要編 44 浮子さんのお弁当
シーン44 浮子さんのお弁当
富士子を自宅に送り届けて、監視警護をベータチームと交代した。アルファーは13時間の待機に入り、要たちはmapに帰投する。
宗弥、ファイターに続いて、僕が金庫室に入って行くと、振り返った宗弥が「右横腹、診せろ」尖る声でいきなり言った。
ファイターも振り返って目を細め、睨みを利かす。その目を見て僕は思う。ファイターは体の管理に特にうるさい、他にも細々とうるさい。だが、そのほとんどは正しく、いや、絶対的に正しい。鉄の男はいつも正しくてうるさい。
その様子をPC前に座って、見ていたターキーまでもが「イエーガー、先は長いです。これからが正念場になります。2人の言うこと聞いてください」冷静な口調で言った。まったく小姑かよと思う。
宗弥は僕の前を通り過ぎ、ガンラックの下にある長机の下から、下下ってこういう場合どう説明すれば、もっとシンプルになるんだ。うんざりしながら宗弥を見ていると、宗弥は救急キットボックスを取り出して、中央テーブルの上におくや、治療道具を並べ始めた。
観念する。
斜め掛けしていたボディーバックを取り、宗弥から借りていた上着を脱いで、テーブルの上におく。ボーダーシャツを首から脱ぐ。腹と背中に入れてあった週刊誌を抜いて床に置くと、その週刊誌を見たファイターは尖る目を僕に向け「おい!!その週刊誌が無かったら、どうなってたと思う!全くお前は!!お前って奴はあぅっ!」怒りのあまり口が回らず、舌を噛んだ。
顔をしかめたファイターはそれ以上、何も言えず、怒りをたぎらせて床を踏み鳴らし、店内へと立ち去った。その後ろ姿は、肩の筋肉が隆起していた。
怒れるファイターの姿を見て、流石に反省した僕は「もう少しで、まずかったのはわかってる。今度から気をつける」声を大にしてファイターの背に掛けたが、ファイターは振り向きもせず、鼻を「ふん!」と鳴らす。
怒り絶好調のBig daddy かよ。今夜は美味い飯にありつけないかもしれない。クソ!
チャンスが「手伝います」と言って、僕がウエストに巻いた鉢巻きに手を掛ける。
僕の姿を見たターキーが「深紅とは、気合いが入ってますね」と言い、僕は「お前、蒼碧の第2大隊だったな」と返す。「そうです。僕は4年間、作戦シュミレーターと、防御キラーでした」とターキーが応え、僕はそれを聞いて、大学時代のターキーの活躍を思い出し「そうだったな。1年の時からキラーって、すごいよな」跳ねる口調で言った。
「それを知ったトーキーは悔しがりました」ターキーの声が若干、沈む。
黄丹の第4大隊だったトーキーが、第2学年から頭角を表し、急成長したのを思い出す。「そうか。そうだったのか」僕はうつむいて呟く。合点がいった。
ターキーが要をマジっと見る。
その視線に気づいて、顔を上げ「一卵性双生児ならではの悩みだな」と言うと、ターキーはあたりの柔らかい表情になり「僕たち2人は、小さい頃から周りに、何かと比べられて育ちました。僕より15 分早く生まれた兄は、努力の人です。僕は、その兄の後を追っかけて来ただけです」と笑った。
そう言ったターキーの瞳に、掠れた憂いを見つける。遠慮と配慮。普段、ターキーがあっけらかんとした言動を取るのは、トーキーのためか・・・。
宗弥に「要、テーブルに座れ」とうながされ、パイプ椅子に腰掛けている宗弥の前に座り、傷を見せる。
診療用手袋をはめた指先を傷口に這わせ、顔をしかめた宗弥が「縫い直していいか?」と聞く。「やっぱり、ダメだったか」僕はガクリと項垂れた。「ああ、このまま治したら、俺が後悔する。ガタガタだ」と言った宗弥が、僕の目を見る。店内からスパムを焼く匂いが漂ってきた。
ファイターは弁当だけじゃあ、総員の食事の量を賄えないと判断したなと思う。盾石家の家政婦・浮子さんは、弁当を作って宗弥と僕に持たせてくれた。手作り弁当など作ってもらった事がない僕は、どう反応していいかわからず、薄い反応に終始した。もう少し、きちんとお礼を言えば良かったと後悔する。今日は女性に関して後悔してばかりだ。いや、僕の場合・・女絡みはいつもそうだ・・・クソ。
ふと動いたチャンスが宗弥のそばに寄り、宗弥の指先を食入るように見ている。向上心の塊、チャンス。良いことだ。ターキーは日報を書き始めたようだ。
