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要編  38 国男の視線



  シーン38 国男の視線




 宗弥と共に病室を訪ね、国男と対面する。

 突然の訪問にも関わらず、快く迎え入れられた。



 調査書通りの寛容さだった。


 素顔なのか、仮面なのか。


 僕は国男の表情を観察する。




 その顔は好意一辺倒で読み取れず、流石だ。多角的企業を束ねる会長の本性は、ちょっとやそっとじゃ剥げ落ちるわけもなく。



 ベットから上半身を起こした国男の話ぶり、身振り手振りを見て、僕を覚えていないと判断する。あの時、国男は意識を失う寸前で朦朧としていた。常人の精神力では、記憶しているのは難しいだろう。

 



 宗弥が事故の詳細を聞き出し始めると、国男は富士子を買い物に行かせた。親心として、生々しい事故の模様を聞かせたくないのか。何らかの、知られたく無い事情があるのか。

 


 ただ、遠ざけたいだけなのか。



 国男が宗弥に話している内容は、僕が現場で見ていた事と同じで、警察の現場検証・書類とも符合していた。落ちや、間違いはない。



 口にしないのは、赤いジュラルミンケースの事のみ。

 やはり、赤いジュラルミンケースが鍵か。

 


 「隊に定期連絡を入れさせてください」と国男に断りを入れると、「俺も一緒だと入れてくれ」と宗弥が割り込んだ。国男は「宗弥、あいかわらず忙しそうだな。そんな時にお見舞いありがとう。尾長さんもありがとうございます。どうぞ、構わず携帯を使ってください」と言って、一瞬、僕の顔をマジリと観察眼で見る。




 その目を、視界の端で捉えたが、脳で警告音は鳴らなかった。




 気付かなかったふりをして「失礼します」と頭を下げ、上着の内ポケットからスマホを取り出し、mapのターキーにチーム内暗号メッセージを打つ。



 “赤いジュラルミンケースを、本陣に提出してくれ”

 “了”と返信が来る。

 


 もし、中身が液体デイバイス関連であれば・・・・国男は終わる。


 

 赤いジュラルミンケースを本陣は、国男を襲撃した敵を釣るのに使うだろう。敵の素性がわかった今、スパルタンが関わっていたと知った現在、敵の居所の割り出しは急務だ。




 コロンブスの今作戦用、個人メッセージに

 “赤いジュラルミンケースは、事故現場にて発見したものの、衝突現場からは遠く、関連性は薄いと考えておりましたが、ケースの施錠方法、スキャナ結果をかんがみて、本陣で再調査して頂きたく。報告が遅れました事、大変申し訳ございません” と送信する。




 敵はビスケットを殺しはしない。交渉カードの1つに使えるからだ。だが、拘束時間が長くなれば、身体は無事でも精神の破綻を招く。PTSD。そうなれば、特戦群の仕事は、あきらめざるおえなくなる。



 コロンブスは、何かもう手を打ってはいるだろうが。

 


 さりげなく左手首のiPhone watchに、視線を移して確認した。富士子が病室を出てから、25分経過。スマホのアプリをタップして、富士子の現在位置を呼び出す。西浜病院から800m先、北東の坂を上がったコンビニの店内にいた。監視警戒病室でモニターしているトーキーに、チーム内暗号打電を打つ。




 ”富士子には、いま誰がついている?”



 直ぐに” ファイターです”と返信が入り、“了“と返す。




 話し疲れた国男の様子を見て宗弥は「おじさん、入院早々、長居して申し訳ありませんでした。また来ます」と言って立ち上がり、左手に自分の椅子を、富士子が座っていた椅子を右手に持ってテレビの下に戻す。




 僕も同調して立ち上がり、国男に「お大事になさって下さい」と会釈する。座っていた椅子を通路側に戻していると、ジィーっとまた、国男に見られていた。動きを追われていたが振り向かず、病室から先に出た宗弥が、開けっ放しのドア前に立って国男に向き直る。



 国男の視線を受け止めて、背筋をピシリと引き上げ、最敬礼して退出した。




 僕を覚えてはいなかった。では、なぜ、あんな目で、国男は僕を凝視する。他の何かを探していたのか⁈ ・・・だとしたら、何をだ?・・・僕1人で対面の機会を作った方がいいだろうか・・・国男はいわばVIPだ・・コロンブスに・・国男と会うよう進言するか・・面談の印象を一報入れとくか・・・さて、どうする。




