要編 45 ファイターの感
シーン45 ファイターの勘
食事を食べ終わった要に、宗弥は抗生物質の錠剤と要が初めて見る青い錠剤を、パンツの前ポケットから取り出して「これ。飲んどけ」と言って手渡した。
テーブルの上からコップを取り上げて、錠剤2粒を口に投げ入れ、水を一気に煽って飲み込んだ。
宗弥が「シャワーを浴びて、もう寝ろ」と言った。
「ああ。わかってる。もう少し、ここにいたい」腹を満たし、脱力した体は重く、動く気がしなかった。緊張が解けたか・・・・そうなのか・・気が張っていたのか。いつもと勝手が違う一日だった。女連れの任務。いい思い出になった。
ぼんやりとそう思う。
店内には、浜田省吾のRising sunー風の勲章が流れていた。
曲のチョイスは、ファイターだ、きっと。
食器の後片付けはチャンスとターキーが、ファイターはカウンター内に入り、どこから買い込んで来たのか、大量の玉ねぎを刻んでいた。トーキーはテーブルを元の場所に戻して、店内の清掃と整頓をしている。
宗弥はいつの間にかに、金庫室に工具を取りに行き、オブジェ風に停めてあるバイクの前に座り込んで、調整作業をしていた。
ノロノロと、僕が立ち上がろうとすると、「待て、待て!要!待て!翼状針抜くから!」と宗弥に止められて、左腕を見ると針が刺さっていた。チューブをたどって上を見る。どこから持ってきたのか点滴スタンドもどきに、ぬいて保存してある僕の血液パック300mlが下げてあった。「ありがとう」と言うと、丹念に手を洗っていた宗弥が「ビタミンも入れといた。お前が寝落ちしてくれたから、逆によかったよ」と言って、タオルを持ち金庫室へと走り出す。救急箱を取りに行ったのだろう。僕らはこういう場合に備えて、特殊加工した自分の血液を保存している。
戻った宗弥に処置してもらい、再び立ち上がってファイターがカウンターから出て、持って来てくれたサランラップを、右脇腹の傷口パワーパッドの上から、きつめに三重巻きにした。カウンター越しのファイターに「ありがとう」とサランラップを渡すと、受け取りながらのファイターに「長風呂せずにサクッと入って、早く寝ろ」と言われた。BIGパパはいまだ不機嫌だ。
「今日もご苦労様。先に休ましてもらう。片付けもせずにすまない」と声を掛けて2階に上がる。声の聞こえが不透明だ。ボアボアと頭の裏側に反響している。水の中に居るみたいだ。人間の声が魚は、こういう風に聞こえるのだろうか、なんて馬鹿なことを想像したりもする。
シャワー室に直行してお湯を出しっ放しにし、簡素ベットの並ぶ部屋にいき、着替えの準備を整えて、シャワー室に戻った。
衣服を脱いでカゴに投げ入れ、シャワーヘッドの前に立ち、湯を浴びて初めて、思っていたより身体が強張っていていたのに気づく。41度に温度設定を上げ、正面の壁に両手をついて、首を項垂れて温水を掛け流す。
時間を掛けて、強張りを取ってゆく。
普段より指先を立てて、頭皮をほぐすようにして髪を洗い、身体の隅々も丹念に洗い込んだ。疲れている時に限って、よりこうしたくなる。無意識ではなく、意識的に全てをクリアにしたと実感したいのか・・・・こんな自分が・・たまに面倒臭い。
ボディーシャンプーを洗い流す頃には、緩んだ身体を重く感じ、最近では珍しい眠気を感じた。
シャワー室から出ると、体力はわずかしか残っておらず、緩慢な動きで、腹のサランラップを取って丸め、身体の水滴を拭き取り、下着と黒の長袖シャツに、黒のコットンパンツを着た所で、髪を拭くのが億劫になった。
バスタオルを広げて頭にのせ、簡素ベットが並ぶ部屋に移動して、ベットに座り込んで、頭に乗せたタオルの両端を掴んで、左右に3回動かす。頭に右手をやると、水分は拭き取れていた。
