要編 74 飛び立つ
シーン74 飛び立つ
ファイター、トーキー、チャンスと共に要は香港・葵青コンテナターミナルの第九埠頭を、なんの表記もないマットブラックのAW101戦闘ヘリで飛び立った。
ヘリが上空へと舞い上がる。「Received a call from Columbus, the commander of the Special Forces Group in Japan, and addressed to Jaeger.(日本国、特殊戦群部隊長・コロンブスより入電、宛てイエーガー)」副操縦士がヘッドホン越しに呼び掛ける。即座に反応した要が「thank you.Please connect(ありがとう。繋いでください)」と伝えると、すぐさま「イエーガー、コロンブスだ。元気か?」とコロンブスの声が要の耳に響く。要は涙ぐむ。「はい」と返事するのが精一杯だった。涙腺が崩壊してばかりだ。「帰国後、アルファーによる事情聴取となる。お前の進退については、そのあと話をしよう。私はお前に、部隊に戻って欲しいと思っている。ゆっくり考えて答えを出せ」コロンブスがそう言った。
そのコロンブスはガンとして譲る気はなかったが、内閣情報室の決定により、今作戦の指揮所への入室は不許可となった為、アルファーの内耳モニターで状況を知るしか手立てがなく、歯痒い思いで進捗状況を聞いていた。
「承知しました。ご尽力に感謝いたします」と言った要に、コロンブスは「苦労をかけた。もっと早く、救出してやりたかった。すまなかった。以上だ」と言って、早々に通信を遮断する。ヘリの操縦士が「We haven't heard anything.(我々は、何も聞いていない)」と確認するように無機質な声で口にする。ファイターが「Ah. We're not talking to anyone.(ああ。俺たちは、誰とも話していない)」同じく無機質に返す。
今の通信はコロンブスの独断専行だったという事か・・。アルファーの突入部隊への編入も正式決定ではなく、海外派遣という建前の元での参加という事だ。戦死しても、何の手立てもなく、打ち捨てられる覚悟で参戦した・・ということだ。
うつむき、眉間を固くして考える要に、「気にするな。なんの問題もなかった」ファイターはこともなげに言う。その顔を見た要はそんなはずは無いと思う。もしかして・・いや・・・そうだ。後で問題にならないよう3人は休職扱いになっているか、依願退職書をコロンブスに提出している・・・。ファイターは要に小さく首を振り「心配するな。何もかも元通りだ」と笑う。僕は他に言葉が見つからず「すまない」と呟いた。
その様子を見ていたチャンスは、日焼けで荒れた顔をクシャクシャにする。涙を堪えようとしたが失敗して「おかえりなさい、イエーガー。よかったです」と泣き声でいってしまう。
「ありがとう、チャンス。心配かけて、すまなかった」声が震えぬよう、僕は喉を絞って応えた。ここで泣いてはいけない。
トーキーは潤んだ目を隠す為に、瞬きを繰り返し「作戦行動を事前に知らせることが、出来なくてすみませんでした」と言って唇を噛んだ。
呼吸を深くした僕は「いいんだ、理由は、さっきわかった。ありがとう、トーキー」なんとか言い遂げるが、涙がホロリと溢れ落ちる。構わず「突入部隊を説得するのに、時間と忍耐が必要だったろう。感謝してもしきれない。ありがとう」誇らしき仲間、3人に頭を下げる。
その姿を見たチャンスが「お帰りなさい」とまた口にした。
悔しい思いのトーキーは「イエーガーが残したベルトを発見した制圧部隊の報告に、コロンブスはイエーガーの生存を信じて疑わず、ファイターとチャンス、僕に捜索を指示し、僕たちを地下組織に潜入させました。僕とターキーは通信傍受で、イエーガーの痕跡を追っていましたが、連絡をもらうまで何も掴めていなくて・・・すみません」言葉をつっかえさせながらも、泣いてはならぬと涙を堪える。
