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要編  61 新たなる戦場



   シーン61 新たなる戦場



 Bは薬品を使って、要を強制的に覚醒させた。高速艇の船上だった。大の字で目覚めざめた要の耳に、遠方からの飛来音が届く。特戦群・ステルスヘリのローター音だった。




 富士子が無事に救出されてヘリで飛び立ったとわかり、要の目に涙がにじむ。うるむ瞳で見た濃紺のうこんに、赤朱色の朝日が差し始めた夜明けの空は、幻想的な絵のようで美しかった。よかった・・・あなたを助け出せて・・本当によかった。




 顔の横に注射器を持った右手を掲げ、要の右側で両膝をついたBは、要の頬をつたう涙を見るなり、視界に乱入して「なに、泣いてんの。ぽっちになったのが寂しいの」ぶち壊した上に不潔に笑う。




 目を見開いた要は「何を注射した!」とかすれる声を上げ、Bは操舵席を見て顎でしゃくり「あの人が持っていたもの」と言いながら、馬鹿みたいにニヤニヤと笑い、注射器を海に投げ捨てる。



 スパルタンかと反射的に上半身を起すが、激痛が腹に走り、「うっ!っ」不覚にも声をらして僕は甲板に崩れ落ちた。クソ・・・ 右手は無意識に腹部をかばい、ゆっくりと起き上がるが目眩めまいと吐き気に襲われ、口からよだれがれた。



 そんな要の顔をBは見ていた。



 右鎖骨下みぎさこつしたに・・火箸ひばしでも・・刺さったか・・・あっ・・そうだった・‥しっかりしろ‥・銃倉だ・・自己診断しようとするが、脳は何も言ってこず、沈黙したまま警告音が鳴る気配すらない。それだけ、僕は終わってるってことか⁈・・‥死はこんな風にジワジワとではなく、瞬間的だと思っていた、クソ!!今、意識があるのは、薬のお陰様ってか‥‥スパルタンは何を使った!!!!どうして、こんな事する!!馬鹿野郎!!!!クソたれ!!!安楽死とはいわない!!!!だが!!!しかし!!!!それでも僕は!!!!大義たいぎある死を望んでいた!!!この!!!野郎!!!!!!口にまった唾液を海に吐き捨て「僕に近づくな!」Bの右肩を左手で突き飛ばすが、体幹たいかんは支えきれず、再び倒れる。クソ!!!




 「キャ!」と声を上げたBは「痛いじゃないの」と言って、要をめめ々しくにらんだ。




 サヤを膝に座らせ、高速艇を操舵そうだしていたスパルタンは、要に振り返って「元気だな、イエーガー」しばらく要の様子を見ていたが、顔面をゆがめるようにして、ニヤリと笑って前を向く。笑っているつもりだろうが僕に言わせれば、ひきつっているが正しい表現で、見る側に神経を疑わせる笑みは目をそむけたくなる顔だ。・・すでに・・・スパルタンは・・・まともでは無いのかもしれない・・・



 このまま海上に身を投じ・・救出を待つか・・だが・・この負傷では・・ここから•・脱出したとしても・・持って5分・・そんな死に方は嫌だ!!!では・・どうする!尾長 要!




 サヤは要を見ながらスパルタンにり寄り、右手で口元を隠しながら何やら耳打ちし始め、サヤの話を聞いたスパルタンは要に視線を移すや、また不快な笑みを浮かべて前を向く。サヤがまたささやき始め、「そうなのか」と言ったスパルタンは「色男だな、イエーガー!」と声を張る。




 サヤは僕らがある程度、口が読めると知っているのか⁈・・なぜ知っている!誰に聞いた⁈‥‥スパルタンが去ってから、強化プログラムに入った項目だ・・サヤは何を言っている・・富士子の事か!!サヤに嫌悪けんおを覚え、鋭い視線でサヤを刺したが、サヤは目をくるりとまわして僕をあざ笑う。なんなんだ、この女は!!スパルタン、サヤ、Bの関係性はどう成立している・・・この3人のつながりは、本陣とベータの調査でも判明しなかった。ずる賢い女だ、クソったれ!!!