手の感触から髪が伸びていると気づき、そういえば、前回の散髪はいつだったかと考えてみるが、日付を思い出せず、途中で諦めて、サランラップと一緒にゴミ箱に投げ込んだ。
そこで体力が尽き、そのままベットに倒れ込んで、深海に引きずり込まれるように、睡魔の懐に沈む。
バイクの整備を終えた宗弥は、何を作っているのだろうと、香ばしい香りに興味を引かれ、ファイターの前に進み出て、カウンター越しに手元を覗く。手間をかけて飴色になるまで、玉葱をバターで炒めていたと知る。それに加えて、隣のコンロで肉じゃがを、中央コンロでカレーの具材を茹でていた。
肉じゃがとカレーの材料は変わらず、合理的だ思うが、ファイターがカレールーを、1から手作りしているのには、頂けない気分になる。何か負の勘が働いて、考え事をしている証拠だ。
宗弥は声を掛けず、スツールに座って、その姿を眺めた。
チャンスとターキーは食器を洗い終わると、金庫室に入って行く。2人はガンの手入れを始めるのだろうと宗弥は思う。最近のチャンスのお気に入りだ。
トーキーは組み上げた自立型ドローンに、建物の形状記憶を増やそうと外出する。
ファイターは3人が店内から居なくなるのを、待っていたかの様に、煮込んでいたカレー鍋に林檎と蜂蜜を入れ、蓋をすると弱火にし、隣の肉じゃがに中蓋をした後、火を消してカウンター内から出て来た。
宗弥の左隣にファイターは座り、両肘をカウンターに付いて、大きな背中を屈めて両手を組み、左右の中指だけを浮かせて、ゆっくりと円を書くように回しながら「最近のイエーガーはどうだ?」と聞く。
宗弥が「どうだって?何が?」と聞き返す。
宗弥の顔をファイターが見る。
ファイター「今回の任務で、2度目の負傷だ」
宗弥「確かにそうだな。ファイター、心配するな、要は必要だと思うことをしているだけだ」
ファイター「それはわかってる。だが、俺には任務以上に、作戦に心情を乗せてるように見える」苛立ちが声に混じる。
宗弥はファイターの横顔をしばらく見ていたが、やがて、その視線をカウンターに落し「やっぱり、そう見えるか」と言った。
ファイターはため息をついて「ああ。そう見える。危なかっしくて見てられん。このチームは俺の家族だ。施設育ちの俺には家族がいない。自立しなくてはいけなかったのと、この世界に生まれた意味があると、俺自身を信じる為に、俺は自衛隊高等工科高校に入校した。フレミング、この作戦は不透明で、雑多な要素が多すぎる。嫌な感じがするんだ。危うい。俺は本陣に、今作戦からのアルファー撤退を、意見具申しようと思ってる。俺たちは盾石家族に近づきすぎてる。そう思わないか?」と聞く。
宗弥は気もそぞろに「確かにそうだ。俺もそう思う」と言い、左右のバランスが崩れた微笑をファイターに向け、その表情を見たファイターは「お前、どうした?何か悩んでるのか?俺でよかったら、話聞くぞ」神妙な口調で言った。
ファイターの顔に視点を合わせた宗弥は「ああ。ありがとう。今はまだ大丈夫だ。いずれな。いずれ話すよ、ファイター。散歩してくる」と言って、外に出て行く。
この事を話すのは、まだためらいがある。
真実か、どうかもわからない。
調べなければ・・・
今はまだ・・・・。スマホを取り出して、宗弥はトロスキーに電話を入れる。
一人残されたファイターは、スツールから立ち上がった。カウンター内に入ってシンク下の扉を開け、ワイルドターキーを取り出す。食器棚からショットグラスをだし、調理台にのるグラスにウイスキーを並々と注ぎ入れた。
「俺の勘は、当たるんだ」ファイターはそう呟いて、ウイスキーを一気に煽る。




