要編 59 時、ここに至り。
シーン59 時、ここに至り。
富士子がいる貨物船を本陣は敵の支配下にあると、各省庁、関係機関に通達し、困難極める調整を進めながらも、富士子の奪還作戦の計画立案をアルファーに意見を出させて同時進行し、許可が下る前に敢行と決定事案にする。コロンブスは決行日を気象班の意見をもとに、月明かりのない新月の夜を選択した。
奪還作戦時の装備を着用して格納庫内で訓練中だったアルファーに、コロンブスから秘匿衛星経由での通信が入る。
トーキーが操作するパソコンを取り囲んだアルファーに、コロンブスは「奪還作戦を決定した。貨物船の乗船員人数、保有している武器、戦闘能力が不確定のままの任務遂行となった。厳しい戦闘が予想される」コロンブスの声に無念が香っていた。
察する要は「トーキーとターキーが開発した自立型ドローンに赤外線・熱源センサーを搭載して偵察いたします。ご心配には及びません」と進言する。
続くファイターが「送信して頂きました貨物船の設計図から配置を取り、今朝から実寸訓練を積んでいます」と言うや、宗弥は「スパルタンの処遇は?」と質問した。
「可能な限り、生捕にしてほしい」遂行の困難さを思い、苦々しくそう応えたコロンブスに、宗弥は「承知しました」と返事を返す。その横顔をアルファーは奇しく見ていた。作戦遂行から掛け離れた問いだったからだ。しかしながら、拉致に及んだ宗弥の判断ミスへの悔い、富士子に対する無念の噛みしめての思いだと理解して言葉を飲み込んだ。
ひと時の沈黙が流れ、「後のこと、宜しくお願い致します」と要が言うと、一瞬、沈黙したコロンブスだったが「承知した。無事に富士子さんを奪還し、1人も欠けること無く帰還せよ」覇気ある声で鼓舞した。こんな事態に陥った事を責めるは簡単で単純すぎる。誰もがそう考え、どう終結させるかに集中していた。
アルファーは「はっ!」と応え、「以上だ」と通信を遮断したコロンブスは、もっと情報を、満足ゆく装備を、部隊を全面展開させたかったと思わずにはいられない。だが事態は切迫しており、敵の動向と富士子の体力を考えれば時はなく、法的な配慮も重く、遺憾のままに時は至り、アルファーを送り出すと決めた。
通信を終えたアルファーの装備は、何層にも凹凸を作る防弾パネルが覆う透明バイザー内蔵の戦闘用・液体デイバイス・メット、その内部から続く防弾パネルは耳をカバーし、左右から南下したバックルは、アゴをガードするチンカップを支え、バックル留めへと繋がっている。
顔は目の縁ギリギリから、顔面をピタリと包むフェイスガードを被るようにしてつけ、顎の可動域を考慮した防弾パットが、フェイスガードに凹凸を作って組み付けてあり、鎖骨の下までをカバーしていた。
裸体に生体反応を遮断し、衝撃吸収を備えたアンダーアーマースーツを纏い、このアンダースーツは負傷した部位を自己検知して圧をかけて止血し、人が発する電磁波、熱源の諸々をも遮断し、敵の赤外線センサー、電子パルスの機器等々から戦闘員を探知不能にする。。その上に特殊防弾加工のゴム素材を使用で、筋肉形状に沿った戦闘服を着用している。
両肘、両肩、両膝、両脛にはガードパッド。
防弾チョッキには、後付けの顎の高さまであるネックガードが装着してあり、丈は股関節まであった。重量はいつもより1.7キロ重い。それぞれ皆、防弾チョッキのところどころに、鈍く光る銀色の切り傷や、花模様のような着弾痕があった。
腰ベルトの左側には、予備弾倉3倉が入るバックパックが3つ、右側には各自専用の工具、医療キット、液体デイバイス性の布などが入ったバックパックが3つ下がっている。
