要編 37 憤怒す
シーン37 憤怒す。
アルファー総員は応接テーブル後方で、円陣を作っている。
5人の屈強な男達は総じて、押し黙り、腕組みをして足を左右に開き、仁王立ちしていた。男たちからは近寄り難い空気が漂い、その空気からはピリピリと音が聞こえそうで、触れれば殺気で切れそうだ。海を渡り、山を越え、バルハラを信じ、勇敢に戦い抜いた男たちに似ていた。
煮湯で炊かれても開かない貝のように、心に憤怒を孕ませて押し黙っている。
“ 個我を捨て、国家を護る盾となれ“
これが、部隊の基本理念だ。この理念が隊員一人一人の志となり、命を張って国を守り、殉ずる覚悟に繋がっている。要たちの怒りは、自分達にそれを叩き込んだ教官が、汚したことへの怒りだ。
文字通り座った目で、一点を見つめている要の横顔を、チャンスを挟んで立つ宗弥は、浮わつかせていた視線を、わずかに上げて見る。その視線を、開襟した要のワイシャツから見えている包帯に移す。俺は要の負傷が羨ましい。俺が負いたかった。
その視線を察して、目線を包帯にチラリと投げ、宗弥の顔に移して「問題ない」と静かに言う。宗弥、今、僕の怪我なんてどうでもいい、気に止めるな。宗弥を見た要の白目には、青筋が立ち昇っていた。
その目で要は一人一人の顔を見る。視線を集め「敵はスパルタンに訓練され、こちらの行動を読めるだろう。しかし、スパルタンは転向した信念なき者だ。そんな軟弱者に訓練された愚か者に、劣るはずがない。確かに、僕たちはあいつから生まれ、育てられた。だが、巣立ちは、随分前に済ませている。周りを見ろ。僕達には血で血を洗う死線で、背中を預けあえる兄弟がいる。恐れることはない」凛とした声でチームに語り掛ける。
その言葉を聞いたアルファーは、それぞれの思考の中に、湧き上がった気持ちのままに周りを見た。
宗弥は軽快な笑みを浮かべ、ファイターは潤む目を細めて、チャンスは瞳をチリチリとギラつかせ、トーキーは眉間を和らげて腕組みした左腕を、右手の指先でピアノを弾く様にゆっくりと叩きながら。皆その目を、最後は要の顔に据える。
視線を受け止め「平常心だ。動揺せず、いつも通りで行こう」犬歯を見せて僕は笑う。
そして「フレミング、総員の身体に、追跡装着を埋め込んでくれ。トーキー、ターキーに暗号打電を打て、僕たちに埋め込んだ追跡装置を、mapにある自立型パソコンを専用にして、ランダム更新で、24時間追うように設定してほしいと頼んでくれ」と言った。トーキーは「了解しました」と言うや、PC機器前に移動する。さっきまで座っていたパイプ椅子の背を右手に持ち、ベットの足元に置いてあるソファーの前に、椅子を置いて座った。
トーキーは、テーブルの下に置いてある機器ケースの内から、シルバーの小型ジュラルミンケースを取り出して、宗弥に手渡す。
受け取った宗弥は、ベットの上に置いたボディーバックを取り上げ、要の前にある1人掛けソファーに座り、ボディーバックから医療道具を出しながら「どこに埋め込む?」と聞く。宗弥の顔を見ながら「0.5㎝ほどだろう。どこでもいい」と答えた。すると宗弥は右手の人差指で、僕の右上腕を指差し「ここだろう。やっぱり」と意味ありげに左眉を上げ、big に笑った。
その場所には実践スタイルの格闘訓練中、スパルタンに切られ、宗弥が8針縫った傷跡がある。新米医師だった宗弥の縫跡は、ガタガタで、太ったミミズが蛇行しているようで、今では笑い話のネタになっていた。
「わかった」とワイシャツを頭から脱ぎながら、内心で“niceだ。宗弥!“と賛辞を送る。
消毒が終わり小型メスを使っている宗弥に、「富士子さんは、電車に乗車したことがあるのか?」と聞く。
一瞬、手を止めた宗弥が、僕の顔を見た。メスをおきピンセットに持ち替え、発信機を摘み上げながらの宗弥が「高校2年生から富士子の移動手段は、運転手付きの車か、タクシーだ。おじさんの指示でな」と答えた。
僕の眉間に、シワがよる。
俺が「交通手段が、どうかしたか?」と聞くと、要は身を屈め「宗弥、僕達はいずれ死闘になる。僕達が死んだら富士子さんは、1人で奴らから逃げなくてはならない。もちろん、そんな事には断じてならないが、備えは必要だ。木を隠すなら森だ。富士子さんは人波に紛れて、行動できた方がいい。大きな駅構内は複雑で、複数の路線と連結している。都内からの逃走手段としては電車が1番だ。富士子さんは、それを知る必要がある」低音の効いた小声で、言い聞かせるような口調でそう言った。縫合針を取り上げ「そうだな。敵を巻くには電車移動が最強だ。富士子は電車の種類も、乗り方も、乗り換え方さえ知らない」とか言ってたら、知らず知らずのうちに額のシワが深くなってた。クソ。
あえて僕は「手のかかる、綺麗なお姉さんだ」と言って犬歯を見せて笑う。「だろう。そこもまた可愛いんだ」と言った宗弥を見て、僕は心を打たれた。
高潔と純粋が、宗弥の声と表情にあった。
僕が持っていないもの・・だった。
声が詰まりそうになる。調子を変えずに「そうか」と相槌を打つ。「いいか、警護中、僕たちに何があっても、富士子さんのそばを絶対に離れるな。いいな」と念押しする。手を止めた宗弥が僕を見た。
珍しく、宗弥が何を考えて、自分の顔を見ているのかがわからない。宗弥が放っている空気が重いのは、肌感覚で理解できた。何を考えているかが知りたくもあったが、チームがいるこの場では、触れない方がいい気がする。
それでも僕はいま出来る事、考えつく事を悔いを残す事なく、やり遂げておかなければと「宗弥、富士子さんと3人で、出掛ける機会を作ってくれないか?」と押し通した。「何でだ?」宗弥はいつもの軽快さを見せずに聞く。
「お前が、考えてるようなことじゃない」と返してみる。宗弥は「わかってる。ちょっと意地悪しただけだ。教えるんだろ、電車の乗り方を富士子に!任せておけ。富士子は今夜から、こっちに来るはずだ。なんか考える。それからおじさんと、お前の面通しもしとかないとな。それも今夜やろう」宗弥はいつもの口調で、声をクレッシェンドさせながら言い、縫合糸を切り、消毒してパワーパッドを貼った。
「次、誰いく?」宗弥がでかい声で言う。忍耐力が尽きたように。僕は椅子から立ち上がった。チャンスが「お願いします」とパイプ椅子に腰掛け、「どこにする?」、「考えたんですが・・・」という会話を、窓辺に立って聞きながら考える。
国男さんは事故現場で、僕の顔を見ていると。
覚えているだろうかと。
何か、対策を講じた方がいいだろうかと。
いや、バレた時、国男さんの本質が露見する。
その一瞬を、見逃さずにいれば、赤いジュラルミンケースの話ができるかもしれない。
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