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要編  34 樽太郎の困惑


 

  シーン34 樽太郎の困惑




 国男が交通事故にった翌朝、樽太郎が西浜総合病院のICUに行くと、待合室にNYヤンキースのキャップ帽を深くかぶった息子、宗弥が座っていた。



 気づいた宗弥は顔を上げ「おはよう。親父」と声を掛ける。



 樽太郎は早足に近づきながら「宗弥!お前!昨日の夜も、ここに居ただろう!すれ違った。どうした?なんでここにいる?お前、トルコじゃなかったのか?!連絡がないから母さんも心配してるぞ!」驚きのまま口にだす。




 宗弥は帽子のつばの影から父を見上げ、鼻の前に右手の人差し指をかざして「しっー。声大きいから」と言った。樽太郎が見た息子の顔は目が落ち窪み、その目は赤く充血して、頬がコケていた。「宗弥、寝てないのか⁈食事は⁈いつ帰って来た?」樽太郎は心配を矢継ぎばやに口にする。「親父こそ寝たの?あとさ、頼むから声落としてよ。座ったら」と言って、宗弥は自分の左隣りを左手でトントンと叩く。



 その仕草を見た樽太郎は、会長に似ていると思いながら腰掛ける。



 座った樽太郎はいっとき、宗弥の横顔を見ていたが「日焼けしたな」と言い、正面に視線をらして、大きく息を吐くや話し出した。「会長が昨日の夜、交通事故に遭った。ここのICUに入院している」苦々しげに、芯のある声で呟くように。宗弥は「知ってる」短くこたえた。だからここにいたのかと思いながら、宗弥の顔を見上げた樽太郎は「富士子さんから聞いたのか?」と聞く。宗弥は「そうじゃない」と簡素かんそに答えた。



 樽太郎はどういう事だと口から出かかったが、その答えを聞きたいような、知りたくないような、しかし気はく。で、樽太郎の心境は複雑怪奇ふくざつかいきに忙しくおちいるが、こういう時こそ口は閉じていたほうが相手が話しやすいと、経験から学んでいる樽太郎はそれに従い、まんじりともしない表情で言葉を飲み込んだ。



  息子の言葉を待つ。



 やはり親父は賢いな。俺に話せという事かと思いながらの宗弥は「親父、おじさんの事故は偶然じゃない。襲撃されたんだ」後悔のにじむ声になった。「えっ!!」樽太郎が鋭い声を上げる。



「声、大きいって」周囲にさりげなく視線を走らせた宗弥はその目を樽太郎に移して、湧きでる悲しみに耐えつつ「おじさんは命を狙われたんだよ、親父」しんしんとする心持ちで伝えた。



 息を詰まらせた樽太郎に、宗弥は「落ち着いて。あのさ、親父」と言うが、自分の仕事についてどこまで伝えるかで迷う。だが、全てを話さなければ納得しないだろうと意を決した。「今まで俺の仕事のこと親父に話した事なかったけど、俺は、ある部隊の情報士官なんだ」とまず言った。



「知ってるよ。医務官と兼務だろう。話が見えないぞ、宗弥」妙に落ち着いた声だった。話が見えない・・確かにそうだ・・が・・親父のこの冷静さはなんだ。知ってるって・・・仕事の内容を知ってるってことか!!



 内心に混乱が舞う。それでも宗弥は「そうだよ、医務官で情報士官。複雑なんだ。詳しくは機密に触れるから話せないんだ。ごめんよ」軽い感じで言い、破顔一笑して「まっ!俺が優秀だってことだよ」と言って、なんと返してくるか、情報を得ようとする。



 宗弥のよそ行きの口調を見抜き、樽太郎は確信した。「やはり・・そうだったか」と呟く。“何がだ親父“とアゴを引いた宗弥に樽太郎は膝を向け、ポーカーフェイスの宗弥を正面から見た樽太郎は「特戦群に所属しているんだろう、宗弥。しょっちゅう海外に行っているのも、それが理由だ。お前、危ないことしているのか?」と優しく包み込むような表情で聞く。幼き頃、見覚えた父の表情を見ていられなくなった宗弥は「いや。危険はないよ。俺は後方支援だから」羽根のような軽い口調を選ぶ。



 ウソ言ってごめん。誰かが、やらなくっちゃならないんだ。父さん。・・・どうして⁈ 機密で、極秘で、隠密性の高い部隊のことを・・・知ってるんだ・・。



 どうやって・・調べた⁈

 身元調査した方が・・いいか。

 心臓がキュッとする。



 何考えてる!・・親父だぞ!!

