた相手からの凄絶なる反撃に、肉体が削り取られていく。

「……ぐッ!!」

 地を踏み締める四足を撃ち抜かれ、均衡を喪失(なく)した体躯が横転する。地を響かせる衝撃に鈍音が援軍として派遣されるも、全ては無駄と嘲笑うかのように煌めきの暴風雨(あらし)に呑み込まれる。

「……ぅ、く……くそ……ッ」

 人型の腕が這いずって、指先が空しく地を掻いた。肉体(からだ)だけでなく勝者の余裕も()ぎ落とされた日長に対する追撃の手を停止(とめ)させたのは、あまりにも場違いな声だった。


「お見事!!」


 極大な歓喜が、実体を伴ったかの如く。大音声は愉悦に嗤う精霊の哄笑すら消し去って、その場の空気を支配した。




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