「コンテナ船からの通信は制限されていたんだ。それに・・僕には・・打って出る気力も、体力もなかった」と言って 3人の顔をひとり、またひとりと見る。
どの顔も浅黒く日焼けし、眉間には深いシワが刻まれ、目は落ち窪み、唇は乾いてボロボロだ。胸が詰まった。少々の事ではこんな顔つきにはならない。そう訓練されている男たちだ。なのに・・「すまない」・・自分なんかの為にこんなにも・・・「僕を・・諦めずにいてくれて・・ありがとう。精神的に・・ギリギリのところ・・だった」軋む心で口にした。
それ以上、何かを言えば、僕の涙腺は完全崩壊してしまう。
その要の日々を察する3人は、要を見つめたままでいる。
ダメだ。これ以上の心労は3人にはいらないと切に思い、僕は意を強くして話題を変える。「宗弥はどうしてる?」誰に聞くわけでもなく、そう言った。
機内の空気が重くなった。
「宗弥に、何かあったのか⁈」咄嗟に聞く。ファイターが「今回の作戦のこと、お前が生存していることも、フレミングには何も知らされていない。フレミングが前回の監視対象者と近いというのが、その理由だ」苦々しく言った。
「そうか」と呟き、眼下の紺瑠璃色の海を見ながら思う。他に理由がある。不在の間に宗弥の身の上に、何かが起きた。3人が口にしたくない何かが・・・考えるが、思い当たらない。コロンブスからの説明を待つしかないかもしれない。ファイター、トーキー、チャンスの態度は頑なだ。ちょっとやそっとじゃ、こうはならない。
なだらかだった海にウサギが飛び始め、日本海沿岸に近くなったとわかる。操縦士から「5 minutes later, aerial descent .(5分後、空中降下)」と指示が出た。チャンスが「使ってください」とタクティカルグローブを渡してくれた。「ありがとう」懐かしく思いながら、感慨深く僕は受け取る。グローブに右手を通すと慣れ親しんだ感触が蘇った。
その感触を拳を作って握りしめ、手のひらに引き込んで眼下を見る。いつの間にかに、目出し帽の男が操舵する軍用高速艇がホバリングしていた。
ファイターの顔を見る。「加藤だ」、「えっ!」僕は驚く。笑うファイターが「あの日、貨物船までチームを移送したのも加藤だった。加藤はあの作戦の決行日時を、基地司令に偽って報告していたらしい。免職モノだよな、普通。だが、加藤は今も新潟分屯所勤務だ」と言う。「そうか、てっきり加藤は総監が僕たちに付けた監視役だと、加藤のチームを警戒して過ごしていた」あの4日間の日々を、しみじみと思い出しながら口にする。
「そうだよな。俺もそう思ってた。今回も突入部隊に合流するまでの間、世話になったんだ。加藤は選抜訓練中、スパルタンに右小指の腱を切られて、特戦群入りは叶わなかったそうだ。ランニング中に教えてくれた。加藤は多分、各基地にいるコロンブスの子飼いの1人だな」ファイターは自分の勘を言葉にした。
そうだったか・・加藤。
降下したヘリが機体を安定させて、ホバリングに入る。ランプがグリーンに代わり、トーキーが扉を開け「先に行きます。イエーガー、久しぶりの空中降下でしょう。楽しんでください」と言って、ファーストロープを掴んだ。
チャンス、要、ファイターの順で高速艇に降下した。要は自分を解き放つように、身体を躍動させて着底する。
ヘリの推進力が、海上を叩きながら離脱してゆく。
目出し帽を取った加藤は「おかえり」と要に声を掛けて右手を差し出す。「ありがとう。久しぶりだな、加藤」と握手する要の顔を見て、加藤は思わず「苦労して」と言ってしまい、「すまん」と慌てて謝り、それでもしょっぱくなる気持ちを抑えきれず「何もしてやれなくて、ごめんな」と言った。
総員がしんみりする。いまだ、自分に泣くことを許さずにいるトーキーが「加藤さん!とっとと帰りましょうよ!!」明るく、はち切れんばかりの風に負けない声を上げ、加藤は右手で涙を払い退けながら「そうだな!!!帰ろう!」と応じて、高速艇の速度を上げる。