 この作戦が終わったら、正直にけばいい。

 一つ、一つ、丁寧に話し合えばいい。



 「それでだ、親父。頼みがある。おじさんに警戒を付けたいんだ。24時間、うちの部隊の警備を付けたい。親父が警備会社に手配した事にしてほしい」単刀直入に本題に入る。「どうしてだ?」息子の頼みでも、簡単に承諾出来ない樽太郎がいる。



 「説明するのって、難しいな」そう、つぶやいた宗弥は思案顔でうつむき、樽太郎も黙り込む。



 宗弥は身体をかがめ、太腿に左右のひじをついて組んだ両手の上に、アゴをのせて父の顔を覗き込む。樽太郎はその顔を見て、こういう顔をするようになったかと・・自分が歳をとるはずだ・・・子は親をいつか越えるというが。だが・・今ではない。




 一流秘書の顔つきで樽太郎は「宗弥、会長は昨日の夜、赤いジュラルミンケースを持って1人で出掛けた。行き先も言わずにだ。ここ1年、たまにそんなことがあった。私は会長になにも聞かなかった。今それを悔やんでいる」テキパキとした調子で話し、宗弥の顔を見ると「警察の担当者から事故現場にも、事故車の車内にも、赤いジュラルミンケースはなかったと聞いている。その事と今回の事故は何か関係あるのか⁈」わずかに語気を強めて聞く。




 宗弥は周囲に視線を配りながら、赤いジュラルミンケース??要は何も言ってなかった。父の顔を見た宗弥は「落ち着いて。心配する気持ちはわかるから」と言い、「すまん」樽太郎のトーンが落ちる。



 「いいかい、親父。俺もチームも、赤いジュラルミンケースのことは知らない。ただ、わかっているのは、おじさんは命を狙われていたいう事と、盾石グループは国内外から、注目が集まっているということだけだよ」宗弥が落ち着いた静かな調子で言うと、樽太郎は「うちは、盾石はいつもそうだ」自信に満ちた態度でそう言い、宗弥は声をひそめ「富士子の研究のことだよ」と言った。「それがなんだ?」樽太郎の声が硬くなる。



 「富士子の研究は、多様性があるだろ」と宗弥が匂わせる。樽太郎はかぶせるように「それがデイバイスの特性だ。それがどうした?」と聞く。液体デイバイスは会社の主力だ。何があったかと考えれば落ち着かない。



 腹の虫が承知しない父の様子に、宗弥は「まだ、詳しくはわかってないけど」と言葉を選んで、言文を探すがそうしてるうちに、知れば親父にも危険が及ぶと脳裏に浮かぶ。身体を起こして「いや、親父、この先はダメだ」角の立つ声で言った。父の厳しい眼差しを感じ「知らない方が安全なんだよ。わかってもらえるかい?親父」慈しむような丸い声で理解を求める。



 口に出来ない真相は、闇だと想像がたくましくなる。そうであれば、尚のこと知っておかなければ。



 と、考えた樽太郎は「宗弥。私はこれまで会社を守ってきた。何か起こってから、いや、もう起こってしまったが、これ以上は許せない。お前の言っている富士子さんの研究の意味も、私は承知しているつもりだ。決して、お前を信頼していないというわけじゃない。これは信じて欲しい。だが、もっと明確な説明をしてほしいんだ。会長、会社、富士子さん、社員、その家族への責任が私にはある。わかるか?だから全てを話してほしいんだ。決断するからには納得しないとならない」真摯に心の内を話す。



 父のその顔を見て、宗弥はさすがだと思う。自分の至らない説得法に、家族だからと短絡的たんりゃくてきに話そうとした甘さを痛憤つうふんし、それに比例する冷気で己の猿知恵に落胆して気持ちが急降下した。だが、宗弥はそれを押し隠してゆっくりとした口調と、おさえの効いた声を心掛けながら「わかった。説明できる立場の人間を呼んでくる」と言い、椅子から立ち上がって歩き出す。



 樽太郎は息子の心を案ずる目でその背を見送り、心中で国男の事故、液体デイバイス、自分の立場、息子の仕事、家族への思いやり、考えればキリが無い事柄が複雑に交錯こうさし、疲れを感じて腕を組む。この話はどこへ着地するんだ。



               ★




 樽太郎が目を覚ますと、隣の席で宗弥がコーヒーを飲んでいた。樽太郎は不覚にも眠りに落ちていたのだ。



「いつ戻って来た?」と聞く。宗弥は笑って「さっき。親父の考えが深かったんだよ」と言うと、右隣に置いてあった紙コップのコーヒーを右手で取り上げて父に手渡す。受け取ったコーヒーはぬるかった。「ありがとう。そうだったか」樽太郎はコーヒーを口にする。「美味いな」ホッとひと息ついて、もう一口飲む。