 制圧部隊せいあつぶたい拿捕だほされたであろう貨物船を、本陣が調査すればある程度の事は掴める。だが、コイツらを根こそぎ瓦解がかいしなければ、わか国の力をしめさなければ・・他国の意向いこうを受けた同様の事案じあんが、どこかで・・また起きる。やれるだろうか・・今・・この状態の僕が・・1人で・・イケるだろうか・・・




 耳打ちしているサヤにスパルタンが顔を向け「本当か!」と声を上げ、猛禽類もうきんるいを思わせる視線をスッーとBに流し、またサヤの顔に戻した。サヤはびるような上目遣いでスパルタンの顔を見返し、かしげるように深くうなずく。サヤの口元にスパルタンは右耳を押し付け「それで!」と先をうながす。クソ!サヤの口を読めない。




 その2人の様子に要は嫌なものを嗅ぎ取り、尻をついたまま後退こうたいする。船尾に移動してBとの距離を取ったのだ。Bは「どうしたのよ。私、あんたの顔は好みだけど、怪我人に何かするほど、私、落ちぶれてはいないわ」と甲高い声で言い放つ。



 B、危険が迫っているぞ・・気づかないのか、殺気だ。めでたい奴。ひそかにそう思う。



 スパルタンは操舵そうだをサヤにまかせてBの背後に忍び寄り、いきなりBの髪を右手で掴み上げた。虐殺ぎゃくさつが匂い出す、始まった。「ギャーー!」と悲鳴を上げたBは目を極限きょくげんまで見開き、その目に恐怖を走らせた。スパルタンはゆっくりとBを引き寄せ、Bの右耳元に顔を押し付けて「お前、横領おうりょうした研究費をどこの銀行に送金した?」と粘着性ねんちゃくせいのある声で聞く。横領⁈



 スパルタンは髪を掴んでいる右手をひねり上げ、Bは「何のことよ!!!!何の話!」と髪をつかむスパルタンの右腕を両手で掴んで叫ぶが、その抵抗をスパルタンは完全におさえ込んでいた。



 現役時代と変わらないその腕力を目にした要は、今の身体でスパルタンとあらそえば、一瞬でられると悟る。まずは観察、そして慎重な言動だと、自分をいましめる。



 スパルタンは要の顔を見ながら、腰ベルトに下がっているホルダーからアーミーナイフを取り出し、Bの首にナイフを押しつけ「なんだって、B。知らないのか?困ったな。金の無いやつに用は無いんだが」ねっとりとした声で攻めた。



 「し、ら、ない」Bは声を震わせ、薄ら笑いを浮かべたスパルタンはナイフを右にスライドさせ、Bの首に細く、うっすらと、一筋の赤い線が浮く。そして粒立つぶだって出血し始めた。



 代わりに答えてやる。「香港チャイナ国際銀行、口座番号000000、名義はBの父方のおば、久石直子だ」と言うと、Bはるように僕を見て、唾を飛ばす。馬鹿か、認めた事になるだろうが。お前がこんな奴らに加担するからだ。僕はBに野蛮な笑みで笑いかける。




 なお、髪を掴み上げたスパルタンはBに顔をよせ、その耳元で「パスワードは⁈」と荒い口調で吠え、Bは激しく首を振り、何かを放り出すように、スタッと手を離したスパルタンは僕を見て「パスワード?」と聞く。



 Bはうつむいたまま両手で髪をすき、垂れた前髪の間から、僕をうらめしい目で見る。パスワードを僕は知っていた。すごむスパルタンに僕は「そこまで、調べてる時間はなかった。Bがお前の仲間だと判明したのは半日前だ。僕は突入準備を優先させた。Bに聞け」真実4割、偽装ぎそう6割で話し、Bをあごでしゃくる。



 スパルタンは目を細め、僕の真偽しんぎさがす。トーキーとターキーの調べに抜けはない。3人の内の誰かを取り逃した時、逃走の痕跡こんせき辿たどる目的で、僕は口座を凍結しないよう本陣に具申ぐしんした。