宗弥は右手のピンセットで、コットンを取り上げて消毒し始め、傷に染みた。獣の身震いを一つする。テーブルに置いた宗弥の上着に右手を伸ばす。
内ポケットを指先で探り、錠剤が入っているジップロックを取り出して、封を開け、右手の親指と人差し指を中に入れて、緑の錠剤を摘み出そうとしたところで、宗弥に奪い取られた。その勢いに驚き、宗弥の顔を見る。
鳶色の瞳に怒りが見え「なに怒ってるんだ?」と聞く。
宗弥は「この薬は即効性がある分、依存性も高い。簡単に口にするな」と荒く言い、ジップロックをパンツの右前ポケットに突っ込んだ。「そうだったか。すまん」と言うが、宗弥は沈黙を貫き、ファイターに続いて、僕は宗弥も怒らせた。今日は厄災日か⁈と思う。
傷口の消毒を終え、医療用ハサミを取り上げた宗弥は、器用な手付きで、縫った糸を切り始めた。僕は視線を上げ「ターキー、駅のホームに設置されてる監視カメラから、何か出てたか?」と聞く。
「イエーガーの証言に合う不審者を、3人見つけました。確認ですが、強襲して来た人物の人相不明。着衣は白のワイシャツ。イエーガーが確認できたのは、肘から指先まで。弾道ナイフ使用の可能性あり、でいいですか」とターキーがいう。
「そうだ」と応えると、ターキーは重ねて「身長は報告通り、175㎝前後でいいですか?」と聞く。僕はあの時を思い出しながら「ああ。ナイフの軌道から考えると、そのくらいの身長だと」と言った。
ふと、あの腕はどこかで見た事がある・・・・漠然とそう思う・・どこで・・見た⁈
「本陣の技術局と、共同で調査しています。時間をください」と言ったターキーに、上の空で「わかった」と応えた。あの腕は・・・誰だったか・・
切った縫合糸をピンセットで摘み上げながら「週刊誌、挟んでてよかったな。どの映画からパクったんだ?」と宗弥が聞く。「仁義なき戦い。川谷拓三」そう答えると、宗弥は「ああ。そうだったな。浮子さんに言った。家長不在の折、無粋なのは丹下左膳で、週刊誌は仁義なきか」と言ってニヤリと笑い、視線を上げた宗弥が「お前は、やっぱり面白い奴だ」と言った。僕の思考はそこで途切れた。この時、もっと真剣に、思慮深く考えていたら、のちの展開はもっと有利に運べていただろうか・・・。
「なんでも役に立つモンだな」と僕が言うと、「そんなもんだ」と相槌を打った宗弥は、縫合針を手に取って傷口を縫い始めた。その手付きは正確無比で、1針ごとに綺麗なラインを作りながら縫合していく。
上手いもんだなと思い「宗弥、縫い方のコツを教えてくれないか?」と言うと、宗弥は「俺の楽しみを奪うな」と言って無下に断り、その口調から“ 俺がいつも一緒にいる“ 宗弥は暗にそう伝えていると僕にはわかった。
かわいい奴。「何、笑ってんだよ」宗弥が僕の顔を見て言う。笑いを大きくしてやった。
横に立って見ているチャンスを、膨れ面でチラリと見た宗弥は「いいか、消毒をしっかりした後、最初の1針、2針を根性で乗り切れば、後は慣れる。皮膚を深くすくうな。つるような感覚になるし、本格的な治療を受ける前に、裂ける可能性がある。皮膚は意外に伸びがいいんだ」と言い、チャンスは「はい!」と大きな声で答え、それを聞いて「僕も根性で乗り切ったんだが」と言うと、チャンスが「ちょっと頂けない感じの縫い目でした」と言った。
僕は、チャンスに顔をしかめてみせる。
慌てたチャンスが「すみません」と小声で謝り、「僕もそう思いましたよ」と澄ました声で追随したターキーが、「あっ、イエーガー、今トーキーから、ベータ長に帰れと言われました。どうしますか?と暗号打電入りました。どう返信します?」と言った。
「PCのバックドアを開けて、mapのPCとリンクさせてくれと伝えてほしい」と答えると、ターキーは「了解」と応じてキーパットを打ち始めた。
そのターキーに、僕はTVモニターを右手で指差し「このTVモニターに、病室のPC画面を出して、録画も頼む。それと国男さんの病室盗聴音を、スピーカーから流してくれないか」と重ねて頼んだ。
勝手な真似すると、痛い目に遭うぞ、サラマンダー。僕は密かに笑う。
治療を終えて上半身裸の左肩に、ボーダーシャツを掛けて、店内に入って行くと、2つのテーブルが一つに寄せてあった。