 宗弥は「話が出来る人間がきたよ」と言って、自分の右横を見た。樽太郎が息子の視線を辿たどる。青年が立っていた。樽太郎は内心であっと恐縮するが、ゆっくりと立ち上がって慎重な眼差しで男の顔を見た。昨夜、宗弥と一緒にいた青年だと気づく。



「陸上自衛隊、特殊戦群所属・アルファーチーム・チーム長の尾長要です。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私からご説明するべきでした」と言った要は、意思ある背をピシリと深く折る。



 樽太郎も頭を下げ、顔を上げると「難しいお立場なのは承知しております。こちらこそ無理を申しました。ですが、お話をお聞かせください」と言い、宗弥は「とにかく座ろう」と2人をうながす。



 樽太郎を挟んで、左側に要、右側に宗弥が座る。両脇を挟まれる形になった樽太郎は、2人から押し通るという気概きがいの圧力を感じた。




 宗弥の、息子の世界を垣間みている気がして、樽太郎はそんな宗弥が頼もしくもあり、身を案ずる気持ちも出てきて、複雑な思いを味わう。息子は雰囲気までもがガラリと変わり、畏怖いふを抱く佇まいをまとってしまってもいた。



 要は無口になった樽太郎に膝を向け「赤いジュラルミンケースですが、昨晩、私が事故現場から回収いたしました」と伝え、宗弥がムッとして要を見る。



 「すまん」要は宗弥に視線を移して謝り、要の視線を追った樽太郎の目が宗弥に行き着き、宗弥の眼差しが樽太郎に向く。



 意識的に一拍置いた要は「息子さんは、このことを知りませんでした。チームは時期は言えませんが、国男さんの警護任務を遂行しております。理由は規定上、申し訳ありません。警備していながらも事故を防げなかった事、大変申し訳ございません。赤いジュラルミンケースは今、チームの技術担当者が開けようと努力しています。ジュラルミンケースの件を、私はまだ上司に報告しておりません。中身の確認作業が先だと思ったからです」と説明する。



 要を直視していた樽太郎が「ジュラルミンケースを、お返し願うわけにはいかないでしょうか?」と慎重に聞く。



 その目をしかと見た要は「とある国の方に渡そうとしていたケースです。中身は国外技術供与こくがいぎじゅつきょうよが、禁止されているものだと思われます。疑いが晴れるまで申し訳ありませんが、お返しする事はできません。ご容赦願います」と応え、「会長は、そのような事は致しません」樽太郎は強い口調で否定する。要は「承知しております。ですが、規定なので申し訳ありません」ピリリとする態度で返す。



 樽太郎は、思案する。




 「他に聞いておきたいことは?」宗弥が呑気に言い、樽太郎はその言い方に「そう、サクサク言わんでくれ」と語気を強め、「親父。親父はプロだ。おじさんと2人で会社を、今の盾石グループにしたのも知ってる。もちろん、おじさんの才覚もある。だが、親父。親父の献身があったからこそだ。俺は小さい頃から、親父の献身を見てきた。カッコいいと思って育ってきた。だから、俺は今の仕事に就いたんだよ。献身という意味では親父と変わりないよう、日々、努力している。俺も要もこの道のプロだ。そのプロが警備させてほしいと言っているんだ、親父」説得する口調でも、訴えるわけでもなく、淡々した平静の声と毅然きぜんとした態度で宗弥は言い通す。



 要は「ご不審や、ご心配、ごもっともだと思います。我々は影です。通常決して表には出ません。しかし今回の事故を考えると、会長を守り抜くには、表に出て警備会社という形を取って人を配置する必要があります。いわば公人警護です。ご理解頂けないでしょうか」と宗弥に追随ついずいする。



 樽太郎は公人と聞いて、確かにそうだと思う。会長の動向は、日本の経済界にも影響する。



 深く思考する樽太郎を、要と宗弥は待った。



 いくばくかの時間が経ち、要の横顔をみた樽太郎は「警備の件、わかりました。諸々のことは他に任せず、私が手配します。会長と富士子さん、浮子さんには、私から話をさせてください。尾長さん、赤いジュラルミンケースの事、ほかのことでも何かわかったら、必ず私に知らせると約束してください」力強くそう言い、宗弥に視線を向け「宗弥もだ。約束してくれ。お前の身も心配だ」と言う。




 「承知しました。お約束いたします」要は深海の声で承諾し、宗弥は「わかった」と言って、2人は守れない約束をする。



 ニカリと笑った宗弥は「俺の心配はいらないよ、大丈夫だ。要もいる。親父、ありがとう」と言ってきっちりと頭を下げ、要も続く。



 親父は何か言いたげに、俺の顔を見ている。コーヒーを飲んで、気づかないフリをする。



 苦いコーヒーだった。







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