 病室のドアを閉め、左横に立っているチャンスに「頼んだぞ」声を掛ける。チャンスは「お任せください」言ってと頭を下げた。頭を上げるのを待って、エレベーターホールに向かった。



 宗弥は、すでに歩き出していた。



 10mほど先をゆく宗弥を、歩きながら眺める。



 肩を怒らせ、せっかちな歩調だ。



 富士子の戻りが遅いのに、苛立っている。



 わかりやすい奴だと笑みが出た。





 拠点の病室前で立ち止まり、ドアを開け「行ってくる。すぐ戻る」と伝え、頷いたトーキーに「頼んだぞ」と声をかけてドアを閉めた。



 足を早める。



 エレベーターホールに着くと、宗弥はすでに、エレベーターに乗り込んでいて、内側からドアのふちをガッチリと左手でおさえて待っていた。



 乗り込んで、宗弥の左横に立つ。



 軽く組んだ右足先で、宗弥がトントンと床を打ち始めた。



 イライラは、絶好調のようだ。




 宗弥はスーツの内ポケットからスマホを出し、富士子に電話をかけ話し始め、話している最中に、僕がスマホを奪い取って“急ぐ必要はない“と伝えると、宗弥にスマホを取り上げられ、「僕らは暇です」宗弥は機嫌よく僕の言葉を繰り返して切った。



 苦笑しながら「小学生かよ」と言ってやる。宗弥は「おまえがな」と言い返してきた。



 宗弥のぶっ飛び笑顔が、ハートが、そこらじゅうに浮かぶ。ご機嫌な宗弥。国男との対面で、神経を擦り減らしただろうに・・・よかった。その笑顔を見ながら、ほんとこいつは、いい奴だと無条件に思う。




 病院外の玄関前に着き、ファイターからの連絡に備えて、スーツの内ポケットからスマホを取り出し、左手に持った途端とたん、秘匿回線での通話着信が入り、富士子に何かあったかと僕は慌て、ONにして左耳にあてた。




 「早いな」と一言いわれて相手が病院の敷地外で、監視警戒を行なっているサラマンダーだとわかり「ちょうど、スマホを確認していたものですから」と応じると、僕の脳から情報を与え過ぎるなと警告が来た。




 「お疲れ様です。何かありましたか?」軽い口調に変えて聞く。「イエーガー、スマホで何を確認してたんだ。お前の白梅ならエスコートサービスも無しに、1人でウロウロしてるぞ」と返ってきた。



 それは、そうだろ。

 


 警護尾行が姿をさらして、どうすると思いながら「うちの者が付いています」清々しくもゆったりとおうじる。その返事を聞いたサラマンダーが、声を出さずに笑った気配がした。いや、絶対に笑ってた、クソ。「いま1人か?」と尋ねられ、「いえ」と応える。「だよな。少し話をしないか?」サラマンダーが声を改めた。




 宗弥に背を向け、2歩進んで「なんでしょうか?」と聞く。




 「スパルタンのことだ。改めてコロンブスから、正式通達があると思うが知らせておく。スパルタンはイタリアから離脱後、香港で整形手術を受けてた。その手術で口元から、おそらく左頬だが、上に向けて、5センチほどの刃物傷が残ったそうだ」とサラマンダーが言う。




 スパルタンの名を聞いた途端とたんに、闇を見つめていた視点が勝手に上がった。「造形はどう変化させたのでしょうか?」声を太くして聞く。



 チラリと宗弥が、僕を見る。



 「おごを削ったと報告が来てる。だが、正確かどうかはまだ確認が取れてない。なんせ手術したヤク中の元医大教授が、1時間前に麻薬の取り引き現場で、香港警察のおとり捜査に引っかかっての情報だ。しかもラリってるらしい。酩酊状態での調取中、保釈の条件にほのめかしたんだとさ」サラマンダーは一つ間を取り「ヤク中に手術させるなんて、ほんと、スパルタンはどうかしてるよな。おっと、お前の白梅が見えた。帰って来たぞ」と言ったサラマンダーの声が弾む。



