要編 35 設置
シーン35 設置
西浜総合病院の最上階、エレベーターを降りて、一番奥の特別病室が国男の病室だ。その部屋から2室隣りの病室をアルファーは借り受けて、第2の護衛監視・拠点とする。
宗弥が選んだ国男の病室は廊下に出ると、右側に非常階段があった。さすがだ、宗弥。退路にもなれば、僕達の姿を無駄に晒さなくても済む。今日の午後、国男はICUから病室に移る。拠点を整えた後、国男の病室に監視カメラ等々を仕掛ける予定だが、時間的にカツカツだ。ちゃっちゃと終わらせなければ。しかしながら・・今時作戦はイレギュラーに祟られてる。嫌な感触しかない。
拠点の病室に入ると、正面はスペースを大きく取った連窓になっていた。設計図よりも大きい。建設時に変更したか・・クソ。窓を見たファイターも「部屋の中が丸見えだ。後で周辺のビル屋上から、どう見えるか偵察した方がいいな」開口一番でさっそくぼやく。「だな。周辺ビルの配置図を作成した方がいいか?」と聞く。
「ああ。どこから狙撃してくるか、どこに潜むか、細かく分析して作っといた方がいい。ここに割ける人員は多くて4人、少なくて2人だ。咄嗟の事態が起こった時に役に立つ。国男さんの部屋も、ここと間取りは変わらないのか?」とファイターが聞く。「ああ、同じだ」と答えると、ファイターは運び込んだユーティリティケースから、双眼鏡を取り出して僕に渡し、双眼鏡を持って歩き出した。
窓辺に立った僕らは確認作業に入る。「どの建物からも丸見えだ。クソ!!国男さんの病室は一日中、内カーテンだけでも閉めておいてほしいな」ファイターは不機嫌だ。
アメトリオカラーの外カーテンは、綺麗に折りたたまれ、両サイドでフック掛けしてあった。右手の親指と人差し指で挟んで、厚さを確かめる。手触りだけで高級品とわかる風格だが、薄い。アメジストクォーツの色の内カーテンは僕らが動く度に、ふわりと揺れる軽さだ。クソ。国男の病室だけでも、分厚いカーテンに替えておきたかった。
4面ベージュローゼ色の壁紙の室内中央に、ヘッドボードを付けたホワイトベージュ色の特室介護ベッド、そのベットの両サイドにはベラドンナ色の、一片が50㎝はあるサイドテーブルがあり、ベットの枕元から見て左手のスペースには、ボルドー色の本革3人掛けソファー、ブロンズグレー色の応接テーブル、ボルドー色の1人掛けのソファーが横に2脚の順で並んでいた。ドア沿いの壁にはベラドンナ色のキャビネット。
ベット正面の壁には、枠色がホワイトの薄型液晶TVモニターが壁掛けしてあり、60インチはあるだろう。その下にはボルドー色の観音開きのローボード。どれもが一目で、高級ブランドと察しがつく家具で、電化製品だった。
3人掛けソファーの奥には、シトロンミストに式色させた檜ノ木の引き戸があり、その引き戸を左にスライドさせると、10畳ほどの部屋にホワイトで統一したシステムキッチン、大型冷蔵庫、洗面室、個人用ロッカー、浴槽付きの風呂、個室トイレが完備されている。豪華な病室だ。ここならば常駐する宗弥とトーキーに、負担はかからないだろう。
スーツの上着を脱いでネクタイを外し、ワイシャツを腕まくりして、家具の配置替えを始める。
ベットの右手、窓がわのサイドテーブルを、左手のサイドテーブルの隣に並べる。マットを下ろしたベットを窓際にピッタリと付け、その上に上掛けを敷き、外に向けてのスナイパー狙撃ポイントとする。
ベットの側面に、3人掛けソファーの背を付けておく。強襲され、退路を断たれた時、富士子、国男、浮子、その時、国男の病室にいた誰かを、ベットの下に避難させ、押し込めて支援が得られるまで、死守するつもりの避難場所を作る。
ベットの足元側にひと1人通れるスペースを開けて、1人掛けソファーをおく。ベットの下に避難させた後、ソファーで出入り口を塞ぐために。ソファーのクッション材は弾丸の威力緩和になり、ソファーは盾となるし、バリケードにも打って付けだ。
大きくスペースが空いた中央に、壁掛けテレビを正面として、応接セットのテーブルを移動させ、その上にPC機器システムを設置し、テーブル前に1人掛けソファーをおく。壁掛けTVとPC機器をケーブルで繋ぎ、パソコンモニターとして使用する。
下ろしたベットマットは、廊下側の壁に横向きで立て掛け、廊下から銃撃された時の防弾盾とした。通信手段のPC機器を守るためだ。
全ての家具の配置変え、PCシステムの設置・接続作業が終わると、国男の病室に監視カメラ、小型集音マイクを仕掛ける作業にファイターと入る。応接セットとTV下のローボードは撤去され、代わりに、背もたれを壁に向けた黒の事務チェアーが、廊下側壁とテレビ下に各五脚づつ、整然と並べてあった。
仕事を、最優先に考えた家具の発注だった。
どこまでも、仕事人間の国男らしい。
・・そうか、宗弥の父上の指示・・そつがない。流石だ。
アルファーが国男の病室近くに、監視拠点を新設したのには、警護以外の理由もあった。アメリカ情報士官との密会を橋渡した人間の割り出し、工作チームに情報を流している内通者の特定、その指示は極秘に下っている。宗弥は知らない。宗弥だけが。