 スパルタンを白々とした目で見返す。内心であんたからやり方を享受きょうじゅされたと思いながら、パスワードを自白剤が投与されても、口にしない心の最深層さいしんそうめる。




 スパルタンは突然、右側にあった停留用ロープを右手で取り上げ、左足でBをみ倒した。甲板にひたいむごく、声も出せないほどに打ちつけたBは、両手で顔をおおいのたうち回る。




 左右にもだえるBの背中をスパルタンはみ付け、ロープを両手の間隔かんかくを1mほどけて持ち直し、Bの身体をすくうようにしてロープを通すと、Bの胴体部分を見事な速さの舫結もやいむすびでしばり、もがくBを片手で軽々と持ち上げ、捨てるように海に投げ入れた。




 ブクブクと沈んだBが、暴れて浮上してくる。




 そのさまをギラつかせた目で見ているスパルタンは「サヤ、減速しろ」と声をり、サヤは「はーい」と愛らしくこたえて速度を落とす。



 スパルタンはデッキに片足をかけて苦しむBを見下ろし「B、時間が無いぞ。お前、泳げないだろう」と半笑いで言い、「パス、ワーードは?」とのびやかに叫び、ガンとして口を閉じ、首を振るBを見たスパルタンが「加速しろ!!」と命じ、サヤは「どうしようかな?B」もてあそぶように言い、わずかにスロットを開いて加速させる。



 ロープが伸び切り、身体が真横になったBが水面に浮き上がってきた。そのBを嬉々とした目で見ているサヤは、無慈悲に加速と減速を繰り返す。




 調査資料のサヤと宗弥が語ったサヤの違いに、チームが戸惑ったことを思い出し、僕は目の前でり広げられている光景こうけいに、この残酷な2人はある意味、最高のパートナーシップだと純粋な気持ちで思った。



 観念かんねんしたBが、パスワードを叫び始める。




 スパルタンはBをそのままにして操舵席に戻り、Bはロープにすがり、必死の形相でたぐせ始め、僕はってフックに近づき、ロープを手繰たくし上げる。こんな簡単な事でさえ、今の僕には困難だった。クソ!!




 サヤはスマホからBの口座にアクセスしだし、サヤの側に立ってスマホ画面を見ていたスパルタンは、衛星電話を掛け始め、相手が出ると「高速艇で、北に移動しています。ピックアップを頼みたい」と言って、相手の返答を待った。



 サヤがスパルタンにうなずく。スパルタンは肩と耳で衛星電話をはさみ、サヤからスマホをうばい取って笑いながら操作している。どこかに金を動かした。これで本陣はスパルタンを追える。



 笑うスパルタンは相手の話を聞くや、しかめ面で「金なら、あります!」と言って金額交渉に入った。「その金額の30%を今振り込みます。口座番号をください」スパルタンがスマホを操作する。



 「送金されましたか。それはよかった。残金はそちらに着いてから、とんでもないですよ。ええ、、ええ、わかりました」スパルタンは交渉を成立させて通話を切り、進路計に目を向けて経度と緯度を入力した。そしてまたスマホを操作し出す。他にも口座を持っているという事か・・・。




 約1分後、サヤの手を取ったスパルタンはハンドルを握らせながら「支えているだけでいい。あとは自動操舵してくれる」と言うと、僕に歩み寄って左膝をつき「イエーガー、両親がお前にさずけたスキルが、俺には必要になった。お前には治療が必要だ。取引しないか?どうする?」と僕に聞く。無言でいると、スパルタンは僕の右胸にある銃痕に人差し指を突っ込んだ。痛みの回路をただちに断ち切る。羊を思わせるスパルタンの目を、無表情に見返す。




 スパルタンが「流石だな。俺が鍛えただけのことはある。こっち側に渡るか?イエーガー、俺の所に来るか?」とまたも言う。「ああ」無機質むきしつに返す。スパルタンが声を上げて笑った。くそ!!勝ち誇ったスパルタンはロープを引き寄せて、いとも簡単に海からBを引き上げる。