 振り向く。



 門前に現れた富士子は、左手に取手が伸びきったコンビニ袋を下げていた。




 無意識に「そうですか。スパルタンは顔を変えましたか。香港の担当者は、他に何か言ってきたんですか?」サラマンダーの言葉を言い換えて時間を作っていた。




 香港とのやり取りを話し始めたサラマンダーに、相槌を打ちながら足を早めて富士子に歩み寄り、左手からコンビニ袋を奪い取っていた。無意識に。




 富士子は驚き、唖然あぜんとした表情で僕を見る。




 自分自身も、自分の行動に内心で唖然としたが、素知らぬ表情で富士子を見返してきびすを返した。僕は富士子の社用車を目指す。




 電話相手はベータ長・サラマンダー。聞き耳を立てているはずだ。

 言葉を発する訳にはいかない。




 サラマンダーは話の途中なのにも関わらず「お前、白梅には優しいな。それで相談なんだが、ベータとアルファーは、もう少し仲良しでもいいんじゃないかな?監視病室にウチのを2人ほど入れて欲しいな、と思ってさ」呑気な調子でそう言った。どこから見ている・・向かいの建物の看板裏か・・いや、あの性格だ・・どっしり構えてだ・・室内か・・・後で確認することと頭に刻む。本題は監視病室に部下を入れたいとの要望ようぼうだったか・・。



 歩きながら「ガタイのいい男が何人も、国男さんの病室近くを、ウロウロするのは避けたいです」と説明するが、「うちは、お前んとこみたいに、粒だってないぞ」とねばられ、助手席の窓をノックして、中田に会釈しながら「少し待ってもらえますか」と断りを入れ、「ああ、僕らは暇ですから」と聞こえるスマホを太ももに押し付けた。




 “僕らは暇ですから”とは偶然か・・・いや、病院の監視カメラにベータはハッキングしてる。・・・・トーキーに調べさせなければ。忙しい時に仕事を増やす奴だ・・サラマンダー。




 車から降りてきた中田に「これを国男さんの病室に、持っていって下さいませんか?富士子さんと話がありまして、申し訳ありません」頭を下げ、ペットボトルの入ったコンビニ袋を差し出す。「お安い御用です。承知しました」と言って、富士子の元に走る中田を見て、なぜ国男が中田を富士子の運転手にしたかを理解する。




 「お待たせしました」と言って、サラマンダーとの通話に戻った。「なぁ、イエーガー。国男の入院によって、監視対象者の動向が、2人も決まった時間に、ここ病院にあると固定化されたんだぞ」と言われ、事実そうだと思う。だが、ベータを信用していない今、監視病室にはいれたくない。



 さて、どうしたものかと考えながら、何気なく富士子を見ると目が合った。富士子の少し見開き気味の瞳に魅せられ、意識しないままに、笑い掛けていた。



 おいおい、何をやっているんだ。

 自分に蹴りを入れてやりたくなった。




 富士子に背を向け「確かにおっしゃる通りです。ですが、一般人も出入りしている病院です。我々が大勢」、「だからこそ、じゃないか」と割って入られ、話を続けるサラマンダーの言葉に、耳を傾けながら思案する。




 国男の事故当日ベータは、アルファーと同時刻に、本陣から国男確保の指示を受けていた。しかし、その5分前から品川方向に向かっていた事が、ベータ指揮官車両に、トーキーが設置した発信器から判明している。




 しかし、事故現場にベータの影はなかった。発信電波は、事故現場から80M西で停止し続けていた。そこから双眼鏡で、事故後は野次馬にまぎれて・・見ていた。




 ベータがアルファーより、5分速く行動できたという事は、ある人物から、もしくは、どこかの国からの情報提供を、ベータの誰かが、得ているという考え方も成り立つ。




 情報を得るには、交換情報を提供するか、金を払うかだ。情報戦の常套手段。give&take




 敵が国男の行動をあれほど正確に、どこから掴んだか特定できていない。国男の行動を渡した人物が存在する・・・・・・・国男の周辺か・・もしくはベータ。ビスケットの釈放を条件に、取引した可能性もある。自分ならどうする・・取引しないと言い切れるか・・・即答できない僕がいる。数度の情報交換のあと安心させ、僕ならチームから離脱して単騎でやる。



 監視病室には、国男の病室での会話、富士子の動向、本陣との通信、アルファー内の通信が飛び交っている。情報の宝庫だ。僕たち以外の入室はごめんだ。絶対に。





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