テレビに監視カメラを設置し、内耳モニターでトーキーと通信しながら、ファイターをあらゆる場所に立たせて、カメラの角度、画角を調整して死角がないようにする。ベット枠のフレームの溝に、500円硬貨ほどの集音マイクを取り付け、プライベートルームのシステムキッチン、風呂場、個室トイレにも、監視カメラ、集音マイクを設置した。
完了して警護病室に戻ると、ICU 前に詰めているはずの宗弥が、ベットに転がり爆睡していた。宗弥の寝顔を見ながら、PC機器前のソファーに座り、最終調整しているトーキーに、「ICUには誰かいるのか?」と尋ねる。
「チャンスが行ってます。スマホにフレミングからメッセージが入りました」口調が平坦だった。「ICU に行ってくる。トーキー、チャンスが病室に戻ったら、ここはチャンスに任せてmapに戻れ」と言うと、トーキーはパソコンから視線を上げ「了解しました」と言った。
角の立つ目で宗弥を見ながら「トーキー、俺も病院周辺の偵察を兼ねて、買い出しに行ってくる」と言ったファイターに、「行こう」と声をかけて廊下に出る。一言の相談もなく、報告もなく、内耳モニターを使わず、個人スマホで人員を移動させた宗弥に、ファイターとトーキーは、苛立ちにも似た不満を抱いたのは明白だった。
前を歩くファイターが立ち止まり、振り返って「ほっといたら、命令系統がぐちゃぐちゃになるぞ。何も言わずに配置変えするなんて、フレミングはどうかしてる」軽く起爆させて言い、「そうだな、確かにお前の言う通りだ。だが、あの宗弥の寝顔は不貞寝だ。樽太郎さんの件、ひとりでまとめたかったんだろう。大目に見てやれ」と言うと、ファイターは「身内への説得は何かにつけて、なんだかんだと波風が立つと聞くが・・それにしても」と言って視線を落とす。
家族の話になるとファイターは、僕と同じで歯切れが悪くなる。
ファイターは孤児だ。黄色いお包みを着せられ、フルーツバスケットに入れられて、育った施設の玄関前に捨てられていた。生年月日、血液型、書いた手紙すら入っていなかったという。
ひどい話だ。しかし、僕のように、中途半端な家族に囲まれて育つよりは、より清々と生きてこれたのではないかと思う。だからこそ、ファイターは責任感が強いのだと僕は思う。初志貫徹の精神力を持ち、鋼の忠誠心はハンパないと感じてもいる。
ファイターが「そうだな、いざとなったら、お前がフレミングに言えばいい」と笑う。何もかも、飲み込んで、笑える包容力をも持つ男。
忙しい足音が、廊下に響いた。病院職員6人と看護師4人で、特別病室2室の入院患者、細々とした雑用品の移動を同時に行っていた。「警察ではなく君達が来るとは、何かあるのかな?」西浜医師の言葉が脳裏をよぎる。
僕たちは、物騒な事ばかりを取り扱います。ですが、ご迷惑をお掛けせぬ様に、細心の注意を払って事にあたりますと誓う。
動こうとしない要に、ファイターが「どうした?」と声をかけた。
「いや、西浜医師のご厚意に、気を引き締めていた」そう答えて、ファイターの顔を見る。「ありがたいな」とつぶやいたファイターが、懸命に働いている人達に視線を移して、眩しそうな顔をする。
その目には、愛があった。
この顔だ。これがファイターの素顔だ。
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要に気づいたチャンスは[送る。チャンス。イエーガー、今ICU内には西浜医師と、看護師2名が入室しています]と内耳モニターに入れ、スマホを左耳にあて[了。上の設置は完了した。上がってトーキーと交代してくれるか]と返す。
「了。イエーガー、僕から2つ後ろの長椅子に、紺色のスーツを着た男が座っています。多分、ベータからの派遣です」と言いながらチャンスは立ち上がり、エレベーターホールへと向かう。チラリと視線を送って確認する。見覚えのない男だった。
歩みよって男の左隣に座り「ベータさん、ご苦労様です。私はアルファーチーム長のイエーガーです。入れ替わりに立ち去った男は、チャンスと言います」と声を掛ける。
男は一瞬、顔に驚きを浮かべ、それも一瞬で引っ込め、しばらく僕の横顔を眺めていたが「自分はカンマルと言います。うちのチーム長から、あなたのお話は伺っています」コードネームを名乗って認めた。カンマルに顔を向け「強襲で負った傷は、もう癒えたのですか?」と聞く。
目を丸くしたカンマルは「ええ」と短く返す。なぜ・・・強襲のことを、僕が負傷を負った事を知ってる⁈・・チームが、サラマンダーが、誰かに話すわけがない。どっから漏れた・・どこで・・聞いた。カンマルはサラマンダーに一報すると頭に刻む。
ベータの若武者。サラマンダーの弟子。しかもお気に入りだ。
カンマルの将来に、サラマンダーは期待している。
だから、ここに派遣した。
カンマルはICUのドアに視線を向け「必ず、ビスケットは助け出します」不屈の眼差しでそう言った。