右太ももにはグロック26が収まっているレッグホルダー。このホルダーは右太ももに、2本の円ベルトを通して固定してある。グローブは特殊強化ゴムを極限まで引き伸ばし、各自の手のサイズに合わせて製作され、手の甲の第1関節から手首まで、銃の握りに合わせた配置で、防弾パネルが取り付けてあった。特殊素材の戦闘用・ショートブーツを履き、肩から襷がけしたショルダーベルトの先端には、FN F2000が下がっていた。戦闘装具の素材のほとんどが、液体デイバイス基盤だ。要たちは変異する魔王・液体デイバイスを体現する姿だった。
FN F2000のストックエンドに、左右の手を乗せた要は「今日の訓練はここまでにしよう。18時まで自由時間とする。解散」と言って、格納庫の側面入り口近くに移動する。
外した装備を専用の大型バックに入れ、支給された作業着に着替えながら、隣にいるチャンスの横顔を見た。
目が合って、微かに笑ったチャンスはどこかうわの空な感じだった。その表情を見て無理もないと思う。トーキーが導き出した生還率は、通常よりもかなり低くかった。殲滅される確率は43%、トーキーは計算した事を悔いて隠そうとしたが僕はチームに伝えるよう指示した。自分が遂行する作戦の負を知っておくは必定と考えたからだ。気構え、思い残し、やっておく事を整える時間が、その必要が、今回は全員にある。
宗弥は出入り口のドアを開け「お疲れ」と呟き、要も「お疲れ」と返すが、宗弥は顔を上げず、要は格納庫を出て行く宗弥を見送るしかなく、そこに個別でトーキーと、ドローンの飛行訓練をしていたターキーが来た。ターキーは要の前に立つなり「イエーガー、僕らのどちらが、貨物船に同行しますか?」と聞く。
迷わず「トーキーだ。ターキーはここに残ってアルファーの通信と、本陣に中継する戦闘映像の管理を頼む」と応えると、ターキーの右隣に立ち、その横顔を見ていたトーキーは「当たり前のことを聞くな。お前はオメガ所属だろう」と言って笑い、「風呂に行こうか?」とチャンスを誘う。
3人は肩を並べて歩き出し、格納庫を後にする。その後ろ姿も要は見送る。
その要を見ていたファイターは歩を進め「今日の訓練で、目処がついたな。明日からはトーキーが操るドローンと同調訓練して仕上げだな」と声を掛けた。要は暗い眼差しで振り返り「ああ」と応え、ファイターは要の心中を察しつつ「行こうか」と言った。
右隣を歩くファイターに、僕は「手紙のこと、一言いっておいた方がいいだろうか?」と聞く。「いや。ここ数日の訓練内容とトーキーからの通達で、手紙を書いておいた方がいいと感じ取ったはずだ」と言ったファイターの言葉は僕には重く響き、前を向いて「そうだな」と言うしかなかった。
奪還作戦は僕にとってもはや仕事ではなかった。もちろん公私混同はしない。愚の骨頂だ。特戦の男を甘く見るなよ。
前を見据えて、僕は歩く。
歩きながら「お前が1番、標的になりやすいポジションだ。その上、1人で敵を足止めしなくっちゃならない」と言うと、ファイターは「大したことじゃない。俺の敵ダウン率、知ってるだろう」と言って、豪快に笑った。
「すまない」と口にする。
ファイターは「おいおい。センチだな」と僕の横顔を覗き込み、「本陣総意の立案通り、お前とチャンスで突入して、先にタッチダウンした方が拘束具を解き、離脱するという筋書きでなくていいのか?今からでもフレミングとチャンスのポジションを、交代させてもいいんだぞ」と言った。
「負傷の状態がわからないのだから、現場で確認したいという宗弥の言い分ももっともだと思う」僕がそう言うと、ファイターは速攻で「だが、それでフレミングが狙撃されたら、富士子さんの医療処置は誰がする?俺たちが負傷しないとも限らない」と言った。想像するのも疎ましい事を口にしたファイターに、「そんなことには、ならない!」強い調子で言い返していた。