その周りに6脚の椅子があり、テーブルの上には、浮子さんの大判弁当2つ、茹でた皮付きじゃがいもをざく切りして、レタス、キャベツ、カイワレ、丸切りのきゅうりのサラダを盛った大皿、中皿に2缶分のスパム、大皿に牛肉とトマトの中華炒め、きゅうりとわかめ、玉ねぎの酢の物、中鍋に里芋と大根の味噌汁、お椀6個、1合以上はある白飯がのる皿5つ、ピッチャーに入ったレモン水、コップ6個がのっていた。
カウンター内に入りながら、コンロを拭いているファイターに、「美味しそうだ」と言ったがスルーされ、まだご機嫌斜めかと、思いながらシンクで手を洗う。
宗弥とターキーも店内に入って来て、僕と入れ替わり、2人も手洗いをすませて席に着いた。
金庫室2階で棒倒しのユニフォームから、上半身裸の右手に、紺色の長袖Tシャツを持ったチャンスは、濃い緑色のアーミーパンツに、裸足の姿で店内に現れる。
183㎝のターキーは、180㎝のチャンスと、正面に座る僕を見て、着ていた紺色の長袖丸首シャツを脱ぎ出し、肩の部分を揃えて椅子の背に掛けた。
その行動を見た宗弥は、同じ186㎝の要に目を移し、着ていた白地に黒のボーダーのシャツを脱ぎ、床に放り投げる。
190㎝のファイターは席から立ち上がり、テーブルの周りに座っている面々に、筋肉美の背中を向け、グレーの長袖シャツを脱ぎ、十分に見せつけて、チャンスとターキーが「おお!」と声を上げるなか、シャツを綺麗に畳み、足元に置いて席に着く。
宗弥が「男祭りかよ」と言って、機嫌よく笑う。
そして、手を合わせ、馬鹿みたいに皆で「頂きます」と声を張り上げて食事を始めた。
味噌汁を一口飲んで、僕はジジイみたいにホッと一息つく。美味い。
ターキーがだし巻き玉子を口にして「浮子さんは九州のご出身ですか?」と宗弥に聞き、「なんでだ?浮子さんは千葉県出身だ」と応えた宗弥に、「このだし巻きは、鹿児島の味です」と言った。
だし巻きに箸を伸ばして、1口食べ、確かにそうだと思う。
ファイターが「浮子さんは若い頃、夜の仕事をしていた。その時どこかのお店で、覚えたんじゃないか?」と言うと、宗弥は「今度、さりげなく聞いてみるよ」と言った。
だし巻き玉子の存在を、僕は大学に進学してから知った。それまでは、ただの卵焼きしか、食べたことがなかった。
チャンスは玉子の肉巻き一個で、大盛りの白米を食べきり「この肉巻き、母さんの味付けに似てます」と声を萎ませた。「そうだな。広島の味付けに似てるな」僕は知りもしない母の味を口に出し、「チャンス、今日はよくやった」と労う。
笑顔になったチャンスは、要の顔を見ると「ありがとうございます」凛と鳴るような声を響かせた。
ファイターが「よくやった。俺も観てそう思った」とチャンスに言うのを聞きながら、浮子さんのお弁当箱から、玉子の肉巻きを1つ摘み上げて、元気だろうかと母を思う。
黙り込んだ要に宗弥は「痛むのか?」と聞く。「いや」と短く応じた要の顔を、宗弥はしばらく見ていた。ボーとしてるな・・出血が多かったか・・早めに寝せるか・・・・。
そこに、トーキーが帰って来た。
口ぐちに「おかえり」と出迎え、トーキーは「ただいま戻りました。男くさい風情ですね」と言いながら、カウンター内に入って手を洗い、カウンターの上に出してあった中皿を、右手で取り上げ、白米を盛りつけながら「ベータ長の陣頭指揮は、ブルドーザー並みです。あれは絶対、PCの情報ファイルに手を出します。パスワードロック仕掛けて来ました」と言った。
「ありがとう」と応じ、僕はニヤリと笑ってしまう。
カウンターを出たトーキーに、ターキーが「間違える度に警告音が鳴って、4回続けてミスると、破棄モードになるようにしたのか?」と聞く。「時間稼ぎとイラつかせて、ミスを誘うだろう。警報音レベルが、徐々にヒートアップするオマケ付きにしてきた。当たり前のこと聞くな」と答えたトーキーは、テーブルに並んだ料理を見て顔を綻ばせ、「中華煮だ!」と黄色い声を上げる。
「今日、お前とターキーは、室内勤務だったからな」と応じたファイターに、ターキーが「ほんと過保護だな」と言うと、ニンマリと笑ったファイターは「食わなくても、いいんだぞ」と返した。「好物なの知ってて、言うんですか」と言い返したターキーは、さっそくトマトと牛肉の中華煮に箸を伸ばす。
この日の夕食が、アルファー総員での最後の晩餐となる。
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