 Bは四つんいになり、ゴボゴボと海水を吐きながら、言葉にならない言葉を吐き散らして、無駄な抗議する。「イエーガーを治療しろ」Bの尻を蹴ったスパルタンは、操舵席に行くと手を取ってサヤを立たせて席に腰掛け、右手でサヤの腰を引き寄せて自分のひざに座らせた。もうスパルタンはBと僕に興味をなくし、ほうけた顔でサヤの太ももをでていた。




 僕は腰ベルトのバックパックから、治療キットを取り出して差し出したが、Bはそれを払い退け、知らないわよ、裏切り者と悪態を付く。おバカなBに「僕を助けた方が、あなたの得になると思います」とささやいてやる。Bは赤い目で「何がよ!?」と聞いた。「僕はスパルタンが嫌いだ。それがあなたの得になる」と答えてやる。




 戦闘用ヘルメット、防弾チョッキ、他の戦闘装具をはずし、戦闘服の上から右胸を確認する。出血はほとんどなかった。アーマースーツのおかげだ。富士子の顔が脳裏に浮かぶ。そこに居てくれと願いつつ、戦闘服ごとアーミーナイフで切りく。右鎖骨の下に直径1㎝ほどの穴が開いていた。本来、そこには防弾パッドがあった。船壁クライミングを考慮こうりょして、腕の動きをスムーズにする為に切り取っていた。一目したファイターの不機嫌を思い出す。正しかったよ、ファイター。装具をいじるなんて馬鹿は2度としないと誓い、鎖骨に中指をはわせてゆく。ヒビが入っていた。用心しなければ簡単に折れるだろう。




 Bは銃痕に興味を持ちジッーと見ていた。が、いきなり、要の銃痕に右手の親指と人差し指の指先を、分け入れさせて弾を抜く。消毒もしないまま傷口に指を入れたBが気に入らず、睨み付けるとBは「意外に簡単に取れた。よかったわね。私、研究者だから指先が器用なのよ。感謝しなさい」と言い、消毒コットンパックを開け、液のしたたり落ちるコットンを傷口に当て、口元をひくつかせる笑顔で「痛い?」と僕に聞く。




 その顔付きの異常さにもう付き合ってられないと、消毒コットンを当てているBの手を左手で払いけ、自分で拭く。気を引き締めて止血剤を振り掛けたが、神経に刺る痛みに「クソっ」と毒づいていた。この痛みは苦手だ!クソ!獣が水気を切るように身体が震え、なぜか、それで痛みが振り落ちてパワーパッドを貼れた。ホッと息をつく。良いのか、悪いのか、不透明な脱力感が体に戻ってきた。




 まずは敵を知ることだと頭に刻んで、アーミーナイフ以外のヘルメット、装備一式を海に捨てる。中身を海にぼっしたバックパックと液体デイバイスシートを使って、外した腰ベルトが海面に浮くよう工作し、左肩口の日の丸の下にGA1と記した部隊徽章のマジックテープをはがし、ベルトに天地を逆にして貼り海へと流す。




 その間、Bは僕の左側に座り、引き抜いた弾を両のてのひらの上で転がして見ていたが、なにを思ったか、立ち上がってスパルタンの前に進み出た。そのBをスパルタンは、無感情に見上げる。



 その顔を見て危ないと直感した。立ち上ろうとしたがうまく立てず、そうしてる間にスパルタンは膝の上に座るサヤに「立て」と言い、Bに「何だ?」と聞く。静かすぎる声だった。



 「あのね、」と言ったBを、スパルタンが海に蹴り落とす。




 Bは激しくバタつかせた両腕にくうを切らせ、絶望の表業ひょうぎょうを見た血走る両目を、裂けるほどに見開き「何、す、、んのよ!お金!!、、あげたで、、しょ、、う!」海水を飲みながら叫ぶ。




 そのおぼれる姿を、冷笑を浮かべて見ていたスパルタンが「お前が乗ってると、船の足が遅くなるんだよ。この疫病神」と叫んだ。それを合図に右手をスロットにけたサヤは最高速度まで上げ、揚力を得た高速艇は波に乗り、跳ね、海面を叩いて進む。



 Bの姿がまたたく間に、見え無くなった。





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