ファイターが微かに目を見開く。
その表情を見逃さず、見逃せずに僕は「感情的な物言いをした、すまない。なぁファイター、どう提案しても宗弥は、ガンとして譲らないのはわかっているだろう」と口にする。僕の感情のトリガーは最近、軽くなっている。気をつけていなければ自覚もないままに起爆しかなねない。
眉間にシワを寄せて無口になったイエーガーに俺は「だが、フレミングと組んでお前が先に富士子さんにタッチダウンしたら、現場離脱が20秒遅れるんだぞ。殿のお前に負担が掛かる」と現実を突きつける。唸るような低音の声になっていた。俺の不満は隠せてはいなかった。「お前がいる」イエーガーは破壊力満点の笑顔で俺をた。その目を見て悟った。こいつはいつもより突っ込む気でいると。俺は「まったく、お前は」とこぼしていた。
そこに加藤が、シャチが突入するように走り込んで来る。俺の前に立った加藤は「調理室の使用許可とれたぞ。ご要望の食材も確保した」と言い、「面倒をかけたな。ありがとう」と礼を言う。これでチームに美味いものを食わせてやれる。よかった!感謝だ。加藤は「なんの面倒もなかったよ」と笑った。加藤は本心で笑うと右頬にエクボが出来る。それに気づいたのはターキーだ。エクボの笑みを浮かべた加藤はいつもより若々しく見え、楽しそうだ。
シャワーを浴びた要とファイターが調理室に移動すると加藤のチームはすでに居て、加藤は「おお、来たな。こいつは安藤、ああ、もう名前知ってたか、安藤の実家は繁盛してる食堂だ。こいつ調理も上手いんだ。手伝いに使ってくれ」と言い、ファイターは安藤に「よろしく頼む」と頭を下げた。
「こちらこそ」と頭を下げた安藤はファイターを真っ直ぐな目で見ると「何を作りますか?」と聞く。「トマトと牛肉の中華煮、豚汁、千切り大根とカイワレにマヨネーズと帆立缶の汁ごと絡めて、塩と胡椒で味付けしたサラダに、ほうれん草の白和え、ニンニクスライスたっぷりのステーキあと、やっぱ、カレー作るか、余ったら朝食の添え物にすればいい」とファイターはメニューを披露する。一つ一つの料理がチームメンバーそれぞれの好物だった。今日のファイターはBIGパパ並みに甘く過保護だ。
「鹿児島風のだし巻き玉子も食べたい」と要がリクエストした。
加藤に「好きなのか?」と聞かれた僕が「ああ、思い出の味だ」と応えると、安藤が「了解しました」と言って、そばに立つ田中は「相馬と俺で具材を切ります」と言って早速、調理に取り掛かり始めた。
調理台の向かいに立った僕がいつものように調理風景を眺めていると、相馬は大根を千切りしている手を止めて「班長と宿舎でお待ちください」と言った。
すり鉢に水切りした木綿豆腐、米酢、砂糖、塩、白味噌、白ごまを入れ、すりこ木で馴染ませていたファイターが「イエーガーはこうして見ているのが好きなんだ」と言い、ファイターに視線を合わせてきた相馬に、ファイターが「戦闘ナイフ使いは超絶絶品だが、包丁さばきはイケてない。指を飛ばすほどに危ういんだ。意外だろう」と言って笑った。ファイターの笑みにいつもの豪快さはなかった。寂しげだった。何度も死線を共に超えてきた男の笑顔に今作線の無謀さが漂っていた。
それでも僕は「お前が玉ねぎの皮むきしか僕にさせないからだろう」とぶっ飛ばす勢いで反論してやる。右隣にいる加藤が「玉ねぎの皮むき、俺も嫌いだ」と苦味走った表情をし、すかさず「お前のことなんて、誰も聞いてない」と言ってやる。「オイオイどうした?らしくない口調だな」と加藤が軽口で言い返してきた。「作戦前だ、セイシティブにもなるだろうが」と口にしていた。ファイターが「乙女かよ」と笑う。
信義を知る者の言動は、いつの日も心情とは裏腹だ。




